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神殿の守護者 ~灰色の少女~  作者: 斎王暁圭


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第二章 白い人


 ミリヤはひとり、部屋に入った。

 他の子たちは二人部屋なのに、ミリヤだけがひとり部屋を割り当てられている。まだ見習い神官なのに、神官たちの棟にいるのも、他の子が「ずるい」という原因になっている。

 実際には、誰かが監視していなければならないから、なのだが、子どもたちには知らされていない。ひとりで部屋に戻れなくなるどころか、自分が誰なのかもわからなくなっている事がある。その原因がなんなのか、少なくとも、ミリヤの監視を指示されている女神官たちも知らない。

 珍しい病気か、魔力が多すぎることで、何らかの異常を来しているのか――。

 誰もがそれくらいに思っていた。

「今度は神官になるから、私だけじゃなくてみんな、ひとり部屋なのよね?そしたら私だけがひとりぼっちじゃなくなるのかな?変わらないのかな?」

 ベッドに腰掛け、枕を抱きしめた。

「私だけ、ずっとひとり――。いつからなんだろう。でも、いいや」

 そのままころん、と横になる――と、首のチェーンがチャリと音を立てた。

 ミリヤは首にかけたチェーンに下がっている、銀色の指輪に触れた。複雑な文様が描かれている。誰に言われたのか、人目につかないように、いつも隠している。

「これは、『母さま』の形見」

 そう教えられた。誰に、いつ教えられたのか、覚えていない。

 でも、この指輪だけは、決して外してはいけない。それだけは、体が覚えている。

 指輪を眺めていると、背筋がぞわり、とした。


 翌日、昨日と同じ部屋で、正式な神官になる子どもたちは緊張していた。

 そんな、普段とは違う様子の先輩たちを、年下の子どもたちが冷やかしていた。

 がやがやと賑やかな所に、複数の大人たちが入ってきた。一気に静かになる。

 現れた神官は男女併せて五人いた。いつもの女性神官が入り口近くで待機し、残った四人はそれぞれ距離を取って立つ。右から順に声を上げていく。

「ノル神殿に残る子はわたしの所に集まりなさい」

「エット神殿に行く子は私の所ですよ」

「オッタ神殿に行く子はこちらです」

「ミリヤ。こちらへ」

 子どもたちの視線がミリヤに集中した。ついで、ミリヤを迎えに来た女性神官を見る。複数の視線が二人の間を何度も往復した。

 ミリヤはとても色の薄い姿をしているが、ミリヤを迎えに来た神官の女性も肌の色が薄かった。ミリヤ以外に色の薄い肌を見たことのない子どもたちは、ただただ、驚いていた。

 皆に見守られる中、その神官はまっすぐにミリヤを見つめている。面識があるのか、事前に容貌を聞いていたのか。

 そんな視線を気にする様子もなく、「はい」と返事をしてミリヤは立ち上がった。

「お先に失礼します」

 その白い神官は、入り口の女性神官にひと声かけるとミリヤを連れて退出してしまった。


 ミリヤは、その神官について行った。長い廊下を歩く。見習い神官では入れない、奥の院のさらに奥。

「パルマさん。頭がぼんやりします。」

 廊下を歩きながら、ミリヤは先導する女性神官に声をかけた。なぜなのか、すんなりと目の前を歩く女性の名前が口から出た。

「そうね、あなたは『奥寝殿』に近づくと体調を崩すのよね…」

 歩きながら二人は会話を続けた。

「今日は一緒に仕事をする子たちとの顔合わせです。正式なお務めは明日からになるけれど、ミリヤにはまず、『奥寝殿』に慣れてもらいましょうか。」

 ミリヤはこくりと頷いた。

 でも、よくわからない。「私はここに来たことがあるの?」と不思議に思ったが、また忘れているだけだろうと考えるのをやめた。

「『御使い』に仕えている方は、何人いるのですか?」

「今は三人よ。でも、あなたが慣れてきたら、一人外れる予定でね。四六時中、いつでも駆けつけられる場所に誰かいるようにしないといけないの。でも、忙しくないから安心してちょうだい。」

「パルマさんもお仕えしていたのですか?」

「随分と前にね。今は一時的に戻ってきているの。私は幸い、こうしてノル神殿に残っているけれどね…『御使い』に仕えた子は、みんないなくなるの。」

「どうして…?でも、今聞いてもまた忘れて聞いてしまうから…」

 言いかけうつむいたミリヤを振り返り、パルマはミリヤの肩に手を置いた。そして、言い聞かせる。

「ミリヤ。何度でも聞いていいから。でも、これから話すことは――できれば忘れてちょうだい。あなたのためにね。」


 やがて、奥寝殿と呼ばれる建物に着いた。白い石造りの建物の至る所に、鮮やかな青の布がなびいていた。風もないのに、ゆらゆらと揺れている。

「ここが、御使いの住まう場所です」

 パルマが、入り口にかけられた青い布を捲って中に入る。肌に触れる空気が、ぴりりとした。

 ミリヤは、無意識に両腕を抱きしめていた。全身の震えが止まらない。頭がふらふらする。

「パルマさん、無理そうです。」

 ふらつく足でなんとかついて行こうとするが、自分の意思で足を動かせない。

「どうしてなのかしら?どうしてミリヤは具合が悪くなるのか――他の子は大丈夫だったのに。」

 パルマは足を止めて、少し、思案した。

「ミリヤ、ここで座って休んでいてちょうだい。顔合わせだけは今日中に済ませるように言われているの。他の子たちを呼んでくるわ。」

 そう言い置いて、パルマは先に行ってしまった。

 残されたミリヤは、ゆっくりとその場に座ってうずくまる。額から脂汗が流れてくる。全身の震えは止まらない。そして、とても恐ろしい、『何か』を感じた。

 いくらもせず、パルマは二人の若い女性を連れて戻ってきた。パルマが二人を紹介し、二人にミリヤを紹介している。

 ――ミリヤには、何も聞こえてこなかった。


「ミリヤ、今日はどう?起きられそうかしら?」

 『ミリヤ』と呼ばれた少女は、ぼんやりと辺りを見回した。

 知らない場所。知らない人。知らない名前。

 わかるのは、目の前の若い女性が『心配している』ということ。そして、その人が『神官』らしい、ということ。

 そこまで考えて、額を抑える。激しい頭痛がする。

 女性はミリヤを支えて起こし、ゆっくりと背中を擦った。掌からあたたかいものが流れてくる。少しずつ、体調が回復していくのがわかる。

「不思議。」

 ミリヤは思わず呟いて、自分の声に驚いた。

「ふふふ、不思議な子ね。あなたはとても『魔力』の巡りがいいわ。」

 なんのことか、さっぱりわからなかったが、ミリヤは「ありがとうございます」とお礼を言った。

「ここは『奥寝殿』の隣の建物よ。わかる?私たちの居住棟。――パルマさんを呼んできたほうがいいかしら?」

 女性は、首を傾げて悩む風を見せた。

「パルマさん?」

 頭の奥で、何かが光った。少しだけ、記憶が戻ってくる。目の前の人は、誰だったかしら、と考えて――わからない。

「すみません。パルマさんを呼んでもらえますか?」

「いいわ。奥寝殿にいるでしょうから。」

 そう言って、女性神官は去っていった。

 ミリヤは寝台に横になり、ぼんやりしながら記憶を辿る。

「そう、『奥寝殿』に入って、それから…?だれかしら?『忘れてほしい』って話。」

 ぽつりぽつりと独り言を呟きながら、記憶を整理していく。それでもすべての欠片は埋まらない。穴だらけの記憶から、必要な情報を探す。

 そうしていると、部屋にパルマが入ってきた。

「1ヶ月、眠っていたのにもう大丈夫?」

 ミリヤは声の方を振り返った。そこに立つパルマに違和感を覚える。

 見たことのない、固い表情をしている。

「ミリヤ、あなたは――何なのかしらね。」

 そう言って、パルマは力なく笑みを溢した。

「パルマさん、私は何もわかりません。」

 なんだかいつもと違うような気がするパルマを不思議に思いながらも、ミリヤは答えた。

「わたし、お仕事、大丈夫ですか?――1ヶ月も経ってるの?」

 おずおずと気になる事を聞いてみた。

 そう、パルマは「1ヶ月、眠っていた」と言った。そんなに長く、休んでいて大丈夫なのか不安になってくる。

「急いでも仕方ないのよ。あなたの体が大事ですからね。」

 ひとつ大きく息を吐いて、そう言うパルマの顔は、ミリヤが何度も目にしている笑みだった。


 パルマに手伝われながらも身支度を調えたミリヤは、パルマに付き添われ、再び奥寝殿に向かった。

 今度は、震えも頭痛も――不思議なことに――なかった。

「体が慣れたのかしら」パルマが呟くのが聞こえた。

 二人で奥寝殿に入る。

 部屋の中は、白かった。白い壁、白い床、白い天井。

 部屋の中央に、寝台がある。

 ミリヤたちが近づくと、寝台の脇に立つ女性神官が、天蓋にかかる薄布を開けた。

 そこに、いた。


 真っ白い人が――


 見事な白金の長い髪。透けるように真っ白な肌。瞳の色は鮮やかな青。

 その姿は、神が創り出したというにふさわしい、完璧な美しさ。

 だが――完璧に冷たく、氷の彫刻のようだった。

 ミリヤは知らず、全身に緊張が走った。

「これが御使い様です。」

 寝台の横に立つ女性神官が、静かに言った。

「私はアロアと申します。これから、あなたに御使い様のお世話を教えます。」

 アロアは、二十代後半くらいの女性だった。色素の薄い肌、黒い髪、優しそうな目をしている。

「御使いのお名前は......」

 ミリヤが尋ねると、アロアは首を横に振った。

「御使いの御名は、口にしてはなりません。ただ、『御使い』とお呼びするのです」

 ミリヤは、改めて御使いを見つめた。美しい、と思う。でも、人形のようだ。ひどく無機的な感じがした。

 神殿の権威を顕わす白い装束。十本の指に、それぞれ銀色の指輪が嵌められている。

 指輪を見て、ミリヤの頭の隅で何かが引っかかった。だが、思い出せない。

「こうして見ると、この子は本当に白いのね。もうひとり、御使いがいらっしゃるよう。『神の恩寵』ってこういう子を言うのね」

 うっとりと呟かれた言葉の通り、ミリヤは白い。

 しかし、ミリヤも目の前の人を眺めながら、「パルマさん意外で初めて、こんなに白い人を見た」と思った。頑張って記憶を引っ張り出す。紹介された二人は、確かに白い肌をしていた。

「私たちの役目は――」とアロアが説明を続ける。「御使いの体を清め、指輪を管理することです」

「指輪――?」

「御使いは、世界に魔力を供給しておられます。その魔力を蓄えるのが、この指輪です」

 アロアは、一つの指輪を外して見せた。ほんのりと光っている。

「外した指輪は、各地の神殿に運ばれます。空になった指輪が戻ってきたら、それを御使いに嵌めます。こうして、世界中に魔力が供給されているのです」

 ミリヤは、頷いた。

 「ただし」とアロアの表情が厳しくなった。

「絶対に守らなければならない決まりがあります。指輪は、同時に二つ以上外してはいけません。必ず一つずつ、外したらすぐに空の指輪を嵌めるように」

「なぜですか?」

 アロアとパルマは、顔を見合わせた。

「――昔からの、しきたりです」

 パルマが静かに答えた。「もし、二つ以上外したら、何か良くないことが起きる」とも。


 何か良くないこと――


 ミリヤの胸が、ざわりとした。

 理由はわからない。だが、神の創り出したものには、何か触れてはいけない真実が隠されている気がした。



「アロア、何を話しているの?」

 外に出ていた女性神官が戻ってきた。

「サジェ。指輪の説明をしていたのよ。」

「そうなの?ミリヤに荷物が届いているわ。隣の部屋に運んでもらうよう指示しておいたから。」

「隣…ですか?私の部屋は、女神官棟にあります。」

「…ミリヤには、どこから説明したらいいのかしら?事前に聞いているはずなのに、覚えていないから。」

 奥寝殿の隣に部屋をもらったことをすっかり忘れている様子のミリヤに、サジェと呼ばれた女性はぽかんとした。

「その子、『魔力暴走』が多いって聞いてるけど、そんなに酷いの?あなたより先に地方の神殿にやったほうがいいんじゃない?」


 魔力暴走?地方の――神殿?


「『御使い』のいない神殿ですか?」

「そうよ、ミリヤ。私たちは、『御使い』に仕えた後、地方の神殿に行くの。そこで、『御使い』の代理を務めるのが、選ばれた私たちの役目なのよ。」

 ――この人、なんだか冷たいな。名前、なんだっけ?もう覚えなくてもいいかも。

 ミリヤはぼんやりとそう思った。

 この後、部屋に戻れなくなったミリヤをアロアが『奥寝殿』の隣にある部屋まで連れ帰ってくれた。




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