《神具》召喚⑤
(これが……、魔法……)
漫画やラノベに出てくるように、割れたカップが傷一つなくなるという不思議な現象。俺がいた世界にはなかった物だ。だが、不思議な現象を一回見せられただけで、魔法の存在を認めていいものか、という率直な気持ちがある。さっきイリイスが見せた事くらいなら、手品であっても出来る事だろう。なので、現状の気持ちを素直に伝える方がいい、と霆は思った。
「まだ、一回しか魔法を見せてもらっただけなんで、魔法を信じていいのかどうか戸惑っている」
「学園長が今使った魔法は、普通の人では出来ない特殊な魔法なのに、『魔法を信じていいかどうか戸惑ってる』って言うなんて、頭が腐ってるんじゃないの?」
わめくように霆に向かって言うリナ。
イリイスは苦笑しながら、まあまあ、とリナを手でなだめ、霆に向かって、
「今まで存在しなかった物をいきなり信じろって言っても、確かに無理な話だと思う。
今度魔法の授業でも見学するといい」
「もし機会があれば……」
なんだか授業に出るといいって面倒くさいことになりそうだと思い、濁しながらイリイスに言う霆。
「じゃあ、魔法も《神具》も霆は見た事だし、さっきの私が霆にした質問の答えを聞かせてもらおうか」
「……質問?」
「ああ、リナとキスをしたいかどうか私がした質問の回答を聞きたい」
イリイスの言っていることは学校の昼休みとかにする様なふざけていると思えるような内容だが、決してふざけているような表情ではない。イリイスにキスをしたいかどうかを言うのにちゃんと考えて伝えた方がいいだろう、と霆は思った。
それに、キスをするとなると、相手となるリナの気持ちも大事になる。《神具》は《姫巫女》であるリナにとって絶対必要な物だと、今までの話しの流れでよくわかった。だが、リナは《神具》の可能性がある俺とキスをしたくない、と言っていた。俺は今、イリイスの方を向いているから、リナの表情はわからないが、霆がどんな事を言うのか物凄く気になり注目している視線を感じる。リナの立場から言っても、俺と同じように、いきなり知らない人とキスする様にと言われても困っているのだろう、と霆は思った。
「回答は、キスをしたくない」
「ーーほう……、ーー」
「あんた、私とキスをしたくないなんて生意気よ!」
イリイスが話している途中で、話しに割って入ってくるリナ。
(あれ、おかしくない⁉︎)
イリイスは俺とキスをしたくないって言ってたから、ここは俺の言った事に賛同すべきなんじゃないの? 、と霆は思った。
イリイスも霆と同じ事を思ったらしく、んっ? と不思議そうにリナを見て、
「リナはさっき霆とキスをしたくないって言ってたと思うが……、なぜここで怒る?」
「霆は身分の低い男のクセに、私とキスをしたくないって言うのが生意気だからです。
ここは、霆が私に『どうしてもキスをしたい』って言ってきたのを、私が『嫌!』って一言で拒否する場面になるべきなのです」
ゴキブリでも見るかのように霆を見ながら言うリナ。
(なっ、なんて言う奴だ!)
少しでもリナが今置かれている状況を推測し、同情したのが間違いだった。それに、俺がキスをしたいかどうか答えようとしていた時にリナが恥ずかしそうにしていたのはなんだったんだ、と霆は思った。
イリイスは、リナの言葉を聞いて苦笑をしながら、
「私は、霆がキスを拒否しても、リナにキスをして欲しいんだがな。
そうでなければ、私の大事な学園の生徒に魔法が使えない者が出てしまう」
「私は霆となんかと、絶対、絶対、ぜぇーたい、キスをしたくありません」
リナはふてくされたように、再度、プイッとそっぽを向いたのだった。