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アストライア冒険譚  作者: ものえの
第三章 『魔女バーバラ』
14/29

3.『君を守る盾』

 執事カルルマンからの有意義な接待を受けた翌日の朝。リチャードは一人、鏡に映る自身の姿を見る。

「父上、私はこの顔を見る度に貴方に受けた教育を思い出します。私はレンカスター家の嫡子として耐え忍び貴方の期待に応える事を自分の喜びとして生きてきました。しかし、退役した後の貴方はその後の護国兵団第7部隊の傲慢な振る舞いを知っていたのでしょうか。この腐った連中はその軍事力を盾に平穏に暮らす国民から限度を超える税を奪い、反攻する者は全て魔女として火炙りの刑に処しました。何の弁明も許される事無く。入団した当時、私の使命は軍の規律を正す事だと信じていました。しかし現実はこの入団は私の兵団でのキャリアを詰む為に刻まれた轍の後。ただ後方で眺めていれば、百人隊長から副部隊長、そして貴方と同じ部隊長への道が約束される。

私は逃げました。そして貴方が”争いを知らぬ妾腹の男”と評した方に出会いました。私は貴方が私を廃嫡にした、という話を聞いていません。恐らく、今帰郷しても貴方は許すのでしょう。ただ一人の嫡子ですから。でも私は戻りません。戻る時は貴方の訃報が届いた時でしょう。今、幼少の私の様に歪な父性によって育った方がいます。私はその仲間と共に人々を惑わせる魔女との戦いに全力を注ぎます。解き放たれた獅子が黒炎竜の紋章と共に戦い勝利する詩が貴方に届きますように。」

リチャードは背を向けると護国騎士団第一部隊の証、黒炎竜の装備を身に着ける。装備群のチェックを終えた後、大きく深呼吸すると、自身を鼓舞するように気合を入れる。

挿絵(By みてみん)

「よし、行くぞ。」

リチャードが客間に行くと、出立の準備を整えたユウナが朝食を終えて食後の紅茶を味わっていた。

「おはよう。」

仲間として旅を共にして8日ほど、言葉を交わす事がほとんど無かった相手からの挨拶。ユウナはカップを戻すといつもの口調で挨拶を返す。

「おはよう。何の予兆かしら。」

「挨拶を交わすくらい不思議でもないだろう?」

リチャードの言葉にユウナは反応せず、再びカップを手に取る。

「リチャード様、お食事のご用意を。」

執事のカルルマンが軽く手を叩く。昨日と同様、今度は瑞々しいサラダとバケット、そして香りこうばしいベーコンエッグがリチャードのテーブルに差し出される。

「これ、実は霞を食ってました、ってオチは無いよな?」

リチャードの質問にカルルマンは笑いながら答える。

「ご心配無く。食事は確かに私の精霊力によって生み出されたものですが、精霊力そのものが自然界に存在する力、作物や動物から得る力と何ら変わりはありません。リチャード様の食欲を満たし血肉となる為の食事でございます。」

「不満なら食べなくてもいいのよ。」

「食べる、食べさせていただきます!」

リチャードは慌てて口にバケットを運びつつ食事を始める。その姿をユウナは観察する様に見つめていた。

「何か、言いたそうだな。」

食事を止め、リチャードがユウナに問いかける。

「昨日、私が退席した後、カルルマンから何か聞いた?」

「いや、何も。」

二人の間に漂う静寂。

「ただ、カルルマンのひとりごとを聞いただけだ。」

先に静寂をかき消したのはリチャードからだった。

「不誠実な人。」

「そうだな。君の顔を見て正直に応える勇気が持てなかった。」

「・・・?」

「俺は剣と盾でしか戦う事を知らない軍人だ。魔術師と魔女、その違いも理解せずただ前線に出て魔女と呼ばれる集団を斬り刻んできた。魔女は男女を問わず人を誑かす術を心得ている。いくら女王陛下、そして護国卿が選んだ魔術師だ、と言われてもその本性が魔女では無い、という確証は無い。君のその表情は本質を他者に知られない為の仮面、多分間違ってはいないだろう。」

「なら、何故この屋敷に付いてきたの?」

「ワッチの存在さ。彼女は君と真逆、底抜けに明るい表情を持ちながら瞬時に敵の背後を取る体術を持つ。それを俺の目の前で証明してみせた。」

「そう。で、結局何を言いたいのかしら。」

「ユウナ=ロレーン。俺を君の仲間として認めて欲しい。俺も君の盾として共に魔女と戦う。」

「・・・私は10才頃までの記憶が無いの。」

「え?」

「あるのは、学院に入学した頃からの記憶。そして強く心をゆさぶる記憶の断片。」

「記憶の・・・断片?」

「私には妹がいた。ミイナ=イヨラ。記録上では”イヨラ村の虐殺”の犠牲者。でも私の記憶では彼女は魔女として殺された。そう、あの護国卿に。」

リチャードは食事を取る事も忘れ、冷ややかな目線のユウナを直視する。

「魔女として殺された妹の姉が、このユウナ=イヨラ。今は義母の娘としてロレーン姓を名乗っているけど。これはカルルマンにも語らなかった私の本質。私は自分が”魔女狩りの魔術師”である矜持がある。でも本質は別の話。もし私が魔女になったとしても救ってみせる、というのなら・・・リチャード=レンカスター、貴方の言葉を信じてみる。」

その言葉にリチャードは自らの胸を叩いて応える。

「必ず、救ってみせるさ。この命に代えても。」

 

 数刻後、残りの3名も起床。食事を済ませた後、情報のすり合わせを行う。ワッチが持ち帰った情報屋シレンマの書いた地図、ユウナが露天商から買い取った血で染まった冒険者の手記。書かれた内容からノバリス地区の地下での遭遇戦に敗れて書き遺した文である事は容易に想像出来た。

「ワッチの言う情報屋を信じるなら東側の荒れた墓地の調査か。昼間の方が俺達には有利だが遭遇の機会は薄い。狙うなら深夜が有効だろう。」

リチャードの言葉にオリオンも頷く。

「その意見に賛成です。魔女が潜んでいる可能性がある以上、行動を起こすには早い方が望ましいといえます。」

「私も同意見。魔術に昼夜での弊害は無いわ。」

「拙者はこれでも夜目が効き申す。敵が何者であれ拙者の太刀に迷いはござらん。」

4人の言葉を聞きながら、最後にワッチも大きく頷く。

「行こう、みんなで!悪い奴らとっちめて隠れ家の場所を吐き出させちゃおう。」

ワッチの笑顔を見つつ、リチャードは落ち着いた口調でワッチに問いかける。

「お前、実はビビってるだろう?」

「そ、そんな事無いよ?」

「見栄を張らなくたっていい。人を斬る、あるいは魔物を退治する・・・いわば”実戦”を経験していないのはお前だけだ。だが手練れの戦士であるエドゥ様、ネッセはお前の才能を高く評価した。俺も覚悟を決めてお前を信じる。本気で襲い掛かってる連中は俺が盾になる。だからその短刀は無暗に抜くな。お前は人を殺める事に慣れちゃいけない。」

「う、うん。」

いつになく真面目に語るリチャードにワッチは戸惑いながらも頷く。

「そう固く構える事ではありません。貴女の瞬発力は神速と呼べるほどの才能です。危険を感じたらすぐ逃げる、その気持ちでいてください。」

オリオンのフォローはワッチの心に自然と沁みいる様に融け込んでいく。

「アタシ、やるよ!皆の期待、絶対に裏切らない。」

「その意気や好し、ですぞお嬢。」

「フフっ。」

ユウナはワッチ達の盛り上がりから一歩引いた状態で眺める。いつもの姿ではあったが表情は自然に笑みが零れるようになっていた。

「お嬢様、そろそろお時間でございます。」

カルルマンがユウナにそう口添えする。彼女は頷くと席を立ちワッチ達に屋敷からの退去指示を告げる。」

「ちょっと待て、ユウナ。この館に入ってから今の時間はおよそ12時間。裏路地から巻物の扉を通じてここに来たのは丁度日没後。今退出したところで朝日が昇る時間だ。行動は深夜になる、急ぐ時間でも無いだろう?」

リチャードの疑問にユウナはため息をつきつつ答える。

「そう単純な話なら良かったのだけど。この領域結界の時間は精霊界においての時間、実世界の3倍の速さで流れるの。つまりノバリス地区に戻った場合、実世界だから4時間しか経過していない。丁度深夜。」

「それはいいとして、退出を急がせる意味は?」

「12時間以上の連続滞在はタイムパラドックス発生のリスクを負うの。それが解消されるのは領域結界の時間で最短30日。実世界換算で最短10日。便利だけど冒険の友、にはならない訳。」

「ユウナ殿失礼。”たいむぱらどっくす”とは一体?」

ゲンガンの質問に全員の視線がユウナに集まる。

「そ、それは、ね。」

「ハハハ。その件につきましては私の方からお伝えしましょう。ユウナ様はどうぞお席へ。」

「ありがどう、カルルマン。」

今度は全員の視線がカルルマンに集まる。

「現在、皆様は実世界においては存在しておりません。この存在していない時間が一定量を超える事で生じる幸運、または不幸を指します。大概の場合、不幸になる場合がほとんどと言って良いでしょう。女神アストライアの輪廻から外れた存在に大きく近づく為です。」

「それでは神聖魔法は?」

オリオンの言葉には明らかな動揺が伺える。カルルマンはそれを察してかやんわりとオリオンを宥め穏やかな口調で回答する。

「確かに可能性はあります。ですが先ほどのユウナ様のご発言である”最長12時間以内”をお守りいただければ心配される必要はありません。」

「そ、そうですか。」

「このパラドックスは皆様の装備にも影響を及ぼす場合がございます。この弊害により本来は持ちえない性能を有する事象は決して珍しい話ではございません。その辺りは妖刀の伝承が豊富な”彩の国”の方であればご理解いただけるでしょう。」

「”あやかし”でござるな。さすがは”猫の王”と名乗りを上げるだけある博識。ご教授感謝致す。」

「大体は理解した。後は・・・そこの3人、さっさと着替えて来い!」

リチャードの声にワッチ、オリオン、ゲンガンの3人は慌てて個室へ戻っていく。

ワッチの動きに呼応するように腰のスロットで揺れる黒曜石の短刀。カルルマンは残された目を細めつつ一人呟く。

(最後まで私の話に反応しませんでしたね、ユーミール。本当にただ眠っているだけなら良いのですがね。)


 元気組一行は執事カルルマンと別れ、再びノバリス地区の路地裏へと帰還する。

「さて、いよいよ本番だ。警戒だけは怠るなよ。」

「あ、ちょっと待って下さい。」

意気揚々と足を踏み出すリチャードだったがオリオンから冷水を浴びせるようなトーンで声を掛けられ思わず前に崩れそうになる。

「今になって何だ、オリオン!」

「君、鈍器は所持してるかい?」

「いや、俺の装備は剣以外だとクロスボウ、緊急時のダガー程度だが。」

「じゃあ、コレ持って。」

オリオンが差し出したのは長く伸びた竿状の棒、そしてその頂点からぶら下がるこん棒が組み合わさった連接棍だった。

「フレイルじゃねーか!どこから出してきた、お前。」

「そう、そのフレイルです。今回僕達が向かう先では亡者との戦いが想定されます。フレイルはある程度の力は必要ですが、亡者、特にスケルトンと呼ばれる骨の亡者との戦闘においては強力な一撃を与えられる優れもの。是非使う事をおススメします。」

ニコニコの笑顔でフレイルの特性を解説するオリオンにリチャードはドン引きするも、負けじと反論する。

「オリオン、言いたい事は分かった。だがよく見ろ。このフレイルは両手用だ、俺は三本も手は生えてねぇぞ?」

「そういえばそうでしたね。」

二人の真面目に腑抜けたやりとりに、ワッチは堪えきれず爆笑する。ユウナも平静を装っているが口角が痙攣している様子が伺えた。

「ユウナ殿、カルルマン殿との別れはやはり辛いでござるか。」

「ごめん、ゲンガン。今は話しかけないで・・・。」

「心配無用。必ずや勝利を手にし再び皆で祝杯をあげましょうぞ。」

(ゲンガン、御願いだからこれ以上笑わせないで・・・。)

オリオンは再び背負い袋に手を入れると片手で持てる長さのこん棒、その先から垂れさがる鉄鎖と棘上の鉄球。

「モーニングスターじゃねぇか!お前のカバン、異世界にでも繋がってるのか?」

「これなら片手でも大丈夫です。いざという時のサブ装備って意外に重要ですよ?」

「チッ、一理あるだけに余計に腹が立つ・・・。」

結局、オリオンからモーニングスターを受けったリチャードは腰の長剣を盾の裏側にはめ込み、空いたスロットにモーニングスターを装着する。

「では次にゲンガンさん、こちらに。」

オリオンは満面の笑みでゲンガンを手で招く。

「ゲンガンさんにはこれを。」

「・・・これは、大槌?」

「ウォーハンマーじゃねーか!なんで攻城戦武器仕込んでんだよ、お前。」

「そうです。大槌・・・見た目に華やかさはありませんが、その破壊力は絶大。特に力自慢のゲンガンさんには相性が良い。それとこの武器を勧める理由は別にあります。ゲンガンさん、直近の戦闘は?」

「確かアストライアに流れ着いた際、巨大シオマネキと一戦を。」

「その時、刀はお持ちでしたか?」

「いえ、近場にあった薪をこん棒に見立て・・・そうか!」

ゲンガンは大槌を抱えながら両手でパチン、と叩いてみせる。

「何を思いつきました?」

「拙者はこのアストライアでは敵を相手に真剣を振ってはいない。太刀の感を取り戻すまでは力自慢の武器との相性を優先せよ、とのお考えですな?」

「正解です。刀は東方由来の武器ですがアストライアにも刀匠はいるんです。僕は辺境警備隊の時に刀を振った経験があります。その経験から独特な重心の掛け方を学びました。今回、僕達が相手にするのは技の切れより力で殴る方が有効な相手。なら、この武器の方が気楽に使えるはずです。簡単には折れませんから。」

「では有難くお借り致す。」

ゲンガンは大槌を抱えながらオリオンに拝礼する。

「次、ワッチ。」

「オリオン、アタシに何くれるの?」

ワッチは、期待を胸に目を輝かせながらオリオンを見つめる。

「ワッチ、今持っている武器は?」

「んーとね、短剣にメイビーに短弓。このくらいかな。」

「メイビー・・・ああその黒い短刀の名前でしたね。」

「すごーい、覚えててくれたんだ。」

「これくらいは当然です。という事はメインは短剣ですね。」

「違うよ、メイビーとの二刀流。」

「え?」

オリオンは珍しく驚きの表情を見せる。

「そういや、ネッセとの戦いでも結局背後を取っても抜かなかったものな。」

リチャードが首を鳴らしながらネッセとワッチの戦いを振り返る。

「一度、構えを見せてもらっていいですか?」

「別にいいけど?」

ワッチは右手に短剣、左手にメイビーを逆手に握ると、戦闘態勢への構えを取る。

「これは・・・。」

「基礎がしっかり出来てる。正にレンジャー、追跡者の構えだ。」

「”彩の国”の斥候とも渡り合える隙の無さ。いやはやお見事。」

「もう解いていい?」

「ええ、十分です。ちなみに誰からこの型を?」

「父さん。沢山練習したんだよ。」

「でも、ワッチの父さんって確か、あの【一攫千金】で働いていると聞きましたが。」

「うん、あそこで料理人として働いてるんだ。」

「???」

首を傾げるオリオンにワッチは口をとがらせて文句を言う。

「ねぇ、アタシは何を貰えるの?」

「ええ、ワッチにはこれを渡しておきましょう。

「あ、知ってる。魔法の薬だ。」

「そうです、回復のヒーリングポーションワッチは僕の回復魔法範囲外での動きが多くなります。

いざという時に備えて持っていた方がいいでしょう。魔法の薬は高価な分、それだけの価値があります。それともう一つ。」

オリオンは背負い袋から革と長い紐で出来た奇妙な物体を取り出す。

「え、何これ?」

「スリング(投石器)と言います。弓が生まれる前からある武器の一つです。試しに投げてみましょうか。」

オリオンは路地裏に転がる手ごろな石を拾うとスリングの革部分にセットして大きく旋回させる。

「こう使います、そいっ!」

オリオンから放たれた石は瞬きする間もなく路地裏の壁に激突し、粉々に砕け散る。

「それ絶対面白そう!」

「あくまでも武器ですから、人には向けないようにしてくださいね。当たりどころ次第では一撃死、なんてよくありますから。」

「うっ、気を付けます。」

「さて、では出発しましょうか。」

「ちょっと待て、オリオン。」

リチャードが悪そうな目つきでオリオンを制す。

「どうしましたか?」

「お前は何持って戦う気だ?まさかさっきのフレイル使うとか言わないよな?」

「ああ、その事ですか。僕にはコレがありますんで。」

オリオンが取り出したのは女王陛下との謁見の際、掲げた儀仗。

「それで殴るの?お前。」

「はい。威力は辺境警備時に試していますので安心してください。大体の敵なら倒れます。」

「いや、そういう意味じゃなくてよ。それ、”儀式用の杖”だろ?

「ええ、ランクの高い神聖魔法発動時には必要になりますね。あ、普通に礼拝時にでも使える安心設計ですのでご心配なく。」

「ああ、俺の負けだ。行くぞお前ら。」

リチャードは潔く敗北を認め、一行は東の墓地へ向けて歩みを始める。

その一行の最後方で一人ポツリとユウナは呟く。

(結局、私だけもらえなかった。期待してたんだけどな。)


ノバリス地区東部にある、荒れた墓地。元気組一行は夜襲前のならず者集団に夜襲をかけるという容赦のない戦法で、ならず者一味を捕縛する事に成功する。

「あーん、アタシの出番がぁ。」

「お前が短弓で鍋を狙撃しなけりゃもっと出番あっただろ。誰が全員引きつけろ、と言った?」

リチャードの追及にオリオンがやんわりと仲裁に入る。

「まぁ、大きな被害もありませんでしたし。初戦にしては上出来ですよ。」

「しかし、この者いかが致す?簡単に情報を吐く連中でもなさそうに見えますが。」

「私がやるわ。」

ゲンガンの疑問にユウナが即答で答える。

「方法はあるのか?」

訝しむリチャードにユウナは笑みで答える。

「私は魔術師よ。人の心を誑かすのも魔術の一つ。」

そういうとユウナは頭目と思われる男の頭部に触れ、魔法の理を説く。

「私の名はユウナ。貴方の親愛なる友人。目覚めなさい、男よ。」

ユウナの言葉に男は目を開ける。だが焦点は定まっておらず、まるで酩酊でもしているような動きを魔術師に披露する。

「答えなさい。私は赤き茨の魔女を追っている。」

「あ、ああ。久しぶりだな、ご友人。例の魔女結社の一味を追っているのか。ああ、知っているとも。俺達一味は奴らに雇われた。この地下墓地へと通じる者を通すな、と。」

「貴方を雇った魔女の名は?」

「『導師バーバラ』と名乗った。」

「導師だって?!」

会話に割り込もうとするリチャードをオリオンが即座に制する。

「静かに。呪文の効果が継続中です。必要な情報を引き出すのが先決、一緒に見守りましょう。」

二人のやり取りを横目に、ユウナは冒険者の手帳を見せる。

「この手帳について知っている事全てを教えなさい。呪術師ダザハーがこの地下墓地に潜んでいるのではなくて?」

「友人よ。それも魔女の罠だ。近頃噂される”魔女殺しの魔術師”をおびき寄せる為の。」

「!?」

「気を付けられよ、ご友人。魔女結社は決して追い詰められたと思ってはおらんぞ。」

頭目はそれだけ言うと、目を閉じ再び眠りに就く。

「終わったわ。これ以上は拷問でも神聖魔法でも聞き出せる情報は無いと思う。」

少し息をつき、ユウナは一行に結果を告げる。

「思った以上の大物が釣れたようだ。導師は魔女結社の中でも指導者クラスの高位の存在。ユウナの噂を脅威に感じて、同様に手を打ってきた訳だ。」

「でしょうね。それでなければ王都からの旅は意味が無いもの。」

二人の会話を聞いた後、オリオンはゲンガンの方に振り向く。

「折角の大槌でしたが余り活躍の場はありませんでしたね。この先の赤き茨の魔女は、太い蔓上の茨で対象者を拘束し戦力分断を図る術を得意とします。以降の探索は太刀の方が上策でしょう。お返しいただければこちらで収納しますが?」

「承知致した。先ほどとのならず者での戦いで己の太刀筋を再び垣間見た気がしたでござる。その気配り決して無駄には致さぬ。」

ゲンガンは手にした大槌をオリオンに返却し、再び太刀の装備に切り替える。

「お嬢と話をさせてもらう時間はありますかな。」

「ええ、大丈夫です。向こうもすぐ動かないでしょうから。」

そう言うとオリオンは再びユウナとリチャードに視線を戻す。

「本気で行くんだな。」

「今更?」

「敵は赤き茨の魔女、それも高位の使い手だ。お前の実力を疑ってはいないが、俺は奴らの恐ろしさをこの身で知っている。」

「喪うのが怖い?」

「正直、な。仲間を喪うのとは全く別の感覚だよ。」

「朝の話はウソ?」

ユウナの口ぶりは以前と同じ冷淡だった。しかし今の彼女は明らかに笑っていた。それは、蠱惑的でありながらユウナの個性を崩すことの無い魅力を引き出していた。

「からかうな。約束は必ず守る。」

「なら心配は不要でしょ?行きましょう、最初の狩りの舞台に。」

「分かったよ。何でも受け止めてやる。戦士としても、男としてもだ!」

一方、ゲンガンはワッチに墓地の片隅である告白をする。

「お嬢、心構えは出来ていますかな。」

「もちろん!」

「戦いの前ではござるが、昔話をさせてくだされ。」

ゲンガンは草むらに胡坐で座り込む。それを見たワッチがその空間に子猫の様にちょこんと座ってみせる。

「拙者は以前はこのならず者と同じ無頼の徒と呼ばれる暴れ者。しかし、その地に現れた老人・・・その方に叩きのめされ以降、弟子として師と共に旅をし弟弟子らと剣を磨き心技体を極めんとする道を歩んだのでござる。」

「うん、その話は前にも聞いたよ?」

「しかし、その充実した修行の旅はある一人の弟弟子によって全てが砂上の楼閣が如く崩れ申した。破壊した男の名はゴウリュウ。姓は無く、ごくありふれた百姓の息子の一人。腕は立つものの、強欲で自尊心が高いかつての拙者の鏡写しといえる男、こ奴が弟弟子、そして敬愛する師さえもその手にかけ、師の荷物を手に逃走したのであります。その日以来、拙者はゴウリュウを討ち果たすが為の鬼になり申した。そしてこのアストライアに流れ着き、お嬢と旅をする事になり申した。ワッチ、そなたに会えたことは拙者にとって心の救いだった、その礼を先に言っておきたかったのでござる。」

「そんな大げさだよ、ゲンガン。まだ旅は始まったばかりだよ。」

「もう一つお伝えしたい言葉があります。師の最期の言葉『赦せ、全てを。』拙者にはこの言葉を継ぐ資格はありませぬ。が、ワッチ、そなたなら師の言葉を継ぐ資格がある、そう思えて仕方がないのでござる。」

「『赦す』・・・?」

「少し長話になりましたかな。では参りましょうぞ、魔女狩りに。」

ゲンガンはワッチを懐から降ろし立ち上がる。彼の顔は心なしか晴れ晴れとした表情にも思えた。

ワッチはゲンガンの背を見つめ自分に問う。

「アタシは元気組の皆が好き、誰とも別れたくない。もし誰かが魔女に倒されても、アタシは本当に魔女を『赦せる』の・・・?」


==次回予告==

地下墓地深くで待ち受ける赤き茨の魔女『導師バーバラ』

その老獪な強さに圧倒される元気組一行。これが”赦す者”として

ワッチの旅の始まりとなる。

次回

”魔女狩りの魔女”

お楽しみに!


今回の挿絵はオーギュスト=レンカスター(リチャードの父 青年期時代)

門閥貴族筆頭格でクロムウェルの政敵。己にも肉親にも厳しい人物。

甘え盛りの幼少期に受けた心の傷は今も彼を見えない鎖で縛り付ける。

皆さんのイメージ補完のお役に立てれば嬉しいです。


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