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Five Knives  作者: 直弥
第三章「不死なる山椒魚」
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その3

 南木家の大広間。畳張りで、ど太い柱が規則的に並んでいて、天井下には鳳凰の飛ぶ欄間が取り付けられていて。寺院の堂を思わせる作りのその広間は、儀式にのみ使われることが前提とされている。その部屋の真ん中には今、裸の上に布きれ一枚だけ被せられた槐子が仰向けに寝かされており、春と代が彼女の傍らに座り込んでいた。

「もの凄く悪いことしとる気がする」

「実際、傍目から見ると犯罪者以外の何物でもないと思いますよ」

 他人様の家で、そこの家主を気絶させ、あまつさえ裸に剥いているのだから当然である。

「ここまでしてもうた以上、もう後はなるべく早いとこ済ませるに越したことないな。で、どうなんや?」

「間違いありませんね。彼女にとり憑いているのは精霊五大種の一つサラマンダーです。いえ、とり憑いているというのは語弊がありますね……。サラマンダーにとっても事故みたいなもので。発生する時、空間座標が彼女の体内と重なってしまったんでしょう」

「そういうの、普通は避けて発生してくるもんちゃうんか? いや、普通じゃないから事故なんか。こっち側へ半端に片足突っ込んでしもてる以上、精霊やら妖怪を寄せ付けやすくなってんのかいな。でもこの子、十年近くも幸守の塾に通ってたんやろ? その間には誰も気付けへんかったんか?」

「彼女が通っていた頃の講師は幸守様ではなく、父君の幸義様ですよ。それはさておき、ここまで完全に癒着していると案外気付けないものなんです。元々、精霊種の隠避能力は魔術師で言うところの旅立者レベルですから」

「ふうん。よっしゃ、とりあえず整理しよか。南木槐子に憑依してるのはサラマンダー。その影響で今この子は瘴気を吸取る力を得てしまってる、ってことでええんやな?」

「はい。彼女は瘴気を〝祓っている〟つもりだったみたいですが、実際には〝吸収〟です。瘴気はあらゆる精霊種にとっての餌ですからね。彼女の中のサラマンダーも瘴気を求めてしたのでしょう」

 代の解説を受けて、「ふむ」と春は考え込む。『精霊』とはすなわち、世界そのものが、自らの意思の代行者として生み出す存在である。そして瘴気とは世界の膿のようなもの。負のエネルギー体である瘴気に侵された生物が体調を崩してしまうのは至極当然と言える。しかし。

「ひとつ気になるんやけど、人間が死にかけるほどの瘴気なんかそうやたらめったら発生するもんか? さっきの話聞く限り、結構危なかった事例も多いみたいやけど」

 そう。瘴気は常に発生し続けているものであるが、大抵は野生の精霊に食べられてしまう。若しそれを逃れて生物の体内に入り込んでも、よほどその個体の抵抗力が弱っていない限りは数日で浄化されてしまうはず。命の危機にまで見舞われることなど、一度に大量の瘴気を取り込んでしまった場合のみの、極稀な事例である。にも拘わらず槐子が接してきた患者の多くが瘴気のせいで死にかけている。多い時では月に二人三人も。これは一体どういうわけか。春からの問いかけに、代もやや考え込んでから答える。

「恐らくですが、精霊の数が減ってしまっているせいだと思います」

「はあ? 精霊の数が?」

「はい。江戸……じゃなくて東京はここ十数年で空恐ろしいまでに変貌を遂げてしまった街ですから。環境の変化についていけなくなった精霊子供たちがどこかへ行ってしまったみたいです。そのせいで瘴気が増えたとかなんとか」

 捕食者や競合者がいなくなればその生物種が繁栄するように。

「なるほど。確かに瘴気そのものが増えたら、大量の瘴気をいっぺんに取り込んでまう奴も増えるわな。筋は通っとる。まあ、そんだけ偏ってるのも今の内だけやろな。直に精霊も帰って来るなり新しく生まれるなりするやろうから」

「でしょうね。では、そろそろ始めますか?」

「お、おう。そやな……」

 歯切れの悪い、春。

 青木春は陰陽師である。それも、陰陽道によって吉凶を占ったりお祓いをしたり暦を読んだりするような〝表社会〟の陰陽師ではない。魔術の一系統である陰陽術を操り〝裏社会〟に生きる陰陽師。まさに『戯作の中の陰陽師』そのものの存在。表社会にその実在が露見してはならない。そして精霊種もまた、同様に秘匿すべき存在である。しかし。

「正直、今回はちょっと気ぃ進まへんな。サラマンダーを引き剥がしたりしたら、この子、仕事失うやろ。この子の力がなくなったら困るっちゅう連中も、いっぱいおるやろし。今後、瘴気に侵された人らをこの子に変わって救い切れるんか? 幸守は」

「春様のおっしゃりたいことはよく分かりますが、かと言ってやはり見逃すわけにもいかないでしょう。もしここから魔術や精霊の存在が一般に知れ渡ったりしたらどうなるんです? それこそ世界を大混乱させてしまいかねませんよ」

「神秘はすべて秘匿すべき、か。巨視的な視点でみたらそりゃ正しいことなんやろうけど、微視的な視点に立ってみたら、やっぱり魔術師(俺たち)側の横暴って気がしてまうんやよなあ」

 言って。春は嘆息する。

 魔術、魔術師、精霊、妖精といった神秘の露見。それは確かに世界を混乱に陥れかねない。使いようによっては星一つ滅ぼしかねない魔術までもが多数存在するのだから。まして『第四の壁』の向こう側にある異世界の存在など、絶対に知られてはならない。『人類はまだそれらを享受できるほどの器を持ち合わせていない』というのが、実質的にすべての魔術師たちを束ねている『連合』の見解。だが魔術師同士で日常茶飯事的に諍いが起きているのもまた現状。だからこそ春は思う。結局魔術師とは、珍しいおもちゃを少数のグループだけで独り占めしている子どもたちのようなものではないのかと。

 ――って言っても、俺らの場合そのおもちゃ(魔術)が危険ぎる凶器なんも事実か。

 俯き考え込んでいた自分を、代が不安げに見つめているのに気付いた春は、先ほどまでの苦悩を誤魔化すように苦笑する。

「悪い。ちょっとした気の迷いや。やろう。代、補助頼むで」

「はい、勿論。私は式神。陰陽師に仕えるために在るモノですから」

 春の覚悟は決まり、遂に少女から精霊を剥離するための術式が開始されることとなる。袖の中から、鞘に収まった短刀を取り出した春が、更にその鞘を外す。銀色に輝く刃が露わになる。

「青木家に伝わる魔導兵装『鬼一刀おにいっとう』ですか」

「ああ、そうや。俺の曾祖父さんが僧正坊から貰ったっていう青木家の家宝。これでこの子から精霊を剥ぎ取る。上手くいったら、この子も精霊も助かる」

「大丈夫なんですか? 身体を傷付けたりは?」

「問題ないって。まあ、魔術師でもない人間が使ったらただの刃物になってまうけどな」

「そりゃそうでしょうね。術式兵装ならともかく、魔導兵装なら」

 術式兵装とは、それ単体で何らかの術式を引き起こす兵装。対する魔導兵装とは、使用すること自体に魔力や魔術が必要となる兵装である。前者は誰にでも使える。後者は魔術師にしか使えない。

「ほな、始めるで」


 ――――二分後。

「うん、無理やったな」

「無理でしたねえ」

 がっくりと肩を落とす二人。術式は失敗した。事態は二分前と何一つ変わっていない。

「参ったわ。鬼一刀こいつも通らんほど癒着しきってるとは思えへんかった」鬼一刀を置きながら、幸守はそんなことを言う。「身体ん中から精霊を分離させるぐらい、楽勝やと思うてたのに」

「そりゃあ、あなた様の場合は簡単でしょうけれど。彼女とは事情がまったく違います」

「ああ、そうやったな。反省しとる。しっかし、こら後日に持越しやな。やっぱりこういうのは呪禁師の領分や。幸守のが向いとる」

「しかし、どうしますか? いっそ彼女を殺せば精霊も一緒に死にますし、それはそれで精霊の存在を隠せることにはなりますが」

「物騒なこと言うなや。お前も血は見たくないとか言うとったやないか」あっさりと最後の手段を提案した代に、春は渋い顔を見せる。今回に限らず、代が時折垣間見せる冷酷なまでの合理性に、彼はよく戸惑わされていた。「成功した時に予定しとった段取りといっしょでええ。まず服着させて、俺らが来る前におった場所に寝かせとこ」

「畏まりました。じゃあ、着替えは私に任せて春様は」

「う? ああ」

 代の言わんとしていることを一拍遅れて理解した春は、着衣の場面を見ないように部屋を出ていった。代が時折見せる冷酷性に彼が戸惑わされる大きな要因はこれである。代にはちゃんと、人を思い遣れる心がある。

 そんな代は、春の退室を確認した後、槐子の身体を覆っていた布をそっと取り、その身体をひっくり返した。傷ひとつ、痣ひとつない美しい背中が露わになる。

 ――綺麗。でも、傷や痘痕どころかホクロもまったくない人体なんてあるのかしら。

 疑問には感じつつも追求しようとまで思い至らなかった代は、さっさと槐子に服を着せていった。


 ――//――//――//――

 春たちの仕事が失敗に終わっていた頃、真壁幸守は呼び出された場所へやって来ていた。湯島神社からほど近い、寝殿造りのとある屋敷。柱に『九条』と書かれた表札が付けられた門は開いていた。

 ――勝手に入っていいのかな? いいよな。呼び出したのは九条さんの方だし。

 そう納得することにした幸守は、ゆっくりと門をくぐった。

 途端、ばんっという激しい音。

 幸守ははっとして振り向く。さっきまで全開に開いていた門が、今は閉ざされている。そんな不合理に続いて彼を襲うのは、強烈な眩暈。

「!? う、ぐっ」

 脳を絞めつけられるような感覚に陥った幸守は、堪らず倒れ込み、気を失ってしまう。すると、どこからともなく現れる大小様々な十七人のヒト。彼氏彼女らは、倒れ伏す幸守を取り囲んで、その身を見下ろしていた。

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