2.裏庭の掃除屋さん
ワッチら元気組にとって初めての魔女との戦闘となった導師バーバラ戦。一時は全滅の可能性さえあったが、ワッチの活躍により”魔女を生きたまま”捕縛する事に成功した。これは王都攻防戦から数えて10数年、誰もが成しえなかった快挙であった。元気組一行は朝になるを待ってノバリスの墓地を後にする。
「ねぇ、バーバラさんとお話してもいい?」
ワッチはこの日何度目かの同じ質問をリチャードに問いかける。
「答えは変わらない。この魔女は早急に護国兵団に引き渡す。これ以上この魔女に関わるな。」
連行されるバーバラの歩みはとてもしっかりしており老齢を感じさせない力強さをみせていた。
「ゲンガン、済まないがしばらくワッチの相手をしてやってくれ。【一攫千金】に戻れば少しは気も晴れる。それまでの辛抱だ。」
「あい、判った。」
ゲンガンは拗ねるワッチを引き連れ、ギルドの方へ足を向ける。
「僕は同行しておくべきかな。」
「私も。魔女の最期を見て今回の任務は完了するわ。」
リチャードら3名はバルダに拠点を持つ護国兵団駐屯地へと足を進める。
護国兵団駐屯地。実体としてはエドゥ率いる第一部隊通称”黒炎竜部隊”駐屯地として機能しており、部隊数はおよそ1200名。騎兵は約130名と全体の1割を占める。ほぼ大半を歩兵と弓兵が占める部隊ではあるが、その最大の特徴は統制された機動力にあった。大軍を速やかに行動させるには十分な規律と高い指揮能力を持つ百人隊長の存在は必要不可欠となる。エドゥは護国卿クロムウェル、冒険者ギルドの髭爺と連携して優秀な人材を積極的に勧誘することで部隊の維持に努めてきた。その結果が”赤き茨”の王都からの敗走であり、現在のバルダ周辺への囲い込みであった。現百人隊長の一人、ネッセ=クーリュもまた第一兵団に拾われた元海賊である。
「自分は護国兵団第一部隊所属、リチャード=レンカスター。百人隊一番隊隊長ネッセ=クーリュ殿と面会したい。」
屯所を警備する衛兵がリチャードに近づき笑いかける。
「おお、魔女討伐から生きて帰ったかぁ。これで新たな百人隊長誕生、だな。待ってろ、すぐにネッセ様に取り次いでくる。」
衛兵はリチャードにサムアップを見せると急ぎ屯所の中へと入っていく。
「人気者ですね。」
オリオンが笑いながらリチャードに話しかける。
「うっせ。そんなんじゃねぇよ。あいつらは今を必死で生きている、いつ魔女結社が動く出すか分からない不安も併せて。だから喜びも悲しみも共に分かち合う。」
「理想的な連帯感と思います。」
「それを作り上げたのはエドゥ様さ。あの方は王都攻防戦の際、多くの戦友を亡くされた。それでも『王国の剣』として魔女結社撃退を成し遂げた。その覚悟がこの第一部隊の持つ強さだと思ってる。」
「では、護国兵団に帰投されるのですね。短い間でしたが君という騎士を知る事が出来て嬉しく思います。」
オリオンが別れの握手を求める。しかしリチャードはそれに応じる事無く、衛兵に従い屯所の奥へと消えていった。
ユウナの方はバーバラとの最後の時間が迫っていた。
「答えなさい。ミイナとはイヨラ村のミイナで間違い無い?」
しかしバーバラは最後まで無言を貫く。
「時間が惜しい。余り使いたくはないけど。」
ユウナは呪文の詠唱を始める。
「汝の思考を解き、真実を此処に示さん。
──ギアス・ラグナ・デクラレ。答えを開示せよ。」
ユウナの呪文にバーバラは抵抗の意思を見せるもすぐに静かになりうつろな目でユウナを見る。
「質問は同じ。ミイナとはイヨラ村のミイナで間違い無い?」
「ああ、そうじゃ。ミイナ様はそう語っておった。」
「イヨラ村の住人は全滅した、という記録よ。」
「王国の記録なぞ護国卿の手にかかれば改ざんなど容易かろう。それをあえて己の失策にすり替えた事こそあの男が護国卿と呼ばれる所以。」
「どういう意味かしら?」
「イヨラ村の虐殺はミイナ様の力の顕現によるもの。その噂が広まれば自ずと風はワシらになびいたはず。じゃが結果は護国卿の失策という形で集束してしまった。」
「話を変えるわ。ミイナの記憶は?ユウナという姉の存在は彼女は知っているのかしら。」
「幼少期の事はよく覚えておられるよ。両親、そして姉の存在も。じゃが魔女結社が雪道でミイナ様を拾い上げてから、つい最近目覚めるまでの記憶はお持ちにならん。あの方は純真だった幼子のまま魔女として成長された。故に”赤き茨の君”に愛される資格を持つ・・・ううっぐがが。」
バーバラが呪文の効果時間内に苦しみ始める。
「汝、解放されたし!」
ユウナは急ぎ呪文を中断し、バーバラの介抱にあたる。彼女の言葉を一つ一つ拾い上げながらユウナは自問する。
(バーバラの告白が事実であれば、両親の仇はミイナ本人になる。私は今まであのクロムウェルを両親と妹の仇と信じ魔術を磨いてきた。人である以上知ってしまえば弱くなる事実は存在する・・・それでもミイナの姉だからこそ、私は魔女を滅ぼさなくてはいけない。それに例外は無い!)
一方のワッチとゲンガンは共に酒場【一攫千金】のドアをくぐる。
「いらっしゃいま・・・ってアンタ達その鎧どうしたの?」
エリーの驚きの声にワッチとゲンガンは自身の鎧を確認する。ゲンガンの鎧はまだ軽微な方であったが、ワッチの革鎧は”茨の槍”を直撃を受けた際の貫通した傷穴が色濃く残っていた。
「ワッチ、アンタ良く生きて帰れたわね・・・。」
「運が良かっただけだよ。ゲンガンもすぐ助けてくれたし。」
「その『強運』が冒険者には一番大事なの。ほら一旦脱ぎなさい。革職人さんに聞いてみるから。」
「じゃあ、あの奥の部屋使っていい?」
「あそこはお客様用。残りの皆さんが集まり次第、おじい様と引き合わせるからそれまで我慢しなさい。」
「なればエリー殿、拙者の武具の修理も依頼可能でしょうか。」
「そうね、傷はあるけどこれならまだ十分に使えるわ。革職人さんなら簡単に手配出来ますので、お気軽に。」
「では、太刀の方は如何に。」
「東方の武具に知見のある職人さんはこういう大都市ほど少ないのよ。世捨て人、っていうか人里離れた場所を好む、というか。」
「ああ、何となく分かる気が致しますぞ。」
「バルダから直近となると、サラゴナ自治区に何人か住んでらしたはず。もし修理が必要ならおじい様から紹介状を頂いておけば交渉抜きで仕事を請け負って貰えるはずよ。」
「了解致した。後ほど依頼をさせていただくとします。」
エリーの淀み無い回答にゲンガンは深々と一礼をする。
「エリー、着替えたよ~。」
今度はワッチが革鎧を持ってエリーの元へ駆け寄る。
「はいはい。じゃあ、革鎧はその棚の一番下に。後で業者さんが回収に来るから。」
「ねー、エリー。これ終わったらアタシホットミルク飲みたい。」
「今はアンタだけに構ってられる時間じゃないの。少しは大人しくしてなさい。」
「ちぇっ。」
「仕方ありませんな、お嬢。気長に待つとしましょう。」
ゲンガンがそう言うと同時に奥の間への扉が開き髭を蓄えた小男が姿を見せる。
「あ、髭爺!」
「これはヒゲジイ殿。」
「おお、二人共来ておったか。すでに魔女捕縛の噂はバルダ界隈に広まっておる。ワシもギルドマスターとして鼻が高いわ。」
「うん、それでね。髭爺に聞いておきたくて。」
いつもの快活な姿と違い歯切れの悪い言葉を言うワッチに感じるものがあったのだろう。髭爺はワッチの手を取り優しく語り掛ける。
「話したいのであれば奥の仕事場で聞こう。エリー、少しの間任せても良いな?」
「ええ、もちろんです。」
「ヒゲジイ殿、ワッチをよろしく頼み申す。」
二人の見送りの言葉を背中越しに聞きつつ、髭爺とワッチは奥の間へと移動する。
髭爺の仕事場。初めて訪れた時とは別人のように沈み込むワッチの姿があった。
豪華なソファに座ると髭爺はワッチを見やる。
「少しは話せそうか?」
「うん・・・ねぇ髭爺、魔女って本当に悪い人達なの?」
「相手は人々の安寧を脅かし王国をその炎で滅ぼそうとする輩じゃぞ?」
「それは分かってる。でも実際バーバラさんに会って話し合いで解決出来ないのかな、って。」
「具体策はあるのか?」
ワッチは腰のスロットから黒曜石の短刀を取り出しテーブルに置く。
「メイビーが教えてくれた。強い力を持つ魔女はみんな”獣”を抱えているって。”赤き茨”の魔女なら”茨の獣”。そしてその獣をメイビーが取り込んだら魔女だった人は正気を取り戻す。」
「魔女全員の獣を取り込む、か。・・・ホホッこのアストライア全土にどれだけの魔女が潜んでいるか。魔女は”赤き茨”だけが脅威では無いのだぞ?」
「うん。でもアタシ諦めたくない。でもどうしたらいいのか分からないの。」
少女の目からほとり、と落ちる大粒の涙。その様子を髭爺はただ静かに見守る。
「ワッチよ、一つ頼み事をしてくれんか?」
「え?」
ワッチは涙をふき取ると髭爺を見つめる。
「その短刀は持って帰りなさい。さて・・・おーい、エリーや。例のバスケットをこっちに持ってきてくれんかのぉ?」
しばらくするとエリーが一つのバスケットを持って部屋を訪れる。
「わぁ、すごい。果物いっぱいで美味しそう!」
「アンタの食事はまた後で。皆が揃ってからよ。」
エリーは髭爺にバスケットを渡し、退席する。
「ではこのバスケットを裏庭にある1本の大きな樫の木の近くに置いてきてくれんか。そして気配を消しじっとその様子を探るんじゃ。決して相手に気付かれぬように。」
「う、うん。」
「これも立派なギルド依頼じゃ。後、ゲンガンも一緒に同行させなさい。」
「あんな近くなのに?」
「そう。では行って来なさい。話はその後続けよう。」
髭爺に背中を押される様にワッチは奥の間を退出する。
「お嬢、話は済みましたかな。」
「うん。でも髭爺にお届け物を頼まれたから一緒に行こう!」
「拙者も、でござるか?」
「髭爺が一緒に行くように、だって。」
「はぁ・・・。」
二人は大きな屋敷をぐるりと回り込み、大きく茂る樫の木を目指す。
「いつもの光景なのに、言われるまで気が付かなかった・・・。」
「正に”自然と融け込む”姿でござるな。」
ワッチは指示された通り、バスケットを置くと素早く茂みに隠れる。
「それであの中には何が?」
「果物とか森の動物が好きそうな食べ物。」
「お供え、ですかな?」
「オソナエって?」
「先祖の霊に捧げる食物の事です。丁度今お嬢が行ったのと同じ、ですが供えた後に隠れる事はしません。」
「へぇ、アストライアでは花しか捧げないから不思議だね・・・待って、誰か来た!」
ワッチの目に映るのは身長が1mほどの小太りの男性。大きな背負い袋を担ぎ、片方の手には庭箒が握られている。そして奇妙な事に、この小男に追随して浮遊する謎の塵取り。
「ゲンガンはここにいて。アタシもう少し近づいてみる!」
生来の好奇心が彼女を刺激させたか、ゆっくりとワッチは小男の方へ歩み寄っていく。
「はて・・・。お嬢は一体誰を見たでござるか。」
小男はバスケットの近くまで近寄ると背負い袋を置き、満足げな笑みを浮かべて木に寄りかかる様に座る。バスケットを膝に乗せ開ける様子はさながら財宝を発見したかのような姿を想像させ、思わず
ワッチは声を上げそうになる。そのささやきを感づいたのか、小男は周囲を見やり警戒し始める。
(ヤバ・・・気付かれたかな。)
ワッチの心配を他所に小男は再びバスケットの中にあったりんごを取り出すと、顔半分まで拡げた大きな口を使ってガブリと飲み干す。
(ええっ?じゃあこの人、精霊さん?)
ワッチが呆然と見つめる中、バスケットの中身をあっという間に平らげた小男は休憩とばかりに両腕を枕にして眠りに入る。
「あのー・・・。」
ワッチは意を決して小男に話かける。
「フヒッ!?」
何とも形容し難い声を発して小男は飛び起きる。
「な、何だ貴様は?我輩の休息の邪魔をする気かね?」
「そ、そんなつもりじゃないです。ただ美味しそうに食べてたなぁ、って思って。」
「大体、貴様人間だろう。どうやって我輩の姿を見破った?」
「見破ったなんてそんな・・・あ、私ワッチって言います。」
「名乗りを受けたならこちらも答えねばなるまい。我が名はウェリヘ。誉れ高きブラウニーなるぞ。」
「ブラウニーってあのお掃除する精霊さんですか?」
「左様。幾夜も知れぬ旅を経て、今はこの屋敷の掃除番をしておる。」
「わぁ、どんな旅をされてきたのですか?」
「それはだ・・・!?」
得意満面の表情だったウェリヘの顔が一瞬で青ざめる。そして次の瞬間、脱兎のごとく樫の木の後ろに隠れてしまった。
「どうかしましたか?」
「お前、その腰の短刀・・・やはり我輩を成敗に来た暗殺者か!」
「あ、メイビーの事です?大丈夫です、そんな事しませんよ。」
「ならば安心した・・・。」
ウェリヘはげっそりとやつれた表情で再び元の場所まで戻り、バスケットにあった水筒の水を飲み干す。
「・・・・。」
「我輩の顔に何か付いておるか?」
「こんな良い精霊さんなのに、何で今まで気が付かなかったのかなぁ、って。」
「ふむ。それは我輩がアストライアの自然の一部になっておるからだろう。」
「自然の・・・一部?」
「貴様の持つ黒曜石の短刀、それは我輩の故郷精霊界でのみ鍛造可能な武器。故にその所有者はこの実世界においても見えざる精霊を見る事を可能にする、そんな所では無いかな。」
「見えざる精霊・・・そうか!」
ワッチは心の中にあったもやが今はっきりと消えていくのを感じる。
「今度は何じゃ!?」
「教えて、その”見えざる精霊”が棲む場所を!」
ワッチの真剣な眼差しにウェリヘは一瞬たじろぐも、大きく咳払いをした後ワッチを引き離す。
「ふん。別に教えてやらん事も無いが、仕事が始まるまでだぞ?」
「うん、全然大丈夫!」
昼下がりの午後、ワッチは一人メモを書き記す。
「全く、ロクに休憩にならんかったわ。」
「ゴメン、今度埋め合わせはするから。」
「なら今度はそのバスケットに葡萄酒を一ビン付けておいてくれたまえ。」
「ありがとう、ウェリヘさん!」




