3.”蛇の道は蛇”
今より15年前、精力的にも衰え宮殿に引きこもる事が増えた『貪食王』に替わりクリスト王国の立て直しに尽力した人物がいた。名をトーマス=クロムウェル。当時45歳の彼は全ての私財を投げうち護国兵団(ロード=プロテクター)を創設、王の代理として王権に匹敵する最高統治権を持つ官職”護国卿”を復活させ軍事と内政両面で崩壊寸前のクリスト王国を立て直した英傑である。
護国卿にとって最大の敵は他の四王国でも『貪食王』に毒された汚職に溺れる貴族達でも無かった。
魔女結社『赤き茨』。不満を燻らせる国民を煽り彼らを尖兵として暴動を操る邪悪なる一団。クリスト王国はその歴史から神学(神聖魔法)は大いに発展したのだが魔術は人を邪悪に導く禁忌の法であるとして魔法の使い手に厳しい弾圧を行った。いわゆる”魔女狩り”である。密告には高額の謝礼が支払われ多くの罪なき魔術師が惨たらしい拷問の末処刑、『貪食王』はそれを娯楽として大いに愉しんだ。だがその怨嗟はやがて本物の魔女達を呼び起こしてしまう。
トーマスは慎重な男だった。『貪食王』が精力的に活動した期間は練兵期間と称し国境警備を精力的に行い王都との距離を保った。この頃、退屈な宮殿暮らしに耐えかねた『貪食王』の庶子、当時17歳の黒太子エドゥが正規軍兵として抜群の成績で入団した。この時、トーマスは地母神アストライアに大いに感謝した事だろう。『エドゥさえ存命であれば、王家の血が途絶える事は無い』トーマスは常に先を見据える戦略眼を持つ男であった。
トーマスには優秀な嫡子も存在した。彼の名はオリバー=クロムウェル。後の第二代”護国卿”となる人物である。当時のオリバーは25才。権力者の七光りである事を良しとせず、自らの剣で諸国を放浪する冒険者の道を歩んでいた。そんな彼が父トーマスが駐留する城塞を訪れた時があった。
一人淡々と城門まで進むオリバー。当然の如く王国兵が行動を制止する。
「何者だ。ここはクリスト王国国境警備隊が所轄する城塞である。国境を越えたいのであれば関所の方へ向かい手続きを行え。」
職務を誠実に全うする王国兵に対し、オリバーは呟く。
「やっぱ見えねぇか。ま、当然か。」
「貴様、何を呟いている?」
「別に。ただの独り言。で、通してくれないのかい?」
「先ほど申しつけた通り。ここは城塞だ。一介の冒険者風情が入れる場所などでは無い!」
「もし『実力で通る』と言ったら?」
挑発交じりにオリバーは王国兵に問いかける。
「ならば戦うのみ!」
王国兵は槍と盾を構え、堅牢な体勢を作る。
「なるほど。練兵は行き届いている、と。」
オリバーは長剣を抜き、左手に魔力を込める。
「氷の精霊よ。その契約に従い汝の力を剣と化せ。」
「貴様、魔女の手先か!」
呪文を完成させまいと、兵士の槍がオリバーを襲う。
「その距離感なら一方的に戦える。基本だが良い判断だ。」
相手を褒めつつも、兵士の連撃をオリバーは表情変える事無く受け流す。
「だけど、な?」
オリバーの長剣がパキン、パキンという音と共に凍り付き始める。
「その力を解放せよ。”氷の槍”。」
繰り出された長剣から伸びるのは圧倒的なリーチの氷の槍。王国兵はとっさに盾を構えるも間に合わず右肩を貫かれてしまった。
「あっちゃあ・・・やりすぎたか。まさか死んでないよな
王国兵は力を振り絞り警笛を鳴らす。
「敵襲!敵襲!魔女の手先だ!」
「いや俺はそうじゃないから。」
続々と姿を見せる王国兵達。
「ここにクロムウェル将軍が滞在していると聞いたんだけどさ。今どこ?」
「貴様のようなならず者に将軍がお会いすると思ったか。仲間を傷つけた罪は重いぞ。」
緊迫する空気を気に留める事も無く、オリバーは周囲を見渡す。
「ねぇ、誰か俺の顔知ってる人いない?」
ざわつく王国兵達。その中でひと際大きな声を上げた少年がいた。
「お、オリバー様?王国へ戻られたのですか?」
「その声はエドゥか。その様子だと無事王国兵団に入団出来たようだな。」
困惑する王国兵の一人がエドゥに尋ねる。
「エドゥ、あの男は何者だ?」
「あの方はクロムウェル将軍のご子息、オリバー=クロムウェル様だ。その気になればこの城塞を落とす事も可能な魔法を自在に操るお方。衛兵よ、早急に城門を開け!」
エドゥの発言に王国兵は慌てて城門を開きオリバーを迎え入れる。
「やれやれ。やっはり誰も見えてなかったか。」
「何で祖国の王国兵ともめ事を起こしているのだ!ワシの発行した通行手形はどうした?」
余り感情を見せないトーマスであるが、息子の失態には父親らしい一面を見せる。
「あ、売りました。道中金欠になったんで。」
「お前な・・・。少しは親心を感じたらどうだ。」
「俺はトーマス=クロムウェルの息子を演じるのがイヤで家を出たんですけど?」
「お前にその才覚が無ければ殴り倒していたものの・・・。」
「そりゃどうも。」
「で、ここに訪れた理由は何だ?」
「『赤い茨』が王都にまで浸食しています。呑気に国境警備してる場合じゃないですよ。」
「まさか!」
「そのまさかです。先日王都に戻った際、惨状もこの目でしっかり。」
「ならば私も早急に王都に戻らねば。オリバー、お前も同行するのだ。」
「ご冗談を(笑)。」
「冗談などでは無い。何よりもお前の実力は私が誰よりも高く評価しておる。」
トーマスの言葉にオリバーは虚空を見つめ、残念そうに呟く。
「やっぱり見えてねぇか。」
「何の事だ?」
オリバーは右手を掲げ、指をパチンと鳴らす。
「もういいぜ、シルヴィア。」
「はい、我が主よ。」
オリバーの背後に姿を見せたのは、数体にわたる半透明の幻獣、そして長身で幻想的な美しさを持つエルフの女性であった。
「ま、魔術師・・・。」
「その通りでございます、御父様。私の名はシルヴィア=ロレーン。アストライア聖王国にある”静まりの森”の住人です。」
「貴様のような得体の知れぬ魔術師に父親呼ばわりさせる筋合いは無い!」
「そこですよ。父上。」
オリバーは緊張感のかけらも無いあくびをしつつ、父親をけん制する。
「父上がこの先戦うのは魔女。彼女達の操る茨の魔法にこの先大いに苦しむ事になるでしょう。」
「何を言っている?」
「父上は父上なりのやり方で戦ってください。俺はそれまで静観させてもらいます。」
オリバーは立ち上がると仲間に合図する。すると今まで見えていた幻獣達とエルフは影も形も無く消えてしまっていた。
そして約5年の月日、トーマス=クロムウェルは『赤い茨』との戦いに心血を注ぐ。だが茨の魔術の前に思うような決定打を打つことが出来ず、遂には茨の暗殺者の手によって暗殺されてしまったのであった。
トーマスを殺したのが茨の暗殺者であった、というのは状況証拠のみである。しかし幸か不幸か彼の死がクリスト王国反撃の口火となった。
女王エリザベス、黒太子エドゥ、確かにこの兄妹の活躍によって後世『マデランテの平和』と呼ばれるクリスト王国勝利は導かれた。だが魔女結社『赤き茨』が最も畏れたのは紛れもなくこの男である。それは現在も変わる事は無い。
クリスト王国第二代”護国卿”オリバー=クロムウェル。
「昔から”蛇の道は蛇”っていうだろう?だから魔女には魔術師をぶつけるのさ。
==次回予告==
バルダ近郊にある小さな漁村。ある一人の男が漂着した。
これは遥か東方の国からアストライア島に辿り着いた、義に殉ずる漢の物語。
第4話 漂着者 お楽しみに!
※画像はオリバー=クロムウェル(青年期)のイメージ画です。
絵のタッチはアニメ調ながらも、イケオジ感を前面に表現してみました。
キャラクターのイメージ補完になれば嬉しいです。