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怠慢の日々に

「ああ…すみません。メールの通りで、先月末日に会社辞めたんですよ…」


 ベットに寝そべったまま会話を続ける。

 心地よく眠っていた時にかかってきた電話は、取引先からの電話。

 僕が会社を辞めたのは3月末日、4月の中旬になった今もオファーをちょくちょくいただき、とてもありがたいことなのだが、今の僕にはもうどうすることも出来ない。


「はい、ええ。なので課長に話を通していただけると…。ええ、また飲みに誘ってくださいね。ははは…」


 空元気が滲み出たような笑い声は、電話の相手にはどう聞こえただろうか。


「失礼しますー。…はぁ」


 午前10時、もう社会人であれば働いていてもおかしくない時間帯か。

 寝ぐせのついた頭を掻き、意識がはっきりしていく。


 それでも体は重く、上体を起こす気力すら、なかなか出てこない。



 僕の名前は有川 越(ありかわ えつ)。絶賛ニート謳歌中だ。

 年齢は21歳で、学年的には大学4年になる。

 高校を卒業して進学せず、先月末まで勤めていた芸能プロダクションに正社員として入社、就職した。


 その会社は『株式会社エー・プロダクション』略称はエープロなどと呼ばれている。

 僕の地元名古屋に本社を置き、日本で5本の指に数えられるほどの超大手の芸能会社だ。


 高卒入社の社員は起業して以来誰一人おらず、その当時はこの業界にありがちな「コネ」だの、

「カネ」だのと何かと鳴り物入りで入社した為、多くのバッシングを受けたものだ。


 入社して、僕が配属されたのは第5営業部という部署。

 通称は『女子アイドルグループ担当部署』そう、女子アイドルグループ。

 僕はいわゆるアイドルのプロデューサー兼マネージャーをしていたのだ。


 芸能の仕事なので、もちろん業務は噂に聞いていた以上の激務。

 休みは365日ほとんどナシ、休みは全て外回り営業に回すくらいの勢いで3年間働くこととなった。


 だが、先月の初頭にとんでもないヘマを犯してしまい、その全責任を取り、自主退職。

 前述の鳴り物入りの入社でもあった為、喜んだ人間は数知れず。

 僕の心境としても、もう会社に居場所が無い状態だったから、助かったのかもしれないと内心思っている。



「さて…。よいしょ」


 やっと上体を起こすことが出来て、大きな伸びをした。

すると間もなくして、ドスドスと大きな足音を立てながら誰かがこの部屋に近づいているのがわかった。


「越!まだ寝てるのか!?」


 親父の大きな声がして…頭に響く。


「朝からうるさいな…」

「いつまで寝てるつもりだ、クソニートめ」

「可愛い息子にクソニートはないだろ、クソ親父!」

「こんな時間まで寝てて、可愛いわけないだろクソ息子!」


この人こそ僕の父、有川 岳(がく)。職業は警察官。

仕事を辞めてからというものの父とは衝突することが多く、そもそも芸能というチャラチャラしたイメージのある仕事は好かないようで、僕の就職にも最後まで反対していた人物である。

家にいるということは、今日は非番らしいが、どうも僕を叱責するという仕事は休んでくれないらしい。


父から逃げるようにして自室からリビングに逃げると、そこには呆れ顔の母がいた。


「あんたら、うるさい…」

「いやいや父さんだよ、マジ勘弁してよ。久しぶりの非番なんだからちゃんと休みなって」

「お前に心配されるほど軟弱な体はしとらん!」

「いい加減にしろ!!」


「「す、すいません…」」


シンクロする父子を睨む激昂中の母、有川 明子(あきこ)。専業主婦。

非常に気が強く、家事をさせればその器量の良さで何でもこなし、ご近所様からはカリスマ主婦扱いをされているとか。

家庭内ヒエラルキーにおいて絶対的頂点に君臨しており、僕と父、そして実家を出ている兄2人を含めて歯向かうことのできる人間は有川家に存在しない。


「えっくん、さっきお客さん来てたわ」

「あ、そうなんだ。誰?」

「折を見て、あとで携帯に連絡しますって。名前も言わなかったわよ」

「そっか…。あといい加減『えっくん』って言うの辞めてよ。21にもなったのに」

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