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Five Knives  作者: 直弥
第二章「鏡の中の似肖」
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その5

 敗北した。

 ゼファロはやはりワイズネルラに届かなかった。あの後もまた正体不明の〝痛み〟を与えられ続けたゼファロの戦力は大幅に削り取られ、結局のところ、まともに戦うことなど出来ず敗れ去った。瞬殺にも等しかった。だが無論、戦いの際にわざわざ手の内を晒してくれるような奇特な者がそうそういるはずもなく、相手の技が何だったのか分からなかったから負けたなどという言い訳は成立しない。とどのつまり、ゼファロは純粋に敗北したと認めざるを得なかった。あの殺人狂鬼に。

「う、ああ、くそっ……」気絶から回復すると同時、ゼファロは全身を鈍い痛みに見舞われる。痛みはすべて、戦いの中で受けてまだ回復し切っていない打撲や切り傷によるもの。件の〝正体不明な痛み〟は完全に消え去っていた。「ワイズの野郎、あんな技持ってたなんて初めて知ったぞ。今までずっと手加減されてたってのかよ!」

 やり切れなくて、ゼファロは地面を強く叩いた。結局のところ自分は、千年以上もかけてワイズネルラの足元にも及べなかったのかと。

 ――でも、はっきりと分かったこともある。

 思い出すは、ワイズネルラの肩から流れ出ていた血。

 ――奴は不死身の怪物なんかじゃない。強いだけだ。どうかしてるんじゃないか、ってぐらい強い。でも不死身じゃない。

 ゼファロがこの日確信し、手にした希望。それは、ワイズネルラに未だ計り知れぬ力があったことへの失望よりも大きかった。

「帰らないと」

 希望を手に出来たからこそ帰らなければと。ゼファロは、白んじ始めた空に向かって飛び立った。カブとは違い、完全なヒトの姿を保ったままで。


 果たして。アジータ宅でゼファロを出迎えたのは、完全に回復し切ったキリと、カブと、『化神』状態が解かれ、仰向けに横たえられているアジータであった。村人たちは、皆殺されていた。

「一体……何があった? これはどういうことなんだ!」

「……実はな――」

 重い口を開いたのはカブ。戦線を離脱した彼がアジータの村へ辿り着いた時、既に村はこの惨状であった。そしてその惨状を作り上げたのは他でもない殺人狂鬼。

「あの時のネクロマンサーが……いや、あんな奴はもうどうでもいいな。結果的に何にも出来やしなかったなら。それより、ワイズだと!? ワイズが、よりによってここへ? しかも、お前よりも先に……ぐっ、ぐぐぐっ」

 ――偶然だっ。そりゃそうだろ。奴が俺たちとアジータの関係を知っているはずはないし。

「キリ、お前はもう平気なのか? 話を聞いた以上、相当ひどい目に遭わされたみたいだが」

「ええ、私は大丈夫」

 ――あのネクロマンサー……わざと視覚と聴覚を残したまま痛めつけてくれちゃって。サディストにも程がある奴だったわ。でもそのお蔭で、状況を把握することが出来たんだけど。

「ねえ、本当にあのネクロマンサーがアルンを攫った犯人じゃなかったなら、結局真犯人は何者なのかしら」

「そんなのはもう」今更見つけても意味がない。村の人間たちが皆殺されてしまっては、如何なる脅威も意味がないだろう。そう言いかけたゼファロは、しかしそれが口を突く前に、ふと気づく。「いや待て。分かったかもしれないぞ、真犯人が」

「本当か? 一体、誰なんだ」

「……バットエッグだ」

「あ」目から鱗でも落ちたような反応。「なるほど、盲点だったわ」

「あり得るな。いや、あり得るどころか。もうどう考えたってあのヒトだろ。なんで今まで気付けなかっ……『認識麻酔』か」

「恐らくな」ハッとした顔でこちらを見るカブの言葉に頷きながら、ゼファロは言う。「あんなホラ吹きの言葉をすんなり信じちまってたのは、それが原因だろう。これから確認の意味も込めて、今からあのヒトと話してくる。どうせ居場所は分かってるしな。今更の感は否めないけど、一応はっきりさせとかねえと。……もうじき夜も明け切っちまう。町の人間がここの異変に気付く前に去った方がいいだろうな。次は俺たちの家で直接落ち合おう」

「了解」

「任せて」

「……じゃあ、また後で」

 横たえられたアジータの〝亡骸〟を一瞥してからそう言って。一足先に、ゼファロは外へ出て行った。バットエッグなる人物の元へ向かうために。

「じゃあ、俺たちは帰るとしよう。飛んで行くか?」

「いいえ。抜け道を通って行きましょう。夜でもない空を飛ぶのは気が引けるわ」

「同感だ。あと、時間はないが、せめてアジータだけでも手厚く葬ってやろう。今までこの村のために戦ってきた子だ。これぐらいなら、贔屓にならないだろう」言うが否やカブはアジータの亡骸を抱き上げる。「もう、俺たちよりも冷たくなっている」

「……感傷に浸ってる暇はないわ。早く行きましょう」

「ああ」

 カブとキリが扉を開けて外へ出ると、既に東の方角から太陽の頭が覗き始めていた。夜の時間が終ろうとしている。彼らはジャングルのある方へ向かって歩み始める。

「ねえ、カブ。ワイズネルラって、妖怪だって云われてるんでしょう? つまり、ヒトの集合無意識が現世で受肉した存在だって。それ、きっと正解だわ」

「どうしたんだ、急に?」

「今日、感じたのよ。あのネクロマンサー、狂い方がどこかワイズネルラに似ていた気がする。私自身がワイズネルラと会ったことなんて、ほんの二回しかないけれど、それでも十分感じたの。それで思ったのよ。人間、いいえ、あらゆるヒトの深層意識に渦巻く〝狂気〟が集まって、殺人という方向性に具現化したのがワイズネルラなのかもしれないって」

「そう、かもな」

 生返事で。どこか上の空といった風に答えるカブであったが、決してキリの考えを戯言と感じているわけではなく。むしろ目から鱗でも落ちるような思いを感じていた。

 ――そういえばあいつの異名の中には『すっぴんの道化師』なんてのもあったな。取り繕わぬ狂気、すっぴんの道化師か。なるほど。名付けた奴は、多分その可能性に気付いてたんだな。

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