3.翠碧の鎧
「ゲンガン、髭爺のところに戻るよーっ!」
全速力で駆けてくるワッチに対しゲンガンは手を向けワッチを制止する。
「お嬢、バスケットを忘れてござる。」
「うおっ!?そうだった!」
ワッチは急ブレーキをかけて大地をその足でえぐった後、その凹みを足場にまた樫の木に向かって走り出す。樫の木をぐるりと一周するとバスケットを手に取り再びゲンガンの元へと戻る。
「何か、良い事がありましたかな。」
「え、ウェリヘさん見えてなかったの?」
「ええ、拙者の目には何も。」
ワッチの目には樫の木の下で落ち葉を拾うウェリヘの姿が確かにあった。
「うん、そうだね。アタシにも以前は見えてなかった。」
「悩みは晴れましたかな?」
「むしろこれから。じゃあ髭爺のところに行こう!」
再び奥の間、髭爺の仕事場に今度は二人で訪れる。
「どうやらウェリヘには会えたようじゃの。」
「うん。」
「そうかそうか。それでどうやってこの世界の魔女達を赦す?」
「アタシ一人じゃ出来ない。だから皆にお願いをする。この世界に融け込んだ全ての精霊に。バーバラさんがアタシに言った、魔女の目。それがあればどんな精霊とでも対話が出来る。たった一つの雫でも水面に届けば大きな波紋になるようにその行いが結果になる事を信じる。だから髭爺、アタシはこれからも冒険者を続けるよ!」
ワッチの宣言に髭爺は膝を叩いて楽しげに笑う。
「こりゃ大きく出たわい。じゃが、その折れぬ心があれば光は届くはず。良いか、人間が犯した罪は人間の手で裁かれねばならぬ。故に精霊は人の行いに興味をもたぬ、普通であれば。良いかワッチよ、この宣言でお前は今まさに精霊から興味を引く対象となった。ワシも期待しよう、これからのワッチの冒険譚を。」
「ありがとう、髭爺・・・。」
ワッチは髭爺の前に跪き、感謝の言葉を伝える。
「ワシもいずれは精霊界へと還る。それまでに、お前が残した結果を伝えておくれ。」
「うん・・・うん。」
「失礼ながら・・・先程から話の筋が全く判らず、一体何のお話でござったか?」
戸惑うゲンガンに対し、髭爺はハッ、と我に返る。
「そうじゃった。お主を呼んでおったわ。」
「髭爺がゲンガンと一緒に行けって言ったじゃん。」
「ホホッ、確かに。ゲンガン、要件とはズバリ、武者鎧に興味はないか?」
「東方の鎧でござるか?現物があるのならば是非に!」
「予想通りの食いつきじゃな。なら奥の倉庫に付いて来い。ワッチも一緒に、な。」
「はい、もちろんご同行させていただきます!」
「え・・?あ、うん。」
髭爺は二人を奥間の倉庫へと案内する。
「ここは以前、霧絶を拝領した場所・・・?」
「そうじゃな。」
髭爺は、懐から手のひらに乗る大きさの直方体の箱を取り出す。箱はスライド式になっており沢山の木の棒が収納されていた。
「・・・火の精よ、答えよ。」
一言、髭爺が呪文を唱え、直方体の一面を棒でこすり付ける。すると明々とした優しい炎となり周囲を照らす。
「さてゲンガンよ。これがその武者鎧じゃ。」
髭爺の指先が示すのは堂々とした姿で椅子に座る一体の武者鎧。胸板及び金属部分は漆黒であしらわれており、肌に直接触れる鎧直垂の色は紺、鎧を縁取りには金、それはまさしく一角の武将が着るに相応しい鎧であった。
「これを・・・拙者に?」
「銘は雪下水月。.名の通り、水の加護を秘めた鎧。一説にはいかなる大火をも凌ぐ力を持つと聞く。魔女の茨は炎の術。なれば使いこなしてワッチをその身で守れ。」
「しかしこの様な逸品、簡単に頂く訳には・・・。」
戸惑うゲンガンに髭爺はニヤリと笑う。
「はぁ?誰が譲ると言った。これは商売、見立ては40000ゴールドは下らん。」
「よんまん?その様な大金、拙者にはとてもとても・・・。」
「じゃがお主も既にギルドメンバーとなって一仕事を終えた身。特価で35000ゴールドにしてやろう。」
「三万五千でも拙者には大金でございます。どうかこの話は無かったことに・・・。」
「月1000ゴールドの40回払いでどうじゃ?初回の1000ゴールドは依頼報酬で相殺しておくぞ。」
「買います、買わせていただきますとも!」
ゲンガンは髭爺の手を握り、感謝の余り涙する。
(・・・ゲンガン、それちっとも割り引いてないと思うよ?)
ワッチは思わず声に出しそうになった言葉をゴクン、と呑み込む。
「さて、次はワッチじゃな。」
髭爺がワッチに見せたのは翠碧に輝く厚手の革鎧。
「うわ、すごくキレイ!」
「これは四元素(火・水・風・土)の精霊によって磨き上げられた竜の革鎧。これを身に付ける事で精霊はよりお前を認識するようになる。例え夜道を隠れ歩いても、な。その覚悟があるのなら、門出の祝いとしてお前に与えよう。」
「竜って想像の生き物じゃないの?」
「いるんじゃよ。人では辿り着けない遠い場所に、今も。」
「この鎧があれば、その竜も見つけてくれる?」
「或いは、な。」
しばしの静寂。
少女はゆっくりとした手つきで革鎧に触れた。綺麗に磨かれてもなお感じる鱗の感触、その現実と竜という幻想が少女に決意を促す。
ワッチはゲンガンに振り向くと少しだけ笑みを見せる。
「先に謝っておくね。きっと沢山、皆に迷惑かける。でも手伝ってほしい、魔女を赦す事を。」
「安心召されい。拙者もお嬢がどこまで行くのか最後まで見届けたいと心から思っております。」
「覚悟は決まったな。」
髭爺の言葉にワッチは頷く。
「その翠碧の鎧、アタシがいただく!」
一方、護国兵団第一部隊駐屯所では導師バーバラの引き渡しを終えた後リチャード一人のみ駐屯所内にある訓練所で剣を振るう。鬱屈した気分を晴らすには身体を動かし何も考えられなくするのが一番良い、リチャードの気迫あふれる練習に部隊の仲間でさえ声を掛ける事をためらわずにはいられなかった。
「何、新兵みたいな練習してんのさ。アンタらしくないよ?」
練習所に姿を見せたネッセがリチャードに声をかける。
「ネッセか。それより隊長が不在とはどういう事だ?ハンクとケントも同行したと聞いているが。」
剣を止める事無く、リチャードはネッセに質問する。
「ならアタシの執務室に来な。もちろん、その汗臭い身体はキレイにしてからね。」
「・・・わかった。」
リチャードは剣を止め、そのまま練習場を退出する。
「フン、情でもうつったかね。」
ネッセの呟きに団員の一人が問いかける。
「情?捕らえた魔女にですかい。」
「違うね。今までのアイツなら間違いなく首級を挙げて凱旋したはず。でもアイツは魔女を殺さず生きたまま捕らえた。誰の力か知らないけどね。」
「噂になってる”魔女殺しの魔女”って娘ですかい?」
「それを今から聞き出すのさ。お前達は緊急の召集に備えて待機を継続。いつでも魔女の反攻に対応できるようにしておきな。」
「了解であります。」
そういうとネッセは自室へと戻っていった。
執務室。百人隊長に昇格した者には様々な恩恵が与えられる。個室となる執務室もその一つだ。
「で、気分は晴れたかい。」
長椅子で寛ぐネッセとは対称的に、両手を組みうつむいた姿勢でリチャードは答える。
「少しは、な。」
「今回の任務で百人隊長昇格は間違い無いよ。アタシが報告するまでも無い。後はあの魔女から残存勢力の情報をどれたけ聞き出せるか、だな。でもそれはアンタの仕事じゃない。まずはゆっくり隊長の帰還を待ちな。」
「あれは俺の手柄じゃない。ワッチの手柄だ。」
「間違いなくアンタの手柄だよ。あのパーティをまとめ、魔女と戦って離脱者を出さなかった。百人隊長の試験はリーダーとしての資質を見極める為のもの。前にも言っただろう?」
「ああ、分かっている。分かっているからこそ、今アイツらと別れてしまっていいのか考えているんだ。」
「はぁ?」
「アイツらは今まで俺には見えていなかったモノを見せてくれた。信念とでもいうべき、そういった覚悟を感じたんだ。もちろん、兵団の仲間、隊長、お前にも信念があるのは知っている。だが何かを根本から変えようという信念をワッチから感じたんだ。」
「へぇ。アンタが他人を持ち上げるようになったとはねぇ。」
「・・・悪いかよ。」
「いや、そうは思ってないよ。それに百人隊長昇格は権利であって義務じゃない。断る選択だってしてもいいさ。」
ネッセの言葉にリチャードは思わす頭を上げネッセを見る。
「何?」
「お前の口からそんな言葉を聞くとは思わなかった。」
「100人以上の命を預かるんだ。生半可な男には任せられないって話。」
「ごもっとも。」
リチャードの苦笑にネッセは少し安心したように笑みを浮かべる。
「どっちが正しいか、なんてアタシにも分からないさ。今のアンタは魔女討伐依頼を受けた冒険者パーティのリーダー、そこで自分の価値を高めていけばいい。」
「助かった。これで隊長にも堂々と話せるよ。」
ネッセに一礼するとリチャードは立ち上がり、部屋を退出しようとする。
「但し。」
「ただし?」
ネッセは楽し気に次の言葉を吐く。
「任務を終え部隊に再配属となれば、アンタはアタシの隊に配属する事になってる。その時になったらコキ使ってあげるから、その覚悟はしておきな。」
オリオンとユウナはリチャードと別れた後、酒場【一攫千金】へと戻る。カタン、という音と共に扉が開くとオリオンがカウンターに声を掛ける。
「元気組のオリオンです。エリー嬢はいらっしゃいますか?」
その言葉に酒場の客はざわめき始める。
「一夜のうちに有名人ですね。」
笑顔で語るオリオンに対しユウナは体調不良を起こしていた。ユウナはこめかみを押さえつつ、オリオンに問う。
「オリオンは他人の視線は気にならない?」
「職業柄、注目を集めるのも職務のうちですから。」
「私は苦手。」
「無理をする必要はありませんよ。初めての魔女戦で疲労もあるでしょうから、ここでリフレッシュしていきましょう。」
「そうさせてもらうわ。」
「遅れてすみません!」
慌てた様子で奥の間からエリーが姿を見せる。
「すみません、お急ぎでしたか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ワッチ達なら今おじい様と話をされていますから。直に合流出来ると思いますわ。」
「ありがとうございます。それで次の任務が決まるまで、こちらで宿の手配をお願いしようと思うのですが。ユウナが落ち着いて過ごせる空間であれば金額は多少掛かっても構いません。」
オリオンはそういうとユウナを見やる。
「そういう事でしたか。【一攫千金】には遠方から希少品や貴金属を売買される裕福な貴族の方もお見えになりますから、そういったお部屋であれば十分配慮は可能かと。」
「それでいいかい?」
オリオンはユウナに優しく問い掛ける。
「路銀なら十分にある。オリオン、ありがとう。」
「エリー嬢、もう一つお願いがあるんだけど、奥の間の一室を貸してもらえるかな?」
エリーは周囲の雰囲気を見てすぐに察し、二つ返事で二人を奥の間に案内する。
「酒場は噂の集約地ですものね。気付かなくて大変申し訳ございませんでした。」
深々と一礼をするエリーにオリオンは手で制しながら礼を言う。
「お礼を言うのは僕の方です。ユウナの疲労を瞬時に悟っていただいた。おかげでスムーズに部屋に移動する事が出来ました。」
ユウナは部屋のソファにストン、と座ると杖を持ちながら呟く。
「・・・疲れた。」
「私はお飲み物を用意させていただきますね。ワッチとゲンガンさんが戻ったらこちらに誘導しておきますので。」
「助かります。」
そういうと、エリーは一礼し部屋を退出する。
「ここで皆を待ちましょう。・・・おや?」
オリオンが目を向けた先には、穏やかな寝息を立てながら眠るユウナの姿があった。
「少しは信頼を得られたようですね。」
オリオンは背負い袋からブランケットを取り出すとユウナの身体を覆うように被せる。
そして自らは対面のソファに座り、女神へ今日の祈りを捧げるのだった。
数刻後、ワッチとゲンガンが二人の部屋に通される。
「オリオン、ユウナ!」
「何か良い事でもありましたか?」
オリオンの問いにワッチは答える。
「うん、手伝って欲しい事!」
ワッチの願い。その全てを聞き終えた後、ユウナが答える。
「いいわよ。」
「本当に?」
「今回の戦いで私の魔術だけで魔女を屠るのは難しい事を知ったわ。ワッチの戦法なら私は雑兵の排除に専念出来るし範囲魔法は火力調整が難しいけど使いどころ次第で一瞬で戦局を変えられる。バーバラが召還したような茨兵には特に有効よ。」
「確かにあの時は魔女優先で、大魔法を詠唱していましたね。僕もワッチの提唱する『赦す戦い』に賛成します。元より僕も裁かれるべきは魔女結社であり、魔女個人ではない、という考えでしたから、
ワッチの考えと合致すると思います。でも僕は聖職者、回復役として仲間を守護を最優先に行動する事だけは忘れないでください。」
「うん、みんなありがとう。」
ワッチの言葉にユウナとオリオンは優しく微笑む。
「でもそうなるとリチャードですね。」
オリオンは厳しい表情で両手を組んで考え込む。
「リチャードがどうしたの?」
ワッチは不思議そうにオリオンを見やる。
「ええ、彼の場合事情が特殊で今回の任務は彼が所属する護国兵団の昇格試験でもありました。魔女討伐の任務を一人の脱落者も無く討伐したなら、彼は百人隊長に昇格する資格を得る、と。」
「じゃあ、リチャード抜けちゃうの?」
「その可能性は非情に高いでしょう。」
冷静に言い切るオリオン。ワッチは肩を落として落胆する。
コンコン、と扉をノックする音。
「失礼しますね。」
エリーが5人分の飲み物を持って姿を見せる。
「エリー、一つ多いよ?」
「それはワシのじゃよ。」
エリーの背後から髭爺が姿を見せる。
「では少し話そうか。」
エリーが退出した後、髭爺と4人との対話が始まる。
「今回の報酬の件じゃが、ワッチとゲンガンには防具との交換で契約は成立しておる。オリオン、お主の報酬はバルダの司祭が預かり済じゃ。受け取りはそちらで済ませてくれ。」
「お心遣い感謝します。」
「ユウナ、お前さんはどうする。ワッチやゲンガンのようにワシのコレクションから選んでみるか?」「魔力増強の品があれば。この杖だけでは大魔法を連発するには難しいから。」
「ふむ。では出立前までには探しておこう。」
「髭爺、リチャードの話は本当なの?」
話に割り込む形でワッチが声を上げる。
「ワッチ、報酬の話に割り込むのはよくないぞ。」
珍しく厳しい口調で髭爺はワッチを諫める。
「ごめんなさい。」
「じゃが気になるのも仕方がない。オリオンの発言は本当じゃ。この人選には護国卿も一枚噛んでおるでな。」
”護国卿”の言葉にユウナとオリオンは思わず反応する。
「ゴコクキョウ?どこかで聞いたような・・・。」
「護国兵団の総指揮官、軍部の最高責任者じゃよ。」
「一番えらい人だから従わなくちゃダメなの?」
「そういうことになるの。まぁこれはあやつの血筋の問題もあるが。だが、あやつはお前達のリーダーとして立派に責務を果たした。寂しいかも知れんが喜んでやってくれぬか?」
「ゲンガンも知ってた?」
「事情は詳しく知りませんが、ノバリス地区を抜けてからの様子から察するものは感じておりました。」
「エドゥからは新たに補充要員を合流させる話は付いておる。しばらくの間は気長に待つと良い。会合もこの部屋を特別に使わせてやる。それだけの事を成し遂げた、と自信を持つ事じゃ、ワッチ。」
「うん・・・。でも何も言わずは酷いよリチャード。」
ワッチの言葉にオリオンは自らの手を見る。
(あの時、別れの握手をせずに彼は護国兵団に戻っていった。あるいは・・・いや今は彼の栄進を祝う事にしましょう。)
翌朝。リチャードが戻る事は無く、4人は再び奥の間の部屋に集まる。
「リチャード、戻ってこなかったね。」
ワッチが寂しそうにつぶやく。
「そうですね。エドゥ様もまだ出先から戻られていないようですから、昇格人事はその後でしょう。」
オリオンは冷静に状況をかみ砕いてワッチに説明する。
「皆さん、今日はお暇ですか?」
「エリー?」
ワッチの声にエリーの目が輝く。
「そこの3名様、バルダの街に来て間もないですよね?依頼報酬を手に入れられたと聞きましたし、商店街で買い物なんていかがでしょう?」
「あ、いいね。アタシも何か買いたい。」
エリーの言葉に一番乗りでワッチは答える。
「付いて来るならアンタは人様のポケットにちょっかい出さない事。ちゃんと守りなさいよ。」
「はーい。」
ワッチは能天気な返事で答える。オリオンは苦笑しながらもエリーの問い掛けに答える。
「すみません。僕の方は教会に報酬を受け取りに行く必要があるので、皆さんで楽しんできてください。」
「それは残念ですね。ゲンガンさんは?」
「・・・確か、お嬢の父上がこの酒場で働いておられましたな。」
「料理長のジョージさんですね。もうすぐ出勤されると思いますよ。」
「では、そのジョージ殿と少しお話をさせていただきまする。お礼も兼ねて。」
その言葉とは裏腹に、ゲンガンは厳しい口調で答える。
「父さんに何を話すの?」
「お嬢を立派に育ててくれたお礼です。」
「立派かな?えへへ・・・。」
「その手グセさえ直れば、ね。」
エリーの厳しいツッコミがワッチを直撃する。
「え、と、ほら、冒険者になってからは一度もやってないよ?」
「なったのは何時よ?」
「昨日・・・。」
二人のやりとりが周囲の笑いを誘い、明るい雰囲気で満たされていく。
「あの・・・。」
唯一、言葉を発していなかったユウナが口を開く。
「私、服らしい服を持ってなくて。少しは軽装の服が欲しいな、と。」
「それは良い事ですよ、ユウナさん!じゃあ、女子3人で買い物を楽しみましょう。」
こうして一行は3組に別れ、一日を過ごす事となった。
ゲンガンは朝食を終えた後、厨房を訪ねる。酒場とはいえここは冒険者の情報交換所。朝早くから多くの冒険者が掲示された依頼書を見分しや噂話を聞き流しながら朝食をとっていた。
東方の者はその風袋からアストライアでは非常に目立ちやすい。ゲンガンは何度目かのスカウトを断りつつ厨房に辿り着く。
「失礼。料理長殿はいらっしゃいますかな。」
「ああ、料理長なら裏庭で休憩中だよ。」
料理人の一人が気軽な口調で答えを返す。
「感謝致す。」
ゲンガンは一礼し、早速裏庭へと向かう。昨日見かけた樫の木の近く、一人の男がカップを片手に休憩を取っていた。
「貴殿がワッチの父ジョージ殿でござるか?」
「ん?誰かね君は。」
顔を上げたその人物を評すれば、凡庸を絵に描いた様な特徴の無い壮年の顔、だが料理長らしい清潔感を持つ人の良い男性の風貌であった。
「拙者はワッチ殿とパーティを組んで行動しているゲンガン=タケダと申します。」
「ああ、ウゴンロさんから聞いた東方の流人か。よろしく、私はジョージ=ギナルド。【一攫千金】で酒場の料理長を勤めている。多忙だがやりがいのある仕事だよ。」
楽し気に笑みを浮かべでカップに満たされた水に口を付ける。
「ウゴンロ・・・?」
「ああ、髭爺の方が分かりやすかったかな。」
「何と、ヒゲジイが名では無かったと?!」
「いや、さすがに居ないと思うよ。そんな名前の人。」
衝撃の事実にゲンガンは思わずたじろぐも、改めてゲンガンはジョージに問い掛ける。
「教えていただきたい。ワッチに剣の指南を行ったのはジョージ殿で間違い無いでござるか。」
「あの娘が喋ったのかい。ああ、私が教えたよ。基本だけだけど。」
「何故、自分の娘に暗殺の剣を教えなさった。」
ゲンガンの言葉にジョージの手がピタリと止まる。
「何故そう思った?」
「拙者には精霊をこの目で見ることはできませぬ。が、構えや発する気から何を想定した剣術であるかは見極める事が出来まする。ワッチの剣は忍びの剣と呼べる完成度。拙者はジョージ殿の素性が知りとうござる。」
「知ってどうするつもりだい?」
「今のままでは彼女の意に反して剣技が人を殺めまする。何故にそのような剣を仕込んだのか意図を知りたいのです。」
「・・・彼女を最後まで守り通してくれると誓えるかい?」
「勿論。」
「ワッチは私の実の娘じゃない。剣技に長け、特異なカリスマを持ったある男の娘だ。確かに型は私が教えた、が覚醒は彼女が受け継いだ血が為したもの。そして彼女が持つ黒曜石の短刀はその男の形見。
あの子の吸収力は素晴らしいよ。気が付けば夢中になって教えていた。人を殺す業をね。」
「なんと・・・。」
「聞いた以上、君はもう逃げられない。精霊が君の誠実さを常に見つめる。君に見えなくとも。」
「逃げはしませぬ。ワッチの構えの真意、この胸に刻み彼女を支えましょう。」
「律儀な男だな、君は。いや私も同じか。」
二人の間を爽やかな風が駆け抜けていく。ゲンガンの決意を乗せて。




