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アストライア冒険譚  作者: ものえの
第二章 我ら『元気組!』
9/23

2.慕う者慕われる者

※次回投稿は7月27日(日)20:30頃になります。

 時を少し戻し、七日前の朝。

王都マデランテの宮殿から美しい調度品を輝かせた王族御用達の馬車が、御者の鞭の号令に合わせ出立した。恰幅の良い男性でも窮屈なく座れるほどの広さの席が対面で各三席づつ。座るのは女王から勅命を受けた”冒険者”三名。しかし誰一人口を開く事は無く、馬車は順調に目的地バルダへと進む。

道中、宿場町で宿を取り疲れを癒し再び馬車に乗りバルダへの道を進む。その間でさえ誰一人口を開こうとする者はいなかった。

 王都を出立して三日目の昼下がり。

「リチャード様、友軍の騎馬隊の方がこちらに向かっているようですが。」

御者の言葉にリチャードは初めて口を開く。

「友軍?」

リチャードが馬車から移動して御者の隣に座る。

御者の指先にはこちらに接近する2騎の騎馬があった。

「あの旗印は一番隊の黒竜旗か。何かの伝令か?」

リチャードは緊張感を持って御者に馬を停めるよう命ずる。

「いよう、冒険者さん。旅を楽しんでるかい?」

威圧感のある黒塗りの板金鎧で武装し正規兵のみに許されたバルダ産の良血馬を駆る男。

その風袋から出た声は親しみのあるおどけた声だった。

「ああ、お陰様で。無言のまま旅を楽しんでいるよ。」

リチャードと伝令の男との会話に緊張感は感じられない。その距離感で二人の関係は容易に推察出来る、戦友より親友の距離感だ。

「久しぶり、リチャード。僕も一番隊に復帰したよ。」

「ケント?お前、一番隊に戻っていたのか。」

「うん。丁度入れ違いだったみたいだね。」

「ハンク、ケント。お前らの目的は何だ。命令の修正か?」

念の為、リチャードは警戒しつつ二人を見やる。

「副隊長の命令さ。王宮からの馬車は魔女に情報を与える為の策の一つだが夜盗が襲う可能性も高い。

お前なら返り討ちにするだろうが余計な疲労を与えるのは好ましくない、というお言葉。」

「要するに君達の護衛だよ。たとえ魔女の襲撃を受けても僕達なら対処出来る。」

もっともらしい言葉で二人は経緯をリチャードに伝える。

「で、本音は?」

「先日、つい酒の席で上司をブン殴ってしまってよ。まぁ懲罰命令みたいなもんだ。」

「僕は”魔女狩りの魔術師”って娘にすごく興味があってさ。とっても美人って噂だし。ハンクが行くなら一緒に、と思って。」

リチャードは頭を抱えて二人を見る。

「どうせそんな事だろうと思ったよ。折角のご厚意、断る理由は無い。」

「この任務を成功させたらお前は百人隊長としての実績が得られる。オレはお前の下で戦うのを心待ちにしてんだ。」

「僕も同じです。君は戦場で仲間を守り鼓舞する姿が一番似合っている。」

「・・・ありがとう。じゃあ、まずは次の宿場町まで護衛よろしくな。」

「えっ、魔術師ちゃんに合わせてくれないのぉ?」

落胆するケントにリチャードは笑いながら答える。

「街に着いたら会わせるさ。それまで妄想でもしてろ。」

「ちぇっ。」

リチャードは御者の肩を叩き馬車を進めさせる。再び同じ席に着いたリチャードにオリオンが初めて口を開く。

「お仲間の方ですか?」

「ああ、親友と言っていい。」

リチャードは怪訝そうにオリオンの顔を見る。

「普通にしゃべれるじゃねぇか。」

「ええ、お会いしてからのリチャードさんはすごく重い表情をされていましたからこちらから話しかけるのは遠慮していました。」

「そうか、悪かったな。次の宿場では俺からも話そう。」

「そうですね。僕達の果たすべき使命は皆同じです。親友とまではいかなくとも友人にはなりたいと僕は思っています。」

「そっちの魔術師さんはどう思っているのねぇ。」

二人は同行者である少女の方を見やる。

彼女は二人の会話に言葉を発する事無く、ぼんやりと並走する2騎の騎馬を眺めていた。

挿絵(By みてみん)

 三日目の夜、リチャード達一行は夜盗の襲撃に遭遇する事無く次の宿場町に到着する。

宿場の客人の多くは隊商キャラバンの商人及びその護衛と思われる冒険者であり流通量の多い王都マデランテとバルダを結ぶ拠点として、人々の一定の需要を満たす宿場町となっていた。

移動までの旅費は全て国庫から支払われる為、彼らが金銭の心配をする必要は無い。だが酒場というのは旅人に休息を与えると同時に思いがけない出来事が起きる場である。

リチャード達5名は御者に馬車の移動を任せ、今日の宿を散策する。

「宿は可能な限り高い方がいいが、情報の更新もしておきたい。宮廷暮らしに慣れた身には厳しいだろうが酒場に付き合ってもらうぞ。」

目を合わせる事無く、リチャードはユウナに告げる。

「それはさすがに酷いよ。魔術師ちゃんにだって当然選ぶ権利は絶対にある。同じ仲間なんだから。」

ケントの主張には耳をかさず、リチャードは宿場町へ足を進めていく。

「ハンクさん、でしたか。リチャードをお願いします。貴方ほどの巨漢なら酒場でも目立つので探す時間を短縮できます。」

「了解したぜ、神官さんよ。」

「僕はオリオンと言います。」

「おう、後でいい酒を呑もうぜ!」

ハンクはオリオンの言葉に頷き、リチャードの後を追っていった。オリオンは彼を見届けると目線を変えユウナとケントの会話に耳を傾ける。

「そういえば名前をまだ聞いてなかったね、魔術師ちゃん。」

ケントの醸し出す優しい声音。母性本能をくすぐる愛らしい外見も相まって彼は数多くの女性との交流を重ねてきた。しかし、それでもユウナからの反応は無い。

「僕には後4日間だけ君を守る責務があります。いわば君のナイト。せめて名前だけでもお聞かせいただけませんか?僕の名はケント。家名は語りません。」

語り終えた後、ただじっとユウナを見つめ反応を待つ。

「ユウナ。それが私の名。」

(彼女が自分から名前を!?)

ケントの巧みな話術を前にオリオンは驚きを隠せず思わず呟く。だがその後は沈黙は維持しつつ観察を続ける。

「ようやく聞かせてくれたね、ユウナちゃん。」

ケントは両手を拡げ喜びを身体全体で表現してみせる。それと同時に周囲の注目が二人に集まる。人々の雑音がユウナを不快にさせた事で彼女はその場を離れようとする。その手を逃さずケントは掴み取る。

「何?」

「言ったよねユウナちゃん。君を守る、って。」

「私は静かな場所に移動したい。」

「なら、丁度いい場所があるよ。酒場での情報収集はリチャードに任せて二人でゆっくり語りあ・・」

「はい、それまでです。」

ケントの右肩を叩いたのはオリオンの手甲。

「彼女に会話させたその話術には感服しました。ですが以降は見逃せません。」

笑顔は崩さず、しかし言葉の一つ一つが神官としての怒りがにじみ出ていた。

「も、もちろん判ってるさ。でも彼女は明らかに疲労している。早めに宿で休ませた方がリスクは少ないと思うけど。」

「そのもっともらしい理由がこの神官に通用するとでも?」

「別にいいよ。私も酒場へ行く。」

ユウナは固まる二人を他所に一人宿場町へと足を向ける。

「単独行動は避けて下さい。リチャードとハンクさんがどの酒場へ向かったか探索しないと・・・。」

オリオンの言葉にユウナが答える。

「あの子達が案内してくれる。付いていけば迷わず彼らと合流出来る。」

「あの子・・・?」

ユウナの言葉にケントは首を傾げる。

「取り合えず一緒に同行しましょう。それとケントさん。」

「ん?」

騎士ナイトを自称するなら、高潔な心を忘れずに。」

「自重します、ハイ。」


 一方のリチャードは客の出入りのいい酒場を選ぶと、比較的広いテーブル席に着く。

「団体客が抜けた後か。丁度いいタイミングだったな。おう、姉ちゃん。エールを二つくれや。」

ハンクは豪快に笑うとさっさと席に座る。

「情報の収集が先だろう、全く。」

リチャードは少しだけ悪態をつくも、ハンクに続いて席に座る。

「いいねぇ、この雰囲気。皆の日常を感じさせるぜ。」

「ハンク、アンナは元気か?」

「ああ、俺が兵団暮らしだから顔を見る機会は少ないが、小僧と元気に暮らしてるよ。」

リチャードは少しだけ安堵の表情を浮かべると、話を続ける。

「ヨハンか。幾つになった?」

「5つだ。会う度に大きくなってやがる。本当可愛いものだぜ、子供ってのは。」

「やはり除隊するべきだ。家族を持つ者がこの兵団に長居するべきじゃない。」

「逆だ、逆。帰るべき場所を持つから死地での気力につながるんだ。それに俺は夢をあきらめて無ぇ。」

ハンクはウェイトレスからジョッキを受け取ると、一気に飲み干す。

「夢・・・ああ、パン屋の事か。」

「そう。兵団や場末の酒場で食べるようなカチカチで味気の無いパンじゃ無い、貴族が大金を出してまで食するフワフワのパンを各地の子供達に食べさせる・・・お前も食べただろう?」

「ああ、確かに美味しかったな。アンナが惹かれるほどに。」

「何だ、まだ引きずってるのか?」

ハンクはからかう様にリチャードに空のジョッキを向ける。

「まさか。そもそも市井の娘など父上がお許しにならん。」

リチャードの呟きにハンクは言葉を返す事無くジョッキを置く。

「護国兵団の満期除隊は40歳。俺は今30だ。後10年職務を終えればまとまった大金が手に入る。俺はそれまで死なないし死ねない。死にたくないから優秀な上官の下で戦いてぇ。言ってる意味わかるよな?」

「ああ、十分に分かってるさ。」

リチャードは不思議と肩の荷が取れたような気分を感じた。

「そういえば、あの時のパンどうやって焼いたんだ?とてもじゃないが素人が出せる柔らかさじゃなかったぞ。」

「そうなんだよな。あの時誰かの声が聞こえたんだ。『もう少し優しく』とか『ちょっと待ってあげて』とか。」

「奇妙な話だな。・・・再現、期待している。」

「おお、もちろ・・・ん、焼きたてのパンの匂い?」

「俺は何も匂わないが。一人でジョッキ二つも早々に開けた・・・」

カラン、と心地よい音を立てて酒場の扉が開く。

「そこにいるわ。」

ユウナは酒場の二人を指差す。

「わ、ホントに居た!」

「流石は魔術師。お見事です。」

リチャードは3人を見ると表情を引き締める。

「全員揃ったな。何でもいい、各自で魔女の情報を収集してくれ。」

結局、有益な情報を得る事は出来なかったが、ユウナが発言するようになった事は大きな収穫と言えた。こうして残り3日の行程を終え、リチャード一行はバルダへと到着する。

==次回予告==

それぞれに思いを胸に5人はバルダの酒場”一攫千金”に集う。

クセの強い冒険者の元締め、その正体とは?

次回 『元気組!』結成!

お楽しみに!

※今回の挿絵は第一部隊旗を前に立つケント、リチャード、ハンクの三人(左から順)

戦う理由は違っても、対魔女殲滅の志は変わらず。そんな雰囲気がつたわれば、と思います。

皆さんのイメージ補完のお役に立てれば嬉しいです。

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