第22鮫 暗躍サメと本当の姉
カニザメ討伐成功記念大宴会は、メガロドンポリスの通り1つを通行止めにして盛大に行われた。誰でも無料で参加自由と聞きつけ、タダ飯タダ酒にありつこうと人でごった返している。
並べられたテーブルには爬巳が調理したカニサメ料理の大皿がどんどん運ばれてくる。
「いい加減機嫌直してくれよ」
「別に? 機嫌損ねてないですけど?」
カフカはジャンボクラブサメケーキを3口で飲み込み、カニサメのムースのパイ包み焼きを丸ごと平らげ、カニサメ味噌炒飯をかっこみ、カニサメクリーム入りアランチーニを口にポコポコ放り込んでいた。
「死ぬほど心配して死にそうになりながら捜索してた奴がご立派なお城で女とのんびり乳繰り合ってたくらいでアタシは怒らないですけど?」
「悪かったって……」
「ヒルはああいう女の子がタイプなの?」
「そういうんじゃないんだってば……」
「わたしもヒルとお風呂入りたいな……」
「こ、今度な……ほらプリルリ、このカニサメ寿司盛り合わせ美味しそうだぞ」
プリルリの前に寿司の皿を押し出すと、もそもそと食べ始める。
「おーう、修羅場ってんな」
そこへダーナが白ワインのボトルを片手にやってきた。
「……笑い事じゃないですけど」
「うちの姫さんが迷惑かけたな」
ダーナは半笑いでボトルごとワインを呷る。
イナンナの目的を知った今となっては、その従者らしきこの男にもどう対応したものかというところだ。
ヒレブレヒトが目当ての不死身の能力の持ち主ではないと分かった時点でイナンナの興味が失せ、もう関わらずに済むなら問題はないが、彼にはなんだか嫌な予感がずっと纏わりついていた。
本当のところはさっさとメガロドンポリスを離れた方がいいのだろうが、美食を楽しむという意味でも、殺した相手は必ず食べて供養するというマイルールのためにも、カニ料理を食べきるまでカフカは動かないので、いずれにせよ今後の方針を決めるのは宴会が終わってからになるだろう。
「まあまあ。お詫びの品を用意してきたから」
ダーナはワインボトルと逆の手に提げていた袋を差し出した。
受け取って中を見ると、サメの絵が描いてある薄くて四角い物が入っている。
「何ですかこれ」
「かつて人間が作ったサメ映画の最高傑作『ジョーズ』の初代Disco Vision版レーザーディスクだ」
「何の何の何ですって?」
「映像記録媒体だよ。再生できる機器はそう無いだろうが、物好きなマニアに持ってけばかなりの値で売れるぞ。俺の知ってるコレクターの居所のメモも一緒に入れてある」
「はあ……」
つまりは迷惑料代わりの現物支給ということか。
「それとカフカ、頼まれてたやつ、向こうのテントの中にあるから」
「――そう。ありがとう」
カフカはクラブサメガンボスープを掻き込むと席を立ち、会場の端に設置された中が見えないようになっているテントの中へ入っていった。
「カフカは何を頼んでたんですか?」
「死んだ3人の遺体を集めておいてほしいってさ。まあ岩拳のヒューリックは跡形もなく食われちまったから2人分しか回収できなかったんだが」
「ああ……」
彼女にとっては食べて受け継ぐことが最高の供養。僅かな間とはいえ共にカニサメに立ち向かった戦友をあのまま森の中に散らばったままにしておくのは忍びなかったのだろう。
「お嬢ちゃん食べてる? このカニサメリゾット美味しいよ」
なんだかんだでカニサメ料理を夢中で食べていたプリルリはこくこくと頷く。
「それでヒレブレヒトくんさ、君カフカのことどう思ってるの?」
へらへら訪ねてくるダーナをヒレブレヒトは軽く睨む。
「……どうとは?」
「好きなのかって訊いてるんだよ」
「酔ってます……? やめてくださいよプリルリの前で……」
「プリルリちゃんだって気になるよねぇ!? どうなんだよそこんとこ! えぇっ!?」
わざとらしく酒乱を気取るダーナから目を反らすと、プリルリも食べる手を止めてじっと見つめてきていることに気がつき、ヒレブレヒトは溜息を吐く。
「大事な仲間ですよ。それだけです」
「え~、年の近い男女が一緒に旅しててそれだけ~? ついそういう目で見ちゃうこととかないの~?」
「……ないですよ。その、サメだし……姉そっくりですし――」
「ふ~ん……。つい姉と重ねちゃう? あわよくば、生き別れた姉がサメになって還ってきてくれたんじゃないかとか思っちゃってる?」
「な、何が言いたいんですか?」
「そんなの気にしなくていいって話よ。あの子はお前の姉じゃない」
ダーナは向かいの席に着くと色付き丸メガネを外し、ヒレブレヒトを真っ直ぐ見据えた。
「イナンナの母親――お前の例えを借用して女王と呼ぼうか。女王はサメの真祖であり、彼女の産み出した自らの劣化コピーがサメという魚類。つまり彼女も、産み出された彼女のコピーも、いわゆる無垢なるサメの姿をしている」
つまりかつて海中を泳いでいたり、現在飛行サメとして空を飛び交っている奴らのような姿形をしているということか。
「一体何の話を?」
「イナンナも産まれたときは、人格のない無垢なるサメの姿だった。だが今の地球の生態系を統べるのに最も都合がいい人間サメの姿を得るには、食って奪い取るしかない」
ヒレブレヒトに纏わりついていた嫌な予感がずっしりと肩にのしかかるのを感じる。
「今のイナンナの人格と姿は、あいつに食わせた人間のものだ。そうだ、人間だ。人間サメではなく、人間を食わせる必要があった」
「待て――」
カフカとイナンナの『簒奪形質』は、性質が似ていた。
「やめ――」
「完全な後継者としてイナンナが完成するまでに、女王は何百、何千と失敗作を産み出してきた。その最後の失敗作――イナンナの1つ上の姉――それがカフカだ」
「――つ、つまり……カフカも、人間サメになるために――」
「人間を食わせた。俺がな。今の彼女と同じくらいの歳の少女だ。当然、外見は瓜二つ」
全身が冷たくなる。宴会の喧騒が遠くなり、水中にいるようにくぐもって聞こえる。
『生きて。どんなことがあっても、生き抜いていてね、レヒト』
最後に見た姉の微笑みが眼前にちらつく。
――あの後、すぐに姉さんは……。
「後継者候補としてしばらく育てられたが、覚えられる能力の数に制限があったことがネックになって失格の烙印を押され、記憶を消され放逐された」
ヒレブレヒトが呆然としているのにも構わず語り続けたダーナは、ワインボトルを咥えて逆さにし、味わいもせず一気に飲み干した。
「俺が言いたいことが分かるか、ヒレブレヒト・ブルース・バーナード」
「…………わ、からない」
「だろうな。俺にも分かんねーよ。なんでこんなこと喋っちまったんだろうな」
立ち上がり、両手をポッケに突っ込んだダーナ。
「姉を重ねるのはお前の勝手だが、今のカフカのことも直視してやれ。もう守ってやれんのはお前だけなんだからな……」
そう言って立ち去ろうとしたが、ふらついて再び座る。
「……すまん。飲み過ぎた。水取ってきてくれない……?」
「……いいですけど」
訝しげに席を立ったヒレブレヒトは、近くのテーブルに置いてあったポットを取りに行ったが――
「カ、カニサメの脚の丸焼きが、焼き上がりましたー……! こ、こりぇ、これから、切り分けショーをやりますー……!」
爬巳のお知らせを聞いて会場内の至る所で歓声が上がり、皿やら酒やらを片手に突撃を開始。その人の波がちょうどヒレブレヒトに襲い掛かった。
「うわああああああああああ!?」
彼は群衆の突進に逆らえず、カニサメの脚の丸焼き切り分けショー会場へと押し流されていった。
「……ダメだろヒレブレヒトくん。言ったそばから女の子1人にして。ねぇお嬢ちゃん」
ダーナは色付き丸メガネをかけ直し、足を組んでプリルリに話しかける。
「君はどうなんだい。実際のところ、カフカのことをどう思ってる?」
「……かっこいいとおもう」
プリルリはぽつりと言った。
「わたしと3歳しかちがわないのに、ヒルといっしょにたたかってて……」
「君も一緒に戦いたい?」
「別に……わたしはヒルといっしょにいられればそれでいいから」
「なるほどね。でもいつまでもそのままじゃいられないってのは君にも分かってるだろ?」
「……でもわたしは能力もないし……たたかえないから」
「実際に戦えってんじゃない。心意気の話だよ」
プリルリは何も言わない。ダーナは容赦なく続ける。
「プリルリちゃんはどうなりたいんだい。憧れの『ヒーロー』と対等に肩を並べる関係になりたいのか、それともいつまでも『ヒーロー』に救われるヒロインでいたいのか」
「…………わかんない。いっしょにいたいってことしか、わたしは――」
「そう焦る必要は無い――と言いたいところだが、あの2人の関係がいつ進展するか分からないからなぁ。俺も焚きつけちゃったし。迷ってる時間はないかもな」
「…………」
「――迷いを捨てられるおまじない、知りたい?」
「……うん」
プリルリはこくりと頷いた。ダーナは唇を歪め、テーブルに乗り出す。
「じゃあ口に出して言ってごらん。『迷いなんか捨てたい』って」
プリルリはきょとんとしていたが、意を決して息を吸った。
「迷いなんか、捨てたい」
「【ずっと輝いてろ】」
一見何も起こらなかったように、プリルリは何も言わずカニサメリゾットを食べ始めた。
ダーナはさっと立ち上がり、しっかりした足取りで席を去る。
せっかくだから切り分けられたカニサメの脚の丸焼きの皿を持って戻ってくるヒレブレヒトを横目に煙草を咥え、慣れた手つきで火をつけた。
「……今更、何をやってんだろうな」
ダーナはぷらぷらと会場を巡り、目当てのテーブルに近寄る。
「よう、調子はどうだいドレッド・レッドのお二方」
「ああ、ダーナさん。楽しくやってますよ」
カニサメ肉のスモークBBQとカニサメフライでビールをグイグイいっていたカチンコチン小鉄が上機嫌でジョッキを掲げる。
「何か飲まれます?」
「いや、もう十分飲んだ」
ダーナは空いた席にどっかと座り、灰皿に灰を落として煙を吐いた。
「お前らに新しい仕事を頼みたい」
「ホーシューは?」
黒蜜きな粉のかかったカニサメ味噌アイスクリームを食べていたマリネが尋ねる。
「成功報酬で5万」
「へぇ」
「ごまっ……!」
にやりと笑うマリネと、動揺するカチンコチン小鉄。
「そんなにですか!? 一体何をさせる気で――」
「それを聞いたらもう後戻りできないぜ」
ダーナは色眼鏡の奥の瞳を細めた。




