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アストライア冒険譚  作者: ものえの
第五章 第五章 『陽』に生きよ
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4.『切り裂き魔』討伐作戦

 酒場のウェイトレスから発せられた友人の名。オリオンは額に手を当て苦悩の表情を浮かべる。

「大丈夫ですかな、オリオン殿。顔色が余り優れぬようでござるが。」

ゲンガンがオリオンの肩を支えようとするもオリオンは手のひらを向けてゲンガンを制する。

「僕の方は心配無いよ。それより僕は一度教会で確認する事案が出来てしまった。後の事はリチャードに任せていいかい?」

オリオンの依頼に対し、リチャードを制しユウナが回答する。

「教会に行くのなら私も同行するわ。今の貴方を一人にするのは危険だもの。」

「なら俺達全員で行った方が早くないか?」

リチャードの問いにユウナは一呼吸置いて答える。

「相手に全員の顔を知られるのは愚策。だからオリオンは一人で向かう気だったのよ。」

「・・・ユウナの言う通りです。」

オリオンは覚悟を決めると皆に向き直り、自身に起きた経緯を説明する。

「エンシエは僕の旧友であり目標だった人です。しかし幼い時から胸の病を患っており、神聖魔法の癒しの力をもってしても長く生きる事は無いと伝え聞いていました。しかしバルダの教会で再会した彼は僕が知る知的で繊細なエンシエではありませんでした。『胸の病は癒えた』そう発言したにも関わらず生き急いでいる、そう感じられたのです。」

「先に話してくれてありがとう。これで『切り裂き魔』のおおよその見当が付いたわ。」

ユウナの言葉に四人は一斉に視線を彼女に向ける。

「・・・そんなに見つめたって答えは出ないわよ。最終確認が必要なの。」

「分かりました。では僕とユウナで教会へ行きます。後はリチャードに任せればいいかな?」

「日が沈む前にミドの街を周回して地理をしっかり覚えておいて。今日から兵団の警備が手薄になるから陽動作戦が使えるわ。」

「ようどうさくせん?」

首を傾げるワッチにゲンガンが手短に説明する。

「我々が街の住人に扮して敵をおびき寄せる作戦です。相手が獲物に飢えていれば高確率で敵と遭遇する事になりまする。」

「そういうことかぁ。」

「じゃあ、私達は行くけど。リチャード、念の為に言っておくわ。」

「ん、何だ?」

「第三部隊の兵士と絶対にヘンな問題を起こさないでね。」

「わかってるよ、そのくらい。」

こうして元気組一行は一度二手に分かれ、『切り裂き魔』討伐作戦に向けた行動を開始する。


 オリオンとユウナはミドの街の教会へと向かう。教会の前では多くの信徒が清掃の奉仕活動に励んでいた。

「すみません、リゲル司祭はいらっしゃいますか?」

オリオンは清掃中の信徒の女性に尋ねる。

「ええ、司祭様でしたら教会の私室で勉学に励んでいるかと。」

「ありがとうございます。皆様に女神の祝福がありますように。」

オリオンは十字の印を切り人々に祈りを捧げる。オリオンの姿に合わせる様に信徒たちもまた女神アストライアに今日の平穏を祈り続ける。

「『切り裂き魔』の恐怖はミドの住民に強く刻まれてしまっている。解決を急がないといけません。」

「その前に貴方自身が平静になる事を肝に命じて。」

ユウナの助言の効果も余り無く、オリオンは速足で教会内へと足を踏み入れる。

「教皇庁所属、オリオン=ヘテロギウス司祭です。エンシエ=リゲル司祭にお目通りを願いたい。」

聖堂内の清掃に勤しんでいた信徒の一人が慌てて教会奥へと駆けて行く。やがて一人の司祭服姿の青年男性がオリオンの前にゆっくりと現れる。

「私に何の用か。」

「あの時、君はサラゴナに向かうと言った。それが何故ミドの司祭を取り仕切っている?」

「私がこの教会に滞在した時に前司祭に不幸があった。街の住民の不安を和らげる必要があった為にこうして代役を努める事にした。サラゴナの調査は新しい司祭が着任してから再開する予定だ。」

「住民の不安というのはあの『切り裂き魔』の事だね。」

「そうだ。残念だが私には荷の思い話になる。君も知っての通り私の扱う神聖魔法は治癒特化型だ。魔物に対抗できる術では無い。」

「では君はこのまま静観するつもりなのかい?」

オリオンはやや踏み込む様にエンシエの瞳を動きをじっと観察する。

「魔物討伐は君が得意とする領域、ならば君がその討伐を行えばよい。傷の手当てには協力しよう。」

エンシエの瞳の動きに怪しさは感じられず、本心からの言葉だという事実がオリオンの心を大きく揺さぶる。

「君はその命を”買った”のではないのか!」

「・・・旧友とはいえ、その言葉は聞き捨てならん。撤回しろ、オリオン!」

「そこまでよ、オリオン。彼の言葉に嘘はない。『ギアス』の呪文で今までのやりとりを聞かせてもらったわ。」

オリオンの背後から姿を見せたユウナを見てエンシエは驚きの表情でユウナに語り掛ける。

「その銀髪・・・もしや貴女は魔法学院の才女と謳われたユウナ=ロレーン嬢ではありませんか。」

「才女かどうかは知りませんか、王立魔法学院所属ユウナ=ロレーンで間違いありません。」

「私は長きに渡り胸の病に苦しんで来ました。教皇庁という箱庭で過ごす毎日は苦痛でもありましたが、貴女が著した魔術書を拝見させていただいた際は非常に興味深く読ませていただき新たな知己を得る事が出来ました。」

「それはどうも。オリオン、帰るわよ。」

「え?」

「ロレーン殿、よろしければ魔術書の講釈を聞かせていただきたく・・・。」

エンシエの誘いの言葉を無視してユウナはオリオンの手を引き酒場へと足を向ける。

「僕は・・・彼が分からなくなってしまった。」

「エンシエはシロよ。オリオンには見えなかっただろうけど。」

「そうなのかい?」

「彼の発言に嘘は無かった。というより知らないから答えようが無い、が正解ね。」

「つまり、事件に無関係ではない・・・。」

「そう、エンシエ=リゲルは”契約の精霊 グレムリン”と何らかの契約を交わした。私の”魔女の目”は彼の背後で揺らめくグレムリンの瘴気を捉えた。皆が戻ったら作戦を練り直すわよ。」


 街の調査を終えた三人が酒場に戻ると元気組一同は再び作戦会議を開始する。

「まずは俺から報告させてもらおう。俺は先程の門番へ行って彼の直属の上司にあたる百人隊長を紹介してもらい事件の詳細について聞き取りを行って来た。」

「問題は起こしていないでしょうね。」

ユウナの言葉にリチャードは笑って返す。

「確かに第一部隊と第三部隊では隊員の特色は違う。でも幸か不幸か俺は護国兵団の部隊長全員と面識があってな。『ビッグ・ジョー』の通り名を持つ第三部隊長ゼノスの小父貴おじきは元は父上の配下から成り上がった武闘派であり、俺に護る戦いの基礎を叩き込んでくれた師匠でもある義を重んじる人だ。百人隊長クラスであれば大将の為とばかり快く情報提供をしてくれたよ。確かにかつての俺なら避けていた手段だが、今は元気組のリーダーとしてレンカスターの名を利用する事に抵抗は感じていない。で、本題だ。」

リチャードは、懐からミドの街を区画を記した地図をテーブルに拡げる。

「このミドの街はサラゴナに続く玄関口だがドワーフが築いた街だけあって石造りの高い建物で構成されている。それは盗賊などといった身軽な連中を追い詰めやすくする為だ。」

ワッチが身を乗り出して地図を覗き込む。

「ホントだ。大通りや教会、通用門はすっきりしているけど裏路地は行き止まりばかりだ。アタシも実際に街を歩いてみたけど確かに追い詰められたら高い建物に飛び移れないね。」

「拙者も同感です。しかし相手は飛行能力を持つ怪物、弓だけでは厳しい現状と感じます。」

「その点は俺も承知している。百人隊長に依頼して歩哨を大通りだけに配置させ遠隔武器部隊を建物の二階及び三階で待機してもらうよう協力を要請して了承を得ている。」

リチャードは視線を地図からオリオンに向ける。

「神聖魔法の呪文に邪悪な存在に対し正体を自ら照らす呪文があったはずだ。ヤツにその呪文は使えそうか?」

「敵が退却行動に出た際は、護国兵団に後事を託す訳ですね。彼らの顔も立てられるし良い案だと思います。」

オリオンの淡々とした言葉にリチャードはユウナに問い掛ける。

「教会での件、聞かせてもらっていいか。」

「ええ、少し込み入った話になるけど・・・。」

そういうとユウナは教会で出会ったエンシエ=リゲルという司祭について語る。

「最終確認、というのは私の”魔女の目”が邪霊を捉えるかどうかだった。”契約の精霊 グレムリン”は狡猾な邪霊として魔術書にも記載されている危険な精霊よ。特にワッチは気を付けて。この怪物の吐く言葉に騙されないで。」

「うん。」

「オリオンの話から推測してグレムリンの胸の病を完治させる代償としてに夜に舞う『切り裂き魔』の姿を得た公算が高いわ。でもワッチの”魔女の目”ならバーバラ戦の様に破壊する弱点が見える可能性がある。重圧は大きいと思うけど、今の貴女には”風の加護”がある。それを信じて。」

「うん、アタシやるよ!」

「皆さん、少しいいですか。」

オリオンはいつになく力無い言葉で皆に語り掛ける。

「エンシエは邪霊の誘惑に負け、夜の体を邪霊に明け渡すという大罪を犯しました。国教会としてもそれは冒涜と呼ぶに値する行為、司祭としての地位は剥奪されるでしょう。それでも僕は彼を救いたい。どうか僕に力を貸してください。彼に赦しの機会を与えてください。」

「オリオン殿、案ずる必要はござらん。ここにいる全員思いは同じでござる。」

「恐らくグレムリンは僕の想定する手段で夜の肉体を手中にしたはず。それが判明した時、作戦を切り替えます。」

徐々に落ち着きを取り戻し始めたオリオンに安堵し、ユウナは少し楽し気に言葉を切り出す。

「じゃあ聞かせてもらいましょうか、その作戦を。」


 その日の深夜。眠りについたエンシエの肉体を使い邪霊グレムリンはその禍々しい姿を顕現させる。

「今日の夜は妙に静かだな。さすがに派手に遊び過ぎたか。・・・だがこの街で俺様を追い詰める事は誰にも出来まい。エンシエも実にいい街を見つけてくれたものよ。今日も狩りを楽しませてもらうぞ、ニンゲンよ!」

グレムリンは背中に蝙蝠に似た巨大な翼を出現させるとミドの街をぐるりと旋回する。

「歩哨の数も少ねぇな。・・・いた、女一人。」

グレムリンの目が夜の仕事を終え家路に向かう若い女性を捉える。その爪を刃の様に変化させ急降下で女性に迫る、その時だった。

「ぐあっ!」

グレムリンの背中を電撃が走る。その視線の先には次のスリングを回す少女の姿があった。

「闇夜の俺様の姿を見破った、だと?」

絹を裂くような女性の悲鳴、同時に複数の矢がグレムリンを襲う。しかし闇夜と同化した怪物は易々とこれを回避する。

「どうやら見えているのはお前だけだなぁ、小娘ぇ!」

グレムリンは上昇すると少女の立つ建物の屋上を目掛けその爪を振るう。が、少女は反応良くこれを躱してみせる。

「”囁きの精霊”さん、オリオンに伝えて。グレムリンの弱点は胸にあった、って。」

「俺様の趣味を邪魔した罪は重いぞぉ、オラぁ!」

グレムリンの体長はおよそ3メートル、それに対し少女の身長は150センチ前後、ほぼ二倍の体格差ではあるが、グレムリンのリーチの長さを逆手に取ると至近距離で黒く輝く短刀を使いうろこ状の外皮を切り刻んでいく。

「アタシの名はワッチ。”赦されざる精霊グレムリン”、その悪行を止めに来た。」

ワッチの言葉に呼応するかの様に、彼女の輪郭を包み込む様に緑の燐光が輝きを放つ。

「手前、精霊使いか!」

グレムリンが右手をワッチに向けると五本の爪が射出され彼女に襲い掛かる。ワッチは爪の攻撃は回避するも、グレムリンの姿を見失ってしまう。

「消えた!?」

「こっちだ、バーカ。」

グレムリンの上空からの右手による叩きつけ、ワッチは咄嗟にメイビーでグレムリンの右手を貫こうと試みる。しかしグレムリンは貫かれた手を気にする事無く、メイビーごとワッチの左手を握り占める。

「うあっ!」

「さぁこれで逃げ回るのは終わりだ。ここから地面に叩きつけてやるぜ!」

グレムリンはワッチを捕まえたまま屋上を飛び越え路地に向かって加速度をつけ落下する。このままではグレムリンの膝がワッチの頭を直撃する。ワッチは力を振り絞り『コマンド』を唱える。

「『ワイヤー・ヴェイン(蔦の弦)!」

次の瞬間、ワッチの右手から緑の蔦が出現しグレムリンの顔に巻き付く。

「ぐおっ!」

予想外の反撃にグレムリンの手が緩む。地面に激突するその瞬間、ワッチは体を入れ替える事に成功し結果として逆転の立場でグレムリンを地面に叩きつける事に成功する。

「はぁ、はぁ・・・。」

皆が応援に駆け付けるまで動かないで欲しい、そう思ったワッチの希望はもろくも崩れ去りグレムリンは再び立ち上がると上空に舞いワッチと距離を取る。

「止めを差さなかったのはコイツの事を知っているからか?なら教えてやるよ。俺様の本体はこの胸の心臓だ。ここを潰せは俺様は元の瘴気に戻る。が同時にこの男エンシエ=リゲルは死ぬ。つまりこの『切り裂き魔』を討伐するには依り代のエンシエを見捨てる以外に手段は無い訳だ。」

挿絵(By みてみん)

グレムリンはワッチをあざ笑うかの様に下卑た笑い声を上げる。

それと同時にオリオンからの返答が”囁きの精霊”によってワッチに伝わる。

「ワッチ、大通りの中央広場にまでグレムリンを誘導してください。僕達はここで合流します。」

その言葉に軽く頷くと、ワッチは再びグレムリンを見やる。

「左手の握力はある。落下の衝撃も残っていない。後はアタシが”風”を使いこなせば!」

ワッチは右手を大きく拡げると再びコマンドを唱える。

「勝負はこれからよ!”風”よ、アタシを導いて。『ワイヤー・ヴェイン』!」

再び緑の蔦がワッチの右手から出現し、建物の縁へと巻き付く。縁を足場に狭い路地を交差するように上昇すると瞬く間にグレムリンが立つ家屋の屋上まで辿り着く。

「面倒な女め。さっきの様な奇襲、二度は通じんぞ。」

「お前の様な邪霊をこのまま好き放題にはさせない。絶対に追い詰めてみせる!」

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