第33鮫 血の池
『――というわけで、今日レーザーディスクを受け取りました。重ね重ね本当にありがとうございます。長年の夢が叶いました。次回の飲み会の際に是非とも直接お礼をさせていただきたいと思います。ところで幹事はどうします? 私めはそういうの詳しくないので、出来ればダーナさんにお願いしたいなと……。よろしくお願いいたします』
H.E.A.D.Sの伝書サメが運んできた手紙を読み終え、ダーナはすぐにライターを取り出し、その場で手紙を焼いた。
「ダーナ? 何をやっているの? 早く牛乳持ってきて」
「はいはい、今行くよ」
ダーナは牛乳瓶を持って、山の中の秘湯に浸かっているイナンナの許へ向かった。
「やっぱり温泉にはこれよね」
イナンナはダーナから受け取った牛乳をこくりと1口飲みこんだ。
「わーが母上から神の座を継いだら、居室に温泉を湧かせるの。いつでも温泉に入りながら過ごすのよ。素敵でしょう?」
「ふやけちまうぞ1日中入ってたら。なぁイナンナ、そろそろ温泉巡りの旅も終わりにしないか?」
「えー? いいじゃない。念願の『簒奪形質』を手に入れたのだし、少しくらい羽を伸ばしたって」
「もう【舞台の上の王子様】には馴染んだんだろ? 母上様が待ちくたびれてるぞ」
「そうねぇ……【喜びの錬金術師】」
ドロドロに溶けたガラスが空間を割いて現れ、イナンナの右手の中で透明なナイフの形をとる。
イナンナはそのナイフで、左手の手首を躊躇なく切り裂いた。
細い手首はパックリと骨まで開き、噴水のように血が噴き出して温泉に混ざった――のも一瞬の出来事。瞬時に切れ目はくっつき、傷は塞がって元の絹のような素肌に戻る。
「【舞台の上の王子様】――その本質は『対象に理想の力を授ける』こと。神たるわーの【背伸びをしたいお年頃】にかかれば、その対象をわー自身に取ることも可能。わーは神たるわーこそが理想の姿なのだもの。決して傷つかず、決して死なぬ、汚れ無き神――」
イナンナは真っ赤に染まった温泉から立ち上がった。
「そうね、行きましょうか。母上の許へ。きっとお褒めの言葉をくださるわ」




