その1
「よしっ」
日本、関東某所のとある山奥で、一人の男がぐっと拳を握り締めていた。少年から青年の変わり目、見目十代後半か二十歳といったところ。唯袈裟を着ながらも、僧というにはあまりに俗っぽい風貌をした彼の名は青木春竜。
――この成功率やったら実戦でも使えるな……。なんとかぎりぎり間に合ったわ。待っとけよ、一糸ぐらい報いたる。
何らかの決意を固めた春竜は、山を下りるために踵を返す。その背中、袈裟は焼け落ちて、筋骨隆々とした肌が露出していた。
「うわっ、えらいことになってる! やっぱりちゃんとした兵装着とかなアカンか」
春竜がふうっと溜息を吐いて肩を竦めたところで、一羽の小鳥が飛来し、彼の眼前で騒ぎ立て始めた。一見してスズメのようであるが、腹は黄色く、鶯色のとさかのようなものがある小鳥が。
「チチチッ、チチッ、チチチチッ」
「ん?……あ! 鞍馬のじっちゃんのとこにおった送り雀か」
小鳥の正体に気付いた春竜はぽんと手をついて、改めてその鳴き声に耳を傾けた。
送り雀。猫が猫又へと変化するように、スズメ目のある鳥が変化したそれは、山において人間へ、魑魅魍魎の存在を警鐘すると云う妖鳥。春竜の眼前に現れたのはその一個体。彼の師が属する一派において、連絡係として重宝されているもの。
「チチッ、チッ、チチチッ、チチチチッ!」
「………何言ってるか全然わからん」なればそこはやはり、魔術を使うより他ない。春竜は自身の右の耳朶を摘まんだ。「ええっと、『知り合いのカラスに聞いたんだけど、ワイズネルラが南米にて陰陽師と交戦したらしい』やて?」驚きを隠せないながらも、春竜は更にその先の報告を促す。「……『しかも、ワイズネルラの力を暴いた』っちゅうんか? で、その陰陽師はどうなったんや? まさか」
「チチチッ、チッ」
「そ、そうか。無事なんか」春竜はホッと胸を撫で下ろし。「報告ありがとう。鞍馬のじいちゃんによろしく言っといてくれ」
「チチッ!」
敬礼の真似事を見せて飛び去る送り雀の背を見送りながら、春竜が思案する。
――とりあえず『連合』の方に顔出してみるか。ワイズネルラの力の正体は、そっちに伝わってるみたいやし。ああ、でもその前に服着替えらな。




