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第8鮫 お姉ちゃんサメと理想の英雄

「ダビドフさんの言う通りにしよう」


 夜の闇に包まれ、月明かりだけが差し込むモーテルの一室。

 プリルリが寝たのを確認し、椅子に腰かけたヒレブレヒトは切り出した。


「明日の朝には出発しよう。トラックは集落の外に停めてあるから、こっそり乗り込めばそのままここから離れられる」

「……デリカタの人たちのことは放っておくの?」


 プリルリの毛布を直してやりながら尋ねるカフカに、首を振る。


「僕らに何ができる? 今日だって逃げるので精一杯だった。無事で済んだのはたまたまだし……これはデリカタの中の問題だ。無関係の僕らが介入すべきことかどうか――」

「無関係じゃないかも……って言ったら、どうする?」

「え?」


 カフカはベッドに座ったまま背筋を伸ばし、窓から少し欠けた月を見上げる。


「アタシがなんで飛行サメに襲われてたのか、言ってなかったでしょ? あの飛行サメはただの野生の群れじゃないの。知ってる? サメリカ合鮫国(がっさめこく)大統領のケーニッヒ・ワーナット=ブリリストンと、その『簒奪形質(カルマリウム)』について」

「大統領を勝手に名乗ってる奴がいる噂は聞いたことあるけど……」


 かつて存在した人間の国家・アメリカ合衆国の後継を名乗り、大陸全土を領土とする国家の樹立と大統領就任を宣言した男が、各地で幅を利かせているという話はあちこちで耳にしていた。


「あの男の能力は【市民は衆愚が望ましい(デーマゴーゴス)】。飛行サメを操る『簒奪形質(カルマリウム)』。アタシの暮らしていた村は、奴の操る飛行サメの群れに壊滅させられた。アタシは、その復讐のために旅をしてる」


 バスローブの裾を握りしめるカフカ。


「村のみんなは身寄りのなかったアタシを受け入れてくれて、実の子供みたいに扱ってくれた。美味しい食材がたくさん採れる所で、食べ物の大切さもそこで教わった。でもその豊富な食料に目を付けたのがあの自称大統領。『税金』って名目で、そのほとんど全部を献上しろって脅してきた。言う通りにしたら飢え死にしちゃう。だから話し合いでなんとかしようとしたら――すぐに飛行サメの群れが襲ってきたの。村には戦えるような力を持った(サメ)はいなくて……ほとんどが殺された。アタシは家族みたいに思ってたみんなの遺体を食べた。みんなの命を、みんなの魂を受け継ぐため。そして絶対に復讐すると誓った。あの大統領を殺してやるって――でも、アタシは失敗して、追われる身になったわけ」


 目元をローブの袖で擦り、振り向いたカフカは穏やかな表情をしていた。しかしその意志の強い瞳は月の光を溶かしたように潤んでいる。


「気づいてた? 操られたデリカタの人たち、みんなアタシを狙ってた。きっとバブチャンの狙いはアタシ。大統領は大陸中の有力な人物(サメ)とコネクションを築いてるって話がある。もしかしたらバブチャンと大統領は繋がってるのかも……」

「……そんなの根拠のない想像じゃないか」

「でもアタシといたら、アンタもプリルリも巻き添えになるのは確か。危険な目に遭いたくないなら、もうアタシたちは――」

「ダメだ……! もう二度と――」


 ヒレブレヒトは思わず叫んで立ち上がった。すぐに自分が何を口走ったのか理解して頭を抱える。


「――いや、ごめん……そうじゃないんだ……僕はただ――」

「一緒にいたい? アタシが、お姉さんにそっくりだから?」

「そうじゃない……! ただ、今更君を独りにしたくなくて――」

「アタシはサメで、アンタは人間で、会ったばっかりの他人なのに?」

「そうだけど……やめてくれよ、そんな寂しいこと――」

「……ごめんね。ちょっと意地悪だった。アンタが優しい人なのは分かってる」


 カフカはベッドの上で膝を抱えた。


「いくら不死身だからって、咄嗟に身を挺して他人を庇えるなんて簡単にできることじゃないよ。プリルリちゃんのことだって、今までああやって守ってきたんでしょ?」

「……買いかぶりすぎだよ」


 ヒレブレヒトは再び椅子に腰を下ろし、膝に肘を置いて背中を丸める。


「プリルリを助けたのは本当に偶然だったんだ。姉さんとはぐれてから11年、ずっと逃げ隠れて生きてきた。『どんなことがあっても生き抜いて』って最後に言われたから。いざというとき戦うための準備はしてたけど……。食料を集めてた時に(サメ)攫いの連中とかち合って襲われて、自分を守るため必死で戦ったら、そこにプリルリがいただけなんだ」

「でもプリルリちゃんにとっては、救ってくれたヒーローなんだよ」

「ヒーローって……プリルリはそう言ってくれるけど、正直荷が重いんだ。たまたまその頃に自分が不死身になってることに気づいて、自分が傷つくのを気にせず戦えるようになって、気が大きくなってただけなんだよ。本当は今でも、怖いんだ……痛いのも苦しいのも嫌だ……でもプリルリの期待を裏切る勇気も僕には無い――」


 ヒレブレヒトの目から涙が溢れ、カーペットを点々と濡らす。

 カフカはベッドから降り、ヒレブレヒトの前にしゃがんで両手を握った。


「仕方ないよ。誰だって傷つくのは嫌だもん。……大丈夫。アタシの前ではいくらでも弱音吐いてくれていいよ。でも――プリルリちゃんの前ではヒーローでいなきゃダメ」


 カフカは言い辛そうに言葉を選びながら続ける。


「アタシの能力【選ばれしも(スイート・チェリ)のの食卓(ー・ピッキング)】は食べた相手の能力を3つまで覚えられる。人間サメなら腕1本分くらい食べれば能力をフルで使えるけど、それより少ない量だと再現度は下がっていく。でもほんの少しでも味わうことができれば、相手の能力の情報が分かるの。その情報を元に、覚えてる3つと入れ替えるかどうか決められる」


 その能力によって、カフカは齧ったヒレブレヒトがサメでないことを看破した。


「さっきプリルリちゃんから貰ったパンを食べたとき、あの子の唾液も一緒に口に入ったの。それで、あの子の『簒奪形質(カルマリウム)』が分かった――アンタの不死身の体質は、プリルリちゃんの能力の効果だった」

「プリルリの……? そうか……プリルリのおかげで僕は――」

「おかげで、ね――」


 どこか皮肉っぽく唇を歪めるカフカ。


「――プリルリちゃんの能力は【舞台の上(フェアリーテ)の王子様(イル・コード)】。心から『理想のヒーロー』と信じた相手に、その役割を押し付ける。そして……一度『ヒーロー』になった者が舞台を降りることを許さない。恐ろしい『簒奪形質(カルマリウム)』よ」

「よく分からないな……つまりどういうこと?」

「アンタがプリルリちゃんを救った時、あの子にとってアンタは『ヒーロー』に見えたはず。そしてきっと『どれだけ傷ついてもへっちゃらな無敵のヒーロー』があの子の理想のヒーロー像なんだと思う。だから、アンタは『そう』なった」

「……これがプリルリの能力ってことは、もしプリルリに何かあったら僕は不死身じゃなくなるってことか……」

「それだけならどれだけマシか……」


 ベッドでスヤスヤ眠っているプリルリを横目で見ながらカフカは険しい顔をする。


「この能力が解けたら――プリルリちゃんが死ぬか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――不死身だった間に受けた傷が全て蘇る」

「――――は?」


 絶句、するしかなかった。


「傷が蘇る……? そんな……だって僕、何度も死ぬような傷を……昨日もそうだし、何度も刺されたり切られたり噛まれたり……腕や脚だって何度も無くして――そんなの……そんなことになったら絶対――」

「そう……大事なことだからハッキリ言うよ。アンタは、プリルリちゃんの『理想のヒーロー』で居続けないと、死ぬ」


 突然両脚を食いちぎられたような感覚。

 今は存在しない全身の傷が全てじくじくと疼き出した気がする。

 呼吸が浅くなり、視界が歪む。


『生きて。どんなことがあっても、生き抜いていてね、レヒト』


 ヒレブレヒトの脳裏で姉の声が滲んで響く。


「レヒト、大丈夫。顔を上げて。アタシを見て」


 両手を握る暖かい感覚が、彼を繋ぎ止める。

 凝り固まった首を伸ばし、たどたどしく前を向くと、真っ直ぐ彼を見つめるカフカの瞳があった。


「――僕は……生きなきゃ――どんなことがあっても」

「――うん」


 カフカは、ヒレブレヒトの頭を優しく抱きしめた。

 一度止まった涙が、再びヒレブレヒトの目から一筋流れる。


「……僕、頑張ってきたよ。今日まで、独りでずっと、なんとか生きてきたよ」

「うん。偉かったね、レヒト」

「明日からも頑張るよ。また生きていくために」

「大丈夫。アタシもいるから。明日から一緒に頑張ろう」


 しばらくの間、ヒレブレヒトはカフカの胸の中で泣き続けた。

 11年前に戻ったかのように。

 11年分の時間を埋めるかのように。

 カフカはずっと、彼の背をさすっていた。


「――ところで、なんで僕のことを『レヒト』って?」

「なんとなく、そう呼んだ方がしっくりくる気がして……嫌だった?」

「――嫌じゃ、ない。これからもそう呼んでくれると嬉しい」

「そ。じゃあそうしてあげる」

「ありがとう、カフカ。それじゃ、そろそろいい加減に――」


 ヒレブレヒトはカフカの胸から顔を上げた。


「明日の話をしよう。悪者を倒して、デリカタを救って、『ヒーロー』として生き残る方法を――」


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