第9鮫 暴虐サメとあの日の幻影
「素直にお願いしてみろよブスが! 懇願してみろよオレ様をよぉ! 泣き叫んだってぐちゃぐちゃになった顔で興奮するだけなんだよこっちはよぉ!」
デュエル・バス・プロ・バブチャンの『寝室』からは、恫喝する声と何かがぶつかる音、そして女の悲鳴が漏れ聞こえていた。
「テメーもか。テメーもオレ様を求めてこねぇか。価値を理解できねぇカスかテメーもよぉ! だったらテメーも要らねぇわ。その服返せ。やっぱテメーは全然似てねぇわこのブサイク女」
不意に悲鳴が止み、手足をばたつかせるような音に替わったかと思えば、不気味なほど静かになった。
扉が開き、全裸のバブチャンがつかつかと不機嫌そうに姿を現した。
その手には女物の服が握られており、部屋の中のベッドには首を絞められて死んだ女が裸で横たわっている。
「あれ片しとけ」
扉の脇に立っていた部下の女にそう指示し、立ち去りかけて振り返る。
「おい、オレ様は美しいか?」
「は、はい?」
唐突に問われた部下は、バブチャンを一瞥して顔を伏せた。
「あ、その……お、お美しいです」
「だったらなぜ目を反らす。なぜオレ様は誰にも求められない。嘘を吐くな。殺すぞ」
「は、いや、わ……私は決して――」
「――フン。その表情が何よりも物語っているなぁ。だが運が良かったなテメー。今夜テメーにはあれを掃除する仕事がある。一緒に片付けられたくなかったら――」
「はいぃ! 部屋中ピカピカにしてまいります!」
部下は脱兎のごとく部屋へ駆け入り扉を閉じた。
バブチャンは無言で居室へ歩いていく。
廊下には多くの絵画や彫像が並んでおり、それらは全てバブチャンをモデルに作らせたもの。ただし本人よりも大いに美化された姿である。
しかし居室に入ると、そこにはイスとテーブル、そしてぽつんと置かれた女性のマネキン。さらに壁沿いにずらりと並べられた様々な大きさの姿見という生活感のなさ。
バブチャンは殺した女から剥がした服をマネキンに丁寧に着せ、一歩離れて眺める。
少し胸元の開いた赤いストライプのワンピースに、白いエプロン。
まるで酒場の看板娘といった雰囲気の装いである。
バブチャンはしばしマネキンを眺めた後、それを壁へとぶん投げた。
マネキンは大きな姿見に激突し、粉々に割って床に転がった。
「なんでこう何もかもうまくいかねぇかなぁ……!」
バブチャンは髪をガシガシと掻き毟る。
「空飛んで逃げるとかよぉ……そんなの予想できるかよぉ……!」
ドカッとテーブルに腰掛け、窓からデリカタ市街を睨みつける。
「……出るしかねぇかぁ、オレ様直々に。頼まれたからにはなぁ――」