剣の訓練⑩
「それでは、霆様はご自分の部屋で待っていて下さい。
怪我を手当てする道具一緒に食事も持ってきますので」
リナの家のドアの前でユキミルが言ったのだった。
霆はリナの家に戻る事にしたのだった。ユキミルの霆に対する条件の中でリナの家に戻ってもいいと思えるような内容が含まれていたからだ。条件は、①ユキミルができる限り霆の見方になる事、②霆へ優しく接するようにとちゃんとリナに伝え、説得をするという事だった。リナの家に、リナという大きなマイナスの部分があるが、ユキミルという可愛い女の子ができる限り見方をしてくれるというプラスの部分があるので、一回は戻ってもいいと霆は思った。
「わかった」
ユキミルは霆の返答を聞くとともに、リナの家のドアを開ける。
リビングには、リナがいなかったので霆はホッとした。リナの家から勝手に出てきてしまった霆としては、リナと顔を合わせたくなかった。
「じゃあ、部屋に入ってるから」
「はい、すぐに行きますので」
霆に返答をすると共にバタバタと医薬品と食事の準備を始めるユキミル。
霆は自分の部屋に入り、ランプに火を灯して、椅子に座る。
すると、ドアが開き、
「霆様のお腹が空いているだろうと思って、すぐに食べれる物を持ってきました」
と、ユキミルは忙しそうにしながら部屋の中に入ってくる。
「ありがとう、って、痛たた……、」
リナによって木製の剣で打たれた部分が痛む霆。
(つうか、リナは本当にやりすぎなんだよな!)
ユキミルがリナに対して色々と話をしてくれると言っていたが、態度は本当に変わるのだろうか……。
と、霆が考えていると、ユキミルが霆の顔を覗き込んでくる。
「だっ、大丈夫ですか……?」
「ああ、」
苦笑しながら答える霆。
「……んっ?」
霆はユキミルがスープをスプーンですくい霆の口に近づけて来たので疑問の声を上げる。ユキミルは霆にスープを食べさせようとしてくれている。
「……どうかしましたか?」
首をかしげながら不思議そうに言うユキミル。
「いや、食べさせてもらうって恥ずかしいというか……」
照れながら言う霆。
女の子に食べ物を食べさせてもらうなんて初めてだ。
「怪我人なんだから恥ずかしがる事はないですよ。メイドとして当然です」
世間の常識、といった雰囲気で言うユキミル。
スプーンは、口に触れそうなところにまで近づいてきている。
霆は、反射的にあごを引いてスプーンから距離をとる。
すると、ユキミルは不服そうにほっぺたを膨らまし、
「もー、スープが落ちてしまいますから、そういう意地悪な事はやめてください」
「いや、意地悪をしている訳ではないんだが……、」
どぎまぎしながら言う霆。
霆としては女の子に食べさせてもらうのが恥ずかしいからスプーンから距離をとったのだが、ユキミルは霆が意地悪をしたと思ったらしい。
霆は怒った表情をしているユキミルの目を見る。小動物のように目がクリッとしていて可愛い。
可愛いユキミルに優しくスープを食べさせてもらえるなんて、なんだか戻ってきて良かったな、と霆は思った。
霆はユキミルが出してくれたスプーンを口に『パクリ』とくわえる。
「うん、おいしい」
普段そんな事を言わない霆だが、思わず呟いてしまった。一番のスパイスはユキミルに食べさせてもらったからかもしれない。
「一生懸命作ったスープなので、『おいしい』って言ってくれて嬉しいです」
ヒマワリの花の様な笑顔を作って言うユキミル。
ユキミルは、またスープをスプーンですくい霆の口元に近づけてくる。
再度、霆は『パクリ』とスプーンを口の中に入れる。
「……うっ!」
一回目はちゃんと飲み込めたのに、二回目はユキミルの視線にドキッとしてしまい、スープを飲み込もうとして喉に詰まらせてしまった霆。
ユキミルは霆より身長が低いので霆の目を覗き込むようにしている。心臓に悪いくらい可愛い。
「どうかしましたか?」
スープが入っている皿を机に起き、ユキミルが不思議そうに霆の顔に顔を近づけてくる。
「なぜ、顔をくっつけようとする?」
今回は上半身を後ろにのけぞりながら言う霆。
リナから木製の剣で打たれた場所が痛い。だが、仕方がない。霆が何もしないとユキミルの顔が霆の顔にくっついてしまいそうだったからだ。
「なんだか霆様の顔が赤かったので、熱がないか確認しようと思いまして」
えへへ、と笑顔を作りながら言うユキミル。
どうやら霆の顔は、ユキミルの行動によって恥ずかしくなり顔が赤くなってしまったらしい。
ただ、こんな時に風邪かどうか確認する為に顔を近づけてくるなんてユキミルはいったい何を考えているんだ? ユキミルみたいに可愛い女の子から顔を近づけられたら、さらに顔が赤くなってしまう。無意識にやってるとしたら、ユキミルは男の気持ちを知らなすぎるし、逆にワザとやっていたらなんて恐ろしい子なのだろう。ただ、今までユキミルと話をしてきた事から無意識にやっている事だと思いたい、と霆は思ったのだった。




