01
わたしこと、ローゼマリー・フォン・ノルンは、ノルン伯爵家の一人娘である。長く続く由緒正しい伯爵家の一人娘として、蝶よ花よと育てられ・・・と言いたいところだが、興味をもったことには猪突猛進、やりたいことは何でもやってやれなんていうわたしの性質を朗らかに受け入れる懐の広すぎる父母に見守られ、貴族令嬢としてはかなり異質な仕上がりとなった。
普通の貴族の家なら、眉をひそめられるどころか無理やりにでも教師やら何やらつけて矯正するような有り様なのだが、遅くにできた子供であるわたしを両親は溺愛するとともに、たった一度の人生なんだからやりたいことをやりなさい、あなたの選択に間違いなんてない、信じてる、なんて目を輝かせて言う。それを真に受けてすくすくと育ったわたしには、そんなおおらかすぎる父母にも言えないことがあった。
前世の記憶が、ある。
何を言ってるんだこいつは、と思われて当然なのだが、まあとりあえずちょっと聞いてほしい。
5歳になったばかりの頃の、ある朝。ベッドから起き上がり見慣れた自室を見て、ふと思ったのだ。「世界観がファンタジーだなあ。」と。
は?ファンタジーって、何?そう思った次の瞬間、頭の奥底から湧き出るように、自分のものではない、いや、「今の」自分のものではない記憶が流れ出したのだ。断片的で鮮明でないものも多いのだが、とりあえず前世のわたしはニホンという国の成人女性で、なんやかんや暮らしていたものの死因は不明、なぜだか多少の記憶を引き継いでここにいる、というわけである。
なるほど。よくある異世界転生モノか。
オタク特有の理解の速さで納得したものの、だからなんだというところで。知っている作品の世界に転生したのであれば無双も可能なのかもしれないが、生きてここにいるわたしにとってはあくまでここは現実。というか、無双だとかオレツエエだとかは厨二病の産物であり、もしここが自分の知っている何かの作品であったとしても、実際生きていて「オレ最強」「一旗揚げてやるぜ」なんてこと思うのは、少年漫画のヒーローくらいなものである。
前世の記憶はといえばかなり朧げだ。うっすらあるのは、ニホンという国に生まれた女だったこと、そのニホンがどんな国だったかというなんとなくの情報、いろいろ学んでシャカイジンとして働き始めた、くらいのなんとなくの流れ。家族や友人の様子などは、詳細があまり浮かんでこない。そのくせ、好きだった作品のあらすじやオタク用語はそこそこポンポン浮かんでくるあたり、社会性を捨てたオタクだったのかもしれない。いや、大学のゼミとかバイト先の記憶とかはうっすらあるな?なんなら何かしらの会社で働いた記憶もある。人と関わりがなかったわけでは・・・。
「あら?」
なんてことをつらつら考えていれば、突然くらっとくる。そのままぱたんと、ベッドにリターン、そのまま意識はブラックアウト。
まあつまり、幼子の体に大量の記憶なんてものは、処理しきれなかったわけである。おかげでこの後高熱を出した上、目が覚めては記憶が蘇り、それを整理してはまたぶっ倒れることを1週間繰り返したし、両親にもかなりの心配をかけてしまった。
こうして前世の記憶、ただし細部はぼんやり、なんてものを得たわたしは、こう考えた。
どうせなら今世は、面白おかしく生きてやろう。
前世の知識を活かしてチート、なんて創作物の中ではよく見かける設定だったが、便利な道具を知っていても、仕組みまで詳しく知っているなんてことはそうそうない。ましてや、実はこの世界、本当に世界観がファンタジーで、魔法や魔術があるのである。前世で言うところの冷蔵庫なんかはこの国でもあるのだが、動力は魔力。つまり、仮に前世で家電メーカーの社員で、家電の仕組みに精通していたとしても、それがこの世界でどこまで役に立つであろうか、という感じである。家電メーカーに勤めた記憶はもちろん無いのであるが。
しかしまあそうは言いつつも、自分のために実現させたいことはあった。せっかくなら妥協はなしだ。失敗したらその時はその時、というか齢5つとなれば、これから失うものどころか得るものしかない。
朧げでところどころ欠けのある記憶を整理しつつ、わくわくと人生設計を練るのだった。