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1話 公安10課

「え?」


 普段、上司にはもう一度よろしいでしょうかなど、決してそうして言葉遣いをしない僕だが、その日だけは違っていた。


「もう一度言う。君は転属になった」


 上司。つまり、警視庁刑事部捜査第一課課長の中年男性はそう行ったのだった。


「ど、どうして!? 私、何かやらかしましたか!?」


「いいや。何も。むしろ君はこの短い期間でよく働いてくれた。28歳で警視という立場がそれを証明している」


 普通キャリア組が警視に昇進するのは、採用7年目、29歳であるから、僕の出世は早い。


「なら、どうして!?」


「引き抜きだよ」


「どこにですか!?」


 動揺のあまり、課長の胸倉を掴む勢いだった。


 課長は極めて、冷静に対処するのだが。


「あまり大きな声では言えない。公安だよ……」


「こ、公安!?」


「声を抑えたまえ」


 公安。公安警察といえば、テロ行為を始めとした犯罪の抑止力。エリートではあるが、極秘任務が多く、表には出てこれない部署だ。


「まぁ、動揺は大きいだろう。君は、出世街道から外れる。しかし、これは君が悪くもあるのだよ。君の事件解決能力は余りにも、そう、捜査第一課には余る高いものだった。呪うなら、君の優秀さを呪いたまえ」


 この時ばかりは


「そ、そんなぁ」


 キャリア組という仮面が剝がれ、28歳の若造の顔が出てしまった。


◇◆◇◆


 そして、1週間がすぎた。僕は、苛立ちながら、マンションを後にする。


 公安10課ね……。3課までしかその存在が公にされていないのに。


 愚痴りたくなったが、公安はその殆どが秘密組織化されているので飲み込んだ。


 地下鉄に揺られてたどり着いたのは、霞が関のビル群の1つだった。


 殆ど気配の無い。その時、僅かな機械音がしたのを僕は、聞き逃さなかった。


 監視カメラの動作音だ。心拍数が上がるのを自覚する。


 僕は、大理石の柱の陰に隠れた。


『素晴らしい。とても、背広組とは思えない判断力だ。優秀な若者というオーダーに警視庁は答えてくれたようだ』


 しわがれた声がスピーカー越しに聞こえた。


『一応、合格だ。進みたまえ。15階のオフィスで待っているよ』


 警戒しながらエレベーターに揺られる。


 ピンポン。その音は拍子抜けするぐらい平凡なビルのそれだった。


「やぁ。待っていたよ。大鷲マナブ君」


 そのオフィスはあまりにも簡素だった。ただ、一つ。刑事課の課長の机と同じ様な机があるだけ。


「かける椅子もなくてすまない。こちらへ来て、立ったまま聞いてくれ」


「失礼ですが……。貴方は」


「私は、坂田ジュンイチロウ。君の直接の上司になる。警視長だ」


「はい!?」


 警視庁で上から3つ目の階級だ。


「公安部の課長ともなればそれくらいの階級だよ」


「は、はぁ……」


 随分と大物が出てきたものだ。


 近づくと、以外と柔和な顔つきであることがわかる。定食屋の店主と名乗っても可笑しくないほど。

 とても、キャリア組の上澄みの貫禄はなかった。その眼光を除いて。


 眼光だけは、まるで鬼でも宿ったかのような迫力があった。


「まだ、土地を用意しただけの段階でね。ソファなど順次届くのだが」


「公安10課は新設の部署ということですか」


「ふむ。洞察力も中々」


「馬鹿にしないでください。エレベーター1つとっても最新の設備が揃っている。それに、あまりにも職員の気配がないのですから」


「その程度も頭が回らない輩が殆どだよ。その通り。公安10課はある犯罪系統に備えて、新設された課だ」


「ある目的?」


「それは、おいおい話そう。とにかくだ。私は、君を私の最初の部下として採用する。これから、よろしく頼むよ」


「は、はぁ」


 僕は、坂田課長と握手した。


◇◆◇◆


「君は、昨今の日本の情勢についてはどう思うかね」


「少子高齢化が進み、先行きの塞がった社会でしょうか」


「私も、同意見だよ。だが、若者たちの一部はそう思っていない」


「一部……もしかして」


 坂田課長は頷いた。


「そう。一部の若者の間では、超能力が発現しているのが、現在の日本だ」


「10年ほど前から未成年者の間に発現した異能力。重大犯罪を引き起こした事例も多々あります」


「政府は教育機関を設立し、その管理に努めようとしているが、超能力者の殆どが、その存在を隠し、管理の行き届いていない状況にある」


「もしや、10課設立の意図とは」


「そう。先程述べた隠れた超能力者たち。その調査を行い。場合によっては拘束をして、超能力を用いた重大犯罪行為の芽を摘み取ることにある」


「自分がメンバーに、それも最初に選ばれたのは?」


「君が以前、超能力犯罪を解決したからだ。ほぼ独力でな」


「それで、目を付けられたわけですか。僕は、ただ、出世の為に目の前の犯罪の解決に努めただけです」


 課長は椅子を回すと僕に背を向けて話した。


「出世か。実にくだらんな」


「警視長まで上り詰めた貴方が言いますか」


「私が、この地位にいるのは、目の前の犯罪が許せない。その一心の結果に他ならない」


「課長からすれば、自分のような人間は俗物だと?」


「私が、教員ならそう思うだろう。だが、私は警察官だ。そして、今は公安の一部署のトップでもある。例え俗物でも、有能な駒なら使う。それだけのことだ」


 ほう。つまりは、僕の野心を理解した上で、それと分けて評価してくれるというわけか。


 望まない転属だったが、上司は理想的な方のようだった。


「しかし、課長。如何に私を評価したところで、手足になる捜査官がいなければただの若造に過ぎません。それに、万が一、超能力者の拘束という事態に及んだ場合、私では対処出来ませんよ。泣き落としにでもかからない限り」


「それについては考えがある」


「お聞かせください」


「1つは超能力者の手駒を手に入れることだ」


「超能力者に対抗するには超能力者ということですか? 私には、その監督をしろと」


「1つの案はな」


「他にも案が?」


「この書類に目を通せ」


 茶色の封筒が手渡された。


「乱馬リョウ? 22歳空手家? 課長一体これは」


「もう1つの案だ」


「乱馬リョウ6年前に16歳にして全国インターハイ優勝。しかし、その後暴力事件を起こして高校中退。日本空手協会からも追放され。何なんです? この人物ファイル」


「その暴力事件というのが面白くてな、被害者ということになっているが、実際には超能力者と決闘を行ったらしい。そして、見事無傷で超能力者を倒した」


「ふむ。知能的に僕が超能力者に勝った人間なら、肉体的に超能力者に勝った人間がこの乱馬リョウという人間ですか。しかし、10年前の記録だ」


「公安が極秘裏に集めた情報によると、今は裏社会に通じ、地下闘技場で戦って日銭を稼いでいるらしい」


「戦っているってまさか」


「そう。超能力者とだ」


「では、もう1つの案とは」


「超能力者と渡り合える人間を抱え込む。そういうことだよ」


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