9.精霊との邂逅(後編)
その別れは彼女にとって余りに唐突であった。補助兵団からの知らせを受けた元気組一同は手早く身支度を整え、葬儀が執り行われる教会へと足を運ぶ。ギブスンの遺体は家族によって身を清められた姿で木棺に安置されていた。その穏やかな笑顔を前にワッチは激しく泣き崩れる。その慟哭は補助兵団の仲間の心を激しく揺さぶり、涙を浮かべる者もいたほどだった。泣きじゃくるのを止めないワッチをゲンガンとオリオンが預かる形で一度木棺から引き離した後、ユウナは補助兵団団長を名乗る男に尋ねる。
「首元の傷を見せていただけるかしら?」
「どうぞ、御検分を。」
団長の指示でシーツに隠されていた痛々しい首元の傷がユウナの前に晒される。
「司祭様、この傷は例の転落死事件にあった傷と同じ型で良かったかしら?」
「はい。この様な検分に慣れたくはありませんが、今までに見た蹄と大きさ、型と相違ありません。」
「この大きさなら成長した大人の馬と同等の体格を持つ馬といったところか。ワッチの言った仔馬は当てはまらないんじゃねぇか?」
ユウナの背後からリチャードが首を伸ばして覗き込む。
「リチャード、それ本当?!」
ワッチは期待の眼差しでリチャードを見つめる。
「その前に。この依頼、本気で引き受ける気?」
ユウナは冷めた目でリチャードに問い掛ける。
「補助兵団からの要請なら護国兵団は引き受ける義務がある。といっても俺だけじゃ話にならない。だから元気組のリーダーとして、連続転落死事件解決に協力して欲しい。」
「私は構わないけど。それとリチャード、相手が精霊であるなら世界の常識に捉われないで。」
「ん?どういう事だ。」
「まずはそこの団長と引継ぎについて話して。応援は一切不要、私たちだけで解決するから事件現場へは近付かない事。橋の閉鎖は利用する住民を不安にさせるから往来に制限はかけない。事件は不運な事故であって転落事故であると公表して不要な噂話を潰すよう依頼。」
「お、おう。」
ユウナは踵を返すとワッチ達の方に歩み寄る。
「オリオン、ゲンガン、聞いての通りよ。討伐対象はクイックスとワッチが名付けた精霊ケルピー。」
「どうして?!クイックスは仔馬だよ!」
「貴女は今、精霊が見える。そうよね。」
「ユウナ、どうしてそんな怖い顔するの・・・。」
「そして貴女の言う通り、そのケルピーは幼く無垢な可能性がある。つまり、人間の持つ倫理観は通用しない。肉体は成熟しても心は無垢なまま、その姿を貴女の魔女の目が捉えた。」
「え?」
「ケルピーの遊びなのよ。最初は偶然人間が橋から落ちてきた。怪我をしてもだえ苦しむ人間の首を踏み潰したら動かなくなった。人間の子供が虫相手によくする行為と同じ。」
「でも、ユウナが実際に見た訳じゃ無い!そんなの想像の話だよ!」
「そう。だから私は貴女に助力を申し出ない。ここで亡くなったギブスン氏がアストライアの身許へ還るのを祈るだけでいい。私たちが事を終えるまでね。」
ユウナの言葉にオリオンとゲンガンも驚きの表情を見せる。
「本気で言っているのですか?」
「あの魔女との戦いをお忘れと申すか?お嬢があってこその元気組ですぞ。」
ユウナは二人の問いには答えず、愕然としたままのワッチを冷ややかに見つめる。
「・・・戦う。」
「無理よ。今の貴女では皆を危険に晒す。」
「クイックスを赦す。せめて苦しまずに眠れるよう、あの子を赦す為にアタシは戦う。」
覚悟を決めたワッチの表情に納得したのか、ユウナは軽く頷いてワッチの言葉を肯定してみせる。
「・・・後の判断はリーダーに任せるわ。慣れない役は私も疲れる。」
その日のウルダフ橋は交通規制を行わなかった事も幸いし、人々の動揺は緩やかに収まりつつあった。しかし、今日また同様の事件が起こればリェイダの街の混乱は避けられないだろう。元気組の5名は宿の一室に集合し対ケルピー戦への作戦を練る。
「とは言っても、精霊の知識に精通しているのはユウナくらいだ。立案は任せる。」
リチャードはサラっとユウナに丸投げする。
「今まで魔女討伐によく生き残れたわね。確かに護国兵団では精霊と直接戦う機会は少ないかもだけど、魔女に召還された精霊とは戦った経験は無いの?」
「俺達は第一部隊の方針に従うだけだからな。”怪しい行動をされる前に叩け。”これが護国兵団の対魔女戦における必殺攻撃。」
「間違いでは無いけど、極端過ぎ。判ったわ、改めてリーダーからの要請で私が作戦の立案を行う。いいわね?」
ユウナの言葉に残り三名は無言で頷く。
「水の精霊ケルピーは、馬に似た姿から分かる通り非常に速い機動力を持つわ。そして川の浅瀬という足場の悪い地形から騎馬での戦闘は私たちにとって不利でしか無い。だからまずワッチにケルピーの誘導をしてもらい、その後私が領域結界呪文で15m四方の空間内に閉じ込める。この結界内であればここにいる全員がケルピーを実体として認識出来るわ。制限時間は10分、その間にケルピーを仕留める。取り逃したら私たちの前に二度と姿は見せないでしょう、でも私たちがリェイダを去ってしまえばケルピーは再びリェイダに姿を見せる、それでは何の意味も無い。」
ユウナは、まずオリオンに目を向ける。
「領域結界は精神集中を必要とする呪文。一度発動してしまうと、私は一切の行動が取れなくなる。ワッチの足止めが短時間で終わってしまった場合、貴方が私をカバーして頂戴。オリオン、力の言葉は使える?」
「想定されている呪文は”鈍重”(スロウ)、でしょうか。」
「呑み込みが早くて助かるわ。神聖魔法の鈍重呪文ならケルピーを効果的に追い詰められるはず。」
「では、僕は回復を切らさず、隙を見て力の言葉を唱えていきましょう。」
「次にリチャード。基本的にケルピーの攻撃は貴方に全て受けてもらうわ。行動パターンを教えるから全部貰わないように気を付けて。」
「判った、聞かせてくれ。」
「ケルピーが使う攻撃は噛みつき、四肢による踏み潰し攻撃、尾による斬撃。これが物理攻撃。」
「尾が斬撃?」
「先端が大型魚の尾ひれ状になっていて、それを振り回すの。範囲が広いから前衛陣は全員が注意して。」
「それでは後方からの攻撃は至難の業となりそうですな。」
ゲンガンの呟きにユウナは一瞬だけ目を向けるも再び話を続ける。
「次に魔法攻撃。ケルピーの本領はこっちにあると言っても良いくらい。」
「魔法使うのかよ・・・。」
「属性減衰の防御魔法は戦闘前に私が付与するわ。まず落雷呪文。背中のたてがみが逆立ち始めたらゲンガン、ワッチは全力で退避。悪いけどリチャードは避けずに全力で受けて。オリオンは雷を判断した後にリチャードを全回復。」
「逃げずに受けろ、か。」
「ケルピーのヘイトを貴方だけに向ける必要があるの。次が重要、この雷は相手を転倒させる効果を持ってる。もし転んだ場合、例の踏みつけ攻撃が貴方を襲うわ。例え鎖帷子を装備していたとしても、鎧ごと簡単に撃ち抜くわよ。」
「確かにもっともな話だ。まだ他にあるのか?」
「最小範囲に攻撃を行う、泡の爆弾。爆発するまで若干の余裕があるから泡の出現に合わせてステップで後方に下がれば回避できるわ。この攻撃はリチャードも避けてケルピーを引きつける様に誘導して戦って。泡の爆弾+落雷呪文をセットで受けたら回復が間に合わないから。」
「なら落雷を避けた方が回復リソースの節約にならねぇか?」
「私だって可能ならその選択で行くわ。でも落雷呪文はケルピーの心を落ち着かせる。つまり、ヘイトリセットも兼ねてる訳。」
「最悪だな・・・。」
「私の知る限り、主要な攻撃は以上ね。とにかく距離を取らせない事、突進されたら一撃で陣形崩壊よ。次、ゲンガン。」
ユウナはゲンガンに目を移し、話を続ける。
「今回のダメージ源は貴方の太刀にかかっている。リチャードのシールドバッシュが決まれば、ケルピーは大きくひるむはず。その間隙に貴方の持つ全てを叩き込んで。ケルピーは斬撃武器に耐性が無いの。ただし先程も行った様に落雷呪文だけは被弾しない様、ケルピーの動静には注意して戦って頂戴。」
「承知致した。」
ユウナは最後に残ったワッチに目を向ける。
「今回の作戦で貴女の役目はクイックスを出来るだけ長く引き留める事。仔馬状態のままであれば攻略難度も下がる。それだけで十分、元気組として役目を果たした事になるわ。」
「でも痛がるよね。苦しそうにするよね。」
「見なければいいだけよ。」
「アタシは皆の様に戦っちゃいけないの?」
「今の貴女は私にとってノイズでしかないの。私は常に最善の一手で相手を討つ。貴女の赦す道を否定はしない、でも私は受け入れた訳じゃないのよ。」
ユウナの突き放す言葉にワッチは深くうな垂れる。
「さすがに言い過ぎじゃなかったか?」
リチャードの言葉にユウナはじっとリチャードを睨みつける。
「これが私が学んだ戦い方。今も昔も、それは変わらないわ。」
大通りに人が集まり、ウルダフ橋の通行量が少なくなり始めた夕暮れ前。元気組一行は橋の川辺で最後の準備を行う。
「ワッチ、ケルピーの姿は見える?」
「うん、見える。ユウナは?」
「私にも見えるわ。でも普通は近付こうと考えない。それほど精霊と心を通わせるのは危険な行動なの。〈迷い子〉を力の源泉から解き放ち精霊界へ還すにはこの世界での実体を消滅させるのが最善策。・・・始めるわよ。」
ユウナは魔導書を左手で浮かび上がらせ、書を開く。右手に掲げる杖の宝珠が彼女の詠唱に応じて黄色に輝く。
「魔の理により、我らに雷の防護を授けよ。―――魔の盾≪雷≫(アーケイン・シールド≪ライトニング≫)。」
ユウナが杖を掲げると、一行に青白い鱗粉に似た光が降り注がれる。
「この呪文は効果時間が30分。そしてダメージ軽減率が30%、これでケルピーの落雷呪文ダメージを7割に抑える事が出来るわ。」
続いてユウナはリチャードに向けて呪文を唱える。
「大地の精霊よ我唱えり、理によりてこの者に強固なる肉体の加護を与えよ。―――石の肉体。」
今度は宝珠が黄金色に輝き、リチャードの身体から淡い黄金色のオーラが立ち昇り始める。
「この呪文はリチャードの体力と防御力を一時的に増加させる。でもお願いだから踏みつけの直撃だけは避けて頂戴。」
「ま、任せておけ。」
ユウナの不穏な表情とは対照的にリチャードは笑みを浮かべて返答に応じる。
「オリオン、そっちの準備は?」
「こちらも全員の物理命中力向上、体力自然治癒の神聖魔法は詠唱完了です。」
「じゃあリーダー、後の現場指揮はお願いするわ。」
「了解。手筈通り進めるぞ。ワッチは出来るだけケルピーを引きつけて浅瀬まで誘導、足場が安定した地点までケルピーが移動した後、ユウナが領域結界魔法を発動。ケルピーの移動できる空間を拘束する。
後は俺が攻撃に耐えてゲンガンが仕留める。」
リチャードは一つ深呼吸すると、ワッチの背中を押す。
「頼むぞ、ワッチ。」
「・・・うん。」
いつもの元気さは消え、足取り重くワッチはケルピーの方へ近付いていく。ワッチの姿に気づいたケルピーは嬉しそうに駆け寄るとワッチに顔を摺り寄せる。
「あは、元気そうだね。心配になって戻ってきちゃったよ。」
ワッチは涙ぐみながらケルピーをユウナ達が待つ川縁へ誘導していく。最初は浅瀬をステップを踏みながらワッチに付いてきていたケルピーだったが、ユウナ達が視認出来る位置まで来るとその足を止める。
「どうしたの、クイックス?」
ケルピーの敵意は明らかに詠唱を終えようとしていたユウナに向けられていた。
「上出来よ、ワッチ。」
脂汗を流しながら、ユウナは杖を大地に立て高らかに詠唱を終える。
「領域結界発動。汝はこれより魔の虜囚となる。」
次の瞬間美しい浅瀬の川縁は禍々しい枯れ木がばかりが立ちすくす異界となる。一方のケルピーは怒りを露わにすると、みるみるうちに成熟した大人の身体へと変貌を遂げる。
「下がれワッチ!」
リチャードは雄叫びを上げてケルピーに突進攻撃を敢行する。
ガン、という衝撃と共にケルピーは一瞬ひるむと踏ん張る姿勢を見せる。その行動に合わせゲンガンもまた素早く行動を起こし、ケルピーの左側面に向けて連撃を繰り出していく。しかしケルピーの鋭利な尾の攻撃によってあと一歩踏み込めないまま後退を余儀なくされてしまう。
「ブガァ!」
ケルピーは怒りの矛先を正面に立つリチャードに向けて頭突きからの踏みつけ攻撃で相手を叩き潰そうと試みる。
「簡単にやられるかよっ!」
リチャードの持つ黒炎竜の盾がケルピーの正面からの圧力に持ちこたえてみせる。次の瞬間、オリオンの呪文詠唱が完了し、”力の言葉”(パワー・ワード)が発動する。
「アストライアの名において我祈らん、力の言葉はその者に鈍重の恩寵を与えり。―――”力の言葉”≪鈍重≫(パワー・ワード≪スロウ≫)!」
オリオンの呪文がケルピーの足元に聖印を起動させ、ケルピーを光で包み込む。
「グルル・・・。」
ケルピーは身体の異変を感じると、たてがみを逆立てて落雷呪文を発動させる。
「ゲンガン、下がれ!」
リチャードの言葉にゲンガンは急ぎ距離を置く。その視線の先には黒曜石の短刀を抜き立ち尽くすワッチの姿があった。
「お嬢。」
戦いのさ中であったが、敢えてゲンガンはワッチに語り掛ける。
「身体が動かない・・・。アタシには何もできない。」
「今はそれで良いでござる。お嬢の剣は相手を傷つけるだけの剣ではござらぬ。故に今は拙者に役目を託していただきたいのでござる。かの精霊を仕留める務めをこの身に託してくだされ。」
「うん、お願い。皆の戦い、絶対最後まで見届けるから。」
「では再び戦場へ!」
ワッチの言質を得たゲンガンは、踵を返すとケルピーとの戦いに再び身を投じていく。
一方のオリオンはケルピーの想定外の行動に焦りを感じ始めていた。
(リチャードは今のところ盾としての役目は十分果たしている。しかしスロウ状態となった事でケルピーは魔法主体に戦法を切り替えてしまった。そのせいもありゲンガンがあと一歩踏み込めなくなってしまっている。マズイな、このままでは僕の精神力の方が先に尽きてしまう。・・・だがここが正念場、全力で回復に専念して彼らを信じよう!)
「ねぇ、メイビー今のアタシに何が出来るのかな・・・。」
ワッチは黒曜石の短刀を見つめ、悲し気に問い掛ける。
「せめて皆の助けになりたい。でもクイックスを傷つける勇気は持てない。やっぱりユウナが言った事は正しかったんだ。」
ワッチの手にメイビーのぬくもりが宿る。
「え・・・?」
何を得たのか、ワッチの表情にいつもの自信に満ちた瞳が宿る。
「それなら出来る。皆の為に、クイックスを精霊界に還す為に、行くよ、メイビー!」
リチャードは度重なる落雷呪文に疲労の色が隠せなくなってきていた。
「体力はオリオンのお陰で維持出来ているが、足腰の疲労がやべぇ。多少強引にでもシールドバッシュを仕掛けるべきか・・・。うぉっ!」
その時を待っていたかの様に、ケルピーはその場で旋回を行い全方位に尾びれ状の尾による範囲攻撃を行う。
「ぐあっ!」
ぬかるんだ足元での戦いで限界に来ていた足腰が遂に悲鳴を上げた。尾の旋回攻撃を受けたことでリチャードは大きく転倒してしまったのだ。
畳み掛けるように踏み潰し攻撃がリチャードを襲う。その破壊力は重装備の人間の内臓でさえ破壊するに十分な力を持っていたが、ユウナの”石の肉体”呪文がリチャードを救った。だがケルピーは手を休めず落雷呪文の詠唱を開始する。
「まずい、僕の精神力も限界かっ。」
オリオンが最後の力を振り絞って回復魔法をリチャードに向けて放つ。が次はもう打つ手は無い。その時だった。
「アタシが、止めるっ!」
ワッチが切ったのはケルピーのたてがみ、そしてこの行動によってなんと落雷呪文の効果が消えてしまったのだった。
ケルピーが動揺を見せた瞬間をリチャードは見逃さなかった。
「もう少しネンネしときな、そらっ!」
リチャードのシールドバッシュがケルピーの体勢を大きく崩す。その間隙にゲンガンが踏み込み連撃を加えた後、ケルピーの心臓に目掛けて太刀の一閃を叩き込む。ゲンガンの勢いに呼応するかの様に、刀身は赤白く鎧は青白く輝くとその光はケルピーに取り込まれていった。
「手応え、あり。」
ゲンガンがそう呟くと、するりと刀は抜けケルピーは膝を折り浅瀬に崩れるように倒れていった。その肉体は瞬く間に崩壊していくと鮮やかな虹色の塵となった。しばらくの間、周囲を漂っていたもののユウナの領域結界解除によって最後は霧散して消えていった。厳しい戦いではあったがこうして元気組はケルピー”クイックス”に勝利したのであった。
その日の夕刻、補助兵団にケルピー討伐完了の報告を終えた元気組一行は再び宿を取り明日の出発に向けた準備を行っていた。その中でユウナが今回の戦闘での情報共有を求めた為、一行は宿の一室を借りて今回の振り返りを行う事を決めたのだった。
「さて、まずは全員この場にいる事に感謝をしたい。俺も護国兵団の面目を果たす事が出来た。以前のバーバラ戦もだったが、戦略面においてユウナに負担をかけ過ぎた。信頼の証でもあるけれども、リーダーして反省している。」
「少しは精霊の知識を養ってもらえると私も助かる。今後を考えての提案よ。」
少しやつれた表情ではあるが、ユウナからは戦闘前の厳しい表情は消え去り以前のやや温和な表情に戻っていた。
「じゃあ、次は私から。何が起きたかはオリオンから聞かせてもらったから要点だけ話しておく。領域結界は強力だけど私自身が拘束されてしまい、結果として状況次第では敗北もあった。戦闘の局面に合わせて戦術も変化させる必要性を今回で学ばせてもらったわ。」
「では今後は領域結界は使用しない、と?」
オリオンの問いにユウナは答える。
「必要に応じて、とだけ言っておきましょう。」
「了解しました。今後は僕も精霊の知識を学んでおくべきですね。」
「次に、ワッチがケルピーのたてがみを斬った件ね。説明してくれるかしら。」
「うん。あの戦いではアタシに出来る事は何も無い、と思っていた。でもあの落雷を止める事は出来る、ってメイビーが教えてくれたの。」
「以前のバーバラ戦でも同じような事があった。つまり、ワッチの持つ黒曜石の短刀、メイビーには明確な自我が存在する、と考えて良いのかしら。」
「アタシから言葉を投げかけてもメイビーは答えない。だけどこの子はアタシを裏切る事は無い。立ち上がる勇気を最後に与えてくれる親友、だと思う。」
「なら私達が干渉する必要は無さそうね。今まで通り、私達はワッチを信用するわ。」
ユウナの言葉にワッチはぽかんと口を開けて彼女を見つめる。
「・・・何?」
「ユウナ、アタシの事信用してくれてたの?」
「アレは私自身への鼓舞でもあったの。私の推論で元気組全員が動く、その不安に圧し潰されないほど私の心は強くは無いわ。だから貴女が勇気を持って戦ってくれた事に感謝するしこれからも信用する。」
「うん、うん。」
ワッチはユウナの言葉を噛み締めるように頷く。そこに涙は無く、ただ仲間としてこの場に留まることの出来る喜びが彼女の胸にあふれていた。
「良かったでござるな、お嬢。」
「ゲンガンもありがとう。あの時の言葉でアタシも戦えたよ。」
「なあに、大したことではござらん。」
「そうだ、次の目的地こそがワッチにとっての試金石になる。」
やや得意げにリチャードが話に割り込む。
「次の目的地?」
「四大精霊の一柱、風を司る精霊『シルフ』が棲む”囁きの森”。サラゴナ自治区と方角も同じだから寄り道して精霊の助力を得る。お前にしか出来ない役目だ。」
「シルフかぁ。色々お話したいなぁ。」
一夜明けた翌日。転落死事件の収束を確認した後、元気組一行はリェイダを去る。そしてケルピー”クイックス”はワッチにとって、ほろ苦い精霊との邂逅として心に刻まれた親友となったであった。




