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アストライア冒険譚  作者: ものえの
第三章 『魔女バーバラ』
13/29

2.猫のひとり言

※次回投稿は8/6(水)20:30頃を予定しています。

 元気組!一行は、ユウナを先頭に簡素な廊下を進む。その隅々まで行き届いた清潔さを感じとる事は用意であり裏を返せはこの空間は何者かによって管理されている事を如実に物語っていた。

「客間よ。」ユウナが部屋の一角を開ける。

「わぁーい!」

我先にとワッチは客間に飛び込む。

「お待ちしておりました。皆さま。」

ワッチの前に立つのは燕尾服に身を包んだ二本足の黒ぶちの猫。右目を眼帯で覆っており猫特有の愛らしさより荒々しさを感じさせる顔立ちを持ちながら、洗練された物腰の柔らかい立ち姿はワッチ達に安心感を与えるには十分であった。

「ただいま、カルルマン。」

最後方に立つユウナがカルルマンに声をかける。

「おかえりなさいませ、ユウナ様。食事の準備は既に整えております。」

「じゃあ、皆を先に個室へ案内して。私はいつもの部屋に行くわ。」

「かしこまりました。」

ユウナは先に奥の自室へと向かう。

「しばらくしたら私も会席の間へ向かうわ。それまでゆっくりしていなさい。」

そう言い残すとユウナの姿は影に融け込んでいった。

それぞれに個室が用意された事で元気組!一行はつかの間の休息を満喫する。

ただリチャードだけが装備を外し、しわ一つないシーツに横たわり魔術師の姿を思い浮かべる。

(王都からの7日間、あの女は決して自分から歩み寄ろうとはしなかった。何の変化だ?そして俺はヤツを仲間として認識し始めている。それが本当に正しいのか?チッ、何が正しいのか全く分からねぇ。)

再び客間。それぞれが個室に供えられた服に着替え食卓に集まる。

リチャードは貴族の嫡子らしくシックなフロック・コート、オリオンは祭祀時に使用する司祭服、ゲンガンは大柄の身体でも似合う甚兵衛羽織、そしてワッチは淡い青を基調としたプリンセス・ドレスで姿を見せる。

「ね、ね、見て見てこれ。」

ワッチは自慢げに三人に披露する。

「例えるなら正に異国の姫君ですな、ワッチ殿は。実に愛らしい。」

ゲンガンは笑みを浮かべワッチを褒めたたえる。

「よくお似合いですよ。フォーマルなドレスより貴女の魅力を引き立てる素敵なドレスです。」

オリオンもゲンガン同様、ワッチの洋装を褒めたたえる。」

「あ・・・女だったな、そういや。」

「ちょっと他に言う事あるでしょ?!」

ワッチが怒り顔でリチャードに詰め寄る。

「悪気は無かった、すまない。昼のネッセと互角以上に戦ったお前を見てたんでな。」

「ネッセさんも女性だけど?」

リチャードは小声でオリオンに助け舟を求める。

「おい、助けてくれよ。」

「ここは貴族の家柄らしく丁重に振舞われるのがよろしいかと。」

「楽しんでるだろ、お前。」

「さあ、何のことでしょう。」

ともすればギクシャクした関係に見える彼らの姿も、その顔をみれば明らかに打ち解け始めてきたと言える笑顔になっていた。」

「服のサイズはいかがでしょうか。」

再び先ほどの猫執事が姿を見せる。

「ええ、全く問題ありません。」

リチャードは満足した顔で執事に答える。

「しかし、この服まるで僕達の来訪を知っていたかのように仕立てられていますが?」

「左様、このアストライアで甚兵衛羽織を着る事が叶うとは想像を超えた喜び。感謝いたします。」

二人の言葉を聞き、執事は右手を返し差し出す姿で答える。

「皆さま方の服は皆様方の記憶、要望に答えた形で形成された品。いわば私の精霊力で構築された服でございます。生憎と持ち帰りは出来ませんが、この屋敷の中であれば自由にお使いいただく事に支障はありません。」

「精霊力・・・じゃあアンタ」

リチャードが席を立った時、運命の女性は現れた。普段の重苦しい魔術師のローブ姿では無く、白を基調にした真珠色のドレス。表情ははにかみながらも微笑んでおり、その姿を見てなお彼女を魔女と呼ぶものはこの世界に存在しえないと断言出来た。

「わぁ、ユウナすっごく似合ってるよ!」

ワッチは先ほどの会話を忘れてユウナの側に近寄る。

「ワッチ、ありがとう。このドレスずっと前から着たかったから。」

「いやはや、息を呑むほどの美しさとは正にこの事。よいモノを見せていただいた。」

「同感です。ぜひ宮廷の晩餐会に出席されるべきと思います。」

ゲンガン、オリオン共に手放しの称賛をユウナの送る。

「二人ともありがとう。例えお世辞でも嬉しい。」

ドレスの裾を優雅に滑らせながら、ユウナはカルルマンにエスコートされつつ席に座る。

「・・・・。」

リチャードは立ち上がったまま、ただ呆然とユウナを見つめる。

「・・・何か。」

ユウナはいつもの抑揚の無い口調でリチャードに問いかける。

「い、いや。何でもない、少し驚いただけだ。」

リチャードは右手で口元を抑えるも、動揺を隠せないでいた。

「そう。カルルマン、食事の支度を。」

「畏まりました、ユウナ様。」

カルルマンがパン、と一つ手を叩く。するとどうだろう、客間にある長テーブルに山海の珍味と呼ぶに相応しいご馳走が姿を見せたではないか。

「追加の注文はいつでも承ります。まずはワインでも軽く飲んでおくつろぎください。」

カルルマンは一礼すると、静かに場を退席する。

「リチャード、どうしたの?顔、赤いよ。」

「まだ乾杯もしておらんのにもう酔いが回られたか?」

能天気な二人のやり取りをオリオンは苦笑しつつ思う。

(頑なにユウナを名前呼びしなかったのはそういう訳か。なら納得もいく話かな。)


 主賓のいない5人だけの晩餐会。窮屈な作法に縛られる事無くワッチとゲンガンはご馳走を頬に頬張る。

「そう慌てなくても食事は逃げません。ゆっくりと堪能して下さい。」

カルルマンは落ち着きのある声でグラスに黄金色のワインを注いでいく。

挿絵(By みてみん)

「聖王国産のスパークリングワインでございます。甘い口当たりですがしっかりとした豊潤さがあり、王室御用達に選ばれる事も多い逸品でございます。」

オリオンとリチャードは注がれたワインを口に含む。カルルマンの言葉通り爽やかで甘い口当たり、それよりもその旋律を染め上げるように現れる濃厚な深みは今まで味わったワインとは違う極上の味であった。

「これは、実に美味しい。」

オリオンはため息を混ぜつつ素直な感想をカルルマンに述べる。

「俺も高級と呼ばれるワインを何度か味わってきたが、この味は格が違う。伊達に芸術文化の聖王国ではない、って事か。」

「ご満足いただけて光栄でございます。」

カルルマンは丁寧な口調で一礼するとユウナのグラスへと注ぎに向かう。

ユウナはワインの味に驚く二人を眺めながら普段見せる事無い、くつろいだ笑顔を披露する。

「あれは・・・。」

「ああ、間違いない。」

二人は同時に言葉を発する。

「『ドヤ顔』。」


 楽しい時間ほどあっという間に終わるもの。たらふく食べたワッチは早々に自室へと戻り爆睡、ユウナもまた後時をカルルマンに命じ席を後にする。

「実に有意義な祝宴であった。またこのような機会がある事を切に願うぞ。」

「あのノバリス地区でこのようなご馳走をいただけたのは夢の様です。ユウナさんには感謝しかありません。」

満足の言葉を発する二人に対して、リチャードは一人複雑な表情でユウナの去った席を見つめる。

「食後のお茶でも如何ですか。」

カルルマンがそう尋ねると三人は喜んで承諾する。

リチャード、オリオンにはクリスト王国伝統の格式豊かなティーカップ。ゲンガンに少し形状の違うカップがテーブルに置かれる。

「これは・・・白磁の湯呑み!?」

「ハクジ?何の事でしょう。」

「さぁ?」

首を傾げるオリオン、リチャードを他所にカルルマンは拍手でゲンガンを称える。

「白磁をご存じでしたか。私としても用意した甲斐があったというもの。」

「いやはや、こちらこそ良いものを見せていただいた。そして飲み物は煎茶ですか。重ね重ねの心づくし感謝しかない。」

「そういえばユウナさんも紅茶好きでしたね。」

「ユウナさまは自室でブレンドを楽しんでおります。茶葉を餞別し入れ立てる、その一連のプロセスがユウナ様が紅茶を楽しむ、という言葉なのでございます。」

「あ、うん。そういう人なら誘うのは酷だね。」

「なあ、カルルマンさん、そろそろ聞いていいか?」

そろそろ酔いが醒めた頃あいか、普段の鋭い目つきを取り戻したリチャードがカルルマンに尋ねる。

「アンタ、精霊・・・それもかなりの実力者だろう。俺は魔女狩りの兵団として魔女が使役する精霊と何度か交戦した経験がある。がアンタは俺が戦ったどの精霊よりも品がありそして何より人間を理解している。一体何者なんだ。」

カルルマンは一度目を伏せ、その後リチャードの問いに答える。

「席をお借りしても、よろしいでしょうか。」

カップが奏でる心地よい和音が時折流れる静かなひととき。カルルマンは天井を見上げ、語り始める。

「これから語る事は、私のひとりごとでございます。」

しばしの沈黙。一呼吸おき、カルルマンは語り始める。

「正直なところ、ユウナ様が他人をこの場所へ招き入れた事は私にとって予想外の出来事といえました。ですが皆さまのお人柄、そして私でさえ見る事の無かったユウナ様の笑顔を拝見し全てが腑に落ちました。」

カルルマンの視線が三人を見つめる。

「私の正体は精霊ケット・シー。”猫の王”の異名を持つ『精霊のきみ』の一神でございます。」

「神だって?」

その言葉に三人から驚きの言葉が漏れる。

「それほど驚く事ではありません。この世界は地母神アストライアによって生み出され、その命はすべからずアストライアの御子である、これが普遍的なアストライアの教え。オリオン殿、修正すべき箇所はございますでしょうか。」

「いえ、その通りです。どうぞお続けください。」

「このアストライアの世界・・・さしずめ『実世界』とでも名付けましょうか、この世界と対になる世界が存在します。それが『精霊界』。実世界において皆様が遭遇する精霊とは何らかの力によって精霊界から迷い込み還るすべを失った迷い子なのです。」

「じゃあ、アンタもその迷い子なのか?」

リチャードの言及にカルルマンは軽く否定の仕草を見せる。

「いいえ。私は仮にも”猫の王”と呼ばれる身、精霊界へ戻る事は皆様が家路へ就くのと変わりません。その時の私は人の魂という上質の食材と引き替えに彼らの欲望に応える、実世界に例えるなら悪魔、と呼ばれる存在でした。しかしある人物の出会いで私の運命は一変したのです。」

「いつでも戻る事が出来る、なのにこの場に居続ける。・・・もしやカルルマン殿はその者に封じられたでござるか。」

ゲンガンの問いにカルルマンは手を叩き称賛する。

「聡明な方だ。そうです、私は封じられたのです。『領域結界』という亜空間に。封じた者の名はオリバー=クロムウェル。クリスト王国第二代護国卿その人でございます。」

「護国卿?!」

リチャードとオリオンが驚きを隠しきれず声を上げる。

「はい。あの方の前に私は逃走さえも許されずこの亜空間に封じられました。”猫の王”として恥ずかしい限り。」

「確かユウナの師匠が護国卿だったな。それで彼女にアンタの巻物が渡ったのか。」

「そうです。私はオリバー殿に執事としての教育、そしてご自身の亡き愛猫の名”カルルマン”を与えて下さいました。最初は退屈しのぎのつもりでしたが、始めて見ると不思議なもの。今ではどの宮廷の流儀にも通じるまでに至っております。」

「順応早いですね。それでユウナさんもこの別館を利用する事に?」

オリオンの問いにカルルマンは頷く。

「はい。魔法学院在学中はよく利用されていました。ユウナ様は人間との付き合いが上手な方とはいえません。孤独を好まれる方ですから必然的にお世話をする役目をいただく事になりました。」

「護国卿の目的は何だ?単純にアンタを封じるのが目的にしては腑に落ちねぇ。」

リチャードの疑問にカルルマンは今まで通りの丁寧な口調で答える。

「オリバー殿が私に命じられたのは、ユウナ様の父親代わりとして見守る事。その見返りに亜空間解除の鍵をユウナ殿に渡されました。以来、私はユウナ様の別館の執事として主の帰宅をお待ちする日々を過ごしております。」

 再び一呼吸おき、カルルマンは語る。

「オリバー殿は本来自由を愛する気風の冒険者。それは相手に対しても同じ事。私は実世界の政には興味はありません。ただ彼の『俺の代わりになってくれ。』という言葉はこの邸宅を預かる限り守る所存であります。」

「違う!」

リチャードはテーブルを両手で強く叩き憤る。その瞬間ガチャガチャ、とテーブルのカップ達が騒ぎ立てる。

「例えどんな立場だろうが、子供は親にこそ認めて欲しい。代役を立てたところで何も変わりはしないんだ!」

リチャードの目に浮かぶ涙。それはユウナへの同情か、自分の過去への想いか。

「少しひとりごとが過ぎました。皆様に紅茶を淹れ直しましょう。私のお勧めするミルクも添えて。」

==次回予告==

領域結界での最後のひと時。厳格な父の元で育ったリチャードは似た境遇にあるユウナに共感を覚え始める。まだ恋とも呼べない感情、だがその感情はただ闇雲に結果を求めていた青年を確実に変化させていた。

次回 

『君を守る盾』

お楽しみに!

※今回の挿絵は執事カルルマン。

黒ぶちにゃんこ、眼帯、古強者感、燕尾服、白手袋、執事、など属性盛り合わせで作成しました。

皆さんのイメージ補完のお役に立てれば嬉しいです。

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