ラスボス
彼がいる場所との距離が近くなる度に、
自身の体に大分負担がかかっている。
これは、圧力がかかっているんだろう。
体が押されている。体が外から内に締め付けられているような感覚だ。破裂しそうだ。
実際に、もともと水位が低い湖の水位が上昇している
雷娘や真雲、晴海の様子が心配だ。
一度、自分を殺しにかかってきたとしても、
根は優しい人たちだ。
優多の悪い癖の1つで面倒見の良さがあるが、
それが良すぎて、困っている。
実際に中途半端な罪人をしばくことなんて絶対にできない。
白黒はっきりつけさせてもらわないと、
優多は1人じゃ決められない性格だ。
そして、異変は起こる。
目的地付近、海上上空に入った途端、海上から大きな海の柱が渦を巻いて高く“何か”を呑み込んだ。
人だ!
その海の柱が消えた時には、その者の容姿が無くなり、あたり一面静かとなった。
ほんのわずかな時間の出来事だった。
海上には何もなくただ、波が上がっているだけであった。
そして、優多はあることを急に思い出した。
毎回調査に来ているのに、なぜ気づかなかったんだろう。と焦りながらあるところへ向かう。
『神殿』だ。
神の宿るその場所は、呪文を説かなければ神の眠る祭壇には行けないと言われるが、それが本当なのかは分からない。
だが、優多が多世界を回るときに使うのがこの“呪文”を使うことなので本当かもしれない。
そして無事に、なんの災いもなく幸いなことに傷一つ負わなかった。
ほとんどの神殿は行くまでに死ぬほどの怪我を負ってしまうので、今回は奇跡だと言っても過言では無い。
神殿の大きな扉を開けるも、中は暗く静かだった…
ヴゥ…ヴウゥ…
「!!」
いきなり呻き声が聞こえたため、優多は声が出た方向に素早く顔を向けた。
ちょうど天窓から光が差し込む位置に、誰かが倒れていた。
タンタンタンタン
と、大理石の床を鳴らしながらその者のところへ行き、優多は目を閉じる事を忘れ、表情を変えることはなかった。
「お兄…さん…逃げ…て…」
「ど、どうしたんですか!何が…」
シュゥッ!
耳に入った音は
変わっていた。剣で空気を切る音が変わっていた。
優多は、その音に素早く察知し、クナイ型の気力刀で、間一髪その剣を受け止めた。
クナイは、相手の剣ではなく、脇を持ち上げていただけ。剣は、優多の心臓の手前まで来ていた。
「今、ここで何が起きているか詳しく教えてもらいませんか?」
「あいにく今はそれができない」
今の状況。
優多の上にさっきの相手が、逆立ちで立っていた。
周りを見渡せば、破壊された石碑にひび割れた神殿の柱。割れた木枠のステンドガラス。
そして、
天窓から光が差し込む位置に倒れ込んでいる、
雷娘。雷娘は体を丸め腹の大きな傷を抑えていた。
雷娘だけでは無い。
雷娘の近くにも人の影が2つ…
顔を確認すると真雲と晴海が身体中に切り傷を負い倒れていた。
石碑の上にも、十字状に宙に浮かせられた人がいた。
体は、ゆっくりと動き出したが、ただそれは、“死んで”いるかのような人に動かされたような動きだ。
多分、彼が雨天なんだろう。
優多の顔は、目を紅く染めた本気モード。
唯一意識が残っている晴海が声には出さず口パクで
『に…げ…て…』とひたすら繰り返している。
痛みをこらえ、悲しい顔でひたすら繰り返す。
『に…げ…て…』と言っている。
「この方達はあなたがやったんですか?」
両者、変わらない格好。
優多は話を切り出した。
「この事件。吐いてもらえませんか?…全てあなたがやったんですよね?」
優多は、静かに響かせながら言う
「はい?」
彼は、知らなさそうな顔をして涼しい態度をとった。
そして笑っていた。もちろん頭にきた。
いや、それを通り越して怒鳴り、声を上げ、腰に下げている香花刀を抜き、彼の首元に突き出した。
この間わずか0.7秒。一瞬だ。
彼はニヤけた
「ほうほう威勢が良いこと…まあいい。
なぜこんなことしたかは、あんたが俺との戦闘に勝ったら教えてやる…まあ、両者初めてだし自己紹介とでも行きましょう。お先にどうぞ」
何かを確信したような表情で優多を見る。
なめているのだ。余裕なのだ。
「名などあなたになんか名乗るようなものではありません。ですから、もうとっくに戦闘は…
ー始まってますよー」
そう言った途端に優多が勢いよく彼に向かって走り出し、刀を軽く持ち、前に緩く突き出す。
「俺の名前は天海地 全天だ。天候を操る能力を持っている。
あいつらの言っていた上のものというのは俺のことだ」
そう言いながら軽々しく優多の突進を避けるのではなく、逆に突き進んだ。ナイフを逆手に持って
そして優多が一言放った。
「一振りでその者の消息を絶え、二振りでこの世の然を破滅し、三振りで全ての魂をチリにするのと、
一振りで、この世の植物を破滅させ、二振りで、生物を滅亡させ、三振りで存在を消すのではどちらがいいですか?」
そう言いながら、優多は香花刀を収めまたクナイ形気力刀を出した
カンッ!
刃と刃が混じり合ういい音が響き渡る。
「どうせ戦うのならば、相手と同じ立場で戦わなければですから」
「手加減しているのか?それとも俺をなめているのか?」
「違います、礼儀です。相手の同じ立場に立って勝負するから意味があるんです」
ふーんと全天は納得したような声を出し、
ナイフを振り回した。
だが、優多は避けて避けて避けて…
いっこうに全天のナイフが当たる気がしない。
今の優多にはそのナイフが最後まで見えるからだ。
だから避けられたり、ナイフで受けれたり色々な技ができる。
「なかなかやるな〜よし、ここらでお前の強さというものが分かってきたからそろそろ本気でも出そうかな…」
「どうぞかかってきてください」
優多がそう言った直後に、全天は低い姿勢となり優多に向かって突進した。だが、優多付近に近づくと大きく旋回し、優多の365度を半径1〜2mのダッシュで回り回り、回り続ける。
それもただのダッシュなんかではなく、
速さが異常に速い
「どうだ!これが風を操る能力、風神継人 真の強さだ」
「…どういうことだ?」
風神継人 真
彼は風神の後継者として天界に住んでいる。
神の子だ。なぜそのような者の力を持っているのかが、不思議であった。
「何暗い顔してんだ?見ろ!雷娘や真雲の強さだ!」
「え?今なんと…」
「雷娘や真雲の強さだ!」
全天の体は、光と輝を纏っていた。
もしかして…
そう思い、雷娘に駆け寄り強引な形で、聞いた。
「雷娘さん!雷娘さん!あなた、雷を落とす能力ですよね!雷を落としてみてください!僕に!とびっきり大きいの!」
「うぅ…だめじゃ…優多わしの能力は根こそぎ全天がとって行ってしまった。
他の奴らもそうじゃ…全天に関わった妖怪や精霊や神や超人や仙人…特に天気を関する能力を持つものは動くことができないほど体の自由が効かないのじゃ…
今、お前と話すので精一杯じゃ…」
「…」
「優多…全天はわしらの主じゃ。わしからの願いじゃ。全天の目を覚ましてくれんかの?
全天はもともと天候を操る能力だが、
この前自分を失ってしまい、それ以降全天は能力を使えなくなってしまったのじゃ。
そして全天は力ずくでも能力を取り戻そうとわしらを使ったのじゃ」
「なぜ止めなかったんですか?」
優多は目を鋭くしながら雷娘に聞いた
「全天は何も言ってくれなかった。
多分、このことを言うと絶対に止められると思ったんじゃな…見事に手のひらで踊らされていたわい…
だが、全天を殺しては為らぬ。
優多。頼んだぞ…」
そう言って彼は目を閉じた。
多量出血する腹の傷を抑えながら雷娘はうなり声をあげながら目を閉じていた。
そして優多は、目を全天は方に向け、言った。
「貴方には、この事件とその全体の行為をちゃんと償っていただきます!」
「おお〜面白い面白い」
左の赤い瞳と右の黒い瞳をグワッとあけ、
優多と睨み合う、
黒髪の男性。
緑と白と水色と赤と…
様々な色のラインが組み重なったローブの服を着ている、スタイリッシュな格好をしている。
それに加えて、彼からは異様な空気が漂っている。
恐怖だったり、余裕だったり、悲しみだったり…
彼の周りにその文字が漂っているような感じだ。
元々、すべての天気を操る能力を持っていたが、
今は使えなくなり、その能力を力ずくで取り戻そうと彼は天気に関する能力を持った者たちの能力を次々と奪っていった。
それがこの事件である。
天海地 全天。この事件の真犯人。
「あれあれ〜?もうお終いか?」
全天は余裕の表情で、優多に話しかける。
「いえ…まだまだです…」
それに比べ優多は疲れていた。
それもそのはず。優多の周りには酸素が少ない。
常時の1/3ほどの容量だ、酸欠になりそうなほどだった。
だが、優多は超人だ。そんなことでは倒れない
「おいおいさっきから息が切れてんじゃねーか。そんなんじゃ俺には勝てねーぜ!」
「変に格好つけないでください…集中力が切れます」
ギャンッ!
刀と剣の摩擦で火花が飛び散る。
全天は疲れてしゃがんでいた優多に向かって、剣を振りかぶったが、
優多はそれが分かっていたように刀を振り上げ、剣を払った。
だが、油断は禁物。
事は二の次三の次とくるのだ。
優多は顔を上げ全天の次の攻撃に備え、刀を振った。
ただ振ったのではない。
「刀技、刀斬九」
空気と刀の摩擦で真空の刃を作り出す、
いわゆる人工鎌鼬だ。
だが、この技のすごいところはそれだけではない。
作り出した鎌鼬が90%の確率で、相手の方に直撃するところだ。
この技を作り上げるために、重力のバランスと
その持久力を強化するためにどれだけ頑張ったことか…
多分丸一ヶ月。仕事の合間を縫って刀を振り続け、修行してきたからだろう。
日頃の積み重ねが大事ということを改めて感じた瞬間だった。
「っ!なんだこれは!」
「人工鎌鼬です。高確率であなたに命中します」
優多は焦りの表情を浮かべながら必死に体を動かす全天に確信的な表情で言った。
「長々とした戦いは時間の無駄です。いきますよ?」そう言い優多は前に手を出し、
能技、重力重増 真」
「く…」
全天は体の異常な重さに気づいたのだろう。
いや、『異常過ぎる』と言った方が分かりやすいだろう。
この能技、重力重増 真は、重力重増の強力版の重力重増 改、重力重増 強よりも強さの桁が違い、
普段の約10000倍重さが増す。
そして、決着。
「刀技、無斬。事件の償いはちゃんとしてもらいますよ…」
そう言い、優多は重力重増で動けない全天に対して刀を思い切り振った。
「フラグを立てない方がいいぞ!」
ガン!
無斬の衝撃音と同時に全天が優多の前に現れ、思い切り拳を地面に叩きつけた。
打撃波で、全天の叩きつけた地面から風が起こり、大理石が粉々に割れていき、次々と風によって吹き飛ばされていく。
まるでその場がスロー再生されているかのようだった。
最初はひび割れのところの小さなかけらだったが、どんどん大きくなっていき、床にはめられた大理石がいくつか抜け、飛んでいき壁や屋根を破壊した。
そして風は止み、ふと気づけばそこらには柱が粉々に砕かれ、地面に散らばっていたり壁は所々なくなっていたりと大惨事であった。
「見たか?これが俺の強さ…強いて言うなら…ー神ーだ」
全天は体にキズを負っていたが、まるで痛さなんか
無視しているかのような涼しげな表情で優多を見た。
「驚いているようだが、まさか神々や怪物共から奪った物が能力だけだと思ったか?残念。
耐久性やメンタルも全て奪った」
「ふざけるんじゃありませんよ!人のものを奪って
結局は何がしたいんですか!そうやっているから
己を失ってしまうんです!」
優多は怒鳴った。
それに対し全天は先ほどとは全く表情を変えずに言った。
「俺は人を信じた。信じ信じ信じ信じ信じ信じ信じ信じ信じた結果、裏切られた。
人の願いを受け入れた。受け入れて受け入れて受け入れて受け入れて受け入れて受け入れて受け入れて受け入れた結果、自分には不幸しかこなかった。
だから俺はもう他人なんて信用できなくなった。
信用したくなくなった。
そして、挙句の果てには自分にも能力にも見捨てられ、完全に存在が消えかかっていた。そして俺は、この事件を起こした」
全てを悟った様な表情を浮かべながら全天は優多に言った。
「こういう時にするもんじゃないだろうが、一つ“賭け”をしてみないか?」
「賭け?」
「そうだ。もし、お前が勝ったら、俺は全てを認める。だが、もしお前が負けたら俺はお前を…」
全天の目が変わり、いきなりこちらに瞬間移動してきた。
「殺す」
ビュッ!
全天が取り出した剣が優多の頬を切った。
戦略を立てようと一回間を置こうと思い、後ろに下がったが、
読まれていた。
背後移動をし、止まった場所の真後ろに全天は剣を上げていた。
ガキン!
鍔で剣を間一髪受け止めた。
「遅かったか…」
そう言い目に捉えられぬ速さで全天は剣を振り回す、
優多は、避けているものの最初とは違い全然剣が見えず、感覚で避けているだけなので、いつ斬られてもおかしくない状況だった。
グシュ…
静かに腹に何かが刺さった。
「はい、終了」
全天の剣だった。
「速かったね。まあ楽しかったよじゃあ止めの一撃を刺しとくよ」
そう言い全天は優多の心臓に向かって剣を振りかぶった。が、
ピタッと
全天が停止した。
「悪いですね。…」
そう言った次の瞬間、
バキッバキバキ…バッキャン!
全天の左腕が破裂した。
骨ごと吹き飛んだ。付け根からは断面しか見えない。
血がドバドバと流れ、しだいににそこが皮の皮で自動的に抑えられていた。
「余裕し過ぎたみたいですね…」
全天が緩いだのか、酸素が増えた。
と言うか、呼吸すれば分かる。
頭痛も収まり体調も回復してきた。
「なぜだ…なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ!俺は負けねえ!くそ!なんで動かねえんだ!」
危の裏には、勝がある。
思い上がれば、油断も隙も付いてくる。
間違いを犯せば、後悔も損も必ずする
あんたは、己の悪を打ち勝てず楽を生き、また損を拒絶し、自らを死に躍り出た。
ーよって、陣之内守護人格の名を借りて、成敗するー
「刀技、無斬 真」
バッダォン!
大きな爆発を起こした。
そのせいか煙が壁の様に出来上がった。
優多は煙の壁に飛び込み、全天に叫んだ。
「者の世に終を告げる!
刀技、無斬界名」
気力刀を今まで以上に青白く光らせ刀周りには青白い光が今まで以上にまとわりついて全天に向かって斬りつけた。
ガキンッ!
ヒビが入り、そして全天を頭から地にかけて一直線で斬りおろした。
ここまでだったか。
俺は弱え。仲間を自ら見捨ててしまった。
自分の過ちを受けいられなかった。
父、母。
こんな息子をどうか許してくれ。
バサッと彼は倒れた。
だが、彼には傷一つ残っていない。
刀技、無斬界名は、気力刀専門の技で
人の傷を癒し、回復させる。
その代わりに、一定の時間能力を制限する技だ。
それに結構ダメージを与えたので回復するまで少々時間がいるので、せいぜい5分か6分ぐらいだろう。
それにしても疲れた。
今の、香花界の時間は…42時。
50時間が一日だからあと8時間。
…眠い。それに疲れた。
傷は治ったものの心の傷は全然治らないものだ。
とにかくこれであとは全天に全てを明かしてもらい、
雷娘、晴海、真雲、雨天を香花界に連れて行き治療する。
「ん?ここは…」
全天が目を擦りながら起きた。
「あ、起きましたか?」




