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第一話「なんかヘンなカエル現れた」

 ハッと息を呑むのさえ忘れて見とれた。

 袴姿に140センチ程の大きさのある特大筆を彼女は力強く持ち上げると、豪快に振り下ろした。

 墨汁が小雨を叩いた雫のようにはねて、彼女の頬に散る。一瞬、目を細めたが、それを物ともせずに躍動感ある動きで筆を画仙紙に滑らせていく。

 全身を使って彼女が動く度に、高い位置できっちりと結ばれた長い艶のある黒髪が穂のように揺れる。額に薄っすらと滲んだ汗は、透き通った朝露を思わせるように控え目に光る。

 表情は整った麗美に肩を眉をキリッと立たせて、瞳は真剣を帯びている。そこに唇だけが可憐に小さく咲いていた。

 彼女は、そこに堂々と立ち美しく輝いていた。

 呆然としているうちに、画仙紙に一文字が書き上げられていた。

 周囲からの歓声と拍手を受けると、彼女は呼吸を一つ、何食わぬ顔で舞台裏へと引っ込んでいく。そんな彼女を追ってカメラのフラッシュは止まない。

 書き上げられた書道は、商店街のアーケードに掲げ上げられた。

 その文字は〝和〟だ。

 華奢で繊細そうな少女が書いた字とは思えないくらい大胆で迫力があり、見る者を圧倒させられる。

 書道は学校の授業で習ったくらいで知識は乏しいけれど、止めと跳ねがしっかりしている。きっと真面目で意志の強い人なんだろうというのがひしひしと伝わってきた。


「おーい、文也(ふみや)


 と、家族が呼ぶ声がする。

 もう二度と会うことはないんだろうなと思いつつ、胸に何だか切ない余韻を残したまま、その場を立ち去った。




   ◇◇◇




 大掃除をするのには、すっかり慣れてしまっていた。おかげでこの年で腰に湿布を貼るというデビューを果たした。窓を全開にクーラーを切っていたため、体はぐっしょりと濡れてグレーのTシャツは汗染みが目立っていた。


文也(ふみや)、休憩しようか」


 一生懸命というよりも、一心不乱に動き回り続けていた僕を見かねて、声をかけてきたのは、従兄の功太(こうた)兄さんだった。略して、功兄(こうにい)といつも呼んでいる。朗らかで優しい雰囲気だけど、眼鏡が知性を引き立てている。そんな功兄は高校で教師をやっている。


「ちょっと待って、これだけ片付けてから……」


 段ボール箱に入った本を、埃を拭き取った本棚へ並べていく。どうしても捨てられなかった、お気に入りの漫画とライトノベルだ。あと、教科書は捨てたくても捨てられない。それはとりあえず机の上へと積み重ねる。


「もう、ほとんどキレイになったじゃないか。よくがんばったね」


 と、小さい子供相手のように褒めてくる功兄。どちらかというと教師というよりも保育士に近いと思う。


「荷物は、それで全部なのか?」

「うん、これだけ。あとは全部パー」


 そう答えてしまって、「そっか……」と言葉を詰まらせた功兄に、僕は慌てて明るく笑顔を作り浮かべる。


「僕の部屋は二階だったから、ほとんどの物は無事だったよ。何よりも、こうして命は無事だったしね」


 功兄は何も言わないまま微笑んで、僕の頭にポンと手を乗せた。わざとなのがバレバレだったらしく、無理しなくていいという合図だった。


 ──二週間前。

 僕の住んでいた家は局所的な豪雨により、裏山の土砂が雪崩れ込んできてやられてしまった。まさにピンポイントだった。家の一階部分は全壊し、家電や家具など全ての物が泥まみれでぐちゃぐちゃになった。

 一夜にして平和な日常は奪われ、もうみんな辛いとか悲しいとかよりも、ただただ口を開いて呆然とするしかなった。

 幸いなのは、家族全員の命は助かったという事だ。

 家が完全に修復するまで、両親は同じ市内にある親戚の伯父夫婦の元に身を寄せる事になった。僕はというと、一家揃って狭苦しく世話になる事もできず、実家から車で一時間以上の距離にある祖父母の所へと居候させてもらう事になった。

 とは言っても、祖父母はもうすでに亡くなり、空き家になりかけていたところ、一人暮らしをしていた従兄が戻って来て、一人で住んでいた。家とは人が住まなくなると老朽化するのが早という。

 その従兄──功兄は、精一杯に明るく僕を迎え入れてくれた。


「母屋の方ならキレイだったんだけど、離れの方が静かで勉強するのに落ち着くだろ?」


 そう気遣ってくれて、その与えられた自室を僕はせっせと掃除をしている最中だった。ちなみに功兄は母屋で過ごしているらしく、この離れはほとんど物置状態に近かった。


「よっし、こんなもんかな」


 僕は手の甲で額の汗を拭って一息つく。


「おやつにホットケーキ焼いたから、一緒に食べよう。疲れているときは甘いものが疲れを取ってくれるからね。さっ、ホットケーキが冷めてアイスケーキになる前に食べよう」


 教師で、料理はもちろんお菓子までも作れるアラサ―男子とは、きっと保護者の皆さんにも人気なことだろう。しかし、


「功兄、いくつだっけ? 今のさむ……」


 親父ギャグは見事に滑っていたけれど、僕を笑わそうとしてくれている気持ちだけは十分に伝わった。

 部屋を出て、廊下を右へと玄関へ足と向かわせようとして、ピタリと足を止めた。


「文也、どうした?」

「あっちの部屋って、じいちゃんの……」

「あぁ、書斎だよ」


 子供の頃、何度か遊びに来たことがあるけれど、一度も祖父の書斎には入った事がない。何となく、大人の男性の〝書斎〟という響きに近寄りがたいものを子供ながらに感じ取っていたし、母からも「邪魔しちゃダメよ」と、言われていたからだ。


「まだ整理できていなくてね。またそのうち、何とかするつもりだよ」


 部屋の中が気になっている僕に気づいて、「埃だらけだから、入らない方がいいよ」と、功兄に忠告される。

 何となく後ろ髪を引かれる思いがしつつも、その時は深く考えず、「うん」と功兄の言う通りに従った。



   ◇



 引越し作業にバタバタと慌ただしい一日が終わった。お風呂入った後、離れの自室へと戻った僕は、功兄が敷いてくれていた僕用の布団へとダイブする。


「あぁ、サイッコーにきもちいぃー」


 被災してから後、ようやくきちんとした〝日常〟を取り戻したという事を、ふかふかの布団に包まれ肌で感じ取った。


「ふぁ」


 布団に寝転んでいると、うとうとと心地よい眠気に誘われる。このまま夢の中へと入りたいけれど、明日の準備だけはしておこうと、「よっ」と僕は気合いを入れて体を起こした。

 教科書は時間割が分からないので、全部背負って登校するしかないと覚悟した。きっと学校へ行けなかった二週間の間に、だいぶ進んでいるのだろうなと想像する。ノートを写させてくれる友人をすぐに作れるといいのだけれど。僕はクラスの中で目立つ方ではなく控え目だ。かといって、仲の良い友人がいないってワケでもなければ、特別に仲が良い友人がいるってワケでもない。なんとも微妙でいまいちな存在だった。

 ふと、新しい学校への不安と淋しさが胸に広がりそうになったのを、庭の外から聞こえてくるコオロギや鈴虫の音色が僕の心を優しく包んでくれた。しばし耳を傾けてる。


 ──コトコトコト


 何か、虫の音色ではない何かの音がした。功兄が来たのかと思ったけれど、足音が近づく音も気配もない。窓のカーテンをそっと開く。真っ暗闇で街灯一つないドのつく田舎の静まり返った夜の光景に少し気味悪くなる。


「誰? 誰かいるの?」


 まさか泥棒ではないとは思ったけれど、一応この家には人が住んでますよと、声を出して警告する。


 ──コトコトコト


 まだ音は聞こえ続けている。外ではなく中からなのか。部屋のドアを静かに開いて廊下の様子を見ようとした。その途端、


 ──コトッ


 人間にばれたネズミが逃げるように、小さな音を立てて遠ざかり消えていった。僕一人だけの離れにはシーンと物音一つもない。


「……」


 僕はそっと廊下へと足を踏み出す。そして、子供の頃、祖父の生前には立ち入った事のない書斎へと向かう。まるで未知の探検をするように、僕の胸はドキドキと高鳴る。

 部屋の前まで来て、少しためらってからグイッとふすまを引いた。すると、むわっと舞い上がった埃に、くしゃんとくしゃみを一つと、ケホッと咳を一つした。

 中は真っ暗闇だ。廊下から差し込んでくる灯りを頼りに、部屋の中央にある電気の紐を引っ張る。すると灯りはついたものの、薄暗くてチカチカと蛍光灯が点滅していた。かろうじて部屋の中が浮かび上がる。

 そこには、隅に机と椅子、戸棚が一つだけ置かれてあった。どれも昭和のレトロな感じのデザインだけど、実際に昭和の家具なのだろう。いかにも大人の書斎って感じだ。

 そういえば、祖父は書道の先生をやっていたと聞いている。この離れの真ん中にある六畳間で小さな教室を開いていたはずだ。


 ──カタ


 小さな物音がして、ふすまを振り返る。

 さっきの、あの音だ。まさか、幽霊なんていない。それとも、僕には霊感とやらが隠れていたのか? まさか。でも幽霊はいなくても、ネズミとか……あとは、ゴキ……いや、前者で頼む!

 だが、コソコソと動き回る音にだんだんとイライラしてくる。ネズミならば駆除しなければいけない。僕は正体を掴むべく、ふすまの引手に手をかけた。

 シャッと開けた途端、


「イデッ」


 何かが落っこちてきておでこにぶつかった。畳の上にゴロンと転がったのは、巻き物だった。押入れの中には、大量の巻き物と半紙が押し詰められていた。


 ──カタッ


 再び音がしたかと思えば、ぐらっと足元のバランスが乱れる。


「地震?」


 次第に強く大きくなっていく揺れに、押入れの中の物が僕の方へとドサドサーッと崩れ落ちてきた。


「うわっ」


 僕は倒れ込んでしまい、巻き物と半紙に埋まる。その中で激しい横揺れを感じながら、縦揺れではないから直下型ではない、大丈夫だと冷静に判断する。

 数十秒後、地震はおさまった。

 天井から埃がひらひらと舞い落ち、部屋の電気が振り子のようにぶらぶら左右に揺れている。

 畳の上に仰向けのまま押入れを見上げてハッとする。

 今の揺れで半開きになった天袋から大きな箱がはみ出して、ぐらぐらとぐらついている。次の瞬間、僕は終わった。と、観念した。


 ゴンッ──


 頭部に衝撃を喰らって目の前にバチバチと電流がほとばしり、やがて視界は真っ暗になり意識が飛んだ。

 それから、どれくらいが経過しただろうか。


 ──……


 耳元で誰かがひそめく声がした。


「こう……にぃ?」


 助けに来てくれたのだろうか。台所にいたかもしれない功兄は大丈夫だったのだろうか。お皿が割れたりして怪我してないだろうか。


 ──……イツ

 ――……コイツ


 徐々に意識が戻って瞼を開いた僕は、ガバッと勢いよく起き上る。


「誰だっ?」


 ──キャー!


 という、悲鳴らしきものが上がって、何かの物体がピョンピョンと跳ねたり跳んだり、ぐるぐる回って動いた。


「ゴキッ?」


 僕はゴキブリが苦手だ。地方の田舎に住んでいると、平気そうに思われがちだけど、虫は嫌いだ。でも田舎だから、そんな虫にゴロゴロと遭遇して、夏場はうかうかと安心して寝そべっていられない。

 ほぼ反射的に手元の巻き物を握ると、


 バシンッ──


 畳の上を叩きつけた。


「しとめた!」


 無駄な殺生はしたくないけれど、害虫を見過ごす事はできない。僕は恐る恐る顔を近づけて確認する。原形をとどめておらず、ただ黒い塊としか判別できなかった。これでも力加減はしたつもりだ。あまり強くやると、内臓が飛び散って汚いからだ。


 ──キャー!


 またしても、悲鳴が上がる。すると、


「静かにせんかっ!」


 ハッキリとくっきりと確かな〝声〟が耳に入ってきて聞こえた。部屋中に響き渡った厳粛なそれに、思わず僕もビクッと背筋を反らす。シンッと部屋の中が静まり返った。


「うちの小僧どもが失礼を致した。すまない。どうか、勘弁してやってくれんじゃろうか」


 頑固で厳格そう老人とおぼしき声の主、それは──カエル。


「え? カエル?」

「左様。それがしは、蛙でござる。さすがじゃ、このわしの真の姿を安々と見抜くとは」

「いやいや。てか、喋ってる?」

「何故と問われれば、蛙も人間と同じく、常に喋っておるが……おそらくお主にはわしらの持つ言語が人間の言語として脳で変換されておるのじゃろう。誠に、素晴らしい能力じゃ」

「へぇー……」


 相づちを打って口をポカンと開けたまま、僕の頭の思考はフリーズする。ゴシゴシと目をこすってみるも、やはりカエルだ。カエルがいる。トノサマガエルか、ヒキガエルか、アマガエルか、種類はどうでもいいけど、何だろう。何かこう、イラスト的な? 漫画的な? つまり、生きた〝生〟のカエルじゃない! 二本足で立ってるし! ありえないだろっ!

 これが本物のカエルならば、かろうじて理解できなくもなかったかもしれない。もしかしたら、カエルはしゃべるんじゃないかって、言葉が通じるんじゃないかって、不思議な魔法に思えたかもしれない。なのに、このカエルは……


「お主は、葛斎(かさい)殿の子孫じゃな?」

「ちょっと、待って。勝手にいきなり話を進めないでよ」


 あまりの非リアルに激しく動揺しているはずなのに、フツーに言葉を交えている時点でもはや……


「おっと、いきなりの出来事に驚かれておるでであろうに、そこへ質問とは、ちと急ぎ過ぎてしまったの、すまない。では、お主が落ち着くまで、待とう。夜は長いでのぅ」


 いくら待たれたところで、何の解決にもならない。

 僕には幻聴も幻覚も持っていないはずだ。だから、これは現実──現実? え、本当に? 夢? 夢じゃないの?

 とりあえず、落ち着こうと深呼吸をする。が、


「ケホッ、ケホッ」


 押し入れから排出された埃をまともに吸ってしまい咳き込む。


「大丈夫でござるか? お初のお目が、このような時と場で申し訳ない。……こりゃ、おまえたちも大人しくジッとせんかっ!」


 言う事を聞かないちびっ子バージョンのカエルたち二匹が飛び跳ねている。


「……しかしじゃ、おまえたちが歓喜するのも当たり前じゃの。ついに、会えた。会えるとは……う、ううっ」


 カエルが何やら感極まった様子で言葉を詰まらせる。


「あぁ、待っていたぞ、わしらのメシア様!」

「それ、誰?」


 いい加減、開き直った僕のツッコミも無視され、


 ──メシアさま!

 ──メシアさま!


 万歳三唱が始まる。


 あれか、さっき頭を打った時に僕はすでに死んでしまい、異世界へと転生して、一国の救世主となった──つまらない冗談だ。


 ──メシアさま!

 ──メシアさま!


「だぁーっ、そのメシアってのやめてよ!」

「止めぬかっ!」


 カエルの一喝で、ちびっ子ガエルたちは縮こまり大人しくなった。


「メシアって、何? 僕のこと?」

「左様。メシアと呼ぶのが正しいか否かは気にせずともよい。しかし、お主が何も事情を知らぬのも無理がなかろう。わしらは葛斎家の遠い先祖、儒功(じゅこう)殿の巧みな筆さばきによって生み出され、数々の作品に命を宿した鳥獣。それがじゃ、見よ──」


 カエルが両手を上げると、僕を埋め尽くしている巻き物のいくつかがシュルシュルと蛇のように伸びて宙に浮き上がった。驚いたのも束の間、すぐに重力の働きにより僕の頭の上に落下する。「イデッ」「すまぬ」

 広がった巻き物を見る。


「なに、この道端?」

「野道と言ってほしいところじゃが、お主の飾らぬ感性が好きじゃ」

「野道って、山? 今じゃ、田舎でも田んぼ道はキレイにコンクリートで舗装されてたりするよ。って、この野道以外、何も描かれてないけど?」


 野道は何者かが通っているかのように中央が空いた構図だ。


「そうじゃ、洞察力も鋭いのぅ。さすがじゃ。そこには、わしらの仲間がたくさんおった。皆で楽しく同行しておった。ただ、それだけじゃ、なのに……いなくなってしもうた……死してしもうた」

「お悔み申し上げます」

「待て、そこで話を終わらすでないっ。ここからが大事じゃ。なぜ、そう至ってしまったのかじゃ」

「じゃあ聞くよ、何で?」


 興味ないけど、話を合わせた。カエルは腕を組み語る。


「うむ。わしらは葛斎家のご先祖様、儒功(じゅこう)殿によって生命を宿した。しかし、火災に遭いほぼ全てを損傷した。じゃが、葛斎殿の血を引く後継者たちによって補修され再生してきたのじゃが……その一人、功正(こうせい)殿は数年間に突然、お亡くなりになられてしまった……わしらは未完成のままなんじゃ」


 功正とは僕の祖父で、四年前に脳卒中で倒れ、そのまま他界した。何でこのカエルがそんな僕の身内話まで知っているのか、信じられない。


「つまり、この絵巻にはあなたたちが描かれていて、でももう描いてくれる人がいなくなったんだ?」

「うむ」

「残念だね」

「うむ」

「じゃあ、さようなら」

「待たぬか、待たぬか」

「何? まだ用? あ、供養とか?」

「わしらを殺すでないっ」

「絵巻に姿が無くなって、死んだんじゃないの?」

「おぬしが見ているわしらは、魂の幻影じゃ。仲間にはわしらのように命からがら逃げだした者もいる。しかし、還る〝宿〟と〝形〟を失ってしもうたんじゃ」


 カエルは器用に足を折って正坐すると、


「どうか、仲間たちを救って下され。お願い申し上げる」


 両手をついて、深く頭を下げた。


「いや、無理無理。僕には絵心ないし、習字すらできないんだよ? じいちゃんは突然亡くなったとはいえ、まだ未完成だなんてことは、相当難しかったってことでもあるよね?」

「お主は、功正殿よりも、はるかに儒功殿の血を濃く受け継いでおられる」

「それ、何の根拠?」

「あれを、見よ」


 山積みの巻き物の中で何か光りを射している物がある。僕はそれを探り出す。すると、手の平ほどの大きさの薄い木箱だった。


「開けてみよ」


 言われずとも、すぐ開ける。木箱の紐をほどいて蓋を開けると、中には、一本の毛筆があった。

 その煌々とする筆を手に取ると、熱くみなぎるエネルギーのようなものが伝わる。そして、妙なほど手にしっくりと馴染んだ。穂先をそっと触れてみると、とても柔らかくて安心した心地良さに、どこか懐かしさを感じた。


「これは?」

「それは、この世にたった一つしかない筆じゃ。選ばれし者にしか使えぬ」

「バカな話、やめてよ」

「馬鹿は承知じゃ。どうか、仲間たちをその筆で蘇らせてほしい。この通りじゃ。ほら、おまえたちも」


 カエルはちびっ子カエルたちの頭を押さえつけると、自らの頭も畳の上にくっつけて土下座した。


「…………」


 これは夢のはずだ。すぐに覚める。そしたら、この茶番も終わるんだ。


「……わかった」

「今、何と申したか?」

「だから、わかったって。僕があなたたちを助けてみせるよ」


 今だけ、嘘をつく。


「おぉ!」と、カエルたちはピョンピョンと飛び跳ねて、涙目に歓喜して踊り出した。そこへ、


「文也―?」


 功兄の声だ。やっと現実世界に戻れる!


「功兄っ!」


 駆けつけた功兄の姿を見ると、何故かホッとして思わず涙が出そうになった。まるで怖い夢を見た小さな子供のようだけど、どうやら僕は知らず知らずに恐れをなしていたんだということに気づく。強張らせていた肩の力を抜いた。


「どうしたんだ? 地震なら、もう大丈夫だよ。余震が来ても、今のレベル以上にはならないって、今ニュースで流れてるよ」

「うん、うん」


 優しく頭を撫でられると、小さい頃にもこうしてなぐさめてもらっていたのを思い出す。


「……カエルがいたんだ」

「カエルが? どこから入って来たのかな?」


 いつの間にか、あの奇妙なカエルたちの姿は忽然と消えていた。やはりただの悪い夢か、それとも幽霊か妖怪の類だったのか。


「そのカエルが喋ったんだ」


 僕は馬鹿な事を正直に話した。だけど、功兄は否定せずに聞いてくれる。やっぱり、教師っていうより保育士だ。


「それは、ビックリしたね。でも、きっと悪いカエルじゃないと思うよ? カエルも地震でビックリして、喋っちゃったのかもしれないね」

「うん」


 ロマンチックだ。

 思い返せば、とても腰の低い紳士的なカエルだった。あそこでふんぞり返っていれば、僕は殿様になれていただろう。もったいなかったかもしれない。


「ホコリまみれだ、お風呂入ろう」

「待って、これどうしよ……」


 畳の上に巻き物が部屋中にぐちゃぐちゃになり転がっている。あのカエルたちが騒いだせいだ。そう、責任を擦りつけて考えると、今のは本当に夢だったのだろうか? 頭の中がぐるぐる回っておかしくなりそうだ。


「あぁ、巻き物と書道の作品だね。とりあえず押入れに全部詰め込んでおいたからって母さんが言ってたけど、こんなに大量にあったとは……また、片付けは明日だね。蛍光灯も消えかかってるし、夜じゃ暗くて交換も無理だしね」

「また、掃除かぁ……」


 うんざりだと、僕は功兄と顔を見合わせて苦笑する。


「さっ、いこう」

「あ、着替え持って行かなくちゃ」


 と言って部屋に戻ると、僕はそっと後ろ手に隠すように握り持っていた、あの筆を見る。もう光は失っていた。今のは夢なのだから、この筆はもうただの何の変哲のない筆だ。けれど、何となく手離したくない気分になった。入っていた木箱に収めると、机の引き出しの奥へとしまった。


読んで頂きありがとうございました!


これから毎日更新予定です!

どうぞよろしくお願いします!

あ、

ちなみに鳥獣戯画にチビガエルは登場しません。

勝手に作っちゃいました(^-^;





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