表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Five Knives  作者: 直弥
第一章「矜持の一生」
9/47

その6

 スノードン山中腹。カルデラの如く抉れた山頂を見て、無傷のワイズネルラは頭を掻いていた。

「……登山中の人間はいなかったようだな。そこまで計算してやったとも思えんが。第一、山を一つ壊すくらいの威力でオレをどうこうできると思ったのかね? ああ、それから」一見誰もいない何もない空間に向かって、ワイズが声を上げる。「さっきからずっと覗いていた妖精たちよ、男の死体も回収したいのなら、さっさとやった方がいいぞ。なにせあの爆発だ。じきに人間たちが様子を見に来るだろう。オレはもう行くとしよう。元々ここで自ら殺戮を行うつもりはなかったからな」

 言い捨てて。ワイズネルラは跳躍する。一瞬で姿が消失する。残されたのは、指の関節単位でばらばらになった魔術師の亡骸と、煤けた衣服の切れ端のみ。


「はあっ、はあっ、うぅ、あああ、か、ぐぐ……っ」ワイズネルラが去った後、姿を表出させた妖精は膝を突き震えていた。傍らにはショーンの遺体。「う、うそでしょ? さっきまでのって、夢じゃないの……? ねえ、神さま、あんな化物がいていいの? 産み落とされるべき世界を間違えているとしか思えない……っっ!!」

 魔術師社会にも妖精社会にも轟く、殺人狂鬼『ワイズネルラ』の名。而してその実態は妖精たちの想像を遥かに超えた怪物だった。

 ――アートも、まさか山を丸ごと吹き飛ばすなんて……。合図をしてくれなきゃ、私たちは確実に死んでいたわ。

 終始姿を隠していた妖精たちであったが、雪崩の中ショーンの遺体を回収する際、実はアートにだけ自己の存在を認識させていた。故に可能だった、アートの合図。最期の瞬間を、魔術師は、少年の遺体を抱えた妖精を逃がすために使った。

『約束は守れない。今すぐ、結界か何かで身体を覆え』

「……約束、か」

 ――そんなの、もう関係なかったわ……。本当は、約束なんていつでも反故にしてあなたを助けたい気があったのよ。だけど、情けない話、竦んで動けなかった。あの爆発から逃げられたのだって奇跡みたいなものだった……。

 涙が零れる。今やすべてが過去になった。ショーン・ヘッド。無為に寿命を消化する魔術師に、新たな生きる意味を与える存在となり得るかもしれなかった少年が、まずは殺された。ショーンを殺した男はワイズネルラによって偽りの殺人鬼に仕立て上げられた人間で、魔術師アート・バーンズに殺された。そして。そのアート・バーンズは、最後の最期、悪あがきにも等しい自爆によって犬死してしまった。死の連鎖。此度の連鎖に限って、ワイズネルラは誰も殺していなかったが、同時に全員を殺したとも言える。彼はすべての死の〝理由〟であり〝起点〟だった。殺人鬼。人を殺す鬼とは、つまりそういうことなのか。直接手を下さずとも死を振りまく。

 それはもう殺人鬼というより死神では?

「う、うぅ」

 呻き声を上げつつ、妖精は己の体を分化させる。十三個体の妖精が顕現する。彼女たちはせめてもの弔いをするため、残された遺体を葬るため、バラバラになってしまった魔術師の身体を掻き集め始める。

 と、そこへ。

 魔術師の小屋があった方角から、一羽のワタリガラスが飛来した。その足には、煌めく何かが掴まれている。妖精たちが呆気にとられている内に、煌めく何かは地上に放り落とされた。それは少年の遺体に深々と突き刺さる。空手、というより空脚となったワタリガラスは、そのまま空の彼方へ飛び去っていった。

「今のって……。な、なんなの……?」

 恐る恐る、エミリたちは、煌めく何かの正体を確かめるべく少年の遺体に近付く。果たしてそれは、かつてアート・バーンズが自分に突き刺すことの出来なかったあのナイフに違いなかった。


 ――――同じ頃。

 予定を目一杯早めて会議を切り上げたジェイク・ヘッドが、グヴィネズへと向かう列車の中にいた。出掛ける際に持ち出した鞄の他にも、一枚の袋がその右手に提げられている。

 ――やれやれ、どうにか今日中には帰れそうだな。やっぱりまだ一人で留守番させるのは難しかっただろうか。せめて飯ぐらいはしっかり食べてくれていればいいんだが。

 息子への土産を抱えた父親は、混雑する車内を苦にすることもなく立っていた。揺れる汽車は、彼を絶望へと運んでいく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ