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最終話「そして僕らに新しい風が吹く」

 書初め書席大会の後、何か大きな忘れ物をしている気がしていたのだけれど、ようやく思い出した。


「いやぁ、前例のない特別賞とは。大した快挙だ。何が特別か素人目にはよく分からないが、他の作品にはない特別な才能が光っていたということだろう。さすがは正堂美也子(せいどうみやこ)だ」


 副生徒会長の岩村(いわむら)が腕を組んで、うんうんと一人頷いていた。


 正堂さんの作品は特別賞だった。最優秀賞と並べ比べれば、その差は歴然としていたけれど、審査員の目には光って見えるものがあった。形にはまらない正堂さんの作品を〝芸術〟とまで賛美された。題目である『春風無限』の春風は無限の才能を運んできてくれるという意味に、実にふさわしいものだった。

「別にお世辞の賛美はいらないよ。廃部の件で来たんでしょ?」


 僕は岩村の言葉をさらりと受け流した。

 やるべき事はやった。廃部だろうが何だろうが、受け止めるつもりで正堂さんは全身全霊で挑んだんだ。


「そーだよ、てか、神聖なる我が部に土足で入って来んじゃねぇ」


 不愉快を表した林田(はやしだ)が苛立ち睨む。


「ぬっ……人を何だと思っているっ。今日は朗報だ、涙して喜べ。今回の功績により、生徒会で話し合った結果、書道部の存続は認められた。これは全て、教頭直々の願いでもある。後できちんと礼を述べに行くんだな」


 岩村は、ハッハッハと大きく口を開けて悪代官のように笑う。先日まで廃部を言い渡してきてたのに、この変わりようは何だ?

 正堂さんが書いた作品は、正面玄関を入ってすぐの廊下に貼り出されている。目に付かない者はいない。しかも、新聞部が新春特別号外を発行して配布した。一面には大きく正堂さんの大会での姿が載っている。林田がそれを手に、


「てか、ご丁寧に新聞部まで連れて来ていやがったのかよ」


 写真は新聞部と合併したという元写真部が撮影したのだろう、きれいに映っている。会場にいて、撮られているのにまるで気づかなかった。おそらく周りの背景と同化して、気配を消すのが上手いのだろう。


「それって、林田が情報流したんじゃなかったんだ?」

「オレが仲間を売るかよ。部の存続を懸けた大事な試合だってのに、邪魔だ」

「っていうかぁ、校内ではすでに知れ渡ってたわよ? 正堂美也子がケガしたまま大会へ出場するのか? って」


 明瀬(あかせ)さんの言う通り、ちょっとした噂になっていた。それはそれで置いといて、


「どうだ、話題性は十分だろう? 今に入部希望者が集って来てもおかしくない。これも全て、俺様が大会へ出場するよう話を持ち掛けた結果だ。全く、早くこうしておけば良かったものを……」

「分かったから、出てけ」

「うざいわ」

「ちょっ、待て、おい、押すなよっ」


 林田と明瀬さんが岩村を無理矢理、部室の外へ押し出す。ついで、「それとな、正堂美也子は葛斎(かさい)文也(ふみや)のものになったからな」と、林田からとどめを刺された岩村。ちょっと何だよ、その言い方はっ! と、僕は林田を睨む。岩村はスゥと影を背後にたずさえて、無言のまま消え失せていった。

 まぁ、岩村の言っていた事は当たっている。何よりも、今回の大会への出場に大きな意味があったと感じているのは、正堂さんだ。

 今すぐに入部希望者が現れるとは思えないけど、新学期が始まり新入生が入学してくる春が訪れるのを楽しみにするかのように、窓から校庭にある桜の木を眺めている。


 ──カラリ


 教室の扉が開かれる音がし、


「岩村、てめぇ、まだ何か……!」


 林田の凄んだ声に、相手がビクッと肩を跳ねらせ身を縮める。そこには小柄な色白の男子生徒が一人立っていた。アイドルグループにでもいそうで、可愛らしい。おそらく、一年生だ。


「……あのぅ、ここって……何部ですか?」


 恐る恐る口を開く。彼が言わんとする事が手に取るように分かる。天井にぶら下がるカエルやらサルやらの絵に、やたら達筆な文字。このカオスな世界に引いたのは僕も一緒だ。


「書道部よ」

「戯画部だろ?」

「書道部みたいなもんだよ」


 僕と林田と明瀬さんの三人は顔を見合わす。


「何部っ?」明瀬さんが部長である正堂さんに正しい答えを求めて振り返る。正堂さんはゆっくりと男子生徒へ向き、


「何を書こうとも、自由です。己の筆が思うがままに」


 美しく微笑みかけた。みるみる男子生徒の頬が赤く染まっていく。きっと胸の鼓動も高鳴っていることだろう。そればかりは、仕方がないので許す。


「……だそうだ、少年よ。ようこそ、我が部へ!」

「よろしくねーん」

「え、いや、あのっ……」


 有無を言わせず、林田と明瀬さんは少年の腕を掴み肩を抱いて、ずいずいと部室内へと引っ張り入れ歓迎する。少年は逃げ出す事もできず、泣き出しそうな顔だ。

 僕は正堂さんの隣で、


「入部、認めちゃうの?」

「文也さんは、どう思います?」

「良いんじゃない? 何か真っ白な半紙みたいで。彼はどんなものを書くのか楽しみだよ」

「私も、同じくです」


 どうやら、即入部決定のようだ。

 見ると、窓の外にはなごり雪がチラつき、桜の木に舞い降っていた。今年はどんな春風が僕らに吹くだろうか。




〈了〉


最後まで読んで頂きありがとうございました!


とにかく明るく楽しいお話をと思い書いた作品です。

少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。


それでは、

また次回作でお会いしましょう!

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