表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Five Knives  作者: 直弥
エクストラ
10/47

竜と老人/青年


 ギンリョウソウに酷似した植物『ファントム・グラス』が風に揺れている。雲一つない茜色の空がどこまでも続いている。ただそれだけのことなのに、訪れた者なら誰しもが溜息を洩らすこと間違いなし。それほどまでにその場所には、この世のものとも思えない幻想的な景色が広がっていた。実際問題、人間の住む世界ではないのだから、ある意味、言い得て妙ではある。

〈竜巣域〉。それは、人間たちが暮らす〈物質域〉の裏に存在する空間。『第四の壁』を越えなければ行けぬような正真正銘の〝外なる異世界〟とは違い、あくまでこの世界の内部にあり、道のりさえ知れば誰でも辿り着けるその空を、一頭の赤い竜が舞っていた。竜、すなわちドラゴン。ウェールズの旗に描かれたものにそっくりな真赤な体色と翼を持つ四脚のドラゴンは優雅に空を逡巡していた。そこへ、どこからともなくやって来た一羽の真黒いワタリガラス。ワタリガラスはドラゴンにぼそぼそと耳打ちをする。

「……うん、分かった。報告ありがとうね、セブン」

 やたらオバさんじみた声でドラゴンにそうお礼を言われたワタリガラスはくるりと旋回し、飛び去って行った。

 一方でドラゴンはゆっくりと地上に降下していく。ドラゴンがその巨大な二本の後ろ脚で地面に降り立った途端、足元に生えていたファントム・グラスに火がつく。火は一気に燃え広がったかと思うと、忽ちに消え失せた。まるで最初から火の手などあがらなかったように。ファントム・グラスも無傷。

「カオス、起きているか? ワタシだよ、クローヴだ」

 ドラゴンが声を発した瞬間、草原に洋館が出現した。どこぞの博物館かと見紛うほどに壮麗な真白い館は、しかし厳かというよりは素朴で、純朴な風景にもやけに溶け込んでいた。館の扉がゆっくりと開く。中から、

「飯食ってたんだけどなあ、ワシ」見た目には二十代後半の人間の男と寸分違わぬ形体の何者かが、口元にトーストかと思われる食べかすをひっ付けたままで現れた。真黒な髪。真白い肌。対峙するドラゴンの脚一本よりもまだ小さい彼は「で。なんだ? こんなに朝早くから」舌で唇を拭いながら、仏頂面で訊ねた。

 如何にも面倒臭いといった態度を取る男に、ドラゴンは些か不服そうに溜息を吐く。

「おい、何も知らないのか? 〈物質域(あっち)〉でワイズネルラの奴がまた好き放題し始めた件を」

「ああん? ワイズネルラぁ? んー」

 男は首を捻り、ドラゴンは溜息を吐く。

「アンタ、少しは外にも興味を持ったらどうなんだい。こんなところに一人で引き籠り続けていて、頭の中に蜘蛛の巣でも張っちまったのかい?」

「ひどい言い草じゃないか。無二の親友に対して」苦笑。「ワイズネルラ。ああ、思い出したよ、その名前。名前というか。渾名というべきか。あれがまた暴れているのか。で。それがどうしたんだ?」

「…………」

 あくまでも。興味がないという態度を崩さない、ぶっきらぼうな男。ドラゴンは眉間に皺を寄せながらも、どこか哀しそうな眼で彼を見つめる。

「やめてくれよ。そんな眼でワシを見るのは」ドラゴンの目つきに気付いた男が、大きく息を吐いてから言う。「他の誰かならともかくとして、お前にそんな風な眼で見られるのは堪える。ワイズネルラが人間の敵であるなら、ぎりぎりまで人間が戦うのが筋だろう。ワシはあいつらの保護者でもなければ盟友でもないのだぞ。恩義があるわけでもない」

「しかし恨みもないだろう。何も見殺しにしなくてもいいじゃないか。今まではそれほど煩く言ってこなかったけれど、アタシだってそろそろ見過ごせなくなってきたよ。幾らなんでも」

「目に余るってか? 同じ系統樹上の兄弟を幾種も絶滅させている人間どもよりはよほど節度があると思うがな」発生以来、人類は他の生物種を根絶やしにして来た。時にはただ遊戯や嗜好という贅沢のためだけに。だが。「少なくとも。ワイズネルラが人類そのものを滅ぼすということはあるまいよ。奴の活動期間中に死ぬる人間よりも、休止期間中に殖える人間の方が、数として圧倒的に多いのだからな。奴は確かに大量殺人鬼だが、《破壊者》ではない」

 だから干渉すべきでないというのが、人間と同じ姿を持つ男の言い分。しかし。

「ちょっと待ちなよ。それは人間たちを〝人類〟という一括りで見た視点での問題だろう? 今ワイズに殺されている者たちは、罪も力もない人間たちがほとんどなんだ」

 だから干渉すべきであるというのが、人間とはかけ離れた姿を持つドラゴン側の言い分。それでも。

「クローヴはもう人間たちを個々として見ることが出来るのか。ワシには無理だな」男には響かない。が。「しかし、ワシとて最期の瞬間まで傍観者に徹するつもりはない。アビスが出張るような段階になれば、何かしら行動は起こすつもりだよ」

「そんな生きてるかどうかも分からない奴を……アンタ、それは永遠に何もしないって言ってるに等しいよ」

「ものの例えだ。本音でそこまで極端なつもりはない。ただ、ワシらは神じゃないのだし、絶対的な力の持ち主でもなんでもない」

「アタシはともかく、アンタは半分〝神〟みたいなもんだろ」

「馬鹿を言え。あんなものは名ばかりの〝紛い物〟に過ぎん。あるいは〝借り物〟か。どちらにせよ、無茶をしてしくじった時に尻拭いをしてくれるような存在もいないワシらは、誰よりも慎重に行動せねばならない。確かに、冷静且つ冷徹に先を見据えて人を見殺しにするより、熱と情に動かされて今戦う方が〝正しく美しい〟姿なのかもしれないが」

「その結果、ワタシたちが死んでしまって、ワイズネルラを滅ぼすことの出来る可能性の一つを消し炭にしてしまっては、元も子もないって言うのかい?」

「ああ」そう言って。男は頷く。「第一、『旅立者』でなくとも既にワシらの力を越えている輩が、〈物質域(あっち)〉にはいるだろう」

「駄目だよ。あんな連中。どいつもこいつも『第四の壁』を超えることばかりに執心していて、他人の命に興味なんてないみたいだ」

「……仕方ない。『第四の壁』を越えて旅立つことは、すべての魔術師が目指す道。そこまであと一歩と迫っている者なら、わざわざ危険を冒してまでワイズと関わろうなどと思わんだろう。しかし、全員が全員そうだというわけでもあるまい。とっくに旅立出来る域にいながら、自らの強い意思でこの世界に留まっている者だってゼロじゃあない」

「で、そういう特異な者がワイズネルラの討伐に動く確率は?」

「……ゼロより低いな。あいつらはいわば抑止力だ。この世界そのものに危機が迫らん限りは動かないだろう。自分たちの持つ影響力を把握しすぎている。ああなるほど、では尚のことワシらが慎重に動かなくてはならんじゃないか。だからお前も、ワシに黙って手を出すような無茶はするなよ? こう言っちゃあなんだが……」

「言われるまでもなく分かってる。絶対能力持ちのワタシじゃ、魔術だってまるで使えないしね」異能力――先天的に魔力の形と流れが調整され切っている者のみが持つ力。言ってみれば、特異な魔術を一つだけ使い放題になる力である。その最上位とも言うべき絶対能力は、過程を抜きに結果のみを実現する能力群である。故に魔力の形は調節された上に〝完全に〟固着されている。普通能力者が魔術を使い辛いという制限を負わされているのに対して、絶対能力者は魔術を一切扱えないという制限を負わされている超一芸特化。「ワイズネルラをより確実に滅ぼすためには、結局、ワタシも人間たちを幾人も見殺しにしなきゃいけないってことか」

「そういうことだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ