婚約者が病気で伏せっているらしい妹ばかり優先するので、ストレス解消に魔法使いまくっていたらすべて丸く収まっていた
「イライザ、明日のデートのことなんだが……」
明日は学校も休みで、婚約者のエリック様と観劇に行くことになっていた。今とても話題になっている舞台で、私が観たいと言っていたのを覚えていたエリック様が席を取ってくださったのだ。
エリック様はリーン公爵家の跡取り息子だ。
プラチナブロンドの髪に、銀灰色の瞳を持つ容姿端麗な男性で、年は私の五つ上の二十三。私が通っている王立魔法学院はもう卒業しているから、週末くらいにしか会えない。
今日は学院から帰宅するとどこか緊張した面持ちのエリック様がいて、その時点で嫌な予感がしていた。
「……行けなくなりましたか」
「すまない。ミシェルの具合が良くなくて、そばについていてやりたいんだ」
ここ半年、毎回そんな調子でデートをドタキャンをされたら嫌でもわかる。ミシェルは風邪をこじらせてずっと寝込んでいると聞いている。そう、ずっと。
私が先んじて言えば、予想通り彼は頷いていた。
「それは大変ですわ。どうかそばにいてあげてください」
「ありがとう。助かるよ」
「お気になさらず。ミシェル様にお大事にとお伝えくださいませ」
物分かりのいい返事を聞いて安心したのか、エリック様はあからさまにほっとした顔をする。
彼を見送ってから、私は自室の姿見に映った自分を見てため息を吐いた。
ストレートの黒髪に、つり目がちな紫の瞳。ぱっと見て私の容姿は可愛くない。
でも、それはキツめな顔立ちというだけで十分に美人の範疇には入ると思う。
そんな美しい婚約者を放っておくほど、妹というのは可愛いものなのか。
エリック様にはミシェルという十六歳の妹がいる。ミシェルはエリック様のことをたいそう慕っており、幼い頃からエリック様と婚約していた私は何度ミシェルに『お兄様を取らないで!』と泣かれたか知れない。
幼いころの彼女は身体が弱くて、しょっちゅう寝込んでいた。しかしそれは昔の話で、成長してからはそんな話を聞いたことはなかった。そもそも、彼女は元気に学院に登校している。仮病なのは明らかだ。
おそらくだが、私の学園の卒業が近づいてきたことでエリック様と私の結婚が見えてきて、兄を取られたくない気持ちが再び強まったのかもしれない。
ミシェルは兄によく似た顔立ちで非常に可愛い顔をしており、同い年の皇太子からも熱心なアプローチを受けていると聞いた。ミシェルの方も満更でもないという。
それなら、エリック様までとらないでよ。
鏡の中の女は顔を歪ませて、こちらを睨んでいた。
「それでストレス解消に来たってわけ?」
「慈善活動よ」
「前に自分でストレス解消って言ってたよ」
ススキ色の髪をした少年、ジャンが呆れ顔で言う。彼は近くの孤児院の男の子で、こうして救護院で私の助手として働いてくれていた。
以前、イライラする私を見かけた父親に『そんな時は体を動かすに限る!』と言われたことがある。
我が父親、キッシ伯爵は騎士団長を務めていて、発言は脳筋じみている事が多いのだが、やってみるとなるほどと思った。
体力を使い切るくらい体を動かすと何も考えられなくなってうだうだ悩まなくて済むし、汗をかくと気分がスッキリする。
けど、私は曲がりなりにも伯爵令嬢。そうそう汗だくになって運動はしたくないし、そんな姿を他人に見られたくない。
それで私が導き出した答えが魔法を使いまくること。
魔法もなかなかに体力を使うので、領内の救護院で得意な治癒魔法を使いまくることにしたのだ。
これがけっこう良かった。魔力を使い切ると心なしスッキリするし、治療した人からお礼を言われると気分がいい。
そんなわけで私はエリック様にデートをドタキャンされる度に救護院に通っていた。ちなみに、このジャンも肺の病気だったのを治したことがきっかけで助手をしてもらっている。
「てかさ、お嬢様はどうしたいわけ?」
「どうしたいって?」
「このままその婚約者サマと結婚したいかって聞いてんの。嘘つきの小姑とその嘘を見抜けずにこんな美人な婚約者をほっぽってる婚約者とさ」
エリック様のことは好きか嫌いかで言ったら好きだけど、将来王妃になるかもしれない小姑にいびられまくるかもしれない結婚生活は正直嫌すぎる。
「……イヤ、かもしれない」
「だったら、お嬢様がその妹を治してやればいいじゃん。お嬢様の治癒魔法って凄いもん。風邪なんかすぐ治せるよ。念のため特級治癒師の資格も取っておけばさ、相手のせいで婚約破棄もできちゃうかもしれないよ」
治癒師にもいくつかランクがあるが、特級治癒師ともなれば治せない怪我や病気もないと言われるほど。過去には存在したのもほんの数人。当然、審査の難易度も物凄く高い。
「私にできるかしら……」
「片手間で足を生やせるあんたがなれないなら、誰にもなれないって」
「そうかしら……。コツをつかめばけっこう簡単なのだけれど」
やはり実践は大事だ。治癒魔法は使うほどに上達し、今では無くした手足を再生するまでに至った。けれど、これが奇跡の技を使うと言われた特級治癒師になれるほどなのだろうか。
足を無くした患者の治療をしながら言えば、ジャンは呆れたように首を振っていた。遺憾である。
「ミシェルに会わせてほしい?」
「ええ。私、特級治癒師になりましたの。きっとお力になれると思いますわ」
「あ、ありがとう……!それでは僕についてきてくれるかい?」
「はい」
やっぱりエリック様はミシェルの仮病に気づいていないみたいだ。特級治癒師に認定されたその足でリーン公爵家に行けば、思った以上にすんなりとミシェルの元へ連れて行ってもらえることになった。
「ミシェル、僕だ」
「お兄様……?」
エリック様がミシェルの部屋のドアを叩きながら声をかける。中からは少しかすれたミシェルの声が聞こえてきた。
「イライザが来ている。イライザはミシェルのことを治せるかもしれないんだ。会ってみてくれないか」
「嫌!」
「……ミシェル、」
「治せるわけない!入ってこないで!!」
「ミシェル!」
「エリック様、大丈夫です」
ドアを開けようとしたエリック様を制止する。彼はなぜ止めるんだと言いたげな顔をしているが、理由は簡単。ドアを開ける必要がないからだ。
「大丈夫って……」
「ここからでも治せます」
手足を生やすだけで特級治癒師になれるかどうか心配だったから、念のため一定範囲をいっぺんに治癒できる治癒魔法も習得していた。ここからならミシェルにも十分届く。
私が治癒魔法を使うと、辺りが光りに包まれた。
そして部屋の中から慌ただしい足音がして、壊れんばかりの勢いでドアが開いた。
そこにいたのは、ネグリジェ姿の、緩やかなウェーブのかかった銀髪の少女だ。ガラス細工のように華奢で、おとぎ話の世界から抜け出してきた妖精みたいに美しかった。
隣でエリック様の息を呑む音が聞こえた。
「ミシェル、その顔……」
「治ったの。さっき、身体が光ったと思ったら、全部綺麗に治ってたの」
「ミシェル!ああ……、ありがとう!イライザ、本当にありがとう!君は我が家の恩人だ!」
眩しいほどに美しい兄妹が抱き合って、笑いながらわんわんと声を上げて泣いている。
まるで本当に重病人だったみたい。芝居にしては熱が入りすぎているし、このままミシェルの仮病が有耶無耶になるのは少しばかり納得がいかない。
水を差すみたいで気が咎めたけど、思い切って口を挟む。
「少し大げさなのではなくて?」
「大げさなものか!君は本当にすごいことをしたんだ!」
「イライザさん、本当にありがとう。あたくし、あのままだったらきっと自ら命を絶っていたわ。あなたはあたくしの救世主よ」
エリック様とミシェルによれば、ミシェルは他の王太子妃候補の令嬢に火の魔法をぶつけられ、酷い火傷を負ってしまっていたというのだ。特に顔が重症で、貴族令嬢としてはもちろん、女としても致命的。
自分の惨状を皆に知られたくない、事を公にしたくないというミシェルの意見を優先して、犯人の令嬢は内々に処分されたという。
けれど、それでミシェルの怪我が良くなるわけではない。
学院には影武者を通わせながら、エリック様たちはミシェルの怪我を綺麗に治す方法を必死で探していた。けれども、努力虚しく有効な方法は見つからず。絶望して泣き暮らすミシェルを辛抱強くなだめすかすしかなかった。
私とのデートを断っていたのも、ミシェルの精神状態が不安定で、家族がそばについていないとまずい状態だったからなんだとか。
そして、そこに現れたのが特級治癒師となったイライザ。なるほど、恩人で救世主なわけである。
「お兄様も、今までごめんなさいね。イライザさんと一緒にいられる時間が減ってずいぶんとやきもきしたでしょう?」
「ミ、ミシェル!何を言っているんだ!」
「あら、かっこつけるのはおやめになってお兄様。いつもイライザさんが可愛い、可愛くて仕方ないって惚気ていらっしゃるじゃない」
「ミシェル!」
そういえば、ミシェルって生意気なところがあったっけ。
エリック様もそんな妹には敵わないらしい。真っ赤になりながらミシェルを叱る。叱られたミシェルはそれでも嬉しそうに、ころころと笑っていた。




