第29鮫 映画サメと無限の図書館
「カフカ、大丈夫か……? 起きろカフカ」
「ううん……はっ!」
先に目を覚ましたヒレブレヒトに揺すられ、カフカは飛び起きた。
「こ、ここは? アタシ達ビデオテープみたいなのに吸い込まれて――」
「分からない……」
周囲を見渡す2人。
そこは木造の建物の室内のようで、家1軒が入りそうなほどの大広間だった。
ただし壁は床から天井まで全て本棚になっており、びっしりと並んだ本が音を吸い込んでいるかのように空間は全くの無音で満たされていた。
あとは読書机と座り心地の良さそうなソファが設えてあるのと、扉が2つ、壁のうち向かい合わせの2面に1つずつ付いているだけ。
「……図書館?」
「少なくともあの石レンガの建物じゃなさそうだ……おーい!」
ヒレブレヒトが大声を上げるが、すぐに静まり返って返事はない。
「すごい……こんなに沢山の本を見たのアタシ初めて……」
カフカは本棚へ歩み寄り、適当に取り出した本を開いてみる。
「……読めない。これ何語?」
ヒレブレヒトも本棚を見渡してみた。
言語も装丁もバラバラで、辛うじて読める背表紙の内容からしても、おそらくジャンルや時代も多岐に渡っているようだった。
共通しているのは、全て人間が発行した書籍であるということだけだ。
読めそうな本を見つけて眺めていたカフカは、諦めて本棚に戻した。
「――やっぱ無理。アタシ読書なんかしたことないし……というか文字を読むこと自体そんなに得意じゃないんだよね……」
「僕もそんなにだ……。昔父さんに習った記憶はあるんだけど――」
本から情報を得るのは諦め、片方の扉のところへ。
ヒレブレヒトがノブを握ると、鍵はかかっておらずすんなり開いた。
「――えっ……」
扉の向こうは、今いる部屋と全く同じような本棚の部屋だった。
速足で向かった反対側の扉を開けてみても同じ。
「……これ、無限に同じ部屋が続いてるだけなんじゃないだろうな」
「でも他に行くところもないし……どっちに行くか――【南風を背に受けて】」
カフカがヒレブレヒトに能力を使用するが、何も起こらない。
「あれ……? ちょっとレヒト別な方向を向いて」
ヒレブレヒトが逆を向いて【南風を背に受けて】を使うが、何も起こらない。
「おかしいな……まさか『簒奪形質』が使えなくなってる?」
「――いや、もしそうなら【舞台の上の王子様】も無効になって僕の傷が蘇ってるはずだ」
「じゃあ……方角が無くなってる……? どういうこと?」
「多分ここは現実じゃないんだ。あのビデオテープの中にある特殊な空間か何かに閉じ込められたんじゃないか?」
「うっそ……」
しばし沈黙が場を支配するが、このまま黙って立っていてもどうしようもない。
「仕方ない。とりあえず一方向にどんどん進んでみよう。何か変化があるかもしれない」
「そうだね……」
意を決して、手近な方の扉から隣の部屋へ足を踏み入れた。
やはり部屋の広さも、壁の本棚も、読書机とソファも、向かいの壁にある扉も同じ。
「――ん?」
ヒレブレヒトは本棚に向かい、近くで眺める。
「本棚に入ってる本は違う……。完全に同じ空間ってわけじゃないみたいだ」
「じゃあもしかしたらそのうち出口が見つかるかも」
自分を元気づけるような口調で言うカフカ。
それから2人は、ひたすら同じ方向に進み続けた。
扉を開け、部屋を横切り、また扉を開け、部屋を横切り――
本棚の中身は変わるが、それ以外に変化はない。
最初は通過した部屋を数えていたが、3ケタを超えたあたりでもう分からなくなった。
結局このまま部屋は無限に続いているのではないか。
出口など永遠に見つからないのではないか。
そう口に出したらお終いな気がして、2人はひたすら無言で歩き続けた。
窓もない、時計もない部屋を、もう1日中脚を動かし続けたような気になってきたところで、何百枚目かも分からない扉を潜った瞬間――明らかに大きな変化があった。
部屋自体は同じものだが、本棚に収められている物品が異なっていた。
「これ……全部ビデオテープか? 映画かな――」
「どれもパッケージにサメが載ってるんだけど……」
その部屋は、隅から隅までサメ映画のソフトで占められていた。
世界各国で製作されたサメ映画のVHSや、ヒレブレヒトは知らないがDVDやBlu-rayに、レーザーディスクやベータマックスといったレアなメディアまで揃っている。
ソファの前に、読書机の代わりにブラウン管テレビと各種メディアの再生機器まで完備してある。
「――ねぇレヒト……ちょっと休まない? さすがに疲れちゃって……」
「そうだね……どれか観てみる? 本と違って少なくとも内容は分かるかも」
再生機器にはご丁寧に説明書まで添えてあり、ヒレブレヒトは説明図を参考に電源を入れ、テキトーに棚から取ったVHSをビデオデッキに入れた。
ソファにどっさりと身を沈めたカフカの隣に、ヒレブレヒトも腰を下ろす。
「アタシ、映画とか初めて観るから、ちょっと楽しみ」
「僕もだよ。こんなシチュエーションでなければ心から楽しめたんだけど――」
リモコンを操作すると、テープが回り出して再生が始まった。




