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アストライア冒険譚  作者: ものえの
第一章 それぞれの始まり
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4.漂着者

 その男が流れ着いたのはクリスト王国領バルダの海岸線にある砂浜。手には何も持っては居らず、あるのは薄汚れた腰巻のみ。男はうつぶせのまま混濁した夢の中を彷徨っていた。

「おのれゴウリュウ・・・。必ずや貴様を・・・。」

その男の姿を浜に貝を拾いに来た子供が見つける。

「お父ー、こっちに人が倒れてるよー!」

「何?まだ息はあるのか?」

「うん、何かしゃべってた。」

父親と思われる青年は漂着者の男に大声で呼びかける。

「おいアンタ!意識はあるか?」

青年は男を揺さぶり生死の確認を試みる。

「ガ・・・あガガ。」

男は声にならない咆哮に似た音を上げる。青年は鍛え上げられた逞しい肉体を見て確信する。この男は助けられる、と。

「ブロン、お前は母さんにまず彼の事を伝えるんだ。そして終わったら父さんが戻るまで井戸の水を汲み続けろ!」

「わかった、お父!」

ブロンと呼ばれた少年は大急ぎで高台の家に戻っていく。

息子を見届けた青年は漂着者を担ぎあげ一歩一歩踏みしめる。

「その鍛え抜かれた肉体でわかるぜ。アンタ戦士だろう?ここに流れ着いたって事は大方、船が難破でもしたんだな。こうして出会った以上、何としても助けてやるよ。”元”冒険者としてさ。」

青年は息を上げながら絶え間なく男に語り掛ける。そうする事で意識の喪失を幾ばくか緩和できる。冒険者時代に培った経験だった。

「エイリーネ、寝藁の準備を!」

高台の家に辿り着いた青年は男を新鮮な寝藁に寝かせる。

「アレクトー、水の準備も出来ているわ。」

アレクトーと呼ばれた青年は頷くと柄杓を使い男に飲ませる。

「飲んでくれよ・・・戦士さん。」

次の瞬間、男は大きく咳き込む。

「ゲホッ、ゲホッ・・・。」

「何て生命力だ。アンタ、言葉は判るかい?」

アレクトーの問い掛けに男は頷く。

「貴殿が拙者を救ってくれたのか。」

「ああ、西の海岸に漂着していたのを息子が見つけたんだ。俺の名はアレクトー。漁師をしている。」

「拙者の名はゲンガン。師の仇を追い、”あすとらいあ”なる島を目指しておる。」

その言葉を聞き、アレクトーは両膝を叩いて喜びを現す。

「貴方は運がいい。ここがそのアストライア島だよ。といっても西の端だがね。」

「そうであったか。ではこの”調和の耳飾り”に大枚を使った甲斐があったというもの。」

「調和の耳飾り・・・確か通訳を介さず直接他言語を理解する事が可能にする魔法の品。」

「よくご存じですな。その通り、これは”彩の国”である商人から買い取った品。」

「”彩の国”?!遥か東方にある幻想郷と呼ばれる国から来られた、と?」

「左様。」

熱弁をふるう二人の間にエイリーネが微笑みながら話しかける。

「お食事の用意が出来ましたわ。どうぞ遠慮なく召し上がってくださいな。」

「これは奥方殿。重ね重ね有難い。」

ゲンガンはエイリーネに深々と一礼をするとアレクトーに振り返る。

「アレクトー殿、実はお願いしたいモノがある。食事の時にでも話そう。」

「ああ、調達したいものがあれば出来る限り協力するよ。」

ささやかな夕食の中、ゲンガンは自らの剣技を磨くため諸国を旅する武士であった事を語る。

「数多くの腕自慢と戦った。しかし誰もが拙者の敵では無かった。・・・ある老人を除いて。」

「老人、ですか?」

驚くエイリーネにアレクトーが諭す。

「剣技は力が全てでは無いんだ。稀にだけど巨漢の大男でさえ一瞬でひれ伏させる剣豪も存在するんだよ。」

「アレクトー殿の言う通り、拙者はなすすべも無く完敗した。いっそ腹を切ってしまおうとも考えたが老人に諭され拙者はその老人の弟子となった。」

「で、おにーさんは何でこの島に来たの?」

「師匠の亡くなったのでね。そして今度は西の世界の強敵と戦いと思って旅に出たのさ。」

「じゃあ、ボクはおにーさんの恩人だね。」

「そうだな。そして恩人には必ず報いるのが武士という者だ。」

「お前達はゆっくりしていなさい。俺はちょっとゲンガン殿の依頼をこなしてくる。」

アレクトーは席を外すと裏庭に向かう。

「依頼というと?」

エイリーネが首を傾げると笑い声を上げる。

「”彩の国”の習慣でして。コレが無いと寝た気がしないのです。」

アレクトーに依頼した物。それはいわゆる風呂桶だった。

「強度が不足しているので数日ももたないと思うけど、今日一日であればゆっくり出来るでしょう。」

「かたじけない、アレクトー殿。感謝で頭が上りませぬ。」

深々と頭を下げるゲンガンに対し、アレクトーは笑って答える。

「礼には及びませんよ。貴方はあの大海原を抜け、このアストライア島に辿りついた。その強運は最後の時まで貴方を味方するはずです。」

「アレクトー殿・・・。」

「俺は仲間を見捨ててまでエイリーネと逃げた”元”冒険者です。俺は自分の持つ可能性を信じ切る事が出来なかった。でも貴方は違う。武士として誇りをこのアストライア島で取り戻せると信じています。」

「その言葉、しかと心に刻みつけておきます。”元”冒険者殿。」

その後、ゲンガンはゆっくり湯船につかり長旅の疲れを癒すのであった。

 翌日。

目覚めたゲンガンの傍らには綺麗にたたまれた布地の服が置かれていた。

その服に着替え食膳へと向かう。そこにはすでに食事を終えたアレクトーが座っていた。

「どうぞ、その椅子に。妻は息子を連れて買い出しに向かっています。」

「かたじけない、では。」

食事をほおばるゲンガンに対し、アレクトーは静かに語る。

「その食事を終えたら家を出てください。貴方は息子にとって魅力的すぎる。」

「当然の帰結ですな。心得た。恩義は決して忘れませぬ。」

「いや、忘れてください。そして私の家族を巻き込まないでいただきたい。」

「承知した。」

「その服と木靴はお譲りします。さすがに裸で送り出す訳にはいきませんから。」

アレクトーは少し緊張を緩め、話を続ける。

「後、これは餞別です。」

そう言うと、彼は一振りの長剣と一通の手紙を渡す。

「この剣は・・・。」

「僕の剣です。でももう不要だ。貴方にとってきっとお役に立てるはず。」

「いやこれは受け取れませぬ。この剣は愛するエイリーネ殿、ご子息であるブロン殿の為に残し下さい。そしてこの手紙は?ふむ、何かの檄文のようですな。」

「そうです。このバルダの町はクリスト王国王都に次ぐ第二の都市。今、この魔女結社討伐の為に冒険者ギルドが動いています。彼らと協力し信用を勝ち取ればゲンガン殿が欲している情報も得られる可能性が高いと思います。」

「感謝至極。では一刻も早くその『ぎるど』とやらに・・・。」

ゲンガンが立ち上がるやいなや、家が大きく揺れる。

「何事?」

「この感じ・・・『シザー・ハンド』か?!

「聞かせていただこうか。」

「この浜辺を周回する巨大シオマネキです。臆病な性格なので、ある程度叩いてやれば沖に帰るのですが・・・。」

「一宿二飯の借りを返す時ですな。」

ゲンガンはそう言うとすぐさま土間へと駆けだす。

「ゲンガン殿、せめてこの剣を!」

アレクトーの言葉にゲンガンは笑みで返す。

「『真の武士は武器を持たぬ』我が師の言葉です。」

ゲンガンは裏庭に周り、薪割用の手斧と数本の薪を手に取る。

「これだけあれば十分よ。いざ戦場へ!」


『シザー・ハンド』の上陸はたちまちの内に漁民達を混乱させていた。

「そこまでだ、怪物よ!」

ゲンガンは『シザー・ハンド』の前に立ち塞がると手斧を構える。

「我こそは彩の国の武士もののふ武田厳岩たけだげんがん。怪物よ、勝負!」

ゲンガンは、一気に巨大カニの足元に踏み込むと右側面の足に対して薪をこん棒の様に次々に叩き込む。その攻撃はブシュ、ブシュと巨大カニの体液で徐々に砂浜を濡らしていく。

ゲンガンの攻撃に耐えかねたか、巨大カニは大きく跳ねるとゲンガンを押しつぶそうと試みる。

「甘いわ!」

ゲンガンは即座に身をかわすと次の攻撃に入る。

彼の戦略は実に理にかなった戦いであった。

先に懐に踏み込む事で、巨大カニの主武器である巨大ハサミ攻撃範囲外に移動、そして巨大ハサミのある右側面の足を的確に破壊する事で、右方向への移動力を減速させる。

「武士は武器を持たぬ。その身こそがやいばなりや!」

痛烈な一閃。ゲンガンの放った手斧は見事に巨大カニの急所を突いた。こうしてわずか数分の戦いであったがゲンガンは巨大カニ『シザー・ハンド』を討伐したのだった。

 その夜、解体した巨大カニを使って漁民達が宴を開いていた。だが、その輪の中にゲンガンの姿を見る者は無かった。

挿絵(By みてみん)

==次回予告==

十年前、王宮内の湖のほとりで誓い合った少女と少年がいた。

この話は、その十年と現在を結ぶ物語。

第5話 十年後 お楽しみに!

※今回の挿絵は ゲンガンこと武田厳岩。

幾多の修羅場、そして荒波を越えて来た男の姿が感じられたでしょうか。

イメージ補完のお役に立てたら幸いです。

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