採用の迷宮1
採用担当の中堅社員・田島は、朝一番のコーヒーを片手に、ため息をひとつ吐いた。
「また……か」
社内チャットに通知が届いたのは、前日の深夜2時。人材紹介会社を通じて、入社3か月の新入社員・松井が退職の意向を伝えてきたという。
「自分の能力をもっとクリエイティブに活かせる職場を探したい」
「ルーチンワークばかりで成長を実感できない」
……お決まりの文句だった。
まだ基本的な業務フローも理解しきれておらず、Excel関数ひとつにも四苦八苦していた松井が、「もっと能力を活かせる場所」などと主張し、退職したので、田島は頭を抱えた。
「ルーチンワークもできないのに、どうして重要な仕事ができると思えるんだろうな……」
入社直後は元気そうに見えた。オリエンテーションでは目を輝かせていたし、「自分で考えて動けるようになりたい」と言っていた。だが、2週間も経たないうちに、Slackの返信は遅れがちになり、定例ミーティングではカメラをオフのまま無言が続くようになった。
「最近どう?」と声をかけても、「大丈夫です、頑張ります」としか返ってこない。ある日、指導係の先輩が「ちょっと業務の優先順位を考えてみようか」と軽く言っただけで、「プレッシャーをかけられた」「言い方が厳しい」と、匿名フィードバックツールに“パワハラ疑惑”の投稿が上がった。
採用媒体は年々多様化している。昔なら履歴書一枚に人生を賭けていたのが、今ではスマホひとつで気軽に応募、入社、退職ができてしまう。採用から配属、教育、そして退職までもが“ワンタップ”。
結果、辞めた後の傷が浅い分、踏みとどまる理由もない。
だが、辞められた側の現場は傷だらけだ。
田島は社長からも言われている。「定着率を上げろ。育成も強化しろ。若手に寄り添え」。
一方で現場のベテラン社員からは、「今の新人は打たれ弱い」「何でもかんでもハラスメントと言いやがる」と愚痴が止まらない。
どっちの顔も立てなければいけない。
正直、中堅がいちばん板挟みなのだ。
「やる気のある中途でもいればなあ……」
ポツリとこぼした田島のデスク横には、数日前に転職サイト経由で応募してきた謎の履歴書が置かれていた。
出身地:王都グランディール
前職:王国ギルド本部 庶務主任
特技:騎乗・文書作成・アイテム整理・魔道具使用経験あり
田島は目を細めた。
「……ネタか?」
それでも今の田島には、どんな人材でも“可能性”に見えてしまうのだった。