第一話・始まりのメール
君は、驚いていると思う。
こんなメールが来たことについて。そして、差出人が僕であることについて。もしかしたら、そう思っているのは僕だけなのかもしれないが、とにかく僕は君と気軽にやり取りができない。だからといって毎日でもしたいというわけでもない。事実、僕が君に、どんな形であれ連絡をするのは、これが五年振りであるし、君のほうからも同様に五年間、音信途絶だった。しかし、こうしてメールを出してしまうのを考えると、僕は君に対してまだ途切れたくないという思いがあるのだろう。一方で、君がメールアドレスを変更するたびに、僕にアドレスを教えてくれるのは、僕を忘れていない証拠であるような気がしてならない。一方的な、思い込みかもしれないけれど。
はじめにも言った気軽なやり取りに関してもそうだが、僕は君に会うことも出来ない。それは、君が結婚してしまったからで、今は素敵な夫と、かわいい子供、という周囲もうらやむ家庭の中で綺麗な椅子に座っている。その椅子はきっと籐で出来ていて、君の好きなアンティーク調で、値段も高いのであろう。
僕も君に椅子を買ってあげたことがあった。
それは、付き合って最初に来たクリスマスのことで、君は、僕のアパートで料理を作って待っていた。日頃から作っていなかったせいか、料理の味付けは濃かったけれど、そのときの僕の舌はそれを美味しいと感じ取った。僕が帰ってくると、君は玄関から直ぐのキッチンで炒め物をしていた。喜んだ拍子に、君は熱せられた野菜を自分の腕にくっつけてしまって、熱い、熱い、と笑いながら痛みをこらえていた。僕が買ってきた椅子は、安価なものであったけれど、君の体重と、思いを十分支えられる、作りのいいものだった。その椅子は残念なことにあっけなく一週間後に壊れてしまったけれど、そのときの君の涙は、なぜか嬉しかった。愛されているという確証を得た気がしたからだ。
最近、君がいよいよ昔の君ではなくなっていくような気がして、悲しい。風の便りで、君が結婚をする事を聞いたとき、僕は大人気なく、夫となる男に嫉妬した。君がその男に愛されていることを思うと、頭が割れるように痛かった。いったん考え出すと、どうにもとまらなかった。速度を上げてしまった車が、急停車できないのと一緒だ。
君は今幸せなのだろうか。
僕と二人で過ごしていたときのほうが幸せだったのではないか。そして、僕のほうが幸せに出来るのではないか。
夫になる男は、確かにいい大学を出ていて、出世とも縁がある、将来に光のある男かもしれない。社会的に見ても、成功の兆しがあるかもしれない。でも、君はそれでいいのだろうか。君は、自由奔放な人間ではなかったのか。家庭という束縛、子供という責任、妻という体裁、それらを甘受して生きていくというのか。僕には信じられない。
君はもっと広い大地を走り回っているほうが似合っている。
だから僕は、君が不幸せになっていくようで、耐えられない。
もし君が今の生活に満足し、幸せを感じていてくれるのなら、このメールを読んだ後で、消してしまってもかまわない。だが、それとは逆で、満足していなかったり、幸せを感じていなかったりするようだったら、もう一度会って欲しい。
君との記念の日に、いつもの場所で待っている。その日は、僕は君が来なくてもそこにいるつもりだ。それで、終わりにしたいと思う。気持ちにも整理を付けたいと思う。
君は、君のしたいようにすればいい。
君は悪くないのだから。
興味を持たれた方、読んでくださった方ありがとうございます。よろしければ、最後までお付き合いください。ではでは。




