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アストライア冒険譚  作者: ものえの
第四章 精霊との邂逅
22/29

7.精霊との邂逅(前編)

 元気組一行がバルダを発ち8日目の昼過ぎ。最初の目的地であるリェイダの街に到着する。街の規模はは大都市バルダと比較すると三分の一程の規模になるが、他の街に無い特色があった。街の中心から放射線状に伸びる複数の運河がそれである。その特性から陸運、水運の街として栄えバルダからは農産物や衣類を始めとする日用雑貨、サラゴナ自治区からは潤沢な鉱脈から産出される金属を利用した鉄製装備群や宝飾品、中でもクリスト王国では伝統的に忌諱されている魔術を付与した魔法装備は魔法に対して偏見を持たない冒険者の間では自らの命の値段の対価として人気が高く、高額な商品の一端として商人の注目を集めていた。

バルダ方面からリェイダの街に入る前に係る巨大なアーチ橋。ウルダフ橋と呼ばれるこの橋はドワーフ族の設計技師ウルダフ=オルゲンの提言の元に行われた大事業の一つであり、その死後はリェイダの守護精霊として人々から信仰される存在として知られている。

「それがこのウルダフ橋です。『千年を生きる橋を造る』と語った彼の生き様を象徴するようですね。」

オリオンは橋の手前で一行に講釈を述べる。

「そう考えると、精霊ってのは意外に身近な存在なんだな。」

「ドワーフ族やノーム族は鉱石の加工に特異な技術を持っていますから、僕達の様な鉄製装備に馴染みのあるクラスには確かにそう言えると思います。しかし、大半の精霊は金属を嫌いますから僕達が彼らを視認出来る場合はほぼ敵対状態に遭遇した、と考えて良いでしょう。実際、魔女結社”赤き茨”も”赤き茨の君”の力を行使する巫術師、というのが実体です。それを端的に”魔女”という言葉にカテゴライズされた事で、『貪食王』による魔女狩りに発展してしまい事態は急速に悪化してしまいました。」

オリオンの言葉にゲンガンはおもむろに言葉を漏らす。

「なればこそ、お嬢の言う”善性の精霊による協力”が”悪しき精霊に憑りつかれた人々”の救済『赦し』

に繋がるのも道理が通る。」

「そう簡単に行くかしらね。」

三人とは対照的にユウナは冷ややかな口調で会話に参加する。

「私は三人とは違って精霊を感じ、この目で捉える事が出来る。この8日間、多くの精霊がワッチに近付きイタズラしようと試みているのを見た。でもその精霊達はワッチの黒曜石の短刀を見ると皆怖れて逃げていったわ。」

「確かエドゥ様の大剣と同じ素材で鍛造された武器だったよな?」

リチャードの問いにユウナは頷く。

「そう。ゲンガンの持つ太刀と同じく実体を持たない精霊を斬ることが出来る武器。でも私にはそれ以上の秘密があの短刀にあると感じてる。」

「秘密?」

「でも今はワッチが目指す赦しの旅に必要な力。それが有効である以上、使うしか道は無いわ。」

「ねぇ、早くリェイダの街に向かおうよー。」

ワッチは、一人呑気に街の方へ指を差す。その姿はいつもの翠蒼の鎧姿では無く、どこにでもいる町娘の服に着替えていた。

「お前の馬はこっちで預かる。この街にある【竜と剣】って酒場が合流場所だ。」

「うん、わかった!」

「あくまでも、サラゴナ自治区の情報収集が目的だからな。『楽しかった。』で済ますんじゃないぞ。」

リチャードは念には念を入れてワッチに釘を差す。

「よぅし、じゃあ、街の中を探索してくるね。」

ワッチは一行から離れウルダフ橋へ向かって走って行く。

「さて。俺は馬を預けたら先に宿の手配をしておく。オリオン、お前は?」

「僕は一度教会に。サラゴナ自治区の情報が掴めたら共有しましょう。」

「分かった。ユウナはどうする?」

「少し買い物をしておくわ。ゲンガン、護衛をお願い。」

「承知しました、ユウナ殿。」

「じゃあ、夕刻には合流しよう。本来なら観光巡り、と行きたいところだが任務が先だ。」

リチャードの言葉にオリオンは深く同意を示す。

「いつか、皆でリェイダの街を訪問しましょう。全てを終えて。」

こうして一行は煉瓦造りの巨大橋を渡り、リェイダの街での一日目を過ごすことになる。

 他の4人より先行してリェイダの街に足を踏み入れたワッチは早速大通りの商店街を巡り、名物の甘味を食べ歩く。久しぶりの単独行動で開放的になった彼女の心の中に、次第にいつもの悪癖がむくむくと顔を覗かせる。だが今回はいつもの彼女の行動を阻む複数の監視の目があった。ワッチがいつも目にするリチャードのサーコートによく似た装備の衛兵。その姿に興味がそそられたワッチは一人の衛兵に近付き声を掛ける。

挿絵(By みてみん)

「こんにちは、衛兵さん。」

「やあこんにちは。何か困りごとかい?」

「ううん、アタシこの街に初めて来たから街の人と色んなお話がしたくて散策してるんだ。」

ワッチは笑みを絶やさずその男の装備を見る。鎖帷子に白のサーコート、護国兵団のユニフォームと言える姿だが、最大の特徴は胸に何の紋章も書かれていないところにあった。

「おじさんは護国兵団の人なの?」

「そうか、お嬢ちゃんは補助兵団を知らないのだね。」

声の主は20代中盤の男性。やや威圧感のあるトーンではあるが、言葉使いから人なりの優しさが容易に想像出来る青年であった。

「ほじょへいだん?あ、アタシはワッチっていいます。」

「俺はギブスン。この大通りの警備が今の仕事さ。こういった人通りの多い場所ではスリやひったくりが多発するからね。」

「あ、うん。それで補助兵団って護国兵団とどう違うの?」

ワッチは話題を逸らそうと、やや焦りながらもギブスンに問い掛ける。

「補助兵団というのは護国兵団の下部組織の事さ。常に戦場の前線に立つ彼らと違い補助兵団は文字通り欠員が発生した場合の兵員補充や後方支援、街の治安といった危険度の低い任務を主軸に動いている。特にリェイダの様な二つの護国兵団の勢力域の境界線に当たるような地域では双方の顔を立てる形で俺達が治安代行を受けている事が多いんだ。だから胸にエンブレムが入っていないだろう?」

「護国兵団の部隊の人って仲が良くないの?」

「そういう訳じゃないさ。例えば魔女結社のような反社会的勢力はクリスト王国民の敵といえるから護国兵団の全部隊が一致団結して戦う。でも誰の下で戦う、というのは自分の命をリーダーに預ける訳だから相性、というものが出てきてしまう。俺は無茶な指令で犬死だけはしたくない。そういう何よりも自分の命を優先するタイプだからこうして補助兵団で街の警備を担っている訳さ。」

ギブスンはワッチに軽くウインクして笑って見せる。

「そうだ、良かったら今度お休みの日にこの街を案内してくれる?」

「そうだな。明後日が非番だからそれでよければ案内しようか。」

「じゃあ、明後日の朝にここで待ってるね!」

ワッチはギブスンにお礼を言うと、再び商店街の方へ消えていった。

「・・・明日は夜勤なんだけどな、俺。まぁあんな真っ直ぐな目で頼まれちゃあ聞くしかないよな。」

ギブスンは再び商店街の雑踏に目線を移すと、街の治安を守る兵士に戻るのであった。

 一方、オリオンはリェイダの教会を訪れる。教会では葬式が執り行われており、家族と思われる人々が涙を流し悲嘆に暮れていた。

「教会に何か御用でしょうか?」

オリオンに声を掛けたのは若い尼僧シスターであった。

「ええ、旅の途中でご挨拶に伺おうと思いまして。僕はオリオン=ヘテロギウス。教皇庁所属の神官戦士です。」

「そうでしたか。司祭の方は現在葬儀を執り行っておりますので、しばらくお待ちいただければご紹介させていただきますがいかが致しましょう。」

「その前に聞かせてもらってよいですか。葬儀を見て気になったのですが、墓に捧げられた献花に新しいものが多いのが気になります。理由をご存じでしょうか?」

「ええ、実はこの10日余りの間でほぼ毎日、一人の方がウルダフ橋から転落死を遂げているのです。」

「何と。」

「兵団の方々は事故と事件両方で捜査をされているようですが、原因ははっきりとしていません。ただ、私も御遺体に祈りを捧げる機会がございますので、見分をさせて頂くのですが亡くなられた方は皆総じて首元に蹄の跡がはっきりと残っておりました。」

「なるほど。もし良ければ亡くなられた方の性別や年齢など分かる範囲であれば教えていただけませんか?」

「より詳しい情報をお求めでしたら補助兵団の詰所に行かれるとよろしいかと存じ上げます。ですがオリオン様、リェイダで起きた怪異の解決は補助兵団の努めるところです。無用な詮索は彼らのプライドに傷を付けかねません。尼僧の身でございますが、一言ご忠告を申し上げます。」

「いや、貴女の言う事は最もです。肝に命じておきましょう。最後に一つだけ教えて下さい。教皇庁所属のエンシエ=リゲル司祭はここを訪れましたか?」

「いいえ、私の知る限りは存じ上げておりません。」

「ありがとう。一刻も早い事件の収束を僕からも祈らせてもらいます。」

尼僧に別れを告げるとオリオンは教会を去りながら思案に耽る。

(ウルダフ橋の怪死事件も気になるが、エンシエが教会に挨拶に向かっていない事も気になる。病気が完治したのであれば司祭として教会への挨拶は時間を取ってでも優先して行うべき行動のはず。何が彼をサラゴナ自治区に急がせているのだろう。)

 一方のユウナとゲンガンの二人は大通りから外れた裏通りを進んでいた。華やかな表通りとは対照的に退廃的な雰囲気を醸す光景はゲンガンにバルダでの既視感を想起させていた。

「どこかノバリス地区に似ておりますな。」

「そうね。でも私が買いたい品物は大抵こういった通りにあるから、護衛を頼んだ訳。」

「思えばノバリス地区での探索もユウナ殿と二人でしたな。」

「そうね。」

ユウナの素っ気ない返事にゲンガンは生真面目な口調で言葉を返す。

「ユウナ殿もあの時から随分と変わられました。現にこうして拙者を護衛として以前と変わらず信用して下さる。」

「変わった・・・かしら。」

「はい。少なくとも拙者はそう感じております。」

「そうだと嬉しいな。」

突如、ユウナの呟きをかき消す怒声。

「邪魔だ、どけぇ!」

背後に現れたのは脂汗を流しユウナに襲い掛かろうとするならず者風の若い男。男の手に握られたダガーナイフが怪しい輝きを放ちユウナの背中に突き立てようとしたその瞬間、ゲンガンの右ひじ打ち

が男の右わき腹を直撃する。たたらを踏む男にゲンガンは容赦ない連撃の拳を入れると男を手持ちの縄で縛り拘束を終える。

「怪我はありませぬか、ユウナ殿。」

「ありがとう、ゲンガン。私も油断してた。」

動揺するユウナにゲンガンは一つ頷くと普段と変わらない口調で答える。

「お気に召さるな。その為の護衛でござる。」

「おい、こっちにいたぞ!」

路地を縫って姿を見せたのは、リチャードと同じ鎖帷子とエンブレムの無いサーコート姿の衛兵が数人「アンタらがディックを捕まえてくれたのかい?」

衛兵達は驚いた様子でユウナとゲンガンを見やる。

「背後から突然襲われましてな。止む無く取り押さえた次第でござる。」

「実はこの男、ここ数日で起きている連続転落死事件の重要参考人でしてね。生かして捕らえていただき感謝しかありません。」

「だから俺は最初の金貸し親父しか突き落としてねぇっていってるだろう!」

ディックが喚き散らすのを目にした衛兵の一人がディックにさるぐつわを掛けて黙らせる。

「その連続転落死事件、少し興味があるわ。聞かせていただけないかしら。」

ユウナの言葉に衛兵は少し考えた後、ユウナ達に説明する。

「なるほどね。現在被害者は10人。全員が落下後に馬の蹄で首元に止めを差されている、と。」

「それで、このディックという男は最初の事件のみ犯行を認めている訳ですな。」

「今の時期、ウルダフ橋に流れる川の水深は比較的浅く、馬での単独渡河も可能です。それを利用して突き落とした被害者に止めを差すという所業は許せるモノじゃあありません。」

「・・・少しだけ手伝わさせていただいてもよいかしら?時間は取らせないから。」

ユウナの申し出に衛兵達は一度顔を見合わすも申し出を承諾する。

「汝の思考を解き、真実を此処に示さん。

  ──ギアス・ラグナ・デクラレ。答えを開示せよ。」

以前、導師バーバラから情報を引き出す為に使用した自白用魔法。ディックの怒りの表情はやがて弛緩した表情へと変化する。

「ゲンガン、さるぐつわを外して。・・・ディック、私の問いに答えなさい。」

さるぐつわを解除されたディックはゆっくりと頷く。

「貴方が橋から突き落としたのは一人目の被害者の金貸しの男性だけ?」

「ああ、そうだ。その時借金の支払いが滞っていて俺は追い込みをかけられていたんだ。あの金貸しのルーティンに深夜に一人ウルダフ橋で景色を眺める時があるのは知っていた。だから当日、アイツの跡を付け橋から突き落とした。そして恐ろしくなって全速力で逃げた。金品も奪っちゃいねぇ、ましてやこんな借金漬けの俺が馬なんて持てる訳が無い。これが俺が話せる全部だ。」

ユウナはディックの意識が混濁する前に魔法を解除する。

「このギアスの呪文は高い精度で相手から自白を促す呪文。多分、貴方達が彼を拷問にかけたところで同じ答えしか出ないわ。」

「では連続殺人犯は別に存在すると言われますか、魔術師殿。」

「可能性は極めて高い、とだけ伝えておくわ。ココからはあなた方補助兵団の仕事。無事解決出来るといいわね。」

「ご協力感謝します、魔術師殿。」

衛兵達は一律に敬礼し、ユウナとゲンガンを見送る。

「買い物の続きを始めましょうか。」

「失礼ですが、彼らに協力をしなくても良いのでござるか?」

「補助兵団は護国兵団の下部組織。生粋の職業軍人では無いけど、このリェイダの治安を守るというプライドはあるもの。今は彼らに任せるべきね。」

「なるほど、確かに不要な介入は物事をこじらせますからな。」

「でも、次の被害者が出たなら目を逸らせない事案になるわ。」

「と言いますと?」

「彼らでは視覚出来ない存在・・・『悪意の精霊』の可能性があるから。」

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