6.本当のコト
時を少し戻し、元気組出立の朝の一場面。髭爺の好意で冒険者ギルド所有の馬5頭を借りる事が出来た元気組一行はギルド管轄の厩舎へと向かっていた。
「いやぁ言ってみるものだな。あのケチな爺さんが気前良くギルドの馬を人数分貸してくれるなんてよ。」
上機嫌のリチャードにオリオンも頷く。
「それだけ僕達への期待が高いという事でしょう。冒険者ギルドの所有馬は長距離の走行に優れ人にも従順と聞きます。気性の荒い軍馬に慣れた君や僕はともかく、他の三人に対して配慮して下さったのでしょう。」
「そういえば、お前ら三人、騎乗の経験は?」
リチャードが後方を歩く三人に尋ねる。
「アタシ、乗った事無いよ?」
「拙者もアストライアの馬には騎乗経験はござらぬ。」
「私、移動はいつも馬車だから。」
三人の至って真面目な顔での回答にリチャードとオリオンは顔を見合わせ思わず絶句する。
「マジかよ・・・。」
「これは出立の時間が見込みより大幅に遅れそうですね・・・。」
バルダ南西部に位置するギルド管轄の厩舎前。ここは駿馬が多く揃っており商人よりも移動前の冒険者や配達人で多く賑わっていた。
「最初にバルダに到着した時を思い出しますね。」
感慨深げに語るオリオンにリチャードも同意する。
「そうだな。あの時と比べればアイツもよく喋るようになった。」
ワッチと談笑するユウナを見やり、リチャードは呟く。
「では誰から教えますか?」
「俺はワッチを教える。オリオンはゲンガンを頼む。あの二人ならコツさえ掴めばすぐ乗りこなせる。」
「問題はユウナですか。」
「余り考えたくは無いが、アイツはゴリゴリのインドア魔術師だからなぁ。」
「彼女の事ですから拗ねると馬車一台なら自腹で買い兼ねませんよ?」
「そうならないよう、努力するさ・・・。」
厩舎で馬を引き取った後、一行は2頭の馬を引き連れて近くの草原に向かい騎乗訓練を行う。
「ワッチ、お前は俺が最初に教える。ゲンガン、お前はオリオンに師事を仰げ。ユウナ、お前はまず見学だ。」
「馬車の方が楽なのに。」
「お前が乗れるかの適正を見る意味もあるんだよ。乗れないという事実を共有するだけでも意味はあるのさ。」
リチャードはユウナから離れ、馬の前で待機するワッチに声を掛ける。
じゃあ、ワッチ始めるぞ。」
初めての騎乗にワッチは目を輝かせて馬のたてがみを撫でる。
「よろしくね、お馬さん。」
「どうやら馬の方も気に入ってくれたようだな。じゃあ、乗ってみろ。」
ひょい、と身体の身軽さを生かしあっという間にワッチは騎乗して見せる。
「どうやら感覚で操作を掴んでいるな。馬の指示の基本から教えるが、大事なのは馬の性格を理解してやる事だ。馬は人の言葉を話さないが仕草や態度を見ればすぐに分かる。『精霊との対話』を目指すお前には丁度いい相手になってくれるはずだ。」
「へぇ・・・。」
「じゃあ教えるぞ・・・。」
リチャードの見込み通り、僅か数分の指導でワッチは馬を巧みに乗りこなす。馬の方も彼女の手綱さばきに気を良くしてステップを踏みつつ軽快に草原を疾走する。
一方のゲンガンも東方での騎乗経験が生かされオリオンの指導の元、馬を巧みに操ってみせる。
「これは良い馬ですな、オリオン殿。」
「ええ、気性の荒い軍馬と違って頭の良い子たちですから、乱暴に扱わなければ僕達にとって旅の足として活躍してくれるはずです。」
「なるほど。”彩の国”では『馬は乗り潰すモノ』と教えられ申した。その言葉、肝に命じましょうぞ。」
二人の騎乗する姿を人通り見終えた後、リチャードはオリオンに二人を託してユウナの方に向かう。
「それじゃあ、始めますか。魔術師様。」
二人は厩舎に戻ると残った三頭から一頭の馬を選んで騎乗訓練を行う。
「じゃあ補助するから、その鐙に足を掛けな。」
「ひ、一人で乗れるから大丈夫よ。」
「・・・まぁ、お前がそう言うなら見てやるよ。」
ユウナは鐙に足を掛けて馬の背に跨ろうと上体を上げる。
よじよじ、と登っては・・・ぽて、と地面に落ちる。再びユウナは試みるが結果は変わらず。
「ううう・・・。」
「だから見栄張るなって!」
リチャードは駆け寄るとユウナに付いた泥を払う。
「じゃあ、今度は補助に入るぞ。」
「・・・うん。」
リチャードの補助の甲斐もあってようやくユウナは馬の背に乗る。
「さっきの平原までは俺が馬を引く。手綱は離さずに、無暗に引っ張るなよ。」
「うん。」
「妙にしおらしいな。まぁいつもとは違う目線の世界だから仕方ねぇか。」
「リチャード。百人隊長の件、本当に後悔していない?」
ユウナの言葉にリチャードは馬を止めユウナを見る。
「後悔していない、といえば嘘になる。が、悔しいが俺でなくても百人隊長が務まる人材に第一部隊は不足していない。そしてそれ以上に俺はこの元気組が、ワッチが何を為すのかこの目で見届けたいと思ってしまった。それにユウナ、お前との約束もある。」
「あの時に話した盾の話?」
「ああ。以前のお前ならさっきのような醜態は見せなかったはずだ。お前が俺に寄り添う気持ちを見せてくれるなら、俺も覚悟は決まったと同じだ。後悔などあるものか。」
そう言うと、リチャードはユウナが騎乗する馬に手を掛けユウナの背後に騎乗する。
「え?え?」
「手綱を一緒に握ってやるよ。じゃあ、連中と合流するぞ。」
リチャードの捌きが馬の速度を早めていく。そして数刻も立たぬ内にワッチ達の待つ草原に到着する。
「あ、二人乗りだ。いいなぁ。」
ワッチは指をくわえてユウナの方を見やる。
「ではお嬢、拙者と相乗り致すとしますか。」
「うん、やるやる!」
ゲンガンの誘いにワッチは飛びつき、二人で乗馬を満喫し始める。
「余り馬を疲れさせないでください。出立は近いですよ。」
オリオンの言葉は厳しくはあるものの、温かみのある優しさに満ち溢れた神官らしい言葉の響きがあった。
「・・・大体の説明は終わったが、質問はあるか?」
「え?あ、うん。」
「少し、荒療治と行くか。」
リチャードは手綱を捌くと、馬を一気に疾走させる。
「何のつもり?リチャード!」
「やべぇ、手が滑った!うわぁぁぁっ。」
弾かれる様に落馬するリチャード。それを見てユウナは手際よく手綱を絞り馬を急旋回させる。幸い、リチャードに怪我はなく、ユウナは安堵のため息を付く。
「やっぱりな。ユウナ、お前実は乗れるだろう?」
「・・・はい、そうです。」
ユウナは赤面してリチャードに謝罪する。
「確かにバルダに来る前、俺達は単なるビジネスパートナーに過ぎなかったさ。でも今はこうして元気組という仲間の集団となった。もう自分を取り繕う必要は無いんだよ、俺もお前も。」
「そうね、リーダー。」
こうして一行はバルダを離れ、最初の目的地、リェイダへと向かっていったのだった。




