第27鮫 二人羽織サメと愛馬との旅路
「シャークヒヒヒーンサメー」
荷馬車の御者台に座り、センパーとパラタスの手綱を握るヒレブレヒト。
その膝の間に座って彼の身体に背を預けながらも、カフカは寒さに震えていた。
「ささささささむむむむむむ……」
「だから防寒着買った方がいいって言ったのに……」
プリルリの死から2か月近く、大陸を北へ北へと進み、寒冷地帯の森の中へ突入していた。
ヒレブレヒトは途中立ち寄った村で購入した、カリブーサメの毛皮で作られたイヌイット風の防寒服を着込んでいるが、カフカは厚着を嫌がって、服を買う分の予算を食費に使い込んだので相変わらずの紐ビキニと軍用ジャケットとダメージジーンズ。しかもジーンズは片足分を根元から千切ってしまったため、右脚は完全に素足だ。
いくら毛布を被ってヒレブレヒトに引っ付いていても限界はある。
「だって厚着したら咄嗟に飛べないじゃん!」
「いやこの毛皮の服、1枚でめちゃくちゃ温かいぞ。そのジャケットの代わりに着るだけで全然違うって」
「このジャケットは……大事なやつだからダメ」
「別に捨てろって言ってるわけじゃないのに……」
そうこう言ってる間に、ちらちらと空から降るものが。
「あ、雪」
「ひィ~、もう限界!」
カフカはヒレブレヒトの毛皮の服の裾から頭を突っ込もうとする。
「なんだよ寒いだろ!」
「中に入れてよ! 二人羽織みたくさ! もう寒すぎて死ぬ!」
「この服そんなに余裕ないって! 破れるだろ!」
「入れてくれないならパラタスの腹を裂いてその中で暖をとる!」
「サメヒヒン!? ヒンヒンヒヒンヒシャークヒヒン!」
何故2人はこのような北方への旅を敢行しているのか。
プリルリを失った戦いの後、明け方になって失意のうちに宿へ帰った2人は、少し寝てから今後の方針について話し合った。
しかしイナンナとダーナの足取りを追おうにも手がかりは一切なく、これからどうしていいのか手詰まり状態であった。
そこでカフカが、ダーナに最後に言われたことを思い出したのだ。
『あのレーザーディスク、劣化する前にさっさとどうにかしないと価値無くなっちまうから気をつけろよ。『コレクター』によろしくな』
ヒレブレヒトがダーナから迷惑料として受け取った『ジョーズ』の初代Disco Vision版レーザーディスク。
袋のまま部屋に放置されていたそれの中身を検めると、レコード大の光学ディスクの他に、1枚のメモが入っていた。
メモには『コレクター』の居場所を示すと思われる道案内と、最後に1文。
『タマゴは2つ。ミルクは入れない』
「……で、どうするレヒト」
メモを見たカフカは溜息を吐いた。
「ダーナは散々アタシたちの心を掻き乱して嵌めたんだよ? これも罠かも」
「うーん……でも他に手がかりもないし――」
『俺が言いたいことが分かるか、ヒレブレヒト・ブルース・バーナード』
ヒレブレヒトは祝勝会で垣間見た、素顔のダーナの言葉を思い返す。
『姉を重ねるのはお前の勝手だが、今のカフカのことも直視してやれ。もう守ってやれんのはお前だけなんだからな……』
「――少なくともあの人にはイナンナとはまた別の思惑があるんだと思う。それが僕らの目的に沿うものかどうかは分からないけど……」
レーザーディスクのパッケージを眺める。
海上で泳ぐ女性へ水中から迫る巨大なサメの姿。
真下からすぐ傍まで迫っている死の気配に、女性は全く気づかず泳ぎを楽しんでいる。
「行ってみよう、『コレクター』のところへ」
その日のうちにメガロドンポリスを出立し、途中途中で旅費を稼いだり、狩りをしたり、プリルリを生き返らせられる能力を持ったサメや人間の情報を探ってみたり、腹を空かせたカフカがセンパーとパラタスを食おうとしたり――特筆すべき成果は無かったが、特筆すべき危険もなく、平和で穏やかな旅が続いた。
北へ進むにつれ寒くなっていったが、昼は他愛ないことを喋って過ごし、夜は凍えないように2人と2頭で寄り添い合って眠った。
どこか急き立てられるような、でもこの道が正しいのか分からず引き返したくなるような、前後から引っ張られ押し返されるような気分は感じていたが、それでもヒレブレヒトとカフカにとっては、2人で過ごす初めての平穏な時間だった。
結局、毛皮の服での二人羽織を巡る攻防はカフカに軍配が上がり、軍用ジャケットを脱いだ彼女が毛皮の服の中に無理やり潜り込み、ヒレブレヒトの首元から顔を出して満足気に微笑んでいた。
ヒレブレヒトは諦めたように苦笑して、彼女の露わになっている脚に脱がれたジャケットと毛布を掛けてやり、後ろから抱きしめるように手綱を握り直した。
ポカポカとお互いの体温で暖かい旅路をしばし続けたところで、荷馬車は停まった。
道の先にはY字路が存在している。
朽ち果てた看板が半分苔に覆われて地面に落ちており、右の道は木材の伐採場、左の道はこのままさらに北方の街へと繋がっているようだ。
「ここだよね」
ヒレブレヒトはポケットからダーナのメモを取り出し、改めて眺める。
「――うん、間違いない。あの看板のことが書いてある」
「で、どっちの道に行けばいいの?」
「……『真北へ真っ直ぐ向かえ』だって」
「真北って……どっちよ。まあいっかすぐ分かるし。【南風を背に受けて】!」
ヒレブレヒトの服の中から出るのを面倒臭がったカフカは、両足をピッと広げてセンパーとパラタスに北を向かせる。
2頭はもぞもぞと方向を変え、揃ってY字路の2股に分かれた2つの道のど真ん中、道も何もない木立の中を向いた。
「――えっ、北……道無いんだけど」
「……行こう」
「……マジ?」
「ここまでずっとメモ通りに来たじゃないか」
ヒレブレヒトが立ち上がると、服の中にミチミチに詰まっていたカフカも一緒に持ち上がる。
「抱っこ紐で赤ちゃんあやしてるみたいだな……」
「パパ~」
「うるせぇ」
カフカの尻を支えながら御者台から飛び下りると、センパーとパラタスを荷馬車に留めている金具を外した。
「荷馬車はここへ置いていこう」
道のない森の中を行くので、荷馬車は物理的に通れない。
まとめた荷物をパラタスに載せ、カフカを抱っこしたままセンパーに跳び乗った。
「よし――行くぞ、北へ」
「サメヒヒンシャーク」
2人と2頭――人間1人とサメ3頭は、道なき木立の中へと分け入っていった。
締め切りが近いので、これ以降は1日1話といった縛り無く書けたらどんどん投下していきます。




