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第一話「ウサギ三匹絡まれ虚言」

斎笹簓(ゆささささら)。一年四組二十七番。誕生日は五月十日。身長は150ピッタと小柄で、体重は39。スリーサイズは、上から77、54、75。胸の形が良い所謂『美乳』というヤツで、腰もそれなりに細い。ゆえにスタイル抜群。運動神経も抜群だ。現陸上部員で、コーチからも部長からも一目置かれてる蘿蔔学園陸上部きっての麒麟児ってのは有名だな。しかし! 斎笹簓の真の魅力はそれらに非ず! 斎笹簓の最大のポイントは、あの柔らかそうなぷにぷにほっぺ! シュッと整った柳眉! 黒く澄んだ双眸(そうぼう)! 美を追求した小顔! そう! なによりも顔がイイッ!」

 昼休憩の屋上。そいつは腰に手を当て、暗雲の散らかった空に向かって何事かを叫んでいた。

 暗雲と共にコイツも何処かへ雲散霧消すりゃいいのに。

「…………へぇー」

 僕は曖昧にそう返す。

「『…………へぇー』って、男柚原翔よ! お前、斎笹に何の興味も無いのか? 美乳だぞ、スタイル抜群だぞ、顔メッチャクチャカワユ~イんだぞ?! つかお前女に全然興味ないのかそうなのか?! お前ソレ本気で言ってんのかぁあッ?!」

 畳み掛けるように、そいつは唾を飛ばしながら僕に疑問をぶつけて来た。奇妙なジェスチャー付きで。

 唾を飛ばすな。顔近い。餃子の匂いする。前歯にニラついてる。

「別に、なんでもねぇよ。ただ、女は身体や顔の形で判断するモンじゃないって話。……それだけだよ」

 言ってて自分の鳥肌が立ってくるような臭いセリフ。顔面温度、少々上昇。

 臭さの加減を誤ったか、と恐る恐る常磐の顔を窺う。

「クァーッ言ってみてぇーッ! 心の底から言ってみてーよそのセリフゥウ――――ッ!」

 杞憂でした。

 バカな頭を馬鹿みたいに掻き毟りながら莫迦みたいに発狂する私立蘿蔔学園高等部二年三組十五番、常磐巌ときわいわお。初めて、こいつがバカでよかったと胸を撫で下ろした瞬間でした。反面、出来れば他人であってほしいと切に願う今日この頃。

 また女だったか、と僕は軽くため息を吐いてから、常磐から晴れとも曇りとも言えない微妙な空へと視線を変える。

 今日の四時間目終了直後、常磐は即行僕の席まで走ってきて、いきなし『良いもん見せてやるッ!』と僕に妄言を吐き掛けてきた。四時間目は睡眠学習に励んでいた僕は上手く頭がまわらず、何か美味い物でも食わせてくれるのかと勘違いして、そのまま屋上まで付いてきてしまった。そして、冒頭のあの発狂に至る。

 ちなみに言っておくと、また女か、と言ったのは勿論コレが初めてでは無いということで、ついこの間は大和撫子の書道部長、野師苫子先輩、さらにその前はIカップという名の二つのモンスターを胸部に蓄える通称オ――って、この話どうでもいいですねー。

 ……ふと横を一瞥する。バカが頭を抱えながら膝から崩れていた。まあ、馬鹿は放っておこう。

 僕は、寝惚け頭ながらもしっかり持ってきていた昼飯、お手製サンドウィッチを口に入れる。キャベツのシャキシャキという咀嚼音が大好きな僕は、サンドウィッチにキャベツしか挿まない。妹には「草食通り越してむしろ草だね♪」とよく罵倒されるが、むしろ光栄だ。だって、植物、葉緑素あるし光合成できるじゃん。だからいいもん、草で。「人間は考える葦である」って、どっかの偉人も言ってたし。意味はわからんけど。

 そんな自己解釈に辿り着く頃には、全てのサンドウィッチを平らげていた。空になった弁当箱に蓋をする。筆箱ほどの大きさしか無いので、ズボンのポケットに容易に入れる事ができる。草食と共に少食でもある僕は、このサイズでも十分である。――そういえば、常磐はいつ餃子を食べたのだろう。ここに来るまで一口も餃子なんて食ってなかったのに。もしかしたら、授業中に食べていたのかもしれない。こいつなら別段おかしい所もないし。ま、どうでもいいけどね。

 どこからか聞こえてくる救急車の音を耳に捉えながら、気付くと僕はグラウンドに目を向けていた。正確に言えば、グラウンドのトラックを走り続けている人間に。さらに詳しく言えば、常磐がさっき絶賛していた、ポニーテールにジャージ姿の斎笹簓である。陸上部で長髪と言えば、俺の知る範囲ではアイツしかいない。

 斎笹簓、ここ蘿蔔学園ではちょっとした有名人だ。なんでも、仮入部時期に行われた現部長との100メートル競走で、本校一位の速さを誇る陸上部長に、なんと1メートルの差をつけて圧勝したのだとか。斎笹は特別にその日から正式入部している。今は来月の新人戦に向けて、早朝や昼休憩の時間を使って走り込んでいる。

「圧勝、ねぇ……」

 元気に跳ねるポニーテールを見ていたら、そんな言葉が零れた。

 実の所、僕はアイツが気に入らない。顔とか性格とか、そういう類いではなく、単に人間として。

 驚くことに、斎笹は元々陸上経験は皆無だったらしい。『足は昔から速い方だとは思ってたんですけど、まさか自分でもこんなに早いとは思ってなかったです』と廊下で友達にベラベラ話していたのを聞いた事がある。……と常磐が話していた。

 その上、斎笹は放課後練習をしていない。バイトが忙しいからだそうだが、そんなに金を貯めて何が欲しいんだか。ホントに陸上が好きなのかどうか訊いてみたいところである。

 詰まる所、僕は周りにもてはやされて有頂天になってるあいつが――

「――気に入らねぇ」

 蚊の鳴く程度の音量だが、つい口に出てしまった。

「えっ、今の一瞬で俺、嫌われちゃった?」

 常磐は突然ウサギのように飛び上がり、何を勘違いしているのか、自身を指差しながらそう訊いてきた。

 軽い地獄耳だ。いや、この年齢なら重症か。

「いいや、お前の事が好きじゃないのはずっとだよ」

 本音半分でそう返答する。ただし、もう半分が冗談でない可能性もある。候補としては殺意など。

「そうかそうか、じゃあ今からオレとお前は赤の他人同士だな」

 常磐は眉根を寄せながら笑顔を作るという妙技を身に着けていたらしい。ぜひ懇切丁寧に教えてもらいたいものだね。嘘だけど。

「OK、了解した。お前との学園生活、まあまあ楽しくなかったぜ、赤の他人。達者でなー」

 すんなりと絶交契約、いや友好解約完了。後腐れの無い縁切りで気分も良い。軽く手を振りながら、常磐もとい赤の他人に背を向ける。さあ、教室に戻るか。

「ちょっ、嘘だって! そこは突っ込んでくれよ、無二の親友! 竹馬の友よ!」

 肩を摑まれ引かれ、強制的に餃子臭の元と向き合う形となる。

「僕はお前を親友だと思った事は一度もねぇよ。あと僕とお前の付き合いはほんの一年前からだ!」

 そう突っ込んだ瞬間、僕と常磐の間に焼きそばパンが割って入ってきた。

「なーにケンカしてんの。もう高校生でしょ、センパイ?」

 妙にナチュラルな声がした。それはコイツの声質か、はたまた聞きなれている所為か。

 それにしても、最近の焼そばパンって喋るんだね。おじさんびっくりだ~。

「………………」

 焼そばパンを持つ手を目で辿ると、そこには下結びツインテールさん。

「……奏か」

 誰かと思ったら、最近は部活のお忙しい奏さんじゃないですか。あんまりしっかりしてるんで、実の妹であることを忘れてしまっていたよ。

 そう思いながら、奏が差し出す焼そばパンを自然に受け取る。焼そばパンは購買のモノだ。それと、恐らく購入したのは奏ではないだろう。――何故だろうか。どこかでお腹を鳴らしている男子生徒の哀れな姿が目に浮かぶ。

「おおっ、奏ちゃーん! どう、今日こそ一緒に帰らない? 駅前でおいしいチロコロネ売ってんだけどー、一緒に食べにいかない? もちろん俺の奢りで!」

 俺を肩で乱暴に退かしてから、兄の前でその妹をナンパする常磐。コイツ、ホントに絶交して絞殺してやろうか……嘘だけど。

「誘ってくれてホントありがとなんだけど、今日も声楽部あるから、ごめんね?」

 笑顔に少量の憮然を混ぜ、指だけを合わせてゴメンネのポーズ。……上手い。これで一体何人のオスを騙してきたのだろうか。

 ところで、昨日の夜『久しぶりに部活休みだから明日葉ちゃんと駅前のチロコロネ食べにいくんだー』と風呂上りにドライヤーで髪乾かしながら、自慢げに話していたのはドコのドイツだったっけなー。ココのコイツだー。――ところで、『チロコロネ』ってなんだ? 流行ってるのか? 犬の名前みたいだけど……チロルが入ってるコロネとか、無いか。ま、どうでもいいや。

「いやいやいや、いいよいいよー。むしろ部活頑張ってんのに誘っちゃう俺のほうが悪かったよー。ごめんなー」

 顔をニヤつかせながら後頭部に手を乗せて謝る姿は、まるで妻の妊娠を未婚の上司に告げる部下のようだった。いや知らんけど。

「んーん、誘ってくれた事自体は凄く嬉しかったよ。文化祭乗りきってからまた改めて誘ってね。それなら少しは暇になってるだろうから、部活」

 ちなみに、文化祭は半年も向こうの御話です。

「え?! ああ、勿の論ですとも!」

「約束ね?」

 奏、小指を立てるポーズ。

「ッ! はいぃぃぃぃっ!」

 バカ、それにガシッと己の小指を絡める。

 よかったなー、常磐。ちなみに、僕は奏が今と同じようなやり取りをしているのを少なくとも数十回見た事がある。まあ、相手はみーんな違う男子だったけど。――補足として、我が妹に空約束を使わせたら右に出るものはいない。空手形の達人である。つまりは法螺吹き。

「それは良いとして、お兄ちゃん。ちょっとお兄ちゃんに会いたいって子がいるんだけど、放課後いい?」

 僕は冷めた焼そばパンをパクパク食べながら、結んでいた小指をサッと解きサラッと常磐をながした妹に、ちょっとした恐怖を感じた。というのは置いといて。……会いたい? 放課後? そこから導き出される答えは――もしかして、告白?! 柚原翔、ついに人生の転機を迎えるか?!

「ん、ああ、別にいいけどっ」

 早急に焼そばパンを平げ、なるべく素っ気無く返答することに努める。なんとなく終盤声が裏返った気もするが、まあどうでもいい。さっき常磐にあんな高言してしまった手前、まさかそんなやつが女を説いてただなんて事を知られでもしたら、恥ずかしくて死んでしまう。孤独死ラビット羞恥版だ。――ふと、常磐の方に視線を向ける。なぜか天を仰いでいた、右小指を軽く握りながら。

「それじゃあ、『放課後体育館裏に来てほしい』だって。伝えたからね? ちゃんと行ってよ?」

 人差し指を立てて、指紋を見せつけてくる。

 そして出ました、体育館裏!

「ああ、それぐらいどうってことない。会うだけなんだから」

 そう、会うだけだ。だから静まれ僕の鼓動!

「そうよね、安心した。でも、もしすっぽかしたりしたら私が許さないんだからね?」

 僕は左胸を人差し指でツンツン突かれながら、そう忠告された。

 す、すっぽかす? すっぽかすと言ったか! これは告白される説がいよいよその信憑性を増してきた!

「ああ、まかせろ」

 それでよし、と奏はもう用は済んだというように深く頷く。

「じゃあそろそろ行くね」

 踵を返し背を向けた奏に、ん、と短音だけで返す。

「またねー、奏ちゃーんっ!」

 ばいばーい、と手を振りながら、階段へ続く鉄扉を開ける奏。扉が完全に閉まるまで、常磐はずっと手を振り続けた。

 しかし、それにしても…………。

 来たか、ついに来たのか僕の青春。いままでそれなりの灰色人生を送ってきたが、それも今日でおさらば。そんなものは可燃ゴミと一緒に捨てて、これからは桜色に染まる日々を過ごしていくんだ! さらば灰色、ようこそ青春!

「おい、大丈夫かー? 馬鹿みたいにガッツポーズして」

 まだ未練がましく右小指を握りながら馬鹿がそう突っ込んできた。顔が少し歪む。

「お前と一緒にするな。僕はこれからの事について考えていたんだ。それより、ほら、もうすぐ予鈴鳴っちまうぞ」

 右手首に付けていた腕時計を指差す。長針はほぼ一時二十五分を指していた。

「お、もうこんな時間か。まあ、今日は奏ちゃんと話せたからラッキーだったな。それに『約束』、しちまったしな」

 へへっ、とこれ以上無いくらいに喜色満面の笑みを浮かべる常磐。

「そうか、それは良かったな」

 フッ、とそんな常磐の運命の末路を知り心中で嘲笑う僕。他人の不幸は蜜の味。自分の幸福も蜜の味。……僕、蜜嫌いだけど。

 瞬間、僕の思考回路を強制終了させる予鈴が校舎に鳴り響く。この学園の予鈴は無駄に音量がデカイ。黒縁丸眼鏡の気持が分かる気がした。気がしただけだけど。

 思わず耳を塞いでいたらしい常磐が、耳の真横に両掌を向けながら、急に真剣な顔を向けてきた。これぞシュールの極みや~。なんてね。

「おい、そういえば次移動教室だぞ。間に合うのか?」

「間に合わせんだよ、足使え!」

 屋上の鉄扉を蹴開いて、急いで教室に向かう、僕と常磐。

 そういえば、僕に会いたがってる子って誰だろう? 全く心当たりがない。

 肝心なことに今頃気付いたが、まあ考えても仕方ないだろう。

 今は自分の足を動かす事に専念する事にした。


 果敢に階段を八段飛ばしで着地する。

 廊下にシューズの擦れる音が反響した。

 少し足が痺れたが、構わず走る。

 すれ違った教師の怒号が廊下に響く。

 それでも足は止まらない。

 二年三組の教室まで、あともう数メートル。

 体中が酸素を求める感覚が、妙に心地良かった。

「何でお前、今日そんな、早いのッ?」

 息を切らせながら、常磐が疑問を投げかけてきた。

 答える義務も義理もないので、黙秘という返答方式を採用した。

 別に、言いたくないという訳でもなかったが、なんとなく答えることを躊躇った。

 なぜなら、今のこの感覚は自分にも上手く形容できないものだったからだ。

 ただ、いつもより足が軽い、そんな感じがした。それだけは確かだった。






四月十日――タイトル「がんばる」

 今日はニュウインした。

 白いベットに白いへや。

 白はすきな色だ。すごくおちつく。

 今日からここがあたしの家らしい。

 ベットでねてるだけでいいのよと言われた。

 テレビは見ていいわよと言われた。テレビはすごくすきだ。おもしろい。

 あたしは今日からここでねる。

 まくらはおかあさんのうでだった。

 あたたかくてぽかぽかした。

 いいユメをみれそうだなと思った。

 おかあさんがでてくるゆめだといいな。


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