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第二話「柚原翔妄想領域(破滅編)」

「えー、ここでnに1を代入しー…………」

 授業にはギリギリ間に合った。

 さして授業を受けたいという訳でもないが、授業には遅刻したくないという出所の判らない欲求が僕を急き立てたのだ。

 まあ、そんな自己分析はどうでもいいとして、今は今日最大の問題、放課後呼び出しについて考えなければなるまい。

 先程は考えても仕方ないという見解を述べた気もするが、どうにも気になってしまうのが男の性、ここは素直にその性に従うことにする。

 まあまずは、僕と親交の深い女性の中で可能性の高い女生徒を挙げてみるとしよう。

 僕は授業中にもかかわらず、ろくに板書もしていない真っ白なノートに候補者の名前を書き列ねる事にした。

 とりあえず、癒し兼和み系幼馴染の姫宮葉月。

 葉月とは奏と征一も含めて、キャンプしたり家でゴロゴロしたり夏休みの宿題手伝ってもらったり、色々と世話になったが……恋愛対象としては? と改めて問われたら返答に困ってしまうのが実の所だ。確かに、征一も含め姫宮兄妹とは昔からというより物心付いたときから、もとより互いに両親が不在という事もあり、なし崩し的にも何かと一緒にいる機会が多いが、葉月を恋愛対象として見た事など一度も無かった。なんというか、僕にとって葉月は凄く仲の良いイトコみたいな、言わば家族のような関係なのだ。僕は出来損ないの弟で、葉月が面倒見の良い姉、みたいな。

「つまりはオトナな姉と……って、無いな」

 ダメだ。想像しようとしてもどこか濛々としていて頭で形にならない。第一、近親相姦なんて、僕には絶対考えられない。誓ってもいい。イトコだけど。

「姉を恋愛対象としてーなんて、絶対見れないな。やっぱ無理だ」

 自分がいつの間にか葉月を実姉または義姉として認識していたらしいことに気付く。うん、やっぱり却下。というか、どう考えても釣り合わないし、僕と葉月。葉月、あれで結構モテてるからなー。兄の方はどうか知らんが。

「まあ、葉月は無いよな」

 シャーペンで『姫宮葉月』と書かれた上に二重線を引く。

 というわけでさっそく次の候補者。

「考え得るとして…………あー………………アレ? もういないっ!」

 瞬間、クラス全員の視線が僕に刺さる。僕はイスから腰を少し浮かせ、か細く「すみません」と謝罪する。まったく、と言った様子でため息を吐き黒板に向き直る教師に胸を撫で下ろし、腰を下ろす。――一番左前の席から「大丈夫ですか?」と目で訊いてきた葉月に気付きはしていたが、名前の上に二重線を書いた事に何と無く罪悪感を覚えていた僕は、さも気付いていないかのように、無反応という反応で対応した。むしろ失礼だったかのかもしれない。まあどのみち後の祭りだ。……贖罪に、今度飯でもおごってやるか。

 自分の予想以上に声量が大きかったようだ。先程まで授業無視で雑談していた連中も、僕の唐突な一言に、睨むような目で反応していた。まあ、ほんの一瞬だけだけど。

 再び無味乾燥な授業が緩やかに進み始めたが、羞恥心が想像以上に膨れていたらしい僕は、机に突っ伏した。

 第一回脳内会議の収穫として、思いのほか女友達が少数である事が発覚。少ないというか、たった一人。

「仕方ない、ここからは僅かな希望も選択肢に入れよう……」

 柚原翔、弱冠(じゃっかん) 十七歳にして女友達一人。ちなみに、年齢=彼女イナイ歴。

「……そうだ」

 そして第二回脳内会議が火蓋をきる。まあ、そんなに大した物では無いけれど。

 先の教訓をいかしてボリュームを最小限にする。ミュートにしないのは僕の意地だ。プラス、なんとなく。

「廊下ですれ違った、たしか………………まあ、女の子」

 端整な顔つきは鮮明に脳裏に焼きついているのだが、名前が全く思い出せない。大体、知っていたのかどうかさえ分からないが。

 顔を少し浮かせ、とりあえずノートは閉じる事にする。パタリ、と妙に聞き心地のいい音が鳴った。そして、再びうつ伏せる。この体勢は居眠りするのにも静思するのにも適しているなとふと思った。今は回想するのに適している。

 ちょうど一週間ほど前、廊下で友達と楽しくお喋りしていた、友達多そうな大和撫子の風貌のある黒髪長髪女子生徒。一目惚れというほど大層なものではないが、ちょっとタイプかも、と少し目を奪われた。ん? もしや、コレは一目惚れに入ってるのか? まあどっちでも構わないのだけど。

 しかし、大和撫子か。理想としては最高だが、元来の問題として、僕なんかを放課後に誘うか?『友達百人できたよ!』とか言ってても不思議じゃないくらい友達多そうだし、帰りとか友達に囲まれて、駅前のコロネとかキャッキャウフフと閑談しながら食べていそうだ。いや、それ以前に彼氏がいるかもしれない。その可能性、無きにしも非ず。

「というわけで、無し。まあ元々理想なんだけど」

 自分で言ってて哀しくなるなー、このセリフ。よし、哀言葉(あいことば) と名付けよう。

「次は……朝見かけたあの子はどうだろう」

 朝見かけた子というのは、ウチの制服を着用して、朝方電信柱の横で突っ立っていた、いかにも椿の刺繍入り和服が似合いそうな黒髪短髪女子生徒のことである。袖振って駆ける姿とか、袂からちっこい巾着出す仕草とか、袖の先っぽつまんで口にあてて忍び笑いする表情とか、想像しただけで――閑話休題。

 高等部生とは思えない低身長も含めて妙に興味を惹かれた反面、妙に近づき難かったというのも本音の所だ。一瞬、能面のように無感情な相貌でこちらを向いた時は、背筋が凍りつくというほどでも無いが、ついつい目を逸らしてしまった。

 一方的な、でも闘争心ではない何か。その子はどこか、そういう類の雰囲気を醸していた。よく言えば神秘的オーラをまとっていた。あくまで、感じがしただけ、なのだが。でもまあ、取り立てて気にする程でもないか。

「…………てか、廊下で一目惚れした子だったり、朝見かけた子だったりを候補に入れるとか、僕はどんだけ初心なんだよ……」

 本日二言目の言ってて哀しくなる言の葉、略して 哀言葉(あいことば)。それだけ女友達が少ないわけだが。

「うーん…………んー……」

 それから色々な可能性を模索し続けたが、結局、コレといった女子生徒はいなかった。購買のおばちゃんを可能性に入れ始めた時点で、自分の節操のなさに失望し、思考回路を切断した。




「……ぃ……ろ……おい、おい起きろ。もう授業終わったぞ」

「……っぁおわ!」

 寝てた。完全に寝てた。よかった。安心した。夢、出た。相手おばちゃんやった。めっちゃ迫ってきた。なんで焼そばパンもっとったんや。

「おい大丈夫か? 随分うなされてたぞ、お前」

「あっああ、そうかまあ気にするなよ龍二うん気にしないキニシナイ」

「は?」

 そうだそうだ、キニシナイキニシナイ。オバチャン? ダレソレ? ドッカノ執事?

「ホント大丈夫かお前……。ま、いいか。それより、朗報だぞ」

 朗報と豪語した割には、その顔はどこか陰っているようにも見えるが、

「朗報?」

 なんだろう、さっきの夢と比べたら「銀のエンゼル当たったー」とか言われても素直に喜べそうなものだけど。……もしや金か!

「ああ、もう帰って良いらしいぞ。HRもなし。さっき校長直々に放送があった」

 やったぁ、帰れるぞぉ! イヤッホゥイ!

「って、どういうことだよ。授業が自習になったーとかなら分かるけど、授業ごと無くすってどういうことだよ?」

「答える前に、さっきの一瞬狂ったような喜びようは何だったのかとか、何でコゴロウのオッサンみたいに一気に真剣になっちまったのかとか、色々ツッコみたいところだが……」

 龍二は呆れた様に嘆息した。それから、どこか躊躇うように口を開く。

「まあ、なんというか、あー、所謂あれだ。そのー、…………」

 頭を掻きながら、妙に言葉を濁す龍二に、僕は何か大きな事件のようなものがあったのだと悟る。

 そういえば、周りの皆は既にこの教室から出て行ったようだった。今は隆二と僕だけがこの教室を占領している。

「何かあったの?」

 僕が改めてそう訊くと、龍二は決心したように、それまで逸らしていた視線を真っ直ぐ僕に向けて、宣言した。

「飛び降りがあった。さっき、授業中に」

 瞬時、体に電流が奔った。それ程までに、僕は『飛び降り』というワードに衝撃を受けていた。




四月十二日――タイトル「先生」

 これからオセワになる先生をショウカイされた。

 先生ってなに? っておかあさんに聞いたら、ビョウキをなおしてくれるのよと言われた。

 ビョウキってなに? ってきこうと思ったけど、やめた。おかあさんがかなしそうな顔をしていたからだ。

 ぼくは「クウキガヨメルコ」なんだ。だから聞くのをやめた。それがオトナなんだって、テレビで聞いたから。だからぼくは聞かなかった。


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