第二話「担任が従兄とかマジやめて」
今日から始まった新しい高校生活。
「……葛斎文也です。よろしくお願いします」
朝のHRにて〝転校生〟の自己紹介なんて、転勤族や帰国子女でもないし、まさか自分が言う立場になろうとも思ってもみなかった。
昨夜は、あの奇妙な出来事のせいで頭の中が落ち着かずなかなか寝つけなかった。そのせいで自己紹介で喋る内容を考えてくる余裕というか時間がなかった。なので本当に一言だけ挨拶をしたのみで、とてもあっさりと終わった。
教室内も「おぉー」とか「わーっ」とか、声が上がったりはせず静かに僕は迎え入れられた。転校の事情がやや深刻なせいもあったからだとは思うけれど、僕の外見は何の変哲もなく、女子がどよめき立つようなイケメンでは決してない。身長も167センチと微妙で体格も中肉中背。性格は真面目だけど暗くはなく平凡ってカンジだろう。どこのクラスにも一人はいる、普通の男子高校生だ。それを改めて再確認して少々ガッカリした。
それよりも、
「じゃあ、とりあえず空いてる一番後ろの席に座ってもらおうか」
爽やかな笑顔で指示する担任の先生は──功兄だ、まさかのまさかだった。
あまりクラスメイトには知られたくないし、もしも知られたらどうなる事か。想像してみて、嫌な予感がしつつ着席する。
少し視力が悪いために席はいつも前の方ばかりにされていたけれど、ちゃんと黒板の文字を読み取ることがきでた、眼鏡を掛ければ。授業中以外は眼鏡なしでも歩くことはできるので、掛けていない。
ちょっと憧れていた教室の一番後ろの窓際という席から、ぼんやりとグランドを眺める。というシーンの暇もなく、教科書を前へ後ろへとページをめくりながら授業についていくのに必死だった。
◇
放課後。
「うーん……」
親切な学級委員の女子に全教科書のコピーをもらった僕は、その量の多さに頭を抱えていた。しかし、それ以外にも原因はあった。
「ほらよ」
僕の目の前にニョキッと腕を伸ばして缶ジュースを差し出してきたのは、林田哲だ。
「あ、林田。いいの? サンキュ」
林田には、昼休みに学校案内をしてもらった。どうやら、学内一の情報通らしく、学年やクラスの違う不特定多数の生徒達に顔が利いているいるようだった。
外見は小柄で身のこなしが軽く、気さくで話しやすい。世話好きなところもあるようで、困ったら「オレに聞け」と、まるで初対面とは思えないくらい、すぐに打ち解け合えた。
「一日、お疲れちゃんだったな、特に女子連中の相手」
「ハハハ」
僕はポリポリと頬を掻きながら苦笑する。
授業の休み時間、一番に危惧していた事態がまさしく起こった。クラスメイトたちから色々と質問の受け答えをしている最中、
『葛斎先生と名字が同じだけど、親戚ってホント?』
このレポートを用意してくれた女子生徒からの情報により、クラスの女子たちが一気に騒ぎ出してしまったのだ。どうやら、ノートをコピーしに行った際に職員室で教員たちの会話を耳にして知ったらしい。もっとも、功兄も僕もわざと秘密にしていたワケではないけれど……。
『ラインの連絡先、交換して!』
と、女子から申し出が殺到した。
「なんで、あそこでそうなるんだろ?」
隣で机の上に腰かけて、紙パックジュースをストローでちゅーちゅー吸っている林田に答えを求める。
「勘違いして期待をしているなら、残念だが……あれは葛斎先生目当てだ」
「うん、そこは理解してるよ。だから、僕とラインしてもしょうがないかと。担任の先生なんだし、それこそ直接、連絡先教えてもらえばいいのになって」
「そこはちょっと違うんだなぁ。彼女たちは現実的に恋して付き合いたいとか思ってるワケじゃあない。アレだ、推しってやつ」
「推し……」
「つまりだ、おまえを通じて間接的に葛斎先生の日常を覗き見して、あれやこれやと妄想にぺちゃんこの胸を膨らませたいだけなんだよ。なかなか、いやらしいよな」
「その発言は殺されるよ」
教室内に女子が残っていないか周囲に目を配ってから、林田からもらった缶ジュースのフタを開けて一気に飲み干し、プハーッと息を吐く。
「サイダーって、こんなにうまかったっけ?」
「おまえホント、お疲れのようだな。まぁ、無理ないか。色々あったようだしな……」
林田がしんみりと僕を気遣ってきたので、話題を明るいものへと変える。
「しっかし、功兄、モテるなぁ」
「従兄だっけか? どことなく、やっぱ似てるよな。授業中にメガネかけてると特に。オレは女子の半分は、おまえをブックマークしたとみる」
「まさか、やめろよ」
「何だよ、山田とか鈴木とかカワイイだろ? オレはおまえが男子どもから嫉妬の嵐を受けないか、見守っててやってたんだが……あっさりしてるよな、良くも悪くも。敵を作るタイプじゃない」
「いいよ、競争率もない、そこら辺のフツーの男子って呼んでくれても」
「いやいや、オレは好きだぞ、あっさり塩ラーメン」
例えがラーメンとか意味不明だけど、では林田は色々とスパイスが入り混じった担々麺とかかな。
「ところでだ、本題に入ろう。文也君、キミは何か熱く燃えたいものはないかい?」
早速、僕をスパイスで味付けしようとしてきた。
「いや、別に。てか、何?」
林田はインタビューの真似をして右手をマイク代わりに近づけてくる。
「サッカー、剣道、卓球、どれが好きですか?」
「どれも好きでも嫌いでもないけど」
「それでは困りますねぇ」
「だから、何?」
「部活ですよ、部活!」
「あー……」
「おい、まさか忘れていたとか言うのか?」
林田は信じられないばかりに、大袈裟なリアクションで肩をすくめて両手の平を上に向ける。
忘れていたワケではないけれど、まだ何も考えていなかった。無事に転校も終わって、完全に気が抜けて全く頭になかった。
「帰宅部かなぁ……」
僕はやる気なく無関心につぶやいた。
「残念ながら、うちにはありません。認められていません。我が校は、三年間、何かに〝懸命に打ち込む〟という古くからの風習があります」
「何それ、マジ?」
「マジ」
ウソだろう。けど、何か一つに打ち込めることがある人っていいなと、ほぼ無趣味の僕はからすると少し羨ましくもある。もちろん、そんな僕は前の高校でも帰宅部だった。つまらない人間だとは自ら認めている。
「……運動部以外はないの?」
「冷めてるなぁ、熱く燃えようぜ! って、性格でもなければ、運動神経良さそうでもないなよな、見た目では。ま、うちも大会で優勝するほど強豪な運動部もないしな。そうだな、キミに合いそうなのは……文系か」
「最初っからそっちのイメージ持つと思うんだけど……」
「女子なら、園芸部がかなりヒマそうに見えていいケドな。いや、夏休みとか、毎日水やりは面倒そうだけどな。家庭科部は女子一色だから、残る美術部は……クオリティ高いんだよなぁ。てか、あいつらデジタルで描いてやがる。ちょっと、そこは違うだろっての。あとは……」
チラッと林田はこちらを見て、
「書道部が穴場だ」
「書道部?」
それを聞いた途端、昨夜のあの夢を思い出し頭の中が渦巻く。そう言えば、あれは巻き物に描かれた……書道? いや、水墨画か?
「体力も使わず、無心に字を書くだけだ。静かだし、これ以上のオススメはないぞ?」
「んー……じいちゃんが書道教室やってたけど……」
と、口に出してしまった後で後悔する。
「マジか? じゃあ、おまえ上級者か! よっし、決まり! 誰も何も文句を言うことはない!」
「いやいやいや、じいちゃんがやってたってだけで僕は全っ然、下手くその初心者だから。って、それより林田は何部なワケ?」
「オレ? オレは幽霊部員だ」
あっかんべーして両手をぶらぶらさせる。
「何それ? そんなの、あり?」
「あり。てことで、君は書道部に決まった。ちなみに、顧問は葛斎先生。あ、そっか。じーちゃんが書道の先生だったのか。それで顧問か、なるほどなるほど」
「イヤだっ、部活でまで一緒なんて……勘弁だ」
「何でだよ、安心安全だろ? でもまぁ、葛斎先生、家庭科部も受け持ってるからな、そんな顔出さないだろうよ」
あの料理上手な腕前は、すでに女子たちは知れ渡っているのか。モテる要素の一つが外見と性格だけではないという事が分かった。
半ケツを乗っけていた机からトンッと下りて、「じゃっ、場所は分かるな? 昼間、案内した西校舎」と言い残し、颯爽と林田は教室を出て行った。結局、幽霊部員とは何か分からないまま。
一人げっそりしていると、ピッピッという笛の音が聞こえてきた。窓の外から下を眺めると、サッカー部員たちが掛け声を出しながらグランドを周っていた。
僕はあまり集団行動は得意としていない。なので、好きな運動を言えと言われれば、陸上くらい。クラスのグループ内でも話題の中心になるのは好まず、聞き役に回るタイプだ。人間関係が嫌いというほどではないけれど、少し苦手で面倒なだけだ。別に斜に構えているつもりはないけれど、林田の『冷めてるな』の一言が、チクリと胸に刺さった。
「――書道に打ち込む」
つぶやいてみて、自分には似合わないとすぐに感じる。だけど、新しい生活と共に新しい事を始めて新しい自分を探してみるのもいいかな。と、青春っぽく。とりあえず見学にだけ行ってみる事を決意した。
「よし」
読んで頂きありがとうございました!
次話、
ヒロインが出てきます!
(まさかカエルはヒロインではない)