1.元気娘は手グセが悪い?
君はある世界に存在するアストライア島と呼ばれる、島と呼ぶには余りに広大な陸地を知っているかな。私達の世界でいうイベリア半島を想像してもらうと早いだろう。単純にスペインとポルトガルを切り取った広大な島、と捉えてもらって良い。この島は温暖な気候に恵まれた事もあり早くから人類が定住しその文明を育んでいった。彼らは後にアストライアと呼ぶ女神を崇拝しやがて強力な指導者の元、統一王国が樹立される。
その名は女神の名を冠し”アストライア王国”と名付けられた。
だが、時はやがて戦乱と英雄を生んだ。かつての統一王国は瓦解し英雄達は新たな王国を立ち上げた。
王国崩壊から500年を経て5つの国が覇権を争う時代、広大な大地を冒険者として旅をする者達があった。剣を取り敵陣に斬り込め、その身のこなしで数多の罠をかいくぐれ、信仰の力で仲間を救え、その知性を武器に大軍を叩き潰せ・・・それでは、この冒険譚を共に楽しもう。
五王国の一つ、クリスト王国(15世紀アラゴン王国の領土に相当)の都市バルダ(現代のバルセロナに相当)。海運と鉱山資源を主軸とした経済は、建国以来王国の国庫を潤してきた。だがここ最近になり連続して強盗殺人が発生した事で、治安を不安視する住民が増加していた。そんな夕暮れ時、一人の褐色肌の少女が街中を駆け回り、我が家へと飛び込む。
「母さん、ただいま!」
階段を駆け上がると、自室のベッドにそのまま飛び込む。
「カトリーヌ!疲れてるのも判ります。でも花嫁修行も大事なお役目なのよ?」
母親と思われる女性からの言葉に、カトリーヌと呼ばれた少女は耳も貸さず、今日の戦利品を懐から取り出す。それは全て小銭入れの革袋だった。
「うーん、今日は銅貨ばかりかぁ。これじゃあ冒険者装備を揃えるのにいつになるやら。」
彼女は頭をかきむしりながらも、ふと小銭入れからこぼれ出た紙切れを見つける。
「何だろ、これ。」
少女は紙切れを拡げる。それは赤い茨の刻印が打たれた伝達文書だった。
「なになに・・・【黒太子エドゥの部隊がバルダに到着した。】・・・黒太子って誰だろ?」
続けて少女は文の続きを読む。
「【目的は我ら『赤き茨』の討滅。】『赤き茨』・・・。」
少女は文を破かないよう慎重に文字を指でなぞる。
【至急ノバリス地区の隠れ家に集まられたし。我ら魔女結社『赤き茨』に勝利を。】・・・やっぱりこれ超ヤバいヤツじゃん!」
少女は書かれた内容の重大さに驚くも、両腕を組み考え込む。
「これを黒太子とかいう人のところへ持っていけば、情報料としてお返しがあるかも。でもノバリス地区でこの『赤き茨』ってテロリストの情報を持っていけばより高く買ってくれるかも?」
危険度は明らかに後者が上だ。少女は勢いよく立ち上がると手紙を握りしめる。
「よし、ノバリス地区に潜入に決定!でもその前に・・・」
少女は棚からショートボウと矢筒を取り出す。
「少しでも練習しないと、ね。」
彼女は部屋を出ると、母親の目を盗みながらパンを調達し裏庭へ向かう。
「はへ、誰かいふ?」
少女はパンをかじりながら、その先客に目を向ける。先客は全身漆黒の重装鎧で固めておりその背のマントには黒い炎を吐く竜の意匠が施されていた。その手には大剣があり剣を大地に突き刺して佇むその姿はこの人物が歴戦の戦士である事を少女に物語っていた。
「あのー、ウチに何か用ですか?」
少女はおくびれる様子も無く、先客に問いかける。
「この家の主人、ジョージ=ギナルドを待っている。少年、君はここの召使いかね。」
横顔だけでは判別つかなかったが、少女に向けたその顔には複数の傷があった。元々端整な顔立ちもあってその姿は正に全てを呑み込むような威圧感を醸し出していた。
「ち、違います!アタシはれっきとした父さんの娘です。」
「娘・・・?なら、君がカトリーヌか。」
「余りその洗礼名で呼ばないで欲しいです。アタシ、信仰心薄いし。」
「なら、どう呼べばよい?」
「ワッチ。アタシはこの名前で冒険者デビューするんだ。」
「どこかで聞いた名・・・が、悪くない名だ。」
「うん、アタシの読んでる本の主人公の仲間だけどとっても強くて大好きなんだ。」
ワッチの言葉に思い当たる部分があったのか、剣士はカトリーヌに微笑む。
「・・・そうか、あの本のワッチか。」
冒険者を夢見る元気娘と漆黒の剣士の出会い。物語の幕が今、開かれる。
「今、何か言った?」
少女は目を細め剣士の様子を伺う。
「いや、何も。」
「・・・オジサン、ひょっとして冒険者さん?」
「昔は憧れたが、今は一介の軍人だ。」
「ぐ、軍人さん?!じゃあさ、アタシの弓を腕前を見てよ。練習は毎日欠かさずにしてたんだ。」
少女の陽気な笑顔にほだされたか、剣士は少女が弓を射る姿を観察する。
「ベスとの昔を思い出すな・・・。」
射撃に集中する少女には剣士の呟きが届く事は無く、一通りの射撃を終えた少女は剣士に振り向く。
「オジサンどうだった?アタシの弓。」
「いい筋だ。だがもう少し顎を引くクセが付けばより精度が上がるだろう。それと・・・。」
「それと?」
「俺の名前はエドゥ・・・いやエドワード=グロスター。相手を名で呼ぶのは教えを乞う以前の常識と考えろ。」
「じゃあ、エドワードさん。」
ワッチは勇気を振り絞り、エドワードに願い出る。
「あ、あのエドワードさんって凄く強いですよね。手合わせ、ってお願いしてもいいですか?」
「断る。ジョージの娘をキズ者にする訳にはいくまい。」
「アタシは実戦を経験してないです。エドワードさんのような猛者と真剣勝負がしてみたい!」
ワッチの熱意にほだされたか、エドワードは笑みを浮かべると大剣を構える。
「俺からの手土産だ。実戦の剣技を存分に味わえ。」
そう告げると、エドワードはワッチとの距離を一気に詰める。
「は、速いっ!」
ワッチは持ち前の俊敏さで剣士の一撃を躱す。次の瞬間ワッチの目が狩人の目と変わる。
「武器は短剣か。だがその剣で俺の間合いに届くかな?」
ワッチは地の利を生かし、木箱の障害物に潜みながら反撃のタイミングを待つ。
「完全に気を消したか。面白い、ならば今この場に引きずりだしてやろう!」
剣士は重戦士の雄叫び”挑発”でワッチを戦場に引きずりだそうと試みる。がこのタイミングこそワッチの狙っていた好機だった。
ワッチは左手に隠し持っていた短刀を使い、背後からの一撃を狙い撃つ。
が、戦場での経験値の差が出た。剣士の挑発からの反転切りは最初から組み込まれていた一連の剣技であった。ワッチは大剣に左側面を叩かれ木箱の山に転がっていった。
「手加減はした。緊張感のある手合いが出来た事には感謝しよう。」
「痛っ!」
ワッチが左わき腹の激痛で目が覚めた時はすでに日が暮れ暗くなっていた。
「あれ、アタシいつの間に部屋に?」
「ああ、やっと気が付いたのね。さあ、これをお飲み。」
ベッドの傍らにはワッチの無事を泣いて喜ぶ母親の姿があった。
「何これ?」
「痛みを癒す魔法の薬だそうよ。」
(なんかニガそう・・・)
少し抵抗はあったものの、ワッチは一気に薬を飲み干す。
「あ、痛みがホントに消えた!」
「それは良かったわ。後で父さんにちゃんとお礼を言うのよ。」
「うん。でも今日はとても疲れちゃった。じゃあ、おやすみなさい。」
母親の心配をよそに、ワッチは数刻も経たぬ間に大きないびきをかいて眠りに付いていた。
翌朝。
リビングに行くと朝の食事をする母の姿、しかしその顔は泣きはらして腫れていた。
「おお、カトリーヌ。薬は効いたようだね。」
「うん、ありがとう。あのね父さん。昨日父さんのお客さんにあったの。凄く強かった。」
「聞いたよ。お前の腕前を高く評価されていた。『その気の強さは冒険者向きだ』ともね。」
「あのエドワードって人、そんなに凄い人なの?」
ワッチは父親の話に身を乗り出して耳を傾ける。
「ああ、とてもお強い方だ。でもお前がこの街に住む娘として暮らすのなら、もう会う事は無いはずのお方だよ。」
「父さん、誕生日の約束。」
「ああ、そうだったな。」
父親がワッチに渡したのは光沢を抑えた厚めの皮鎧、そして1つの背負い袋だった。
「やった、これでアタシも冒険者だ!」
「父さんとの約束も忘れないでくれよ。見境無く他人の小銭に手を出さない。」
「うん、絶対守るよ。」
皮鎧を抱きしめるワッチを見守りつつ固く拳を握りしめた父ジョージはワッチに語り掛ける。
「カトリーヌ、最後にこれを持っていきなさい。」
彼が金庫から取り出したのは漆黒に包まれた1本の短刀だった。
「すごい・・・。本当に真っ黒だ。」
感嘆の声を上げじっくりとダガーを見つめるワッチにジョージは語り掛ける。
「『黒曜石の短刀』。この短刀は、あるお方からお前が旅立つときに渡して欲しい、と頼まれたものだ。今日を持って剣は主へと戻る。」
ワッチはそっと短刀を手に取る。
「懐かしいような不思議な感じ。」
手にした短刀を手にワッチは父ジョージと何度も行った戦闘での型を構える。
「カトリーヌ、お前・・・。」
見慣れたはずの我が子の姿。だがジョージは思わず尻もちを着いてしまっていた。
「君とならエドワードさんの後ろ姿に追い付けそう。よろしくね、メイビー。」
「メイビー?」
驚くジョージの問い掛けにワッチは笑顔で返す。
「自分の事をそう呼んで欲しい、そう言われた気がしたのたぶん。」
ジョージは目頭を抑え、その目に涙を浮かべる。
「どうしたの?涙なんか浮かべて。」
「ハハ、何でも無い。しばらくお前の笑う顔が見れないと思うと寂しくなっただけさ。」
「うん、アタシ絶対立派な冒険者になるよ!」
「母さんの事は気にするな。きっと判ってくれるさ。」
「・・・。」
ワッチの思いつめた表情に父親が心配げに問いかける。
「どうかしたのかい?」
「父さん、冒険者ってどうやってなるんだっけ?」
ジョージは嘆息すると愛娘の頭を優しく撫でる。
「私が働いている酒場に行きなさい。酒場の御主人が教えてくれる。」
「あの髭爺だね。ありがとう、父さん。」
かくして元気娘は親元を飛び出し、冒険者への一歩を進めたのであった。
==次回予告==
今より十年の昔、亡くなった国王の後を継ぎ若くして王となった人物がいた。
その幼少期の約束を語る少し切ない物語。
第二話 姫と小姓
お楽しみに!
※挿絵は主人公ワッチ。彼女の明るさの一端として、
皆さんのイメージ補完のお手伝いになれば幸いです。
なお当作品で使用する画像は物語に沿って筆者【ものえの】が製作・調整した生成AI画像です。無断転載・加工等はご遠慮ください。