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アストライア冒険譚  作者: ものえの
第二章 我ら『元気組!』
10/29

3.『元気組!』結成!

※次回投稿は7月30日(水)20:30頃を予定しています。

 リチャード一行は馬車を降りると早速酒場【一攫千金】に足を向ける。

「じゃあ、オレ達の任務はここまでだ。しっかりやれよ親友。」

「ユウナちゃん、また会えるとボクも嬉しいな。初仕事がんばってね~。」

ハンクとケントは笑顔で三人を見送る。

「おい、何いい話で〆ようとしてんだ。」

リチャードは振り返ると明らかに何らかの考えがある楽し気な笑顔で二人を制止する。

「な、何の事だか分からんな?」

と言いながらもハンクはリチャードと視線を外す。

「ほら、ボク達も兵団暮らし長いから少し遊んで行くのは構わないだろ?」

二人の声からは明らかな動揺がオリオンとユウナにも感じられた。

「なら、俺が奢ってやるよ。【一攫千金】でな。」

リチャードは笑いながら馬車の御者に二人の馬を厩舎へ行かせるよう促す。

「何の話です?」

オリオンは諦めて後に従う二人を横目にリチャードに尋ねる。

「行けば判るさ。それよりどうだ、このバルダの街は。王都とはまた別の雑多な活気!」

リチャードは大きく息を吸うとユウナを見る。

「魔術師。俺はまだお前を仲間だとは思っていない。ただ戦力としての期待だけは裏切るな。」

リチャードの問いにユウナは目線を合わす事無く静かに答える。

「私の役目は魔女を殲滅する事。貴方の評価などどうでもいいわ。」

二人の険悪な空気に挟まれ、オリオンは苦笑する。

「これはしばらくかかりそうですね。」

 リチャード一行は彼を先頭に【一攫千金】の扉を開く。そこではちょうと、一人の少女と筋骨逞しい大男が店の看板娘と話しているところだった。

「失礼、お店の方ですか?」

リチャードの問い掛けにエリーは笑顔で答える。」

「はい、ご用件は何でしょう。」

「『ロンゴ村のガルザックさんからの依頼で小麦を届けに来ました。』」

リチャードの発した言葉にハンクとケントは首を傾げる。しかしエリーはその言葉に頷くとごく自然に言葉を返す。

「ちなみに袋の数は?」

「『25袋』。」

リチャードの即答にエリーは特に慌てる事無く一礼する。

「ありがとうございます。手続きを行いますのでどうぞ中へお入りください。」

「ねぇ、ちょっとエリー!今から髭爺に会わせる約束じゃん。」

少女は一行が奥のロビーへ進む中、割り込んでエリーの裾を引く。

「ごめんね。お仕事が入ったから、また今度にしてね。」

その姿をリチャードは煙たそうに少女を見やる。

「ガキか・・・。」

「エリー嬢、その二人も一緒に案内してやってもらえないかな。」

力強い声音が冒険者のたむろするテーブルの一角から響き渡る。現れたのは機能性を重視した軽装鎧姿の剣士。そしてその顔に刻まれた傷跡を見て少女は声を上げる。

「エドワードさん!」

「たいちょ・・・エドワードさん、なぜこちらに?」

「ウゴンロ翁の話に退屈してな。息抜きにこちらで涼んでいたところさ。」

「え?エドワードさんも髭爺知ってるの?」

「昔からの知り合いさ。」

「お前、この方はなぁ!」

ワッチの態度が癇に障ったかリチャードは右手を使って少女を払い除けようと試みる。が、彼女はまるでその軌道を察知したかのように僅かな動きで躱してみせた。

「な!?」

突然の事に驚いたワッチをかばう様にエドワードがリチャードに厳命する。

「俺は冒険者エドワード=グロスター。女性を感傷的に突き飛ばすような輩は見逃せないな。」

「・・・承知しました。」

リチャードは肩を落とし、片膝を付いてワッチにその非礼を詫びる。

「さて・・・ハンク、ケント。お前達にも手伝ってもらう。休暇を楽しむなら、兵団に戻ってから申請するんだな。」

「リチャード手前ぇ・・・。」

「さては知ってましたね、この方の事。」

リチャードは立ち上がると二人を横目に見ながらほくそ笑む。

「当たり前だ。このまま素直に帰すか、ってぇの。」


 一行はエリーから奥間にあるロビーに案内される。目に入る光景は冒険者の中でも選ばれし者しか入れない、まるで王族の客間のような場所だった 。

「うわぁ、すっごい床フカフカだ。お城に入ったみたい。」

ワッチは深紅に金で縁取られたカーペットをポンポン叩いて驚きを示す。

「これは贅を尽くした空間ですな。掛けられた絵画にも風格を感じます。」

ゲンガンもまたワッチ同様、国際色豊かな調度品に大きく頷いてみせる。

「ハンク、ケントはこの別室で待機だ。」

エドゥはロビー右手にあるドアを指差して二人に告げる。

『了解しました、隊長!』

二人は軍紀正しくエドゥに拝礼し、別室へと移動する。

「残りは俺の後に付いて来い。ワッチ、そこの男もだ。」

「へ?」

「承知した。元より引き下がる理由もござらん。」

「そうかしこまらなくて構わん。別に俺はこの屋敷の主人でもない。」

「失礼ですが隊長。」

リチャードがエドゥに問いかける。

「何故この二人を招き入れたのです。命令であればハンクとケントがいれば戦力は十分です。」

「あの二人は俺が使う。それにお前はすでに戦力を得たはずだ。」

「は?」

二人のやや張り詰めた会話をオリオンはただじっと見つめる。

(あのマントの意匠、どう見ても『黒炎竜』だよなぁ。それにリチャードが『隊長』、って呼んだ事はもう確定かぁ・・・。)

魂が抜けたようなため息をつくオリオンを、ユウナは白けた表情で見つめる。

(実直で誠実な男かと思えば、ありえないほどの弱さを見せる。女王陛下とは恋仲との噂もあるが・・・これは本当かどうかも怪しい。)

「ちょっと待って下さい、本気ですか?」

エドゥはリチャードの問いには答えるそぶりもせずエリーに問いかける。

「エリー嬢、ウゴンロ翁はまだかな?」

「ええ、どうも先ほど古い沈没船から引き上げた品々を売りに来た冒険者の方がいらっしゃったらしく。」

「わ、何か凄そうそれ!」

釣り糸に引っかかった魚の如くワッチはダッシュで扉に向かう。

「お嬢、拙者も随行仕る!」

ゲンガンもまた、その巨体にそぐわぬ瞬発力でワッチを追う。

「ちょっとカティ!おじい様は仕事中なのよ。」

母親のように叱るエリーとは対照的に、リチャードはあっけに取られたかのように呆然と彼女らを見送っていた。

「何だ、あの速さは?」

「あの少女ワッチに俺はたとえ一瞬とは言え背後を取られた。お前にそれが可能か?」

「!?」

(ほぇ~)

(まだ魂抜けてる、この男)

バタン、と勢いよく扉を開けると部屋の正面には煌びやかなソファーに座りテーブルにお宝を並べたて

一つ一つ丁寧に鑑定する一人の人物がいた。背は低く人間の半分ほど、わし鼻で彫の深い顔立ちと豊かに蓄えられた白い髭は威厳を感じさせ、東方の言葉で表せば”仙人”と呼べるだろう。鑑定の為だろうか大きな丸眼鏡をそのワシ鼻にかけお宝を前に奇妙な声で笑うこの者こそ、この屋敷の主人であり酒場【一攫千金】オーナー兼クリスト王国最大の冒険者ギルドマスター、ウゴンロ=ロドンゴ、通称『髭爺』。彼は近年は遭遇する機会も少ない、精霊界出身のノームと呼ばれる種族でもあった。

挿絵(By みてみん)

「何じゃ、今は仕事中と言ったはず。」

「髭爺、アタシだよワッチ!」

「ワッチ、どうやって仕事場に入った?」

「エドワードさんが入れてくれたよ。」

「そうかそうか、なら本当に冒険者デビューじゃな。」

ウゴンロはワッチの頭を愛おしく撫でる。

「入会の手続きはすぐに行うとするぞい。だから大人しく座ってておくれ。」

「うん、わかった!」

ワッチは大きく頷くと髭爺の対面に座り、お宝を興味深く見つめる。

「ヒゲジイ殿。拙者は東方”彩”の国からの流浪人、ゲンガンと申す。」

「ん?東方の者か、それは丁度いい。」

「何がでしょう?」

髭爺は急いで隣り部屋へ向かう。そしてある大甕を身体を揺らしながら持ってくる。

「よいせっと!」

「これは・・・東方の銭!」

「ゲンガンとやら、お主、真贋は可能か?」

「真贋でござるか。武士の嗜み故多少の心得はありまする。」

「いいおったな。この甕の中にはお主の言った通り東方の銭が入っておる。じゃが流石のワシも東方文字には疎くてな。この銭にある文字で真贋の判断が出来るか問うた訳じゃ。」

「では見せて頂きまする。」

ゲンガンは甕の前に立つと右手を入れて中の古銭を取り出す。

「これは相当古い銭とお見受け致す。」

「ワシの知り合いに古銭収集家がおってな。そいつに売ってやろうと思っておる。」

ゲンガンは目を凝らし、錆で消えかかっている文字を見極める。

「ヒゲジイ殿。この錆を取る筆はござらぬか。」

「ああ、清掃用の刷毛じゃな。あいにくお主の手には小さいだろうが必要なら貸してやろう。」

「かたじけない。」

ゲンガンは髭爺から刷毛を受け取ると丹念に古銭の清掃を始める。

「ほおぅ・・・。」

その体躯に似合わぬ繊細な手の動きに髭爺は思わず声を漏らす。

「やはり、か。」

「答えは出たのか?」

髭爺は甕越しから前乗りになって期待の目でゲンガンを見つめる。だがゲンガンは無念そうに首を振ってみせた。

「この銭は全てニセ銭。普通の銅銭の方がよほど価値がありましょう。」

「何ぃ!」

期待した言葉と真逆と回答を受けた髭爺はゲンガンに指差しまくし立てる。

「根拠は?根拠を言え!」

その言葉にゲンガンは頷き、錆の取り払われた二枚の古銭を見せる。

「何か違いがあるか?」

「東方の文字は難解な形をしております。拙者は”調和の耳飾り”を使用しております故、調和の翻訳によって会話を行えますが皆さまが実際にどの様な発音をされているのかは知りませぬ。この二枚の銭、片方は”銭”となっておりますが、もう片方は”残”となっております。形が似ている故なじみの無い文字は得てして気付きにくいもの。これは恐らく当時の夜盗が奴隷を使って鋳造させた悪貨『夜盗銭』。古物としての価値は無いとお考え下され。」

肩を落とすゲンガンに髭爺は顎鬚を労わりながらゲンガンに礼を言う。

「落ち込む必要は無いぞ。お主はワシの信用を救ってくれた。礼をさせてくれ。」

「実は、情報を得るには『冒険者ぎるど』で冒険者として仕事を受けるのが良いと助言をいただきワッチ殿と行動を共にしておりました。」

「なるほど、お主も冒険者希望か。ああ、お前がいうギルドに入会させてやろう。」

「本当でござるか!」

「が、そんな造作もない事では礼とは言えんな。付いて来ると良い。」

髭爺が先ほどの奥間へと足を運ぶ。ゲンガンは歩調を合わせ老人の背を追う。

(何と言う度量の深み。まるで我が師の背を追っている様ではないか。)

奥間でごそごそと髭爺が取り出したのは一振りの太刀。

「これは、”彩の国”の太刀!?」

「これを礼としよう。名刀『霧絶きりたち』。まがい物では無い本物の”真”剣じゃ。」


 時を少し戻し。ワッチとゲンガンが髭爺と対面している間、エドゥ達はエリーの案内で客室に通される。

「調和の取れた素晴らしい空間ですね。」

オリオンは思わず言葉を漏らす。それもそのはずこの部屋は数多の冒険者でも髭爺が認めた者しか通されない言わば貴賓室であった。

「どうかな。少々成金根性が過ぎる。」

リチャードは門閥貴族の嫡子らしく、部屋の豪勢さを指摘する。

「そう、見慣れた光景・・・。退屈な。」

ユウナはその立場からクロムウェルの切り札として多くの貴族、豪商らに紹介されてきた。彼らの珍獣でも見るような下卑た視線が彼女の記憶をよぎりそして苦しませる。

「では少し待たせてもらおう。」

エドゥを先頭に一行は入室し、客間中央にあるテーブルを囲んだソファに座る。

「リチャードさん、オリオンさん、ユウナさんの三名は冒険者ギルド入会用紙に記入をいただいており承認も完了しております。ですので次にこちらのパーティ申請用紙にサインをお願いします。」

エリーは机の引き出しから申請用紙とペンを取り出すとリチャードに差し出す。

「ありがとう。では俺からサインさせてもらおう。ん?パーティ名か。」

リチャードの筆が止まるのを見て、エリーは微笑む。

「その欄は空欄で結構です。皆さまが出立する前で構いません。」

「了解した。なら・・・ほら、オリオン。」

「では、私はお茶を用意して参りますので一度失礼を。」

エリーは一礼すると上品に部屋を退席する。

「品のある方ですね。とても酒場の娘とは思えない。」

彼女が退席したドアを見つめながらリチャードはエドゥに問いかける。」

「彼女は勉強家だ。いずれは外交官として五王国を巡るのが夢と聞いている。」

「なるほど。それなら頷ける。」

「エリーは王都での魔女掃討戦で両親と妹を亡くした戦災孤児だ。ウゴンロ翁はギルドとは別にそういった孤児の養育施設も運営している。」

「私はギルドマスターに実際お会いした事はありませんが、エドワードさんのお話から察すると懐の深いお優しい方なのでしょうね。」

オリオンはサインを終えユウナに書類を渡すと話に加わる。

「フッ、それは自分の目で判断すればいい。」

「・・・はい?」

「今の教皇ゲオルニクス三世は聖人過ぎるのだ。それは美徳であるが時には害悪にもなる。」

「聞き捨てならない言葉ですね。」

「だったどうする。神聖魔法で俺を裁くか?この黒太子エドゥを。」

「出来ない事を問い掛けるのは卑怯ではありませんか?私は教皇猊下のお考えに不備は無いと考えます。」

 やや緊迫した空気が部屋に張り詰める。その緊張をほぐしたのはエリーの爽やかな声だった。

「お待たせしました。エドゥ様はいつもの・・・え、エドワードさんには・・・。」

少し冷や汗を流しながらエリーはカップをエドゥの前に置く。

「もうお気遣いは不要です、エリー嬢。俺の正体は全員把握済です。」

「そうでしたか。それなら安心しました。」

(私は聞いてなかったけど)

ユウナは一人ぼやきながらエリーが置いたカップを手に取る。

「あ、すごい。ゼイロムとターリィのブレンド。」

「え、紅茶の利きが出来るんですか!?」

エリーは驚きの声を上げてユウナを見つめる。

「何の話だ?」

「ハハ、僕にもちょっと。」

蚊帳の外のリチャードとオリオン、そしてエドゥは静かに香りを愉しむ。

「まぁ、少しは・・・。」

エリーの喜びに戸惑いながらもユウナは言葉を返す。

「貴女の様な方が来てくれて私ほっんとうに嬉しいです。だってほら冒険者の方って大体エールがほとんど。変化があってもワインくらい。紅茶が解る人ってほとんどいないんですよ。」

「そうなのですね。」

「でも貴女は茶葉と配合まで一口で当てた。エドゥ様は同じ茶葉しか興味をお持ちでは無いですしこういう機会は初めてなんです。」

「義母が紅茶が好きで、よく一緒に飲んでいただけです。」

返事はそっけないが、少しだけ笑みを浮かべたユウナだった。


コンコン、と貴賓室の扉を叩く音がする。

「どうやら一段落着いたようですね。」

エリーの言葉と同時に部屋の扉が開く。

「入るぞ。そこの三人が新規メンバーが、エドゥよ。」

ひょこ、ひょこと軽くステップを踏んで歩くその姿はどこかユーモラスな雰囲気を醸し出していた。だがその背の低い胴体に乗る頭にあるのは噂に聞く誠実さの欠片も感じられない尊大な老人の顔であった。

「俺の方から紹介しましょうか?」

「いや、後でいい。エリー、後ろの二人の入会手続きは済ませておいた。そっちにあるパーティ申請用紙にサインをさせてくれ。」

髭爺の事務的な感情の無い言葉でもエリーは笑顔で答える。

「承知しました、おじい様」

エリーは申請用紙を手に二人の方に駆け寄る。

「あー、アタシも喉が乾いたなぁ。」

ワッチはやや棒読みなトーンでエリーの顔を上目遣いで見やる。

「はいはい。あとで甘いホットミルクをあげるから。おじい様のお部屋に戻りましょ。」

エリーはワッチの背を押し、髭爺の仕事場へと戻っていく。

「そちらの方、お名前を聞かせてくださいな、」

「武田厳岩と申す。」

「ゲンガン=タケダさんですね。ご存じかも知れませんがこの国の文化圏では名・姓で表記します。書類にサインをする際はお間違えの無い様よろしくお願いします。また東方文字での申請は受け付けておりませんで、記入の際はアストライア公用語をお使いください。」

「ご助言、有難く承る。」

「エリー、書けたよぉ。」

早速ワッチが申請用紙をエリーに見せる。

「カティ、姓の欄が空欄よ?」

「そこにはいつか”通り名”を入れたいんだ。”疾風のワッチ”とか”奇跡の右腕ワッチ”とか!」

ワッチは目を輝かせながら笑顔で答える。

「あぁ、そう・・・。」

エリーは気持ちを切り替え、ゲンガンに書類を渡す。

「ではサインを。」

「了解でござる。」

ゲンガンは耳飾りに触れるとペンを走らせサインを入れる。

「ねぇ、エリー。ここの空欄は?」

「それはパーティ名の記入欄よ。パーティ名は文字通り自分達の顔になる訳だから仲間の方と決めてちょうだい。」

ワッチは少し顔をしかめると、何かを思いついたか、近くの紙に文字を書き出す。

「どうかな?これ。」

ワッチの書いた文字を二人は覗き込む。

「”元気いっぱい”ねぇ。カティらしいといえばらしいけど。」

「登録は済んだからこれからはエリーもワッチって呼んでよね。」

「わかりました、冒険者ワッチ様。」

「うん!」

「・・・なるほど。東方の言葉で表現するなら”元気組”といったところ。」

「?アタシの書いた言葉と同じだよ。」

「これは失礼。東方の発音ではこの様に『GENKIGUMI』と発音します。」

「何か凄く楽しそう!」

「でも、私たちには何の意味なのかはさっぱりね。」

「左様ですな。ですので拙者はワッチ殿の発案”元気いっぱい”を推します故、心配なされくても問題はありません。」

「いや、そっちの方が問題になると思いますよ・・・。」

二人の会話を他所に、ワッチは一人考える。

「元気組・・・ゲンキグミ・・・・GENKIGUMI、そっかぁ!」

ワッチは舌をペロリと出し、申請書のパーティ欄に文字を埋める。

「《《GENKIGUMI!》》これで行こう、ゲンガン。」

「ちょっと私の話を聞いていなかったの?」

「ハハ、いいでは無いですか。パーティ名などはいつでも変更可能なもの。皆の同意を得る為にも一度戻りましょうぞ。」

「そうだね!」

エリーは上機嫌で申請書と共に仕事場を後にする二人を見送る。

「あの申請書、おじい様に受理されたら簡単に変更出来ないのよ。ユウナちゃん、ごめんね。」


 話は少し戻る。エドゥは髭爺に新たに着任した3名の冒険者を紹介する。

「リチャード、主は護国卿の独裁に異を唱える門閥派閥の筆頭格レンカスター公の嫡男。何故エドゥの第一部隊を選んだ?」

「私は幼い時に母を亡くし父の教育を受け育ってきました。父は元軍属でしたから私を自らの派閥に属する兵団に入隊させようと力を尽くしてくれました。ですが私は辺境の比較的安全な国境警備隊で暮らすよりは王都で魔女を殲滅せんと戦う護国兵団で実力を試したい、と思い故郷を後にしました。」

貴族の家柄らしく丁寧な口調で話すリチャードの姿勢は状況に流されない強い意思を周囲に感じさせた。

「エドゥ、お前の評価は?」

「はい。今は一兵卒として団に加わっていますが百人隊長にいつ昇格しても文句が無いほどの成長を遂げています。しばらくはギルドの一員として活動する事になりますが、ギルドマスターの期待を裏切る可能性は限りなく低いでしょう。」

エドゥの評価にリチャードは内心驚くも、少しだけ頬を緩ませて微笑む。

「あい、分かった。次、オリオン。」

「私は10年間アストリア国教会所属の国境警備隊として各地を回りました。遭遇した魔女の大半はそういった辺境の村や町では薬師や占術師といった形で人々の心と健康を癒す貴重な職人であり、決して国家に反逆するような存在ではありませんでした。魔女結社という集団が悪意を増長させ、国家を憎み反逆する。故に私が戦うのは魔女結社であって魔女個人では無い。そう考えています。」

「エドゥ、補足は。」

「彼は教皇猊下の信用も厚くギルドマスターの思惑通りの活躍をしてくれるでしょう。10年の任期を終えてすぐの魔女討伐戦ですが、王宮で腐らせておくのは惜しい人材ですので推薦させていただきました。」

髭爺は少し天井へ目線を外す。その後悪意のある笑いを浮かべながらエドゥに問い詰める。

「大方、女王に悪い虫が付かぬよう体裁良く引っ張って来た、とワシの予想だが?」

「決してそのようなつもりは。」

「そうです、隊長は任務に私情を持ち込む方ではありません。」

(ガタガタブルブル・・・)

(あ、また何か出そう。)

「お主ら3人は知らんだろうが、エドゥの子供の頃はそのやんちゃぶりは相当なモノ。着の身着のまま王宮を抜け出してこの酒場に転がり込んだ時が何度あった事か。」

ゴフッ!エドゥが口にした紅茶を思わす吹き出す。

「えっ?そんな事があったんですか。」

緊張の糸から一気に解放されたリチャードは嬉々としてエドゥに質問する。

「クリスト家が王宮脱出に備えて宮廷内に整備した地下通路があってな。王都攻防戦では侵入を防ぐため閉鎖したが、若い頃は衛兵の目を盗んでよく夜駆けでバルダまで走ったのは事実だ。」

「隊長の意外な一面が知れて俺、なんか嬉しいです。」

リチャードも普段の口調に戻りエドゥとの会話を愉しむ。

(言えない・・・。その水路、ベスと一緒に通って何度か王宮を抜け出していましたなんて絶対に言えない。)

(あ、今度は青くなった。)

「さて、最後はお主か。」

「話す事は特にありません。魔女を殺す為に育てられた”魔女殺しの魔術師”それだけです。」

「なるほどの。これが護国卿の切り札か。捨て札にならぬよう心掛けよ。」

ユウナは髭爺の言葉に特に反応をする事無く、カップの紅茶を手にした。その無関心とも取れる行動をリチャードは一瞥し、一つだけ鼻息を鳴らした。

「髭爺、書けたよぉ!」

勢いよく扉を開きワッチが髭爺のソファまで駆け寄る。

「おお、そうか。では承認印を・・・。」

髭爺は懐から青白い幾何学的紋様の入ったパイプを取り出す。エドゥ以外の5人全員がその不思議に輝くパイプに思わす目を奪われる。

「きれーい。」

ワッチが目を輝かせる中、髭爺は一口含むとパイプをひっくり返し、申請用紙に叩きつける。

カァンと澄み渡る音が貴賓室に鳴り響く。果たして申請用紙には、何とも不可思議な花びらの形をした印が押されていた。

「これは・・・精霊印?」

ユウナの言葉に髭爺が答える。

「そう。他のギルトとは違い、お主たちの契約はワシを含めた精霊との契約。契約違反した場合の代償は安くない事を心得ておけ。」

「・・・っておい、すでにパーティ名も入ってるじゃねぇか!」

リチャードは申請用紙を手に怒りで身体を震わせる。

「元気組、いい名前でしょ?」

笑顔のワッチにリチャードは怒鳴り返す。

「いや、意味わかんないだろ。何の暗号だこれは!」

「元気組は東方の言葉で陽の力を持つ集団、という意味でござる。聞けばその魔女とやらは邪気を纏う妖術使いとお見受け致す。なればこの名前はより相応しいと思いませぬか。」

「思わねぇよ、この大男が。」

「拙者にはゲンガンという名前があり申す。」

「分かったよ、ゲンガン。大人げなかった。」

「僕がオリオンです。彼はリチャード。実戦経験の意味ではリチャードが一番豊富でしょうから、彼にリーダーをお願いしましょう。」

「承知致した。」

「まぁ、当然の流れだよな。」

鼻高々にリチャードは鼻の舌を指でこする。

「アタシはワッチだよ、よろしくね!」

「ああ、名乗らなくても十分覚えたよ!」

「まぁ、リチャードもそうケンカ腰にならなくても・・・。」

ワッチはテーブルを横切りソファに座るユウナに話しかける。

「初めまして、アタシは冒険者ワッチ。アストライア中を旅して色々なお宝を見つけるのが夢なんだ。」

「そう。」

ユウナはそっけなく一言だけ返す。

「へぇ、エリーの紅茶美味し・・・うぉ、でっか。」

ワッチの目線はユウナのカップからユウナの顔へと徐々に上っていく。その過程である箇所に目が止まった瞬間、ワッチは思わず声を漏らしてしまう。

「・・・何が?」

「な、何でもないよ。ユウナは魔法使いなの?」

「そう。全ては魔女を殺す為。」

「でもどんな悪い人でも反省したら許してあげようよ。」

「魔女は反省なんてしない。契約だから同行するけど、私の行動を邪魔はしないで。」

ユウナの冷たい反応に動じる事も無くワッチは会話を続ける。

「さっきの質問だけどエリーの紅茶美味しかった?」

「ええ、とても。それが?」

「良い悪い、ってそういう事だと思う。アタシは紅茶よりミルクが好きだけど、いつか紅茶の味も分かるかも知れない。反省する事で罪の重さを知ればその人は良い人になるかも知れない。うまくいえないけど間違っているかな?」

「不思議な子ね。覚えておくわ、ワッチさん。」

「ワッチでいいよ、アタシもユウナって呼ぶから。」

それぞれの間で会話が弾む中、エドゥが立ち上がり一同に声を掛ける。

「それでは元気組の諸君、リチャードに従い任務遂行の準備を整えたまえ。諸君らの検討を祈る。」

「ええっ、リチャードさんも一緒じゃないの?」

ワッチの驚く表情に珍しく柔和な笑顔でエドゥは答える。

「俺は別のパーティで行動する予定になっている。だが安心しろ、お前は強い。この俺が保証する。」

「うん、わかった。いつか一緒にパーティ組もうね!」

「ああ、約束しよう。」

その言葉と共にワッチとエドゥはお互いの拳を合わせ、共闘の約束を誓ったのだった。

 こうしてある一つのパーティが誕生した。その名も元気組。アストライア公用語では単なる音の羅列に過ぎない言葉が、やがて魔女にとって呪いの言葉となる。

==次回予告==

リチャードを先頭に元気組!一同は初仕事の場であるノバリス地区へ足を踏み入れる。

それまでの常識が通じない、欲の煮凝りが蠢く異世界。

魔女の影を追いつつ、彼ら元気組!はゆっくりではあるが互いに歩み寄っていく。

次回

第三章『魔女バーバラ』

1.ノバリス地区<欲と汚泥、そして闇>(前編)

お楽しみに!

※今回の挿絵は髭爺ことウゴンロ翁です。

試行錯誤した結果この悪人顔に落ち着きました。

皆さんのイメージ補完の助けになれば嬉しいです。

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