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Five Knives  作者: 直弥
第五章「後生」
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その5

 ――――〈物質域〉

「人間の小僧に見覚えはないが」値踏みするように三人をそれぞれ見遣って、ワイズネルラが言う。「ともかく、オマエたちが本命というわけか」言い終えると同時、地を蹴って駆け出す。向かう先はゼファロ。コンマ一秒かからずに逼迫したワイズネルラから繰り出された拳はゼファロの顔面を叩かず、彼の口へと滑り込んだ。否、滑り込まされた。

「おいっ、つっ」

 吸血鬼の牙が、殺人狂鬼の拳に喰い込んでいる。どろりと流れる血は赤く。ワイズネルラは苦悶の顔を、ゼファロはしてやったりな顔を浮かべている。

 間隙を突き、ワイズネルラの体側へと立ち位置を変えていた春竜が、手の型を次々と変えていく。修験者・青木春竜が行使する術式の基本は『九字咒法』である。両手で神仏を表す複雑な印を結ぶことによって術式を行使する、宗教的な呪術体系。道教に起源を持つ九字「臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前」を、各々の発音とともに全部で三秒ほどという素早さで結んだ春竜は、仕舞いに刀鞘印を結んで「拳一言」と唱えた。直後、彼の右肩から、彼本来のものの六倍ほどある〝右腕〟が出現し、それがワイズネルラの腰からやや上の辺りを殴り付けた。

「くっ」

 一度の殴打だけで消失した〝右腕〟であったが、その一撃によってワイズネルラは片膝を地に着けそうになる。左の膝小僧と地面との隙間が布きれ一枚分ほどになった時――一瞬にして顔色を青く変じさせたワイズネルラが、ゼファロごと跳躍した。

 寸刻前まで二人の居た場所に、サイケデリックな色合いの光弾が幾つも降り注いだ。それらはまるで光そのもののように地面の中へと吸い込まれて消えていく。傍にいた春竜の身体をもすり抜けて。

 着地した先で。いつの間にかゼファロを振り払っていたワイズネルラが、苦々しげにカオスの方を見、拳についた歯型から流れ出る血を服で拭き取りながら言葉を漏らした。

「『混沌弾アンチコスモス』……っ」

 

   ◇


 作戦開始の直前。

「混沌弾だろうな」具体的な攻撃手段を訊ねられたカオスの、それが返答。「当たりさえすれば、ワイズにだって相当なダメージを与えられるはずだ、と信じたい」

「やっぱり、それだろうな」

 質問する前から分かってはいたが、と続けるゼファロ。彼にとっては最初から確認作業でしかなかった。自分の知らない、もっととんでもない魔術式が飛び出すかもしれないと、密かに抱いていた期待は泡と消えた。が。混沌弾さえも初耳であった春竜は、まるで違う反応を見せる。

「なあ、そんなもんがもし外れたら、どうなるんすか?」

「目標を固定して放つのだ。ワイズにのみ干渉する魔弾になる。外そうとも、他の一切を傷付けはしない」

「あぁ、ロック・ファイアでしたっけ?」

「うむ。儂もな、ワイズが魔術師なら、混沌弾を使うつもりはなかったんだ。ちょっとした魔術師なら、ロック・ファイアなんて容易に解除出来てしまうし。その上、術式がひとつ増えるわけだから当然、発弾時のタイムラグも増える。幾らワシでもまったくのノータイムで術式を引っ張り出せるわけじゃないからな」

 故に、魔術師同士の戦いにおいてロック・ファイアが使われることは珍しい。使われることがあるとすれば、何十対何十、何百対何百といった混戦時にフレンドリー・ファイアを避けるためか。

「じゃあ、ロック・ファイアなしで混沌弾を使ったら?」

「お前、さっき自分でそいつを危惧した発言をしたところじゃねえか。ロック・ファイアなしでカオスにそんなものを使われたら地球そのものが危なくなる」

 そう。地球が危ないレベルの攻撃を使用する時である。

 だからこそ、ワイズネルラが魔術を使えないという情報が齎したものは大きかった。ロック・ファイアを解除される恐れがなくなれば、カオスも遠慮なく混沌弾を使えるから。

 

   ◇


 ゼファロはワイズネルラとの接近戦へ移っていた。ゼファロは真っ赤な顔をして奥歯を強く噛み締めながら戦い続けている。止むことのない拳と蹴りの連撃は、その悉くが、ゼファロと同様の動きを見せているワイズネルラに相殺されている。だがワイズもワイズで決定的な反撃が出来ていない。膠着状態。

「万全なら、こうはなって……うっ、なかっただろうな、ワイズ」

「いや、それはどうかな。たかだか二十年弱でかなり成長したみたいじゃないか、オマエ」

 優勢なのは、既にワイズネルラに変わりつつある。ゼファロからの攻撃を何とか打ち払って凌いでいるワイズネルラという構図は逆転し始めていた。そんな中で春竜は。

 ――ロック・ファイアなかったら確実に死んどったな。

 などと思いつつ、ワイズネルラの背後に駆け寄りながら、早九字を切っていた。人差し指と中指を突き立てた刀印で空中を横、縦、横、縦、横、縦、横、縦、横の順で切ることによって臨、兵……の代わりを為す早九字は、文字魔術における高速筆記のようなもの。威力を犠牲に素早さを増す。一秒半で切り終えた春竜は右手で拳を作り、左手でそれを包み込む。九字によって強化された手。ゼファロに気取られていたワイズネルラの左肩に、そいつを思い切り叩き込んだ。

「っっ」

 脱臼。だらしなく垂れ下がる、ワイズネルラの右肩から下。振り向くことなく、残った左腕の肘で春竜を打つワイズ。春竜が吐血しながら宙を舞う中、間隙を突いたゼファロが、ワイズの右腕に咬み付き、そしてもぎ取った。迸る鮮血を浴びながら、ゼファロは後方へと跳躍し、相手との距離を取った。その先で、咥えていたワイズネルラの右腕を吐き捨てる。

 ワイズの右肩、見るも無残な有様となっているそこは、単一で自意識でも持っているかのように蠢き始める。再生までには時間がかかるにしても、傷口はものの一、二秒で塞がる。はずだったが。最初ほどの勢いはないにせよ血を流し続けて、ワイズの傷口は開いたままの状態で固着する。

「さっきから自分ばかり、安全なところから術を使うだけか?」

 と述べるワイズネルラの視線の先には、彼に向かって腕を伸ばし両手を翳しているカオスがいた。

 指摘を受けたカオスは腕を下ろし、

「らしくない挑発だな。子供でも相手にしているつもりか? 役割分担と言えよ」肩を竦めて反論する。「ワシは戦闘自体得意なわけじゃないんだからな。近接戦闘など以ての外だ」

「ふん」未だ血の滴り落ちている傷に顔を顰めながら、ワイズは視線をゼファロと春竜の方にも向けてみる。二人はともに、強く歯を食いしばっていた。春竜に至っては膝をがくがくとさせており、額に脂汗も滲んでいる。「大した怪我もしていないオマエたちが、一体何をそう辛そうなツラを見せることがあるんだ」

「ああ? よう……くっ、言うわ。お前の、せいやろうがっ」

「なに、オレの? はて。骨を砕いた感触も臓腑を破った感覚も憶えなかったが」

「違う、お前の……能力のことだ。う、つ……っ! こちとらさっきからずっと、殺人的な痛みに……耐え続けてるんだぞ。こういうツラにもならあな」

 狂鬼は一瞬間、目を丸くして。次に笑い出した。

「は、はははっ、そうか。ソフ・カオスならオレの力を無効化、或いは弱体化させることも可能なのかと、それほど不可思議に思っていなかったんだが。なんだ! 揃って単なる痩せ我慢だったのか」

 ワイズネルラは自身の能力〝痛みを操る力〟を、この闘いの当初からずっと使い続けていた。正確には、ゼファロと春竜にそれぞれ一撃を見舞ってから。二人はずっと、蹲って悶えていて然るべき痛みを抱えながら、根性だけで耐えていた。それがただの肥大化された痛覚であることを知っていたから、迷ったり考えたりする暇もなかった。毒でも術式でも、その他の能力でもないのだから、考察するだけ無駄なのだと。

「それにしてもワシは痛くも痒くもないんだが。やはりお前のその力は、お前の手によって与えた痛みにしか干渉出来ないようだな」

「そりゃあそうだ。流石にそこまで都合のいい力じゃない」つまりは。ワイズネルラがその手で与えた傷の痛みしか、増長させたり減退させたり出来ないということ。カオス一人だけが涼しい顔をしているのは、彼が特別に我慢強いというわけではなく、単に彼だけがワイズネルラの攻撃を一切受けていなかったから。「いや、しかし」大きく溜息を吐いてから。「まずいなこれは」ようやく血が凝固し始めた傷を見ながら吐き捨てて、ワイズネルラは後斜上方へ跳び上がった。誰の目にも明らかな逃亡行為。とかく戦線を離脱しようとした彼は――空中で見えない壁に阻まれた。「あん?」

 そこで初めて彼は気付く。テーブルトップマウンテンの頂上がドーム状の結界によって外の世界と断絶されていたことに。そしてその結界の外側には、大勢の人間の術者たちがいたことに。

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