第34鮫 墓碑
海上を飛び続けてしばらくすると、大海原にぽつんと人工建造物が見えてきた。
「見えた! あれがそのフォート・セノタフ?」
指をさすカフカの横から、ヒレブレヒトも窓の外を覗く。
「おお……なんか不思議な形してるな」
海から生えている太い鉄骨の脚に支えられ、巨大な石のブロックを積み上げて作られた、底辺の1辺が200メートルはありそうな四角錘の建造物が聳え立っていた。
「へー、最後の軍事要塞って聞いてたわりには、なんか芸術品みたいっていうか……」
「――おかしいです」
「どうしましたティンケルターボさん」
コックピットにぎっちり収まっているティルエッタが操縦桿を握りながら声を上げる。
「どう見てもフォート・セノタフじゃないと言いますか――ピラミッドですよぉ!」
「ピラミッド? なんですかそれ」
「何千年も大昔の人間がエジプトなどに作っていた王様の墓のような謎の巨大建築物です。結局人間の研究者もその正体は解き明かせなかったそうですが――そんなことより、元々のフォート・セノタフはもっと武骨で近代的な軍事要塞でした! あの機能美に溢れた産業遺産と即席の要塞化によるアンバランスな継ぎ接ぎ感が絶妙な味でしたのに……! なんという趣味の悪い改築を――」
ぶつぶつと文句を垂れ流し始めたティルエッタは放置して2人は顔を寄せあう。
「つまりダーナに譲られてから改造されてるということか」
「これは確定だね。あそこにいるんだ。アタシの母親が――」
「――会うの、怖い?」
「……分からない。でも会わなくちゃ。会って、話さないと」
2人は、カフカとイナンナの母である女王を味方に付けられないかと考えていた。
底が知れないイナンナと直接戦って勝つよりも、現・神であるという女王に後継ぎの暴走を止めてもらう方が平和的に事が収まるのではないかという発想だった。
当然、出たとこ勝負ではあるのだが――
ヘリコプターは慎重にフォート・セノタフ・ピラミッドに接近する。
「すみませんお2人とも。本来ならあったはずのヘリポートも無くなっていますので、着陸ができません。後部のカーゴランプからロープで降下していただくことになります~」
「アタシは飛べるから大丈夫! レヒトは――」
「大丈夫だ。やれます!」
「では限界まで接近してからカーゴランプを開けます!」
ティルエッタの精密な操作で、ピラミッドの真上にゆっくりと接近。頂上の上空20メートルあたりで静止する。
「これ以上接近すると危険なのでこれが限界です~。降下したら北斜面の根元から少し上がった辺りの中央付近に入り口が見えますので、そこから潜入してください」
「分かりました。センパーとパラタスのこと、よろしくお願いします」
ロープの準備をするヒレブレヒトへ、ティルエッタは前を向いたまま言う。
「――昨日はあのようなことを言いましたが、どうか生きて帰ってきてくださいね~。やはり人間がいなくなってしまうのは、とても寂しいですから」
「はい、当然死ぬ気なんかありませんよ。僕は不死身のヒーローですから」
「安心しました。ではご準備はよろしいですか! カーゴランプ開きます!」
機体後部の斜面が床とほぼ平行になるまで倒れ、開口部がぽっかりと開き、強烈な風が機内に吹き付ける。
「アタシが先に降りるから、合図したらレヒトも降りて!」
「了解!」
得意げに敬礼を交わすと、カフカが開口部から恐れることなく飛び下りた。
空中は慣れたもので、すぐに体勢を安定させると、ゆっくりとピラミッドの頂点に着地。
「OK! いいよレヒト! 風凄いから気を付けて!」
「行くぞー!」
開口部の上部のフックに固定されたロープを握り、カーゴランプのギリギリに立つ。
深呼吸をし、コックピットで親指を立てるティルエッタにサムズアップを返し、気合いを入れて、空中に飛び出す。
すぐさま両脚でロープを挟み、両手両脚で勢いを殺しながら滑り降りる。
手袋をしていないので手の平の皮膚が剥がれていく熱い痛みを感じるが離さない。
下で待つカフカへ向かって半分ほど降りたところで、突風が吹きつけた。
ロープが大きく揺れ、回転を始める。
「レヒト!」
カフカの声はするがどの方向からか分からない。
大きく揺さぶられほんの少し握力が弱まったせいで、一気に落下。足からピラミッド上のどこかにぶつかり、足首をひねった感触を感じながら斜面を転がり落ちる。
必死で岩ブロックの角に手をひっかけ、なんとか滑落が止まった。
そこは既に最下段から僅か2段上。あと少しで海へ真っ逆さまだった。
「レヒト! 大丈夫!? よかった落ちてなかった!」
大慌てでカフカが駆け付けたときには、既に手の皮と足首の捻挫も回復していた。
心配そうに上空を旋回していたヘリコプターに2人で手を振ると、名残惜しそうに青空の彼方へ飛び去っていった。
2人は身長よりも1辺が大きな岩のブロックの上を移動し、なんとか北斜面にある入口へ辿り着いた。幅1メートルほどのトンネルが奥へと伸びている。
目配せをしあい、ヒレブレヒトが先に立って足を踏み入れる。
低い天上に頭をぶつけないよう腰をかがめて、しばらく下り坂を進んでいくと、今度はやや急な上り坂になり、四つん這いで登っていく。
すると突然空間が縦に開けた。
幅は2倍程度になっただけだが、急に天井が10メートル弱も高くなり、悠々と立って登っていける。足音が空間に響き、反響が木霊する。
50メートルほど進むと突き当りになり、そこには両開きの鉄の扉が設置されていた。
後ろのカフカに視線を送り、頷き合うと、ヒレブレヒトは扉を押し開いた。




