4.木漏れ日の光景
一方、ワッチは、ユウナ、エリーと共にバルダの大通りに面する商店街へと向かう。
「どうです、ユウナさん。王都とはまた違った雰囲気がありませんか?」
エリーの陽気な声にユウナも心なしか口元が緩む。
「そうですね。私は人の視線が苦手だから余り出歩かないけど、違った情緒は感じます。」
「それ、きっと今の服のせいだよ。”私は魔法使いです”って言ってる服だもの。」
ワッチは余り気にする事なく、日頃思った事をユウナにぶつける。
「そう・・・かもね。でもこの服は私を証明する服だから。」
「だから今日の買い物なんですよね?さ、行きましょう!」
三人は商店街の雑踏へと次第に溶け込んでいく。
「これなんかどうです?」
エリーは若草色のワンピースをユウナに見せる。
「私にはちょっと色合いが・・・。」
「そうですか、お似合いと思いましたのに。」
「すみません、私からのお願いなのにわがままばかりで。」
「ねーねー、ユウナこういう服は?」
ワッチは楽し気に、表面積の少ない大人びた服を見せる。
パシンとエリーの一発がワッチの頭を叩く。
「いったいなぁ。」
「アンタもアンタ。人をからかうのは止めなさい。」
「でも、ユウナのドレス姿キレイだったんだよ。スタイルも良くてお姫様みたいで。」
「えっ、それ本当ですか?」
エリーのキラキラした目線がユウナに向けられる。
「え、ええ、まぁ。」
エリーの視線にたじろぎつつもユウナは答える。
「宮廷の晩餐会に参加するの、私の夢でもあるんです。おじい様の従者としてバルダのグロスター伯主催の会には参加させていただいた事はあるんですけど、本場の宮廷式典、本当にあこがれます。」
「そうなんですね。」
「ユウナさんの夢は何ですか?やっぱり魔法使いらしく塔を建てたりする事かしら?」
「私の・・・夢。考えたこと無かったな。」
ユウナはそう呟きながら、一つ一つ衣服を選別していく。
「じゃあ、一度着替えてみます。」
奥の試着室で着替えるユウナを待つ二人。しばらくすると、ユウナが試着を終え姿を見せる。
濃藍の外套に黒のワンピース姿、そして銀髪を束ねる緑のリボンのアクセントはユウナを冷淡な魔術師から裕福な家庭に住む一人の少女へと変えていた。
「ど、どうかな?」
「素敵です、ユウナさん。」
「うん、とっても似合ってるよ。」
二人の言葉を受け、ユウナは少しだけ微笑みながら喜びを噛み締める。そんな歓談をする中、クン、クンとワッチが犬の様に鼻を利かせて目を輝かせる。
「ユウナ、向こうの通りに砂糖菓子のお店があるよ、一緒に行こう!」
「こら、まだ支払い終わってないでしょう。あんまりユウナさんを急かさない。迷子になったらどうする気?」
「大丈夫ですよ、支払いは終わりましたから。」
「そうですか、じゃあ迷わないように手をつないで。」
「はい。」
「いこっ、こっちだよ。」
三人は笑いながら商店街を駆け抜け、ひと時の買い物を楽しむのだった。
オリオンは一人、バルダの教会を訪れる。現教皇の教えに習い、簡素な作りの教会ではあるが、バルダに住む多くの民が日々礼拝に訪れるにも係わらず、常に清潔が保たれていた。その理由は敬虔な信徒による日頃の行いである、と一言で済むかもかも知れない。しかし、ノバリス地区のような闇を包括する大都市バルダにあってその姿がある、という事実はアストライア国教会の健全性を正しく物語っていた。オリオンは一人一人の信徒に労いの言葉をかけつつ教会聖堂へと向かう。
「おはよう、司祭様。誰かをお探しかい?」
オリオンを引き留める力強い口調の声。やや南方訛りが混じった懐かしい声にオリオンは声の主を見やる。
「お久しぶりです、ドルガス司教。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。」
オリオンが敬意を込めてドルガス司教に一礼する。彼女の名はアンドリュー=ドルガス、歳は44。南方のグラナダ王国出身の恰幅の良い女性だった。男性社会と言ってよい教会勢力、そして有色人種というハンデがありながら、クリスト王国内でも13人しか選別されない司教座に就いているという事実は、彼女を語るには十分過ぎる経歴と言えよう。
「到着早々の魔女討伐だったんだろう?私がそんな小さい事を気にするタマかい。」
「その辺は気にしていません。形式上、ご挨拶に伺ったまでで。」
二人の間から醸し出される空気はとても穏やかであり、気の置ける間柄なのだと周囲の信徒を安心させる。
「そうかい。それでここでのパーティはやっていけそうかい?」
「まだ初戦ではありますが、このパーティは女王陛下、教皇猊下、護国卿、そして黒太子エドゥ様、皆様の総意が生み出した物でありますが、私はそれ以上の可能性を感じています。」
「へぇ。言ってみな。」
「相手を赦し、赦される事。」
「それはオリオン、アンタの領分だろう?」
「ええ、クリスト王国民、アストライアの民であればそう言えるでしょう。私達が赦そうとする相手は精霊、自然そのものです。」
「自然を赦す?」
「方法は不明です。しかし手段を持つ仲間がいます。私は彼女がどう成し遂げるのか最後まで追い続けます。」
「随分と惚れこんだね。・・・まぁいいさ、女王陛下に報告しておいてやるよ。『オリオン司祭はバルダで新しい女を見つけてよろしくヤってます、ってね。」
「ちょっと待ってください、ドルガス司教!そのようなデマは・・・。」
慌てふためくオリオンにドルガス司教は腹を抱えて笑う。
「少し斜に構え過ぎだよ、オリオン司祭。そのぐらいの余裕があった方がいい。」
「はい。では私はこれで。」
「今度は私から伝言だ。王都からオリオン司祭宛てに荷物が届いている。」
「私に?」
「女王陛下から、だ。何か一つでも持たせてやりたい乙女心ってところだろうよ。」
「は、はぁ。」
「場所は西側厩舎の配送所。お前の旧友も一緒さ。」
「旧友、ですか?」
訝しむオリオンにドルガス司教は一喝する。
「『時は金なり。』さっさと行きな!」
「はいっ!」
オリオンが着いた先では、多くの商人が荷受けの手続きを行っていた。普段は影に隠れがちだが商人達もまたギルドを形成しており表面上は経済を循環させる主要機関、裏では商人らの警備保障を請け負う機関として運営が成されていた。このギルド会員であれば冒険者への依頼料減免の他、ここの様なギルド借地の利用権など商人が日頃から頭を悩ませる警備保障面の費用をギルド会員費で一括処理
出来る大きなメリットがあった。特にバルダは王都に次ぐクリスト王国第二の大都市である。商人として立身出世を目指す者には利用しない手は無かった。加えてこの立地はバルダの教会近隣、司祭という公正を重んじる聖職者が無料で監視をしてくれる場である。バルダにおいて人気のスポットにならない訳は無かった。オリオンは常駐する司祭に訪ねながら、王都からの隊商を探す。
「オリオン、こっちだ。」
先に見つけたのは相手の方だった。歳は20代後半、といったところか。聖職者らしく清潔感のある整った髪型、柔らかく淡みかかった茶色の瞳と彫りの浅い顔立ちは数多くの商人の娘たちから一目置かれるほど輝く魅力を持つ端整な美青年だった。
「エンシエ?」
オリオンはやや驚いた表情で声の主を見つける。
「ああ、そうだ。君に女王からの贈り物を届けに来た。」
人ごみをかき分けオリオンはエンシエに近づく。
「まさかバルダで君に逢えるとは。5,6年ぶりかな。南方の国境警備以来。」
「そうだな。君は王都に帰還したその足で出ていってしまったから、正直驚いたのは私が先だ。」
二人は屈託のない笑顔で抱き合い、再会の握手を交わす。
「これが、女王陛下からの下賜品、か。」
オリオンはクリスト王国王家の紋章で封印された木箱を見やる。
「ここに女王陛下から賜った目録がある。教皇庁司祭オリオン=ヘテロギウス、確かに渡したぞ。」
「有難く頂戴致します。」
オリオンはエンシエより巻物を受け取ると王国印の封蝋を外し、その内容を確認する。
「しかし、女王陛下は何故この様な長文の巻物を?拝領した木箱はこの一つ。確かに想いが、手紙一通で事は済むはず。そう思わないか、オリオン?」
エンシエの前には巻物を前に微笑むオリオンの姿があった。
「何か可笑しい事でも言ったか?」
「いや、済まない。どうやら女王陛下の中では僕は臆病なままの小姓らしい。ありがとう、エンシエ。
女王陛下からの下賜品よりもこの目録こそ今の僕に必要なものだ。」
「そういう事か。なら書く内容も増える訳だ。」
「まあね。じゃあ、僕から君に一つ。胸の病は良くなったと見ていいのか?」
「ああ、今は大人しくしている。」
「王都とバルダでは気候も風土と違う。以前の君なら教皇庁で順当に位階を昇る選択をしたはずだ。」
「オリオン、私は君を友人として深く尊敬している。しかし、それは同時に私にとっては君こそが目標であると言える。対等の存在であってこそ、真に友人と名乗れると。」
「何を言ってるエンシエ?僕達はこの時もそれ以前も友人だっただろう。」
「君にとっては、だろう。私は自ら志願してこの任を勝ち取った。そしてこの足でサラゴナ自治区に向かう。」
「サラゴナへ?」
「教皇庁にサラゴナ自治区に不穏な動き有り、との密通が入った。その内部調査さ。」
「危険だ!それは僕のような神官戦士が・・・。」
オリオンはそこで言葉を飲み込む。
「つまりは、そういう事だ。私と君は同格では無い。その差を埋める為に、私は私の道を行く。」
「それは自らの命を賭けてまで果たすべきことなのか、エンシエ!」
「君には分からんよ。本当は語らずに発つべきだったな、お互い生きていたらまた会おう。」
エンシエはオリオンの肩を叩くと後事を帯同した隊商に託し、バルダの教会を去る。
「僕だって君が目標だった。いったい何が君を変えた?それは僕の罪なのか?」
オリオンは下賜品の木箱を前に、ただ一人問い続けるのだった。




