採用の迷宮2
田島は、翌朝の面談予定を手帳で確認しながら、会議室へ向かった。
人手が足りないこの状況、少しでも可能性のある人間がいれば会っておくべきだ――そう思って転職サイトから面談の申し込みをしたばかりの相手だった。
ドアを開けると、すでに待っていた面談相手が立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」
第一声は丁寧な標準語。発音も滑らかだ。ただ、どこか言葉の選び方に“古風な重み”があるように感じた。
ぱっと見は日本人にも見える。
しかし、何かが違う。
彼の目を見た瞬間、田島は思わず二度見した。
光の角度によって、黒とも茶ともつかない瞳が、深い碧色に変わる――まるで、宝石の奥に広がる夜の海のようだった。
「国籍のほう、お伺いしてもよろしいですか?」
「……あ、はい。私はグランディールの……ええと、首都にあたる場所で、ギル――事務所で働いておりました」
「グランディール……?」
聞き慣れない地名だったが、外国の都市名には疎い田島はそれ以上は聞かなかった。
むしろ気になったのはその職務経歴だった。
「庶務に加えて、顧客対応や報告業務も経験しました」と語る彼の口調は、若者にしては落ち着いていて、誠実な印象を受けた。
問題はパソコンスキルだったが、正直に「現在は使えませんが、学ぶ意志はあります」と言い切ったことに、田島はむしろ好感を覚えた。最近は、スマホやタブレットには慣れていても、マウスの扱いやエクセルの基本すら知らない新卒も少なくない。
「今は入社後に教えていく形でも構わない。大事なのは、逃げないこと、学ぼうとする姿勢だ」
田島はそう思っていた。
彼は22歳。
だが話を聞く限り、かなり早いうちから仕事の現場に放り込まれ、上司の指示を受けて動き、時には顧客からの理不尽な要望にも対応してきたらしい。
その目には“若さ”というより、“修羅場を超えた若者”特有の静けさがあった。
「……うん、採用で」
田島は、数秒考えた後、そう言って笑った。
彼の名はエルミード・ロジスフィア。
手持ちの荷物は、茶色い小型のボストンバッグ一つだけだった。まるで冒険に出る旅人のように。
ちょうど退職したばかりの松井の寮部屋が空いていたため、そこをそのまま割り当てることにした。
「助かります」と言って深く礼をしたエルミードの背中を見送りながら、田島は胸の奥にわずかな期待を感じていた。
「……たぶん今までの誰とも違うけど、案外、続くかもしれないな」
少なくとも、「仕事を覚える前に辞める奴」ではなさそうだ。