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エルさん、会議資料を綴じる

パソコンの基本操作を一通り教え終えると、エルさんには新入社員用のマニュアルを渡し、自習をお願いすることにした。

彼は真剣な眼差しでディスプレイと冊子を交互に見つめ、マウスとキーボードを慎重に操作していた。


その合間、ひとつひとつ単発で届く伝票処理を実際の業務として体験してもらった。処理そのものはさほど難しくない――日付と数量、品名を確認してシステムに入力するだけの作業だ。しかし、エルさんは毎回指差し確認をしてから操作を行い、ミスなく記録を完了させていく。


「……やるねぇ、この子」


と、事務の親玉――“肝っ玉かぁちゃん”こと木村さんが呟いたのは、その次の仕事を見た時だった。


それは資料綴じ。A3のスケジュール表を三つ折りにし、数種類の異なる資料と一緒にまとめて綴じるという、意外と雑にされがちな作業だった。


「すみません、この長机を使わせていただいてもよろしいでしょうか?」


とエルさんが丁寧に申し出た後、静かに作業が始まった。資料はサイズ順に並べ替えられ、A3の紙も曲がらないように指先で丁寧に折られていく。そしてホッチキス――異世界にはなかったであろう謎の金属器具を、左斜め上のまったく同じ位置に、すべての綴じ資料へ正確に打ち込んでいた。


「……ほぉ、丁寧でしっかりした仕事だねぇ」


そう呟いた木村さんは、綴じられた資料を手に取り、何度もうなずいた。


「前の職場で、資料の折り方や綴じ方にこだわる方が多かったので……」

とエルさんがはにかむように笑うと、


「これからも頼むよ!」


木村さんは、ポンッと肩をたたき、満足げに笑った。


こうしてエルさんは、最初の味方を一人、着実に増やしていったのだった。


* * *


夕方、終業のチャイムが控えめに鳴った。今日が初日だったエルさんにとっては、あっという間のようで、しかし濃密な一日だった。


「おつかれさまー」と、周囲からぽつぽつと声がかかる。エルさんは席を立ち、そっと一礼した。


「えっと……本日、たいへんお世話になりました」


きちんとした姿勢と柔らかな笑顔に、思わず周囲も微笑み返す。


「お疲れさま。初日にしては、よく頑張ったよ」と、指導係の加藤が声をかけた。


帰り支度を整えながら、加藤はふと思い出したように話を続けた。


「そうそう、ウチの会社ね、業務時間外に使えるWebの学習サイト契約してるんだ。パソコン初心者向けのコースもいろいろあるから、時間のあるときに試してみるといいよ。動画で説明してくれるからわかりやすいし、ライト・コースだから、会社生活とか一般教養なんかも入ってる」


エルさんは目を丸くしながら、メモ帳を取り出して書き込んだ。


「動画で……教養を学べる……すばらしい技術ですね。ありがとうございます、加藤さん!」


「いやいや、頑張りすぎなくていいからさ。タイピングとか、興味のあるのをちょっとずつやってけば十分だよ。家でも見られるから、気楽にね」


肩の力を抜くように、加藤は軽く笑って言った。


ふと、その加藤が時計に目をやり、周囲を見渡して提案する。


「……引っ越したばかりだし、落ち着いた歓迎会でもやりますか」


「おっ、それいいねえ! 肝っ玉かぁちゃん、今夜空いてる?」


「うん? あたし? 空いてるわよ、軽く一杯くらいなら」


「駅前のあそこ、まだ予約入ってなかったよな。軽くつまんで、歓迎の乾杯ってことで」


ざわっと盛り上がり始める職場の空気に、エルさんは一瞬きょとんとしたが、すぐに小さく微笑んだ。


「歓迎会……というのは、“仲間にようこそ”という行事、ですね?」


「そうそう。形式ばったのじゃなくて、ただご飯食べに行くだけだけどね」


こうして、エルさんの最初の一日は、ちょっとしたあたたかい笑顔と、歓迎の乾杯で締めくくられることとなった。

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