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アストライア冒険譚  作者: ものえの
第五章 第五章 『陽』に生きよ
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2.”風の加護”

 ユウナ達4人は馬と共に扉をくぐる。そこには以前訪れた時と変わらないユウナの別宅があった。

「お帰りなさいませ。ユウナ様。」

屋敷の管理者である猫の執事カルルマンが姿を現し、一行に拝礼する。

「今回は理由があって馬も一緒に連れてきたわ。この子たちも一緒に預かっておいてちょうだい。」

「ユウナ様、ワッチ様の姿を見当たらないようですが。」

「後で話す。」

「承知しました。皆様は以前のお部屋をお使いください。私は馬を厩舎へ運んでおきます故。」

カルルマンはゆるりと一行に拝礼すると馬を引き連れて厩舎へと向かっていく。

「それぞれ個人の荷物を自室に置いた後、食堂に集まりましょう。」

ユウナの言葉に一行は頷くと屋敷に足を向け中に入っていった。

屋敷の食堂。荷物だけを預け着の身着のままの姿で一行は席に座る。

「長旅ご苦労様です。紅茶を用意しましたでごゆるりとお寛ぎください。」

カルルマンの勧めにリチャードは手で制しつつ問い掛ける。

「長居をするつもりは無ぇ、仲間のワッチがサラゴナ自治区にある”囁きの森”で行方不明になった。俺達で彼女を救い出す方法を教えて欲しい。」

「なるほど、シルフの領域に踏み込まれましたか。精霊によっては興味や関心のある存在が近くを通ると自分達の世界に閉じ込め、この実世界との関係を絶つ・・・いわゆる”神隠し”と呼ばれる行動を起こすことは不思議ではありません。特にシルフは風のままに自由な行動を起こす傾向を強く持ちます。」

「じ、じゃあワッチは解放されないっていうのか?!」

「どうかご安心を。私に手があります。その前に何故”囁きの森”に向かう事になったのか、その経緯をお話いただけますでしょうか。」

「経緯の説明は私から行うわ。ワッチが心配なのも分かるけどリチャードは少し落ち着いて。」

ユウナの言葉にリチャードは両拳をギュっと握りしめ、ただ下を向く。

「今回の件に君の落ち度はありませんよ。後はユウナに任せましょう。」

「リーダーが狼狽していてはパーティの混乱に繋がり申す。オリオン殿の言う通り今はユウナ殿に任せましょうぞ。」

二人がリチャードを励ます姿を横目にユウナはカルルマンにこれまでの経緯を説明する。

「魔女を赦す旅、ですか。確かにワッチ様らしい決断と言えます。そして翠蒼の鎧・・・シルフが興味を惹くのも納得がいきます。」

「ワッチがシルフと親交を深める事に意義は無いわ。でも、それでは私達の目的であるサラゴナ自治区調査に支障が出てしまう。余り時間に余裕が無いの。」

「分かりました。とは言っても私は館を離れる事は出来ませぬ故、代わりの者に依頼しましょう。」

「それは誰?」

カルルマンは右手の人差し指を上空に突き出し、招来の呪文を唱える。

「我『ケット・シー』が命ずる。精霊界を舞う言葉の紡ぎ手『メッセンジャー』よ、今ひとたび舞い降りたりて伝えよ。精霊の君たる『風の君』にワッチなる者の解放を伝えよ。」

呪文が完成した瞬間、食堂の上空で一陣の風が舞う。しかし風は周囲を全く荒らす事無くかき消えてしまっていた。

「何だ、今のは。」

驚きの表情を見せる四人の中で、ユウナだけは別の言葉を呟く。

「・・・大鷹?」

挿絵(By みてみん)

「はい。彼は領域や結界さえも超越する”翼の精霊”です。おそらくユウナ様も何度か見かけたのではないでしょうか。」

「アイツとも一緒に居た。・・・お前は私の味方では無かったのか。」

「私はいつでもユウナ様のお味方です。私はユウナ様の変化をとても嬉しく思っているのです。そしてこの元気組の一員として活動をされている貴女をとてもまぶしく感じております。」

「私は、私に出来る範囲の事をしたまで。それだって限界はある。」

「それで良いと思います。」

カルルマンは視線を外し、今度は三人に話しかける。

「さて、これで伝言は”囁きの森”のシルフに伝わる事でしょう。皆様がここで一服する時間は十分にございます。まずはその鎧を外してご休憩を。」


 一方、”囁きの森”でのワッチは精霊『シルフ』の招きによって<風の属性領域>に転移していた。シルフは蝶に似た羽をゆっくりはためかてワッチの周囲をフワフワと浮いてみせる。しかしワッチの目は幻想的なシルフの姿より彼女の持つ一冊の本に釘付けになっていた。

「ど、どうして精霊さんが『グレイハウント』の本を持ってるの?」

「これは精霊界に住むただ一人の人間が書いた本なの。だから人間に興味がある精霊は精霊王にお願いするの。」

「精霊の世界に人間が住んでいるの?!」

ワッチの驚きにシルフは本を抱えながら楽し気に笑う。

「アナタ、反応がとっても楽しいわ。それで、どうしてアナタはワッチという名前なのかしら。」

「そ、それは元々自分の名前が好きじゃなくてその子みたいな活躍がしたいな、って思ってたから・・・。」

「でもワッチって犬よ?アナタ、犬なの??」

「れっきとした人間です!」

「変なコ。」

「こっちからも言わせてください。その本、アタシまだ読んでないんです。だから絶対ネタバレしないでください。」

「えー、何で?アナタだって気になるでしょう。」

()()()()、です。」

ワッチは真顔でシルフに圧をかけていく。

「分かったから、そんなに顔を近付けないで!」

「そういえばみんなはどこなんだろ?」

ワッチはふと気付いた様に周囲を見やる。

「案内したのはワッチだけよ。」

「えっ?」

「アナタが求めるのは精霊からの助力でしょう?それを私達が見定める。その助力はアナタへの助力であって他の人間や人間の世界に対してじゃない。」

「どうしたら助けてもらえるの?」

「まずは左腰にある物騒な短刀を外して。」

「うん。」

ワッチは言われたままに、左腰の短刀を草むらに置く。

「素直ね。私を前に不安は無いの?」

「不安はあるよ。でもアタシはここに戦う為に来た訳じゃない。精霊の言葉は素直に従うよ。」

「へぇ。」

「・・・何かヘンな事、言ったかな。」

「気にしなくていいわ。じゃあ、あの森へ行きましょう。」

シルフに導かれ、ワッチは眼前に拡がる森に足を踏み入れる。

「うぁ、暗い・・・。」

「ここでアナタの性格を見せてもらうわ。」

「性格?」

「そう、性格。」

シルフは一本の巨木の前まで移動し、その細い指先で真上を指す。

「木を傷つけない様に、この木の枝まで登るの。」

「道具も使わずに?」

「そう、人間の道具は使わない。」

シルフはワッチに目線をやりながら楽し気に宙を踊る。すると、ヒソ・・・ヒソ、と誰かが囁く声がする。

「誰の・・・声?」

ワッチは改めて誰も助けが居ない恐怖を背筋に感じていた。ゾク、ゾクッと悪寒がワッチの全身を駆け巡る、そんな肉体の反応とは逆にワッチの口角はゆっくりと上がっていく。

「そう、アタシは助けを求めに来たんだ。・・・囁く精霊さん、君達の力をアタシに貸して!」

ワッチが両手を拡げて森に助力を求める。見る見るうちに緑のオーラが彼女を包むと上方への風の流れに乗りあっという間に木の枝まで運ばれていったのだった。

「よっし、やったぁ!」

「おめでとう、じゃあ次行くよ。」

シルフはワッチの目線まで浮上すると指をぼんやりと光る木を指差してみせる。

「次はあの木まで枝を渡り歩いてみせて。下に落ちても怪我はしないから安心して。その代わり、落ちたらココからやり直しよ。」

「100mはありそう・・・。それにここからじゃ木の枝だって簡単に見えないよ。」

「じゃあ、助力の話はナシね。」

「・・・頑張る。」

ワッチは枝に飛びつこうと試みるが人間の脚力では遠く及ばず地面に落下していく。

「うあぁぁぁ・・・あれ?」

シルフの言葉通り、ワッチは地面に激突する事は無く、開始地点の枝の上に立ちすくんでいた。

「はい、やり直し。」

「ちくしょー!」

試行錯誤をくり返し、徐々にではあるがワッチはゴール地点とも距離を縮める。だがある疑問がワッチの頭をよぎる。

「ねぇ、一つ聞いていい?」

「何かしら。」

「この場所に登る時は、”囁きの精霊”が力を貸してくれた。でも今はその”囁き”が聞こえないの。」

「それで?」

「貴女が本当にアタシに手を貸すつもりがあるのかな、って。」

「あら、精霊シルフを疑う訳?」

「じゃあ、何で何度も呼びかけているのに”囁き”が聞こえないの?」

「さぁ、何故でしょうかね。」

シルフはとぼけた表情でワッチの質問をかわそうとする。そしてそれを見たワッチは残念そうに首を振ってみせる。

「・・・残念だよ。」

「今のアナタには何も出来ないわよ。ニンゲンって優しくするとすぐその気になるからホントに面白いわぁ。」

シルフは片手を当ててワッチに嘲笑を浴びせる。しかしワッチは気にする事無く、次の挑戦を開始する。

「負けるものかぁ!」

飛び掛かる木の枝に僅かに届かずワッチの体が再び落下しようとしたその時、ガツン!という衝撃がワッチの身体を駆け巡った。

「・・・えっ?」

「な、何で?」

驚く二人の視線の先にあった物、それは平原に置いてきたはずの黒曜石の短刀であった。

「メイビー・・・。うん、頑張るよ。」

ワッチは短刀を足場にして次の枝へと飛び移る。

「ワッチ、約束を破ったわね。」

「アタシにメイビーを呼び寄せる力は無かったよ。でも貴女のその行いを知ったメイビーが手を貸してくれた。彼は今、とても怒っているよ。」

「そ、その刃を私に向けないで!」

シルフに先程の余裕は既に無く、涙目でワッチに助けを求める。

「じゃあ、”囁きの精霊”をアタシに使わせて。それならメイビーをスロットに仕舞うよ。」

「わかりました、どうぞお使いください。」

シルフはワッチに対して”囁きの精霊”を解放する。すると再び緑のオーラがワッチを包み込む。

「あは・・・じゃあ、行くよっ!」

ワッチは気を取り直して次の木へと飛び移っていく。今度は届かなった枝にもしっかり届くようになり、気が付けばシルフが提示した木の枝まであっという間に到達していた。

「やったぁ!」

「はぁ、もっと楽しめると思ったのに。」

その時、ピィーという甲高い鳴き声が二人の耳に入る。

「何?」

身構えるワッチに対して、シルフは大きくため息を付く。

「こんなに早く来るとは思ってもみなかったわ。」

「何の事?」

「今の鳴き声よ。もう、さっさと森から出るわよ。」

「助力の話は?」

「精霊界で話が付いたのなら、もう私に出番は無いわ。それに今までのアナタの行動から精霊を無駄に使役する奴らと違うと証明が出来た。」

「そうなの?」

「ホント面白い子ね。」

ワッチとシルフは森を抜け再び草原に戻る。その場所には全身青と白で整えられた凛々しい大鷹の姿があった。

「うぉ、でっか・・・。」

その体躯にワッチは思わず後ずさりする。

「彼の名は『メッセンジャー』。この本も彼が届けてくれたのよ。」

「え、じゃあアレの作者さんも知っているんですね!」

ワッチは食いつき気味に大鷹に話しかける。

「アタシ、いつか会ってみたいんです。あの本の作者『フェイク』さんに。そう伝えてください。」

大鷹はワッチの言葉を理解したのか、一声だけ鳴いてみせる。

「アナタ、人間の身体で精霊界に行くつもり?」

シルフは呆れた表情でワッチに問い掛ける。

「うん。精霊界に一人いるんだもの、方法はあるはず!」

「はぁ、好きにしなさい。」

大鷹は再び翼を拡げると空高く舞い上がる。その姿を見つつシルフは呟く。

「ワッチ、これでアナタは”風の加護”を得たわ。残るは三つね。ここから近い場所はニンゲン達が『さらごな』って呼んでる場所に水の精霊『ウンディーネ』がいるわ。十分に気を付けることね。」

「ありがとうシルフさん。全部終わったらグレイハウントのお話をしようね。」

「・・・。」

「どうしたの?」

「さっきまであれだけ嫌ってたじゃない。」

「誤解が解けたんだからアタシは気にしていないよ?」

「ホント退屈しない子ね。私の役目はこれで終わり、後は他の精霊がアナタに力を貸してくれるはず。じゃあまた会いましょう、冒険者ワッチ。」

シルフが手をかざすとワッチは再び睡魔に襲われて倒れてしまう。

「ん・・・ここは?」

目が覚めた先は森の入り口。そしてワッチの顔を覗き込む四人の顔があった。

「お嬢、よくお戻り下された!」

ゲンガンが笑顔でワッチを抱きしめる。

「ただ・・痛い、流石に痛いよゲンガン!」

ワッチの言葉に一行はまるで笑顔を取り戻したかの様に笑い合った。こうして最初の”精霊の加護”を得たワッチら元気組は次の目的地であるサラゴナ自治区へ旅を進めるのであった。

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