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第20鮫 わがまま姫サメと美の極致

「あーあ、予定外にもほどがあんだろ……」


 ダーナ、カフカ、プリルリの3人は、イナンナとヒレブレヒトが飛んでいった方向を目指して森の中を進んでいた。

 マリネとカチンコチン小鉄は、彼らとは別のエリアに分かれて探索中。

 鈴木、爬巳は残ってカニサメの調理中だ。


「予定外って、何が?」

「何って……何もかもだよ」


 カフカと会話しながら、ダーナは疲れて歩けなくなったプリルリを背負っている。


「ヒルぅ……」

「大丈夫さお嬢ちゃん。俺らで君のヒーロー見つけようぜ。再会したとき、泣いてちゃカッコつかないぞ。涙拭きな」


 ダーナが真っ白いハンカチを取り出し手渡すと、プリルリは目元をぬぐい、思い切り鼻をかんだ。


「ワーオ……」


 ドロドロのハンカチが返ってきたダーナは、文句を飲み込みポケットにしまってぼやく。


「本当なら今頃カニサメしゃぶでも啜りながら酒盛りのはずだったのによ……」

「焼き、蒸し、刺身、カニサメ汁にカニサメ鍋、チャーハンにピラフにシウマイにビスク、カニサメグラタンカニサメクリームコロッケカニサメ玉カニサメ寿司カニサメトマトクリームパスタァ!」

「カニサメ味噌の入った甲羅を炭火で炙ってよ、酒をちょっと垂らすと香りがブワーッと広がってさ……ってデカすぎて甲羅で炙れねぇか」

「でも味噌も大量だからいくらでも食べ放題……!」

「あ~、やめて。もう帰りたくなるからカニサメ料理の話題禁止。ちなみに君――カフカだっけ? 飛んで探すこと出来ないのか?」

「できなくはないけどやめた方がいいかな」


 カニサメ討伐から間を開けずに探索が始まったので、カフカは十分な補給が出来ていなかった。


「すぐ見つからないとアタシもダーナさんに負ぶってもらわなくちゃならなくなるかも」

「じゃやめとこう。2人は無理だ。1人でもギリなんだから。非力なんだよ俺」


 よっこいしょ、と漏らしながらプリルリを背負い直すダーナ。


「つーかこれ進んでる方向合ってんのかね……」

「こんな時こそ、あの北を向かせる人――ンドン・ンタン? あの人が居てくれたら方角分かったのに……」

「そうだなぁ。……それで、君は飛行と蹴り以外にどんな能力を使えんの?」

「えっ……?」


 カフカは不意を突かれて立ち止まった。


「驚くほどのことじゃないでしょ。見てたよ、チェーンソーをカニサメに蹴り込んだの」

「いや……そこじゃなくて能力を複数使えることに驚かないの……?」

「あー……まあ、たまにいるんじゃない、そういうサメも」

「そうかな……アタシは会ったことないけど……」


 ダーナは止まらず進んでいくので、慌てて追いつくカフカ。


「アタシが使えるのは、あとは手からクレイジーソルト――ハーブ塩みたいなの出すだけ」

「地味に便利ぃ。それだけか?」

「アタシが覚えられるのは3つまでだから」

「3つ――そうだな。そうだった」


 ダーナの言葉尻に違和感を覚えたカフカだったが、その時彼女らを襲った地響きで掻き消された。


「じ、地震……!」

「いや、これは多分――カフカ、ちょっと上空から辺りを見てみてくれ」


 揺れが収まると、カフカは言われた通り真上に浮かび上がった。


「――ん? なんか遠くにおっきな城みたいなのがあるんだけど」

「ビンゴ。さあ、参拝に行こうか」


■□   □■


 有無を言わさぬイナンナに対し、ヒレブレヒトは仕方なく目を閉じて対応しようと――


「神たるわーの威光が直視するには眩しすぎるのはわかるけれど、目を瞑ってわーの身体に触れて傷つけでもしたらどうするつもりなのかしら?」


 と許してもらえず、覚悟を決めて手を伸ばした。

 漆黒と紫から橙へ、夕焼けのようなグラデーションのイブニングドレスの長い裾。

 そっと捲り上げて、両手を中へ差し入れるが――


(――このストッキング、どういうタイプだ……?)


 太ももまでの丈ならばいいが、ウエストまであるタイプだとそこまで手を突っ込まねばならないことになる。

 一縷の望みに賭けて、太ももの外側を指で探ってみる。


「あぁん! くすぐったいわ」

「ご、ごめんなさい」


 視線を上げると、イナンナは目と鼻の先でいたずらっぽくくすくすと笑っていた。

 そしてストッキングはウエストまであるタイプのようだった。


 唾を飲み込み、ゆっくりとさらに奥へと手を伸ばしていく。

 ドレスの上からウエストの位置に当たりをつけ、おそるおそる指先で触れる。

 指の腹を吸い付くように撫でる薄絹のような肌の質感に驚愕し、両手で抱えきれそうなほど細い胴回りに恐れ戦きながら、やっとストッキングのウエストゴムをつまむことに成功する。

 焦らないよう深く息を吐きながら押し下げていく。ゴムがイナンナの骨盤の広がりに沿って横に伸びていき、小ぶりな大殿筋に差し掛かると奥へも伸びて――引っかかる。


「――あの……腰を浮かせてもらえます?」


 イナンナはずっと椅子に座ったままなので、当然ストッキングは彼女の尻と座面の接地面で止まってしまう。


「そのほーが抱き上げてくれればいいのではないの?」


 物体を浮かせる『簒奪形質(カルマリウム)』を持っているくせに、そうくすくすと嗤うイナンナ。

 ヒレブレヒトも少し癪に触ってきた。


「ふんっ!」


 無理やり手前に引っ張って尻の下を通過させた。


「やん、強引」


 大して気にしていなさそうなイナンナは放っておいて、驚くほど引っ掛かりのない肌をスルスルと足先まで手早く滑らせる。


 ストッキングに比べれば大したことはない両腕の長手袋もさっさと脱がせ、ついにイブニングドレスのターン。首元は透け感のあるレース素材で、胸元から下は細かい意匠の施されたシルクなのかサテンなのか、いずれにせよウエストまでタイトな作りだ。


「……これ、どうやって脱がせれば?」

「背中にファスナーがあるわ」


 それはつまり、椅子から立っていただかねば脱がせられないということだ。


「……失礼します」


 問答をする手間をかける前に、ヒレブレヒトはイナンナの斜め前から彼女の背中と膝の裏へ腕を回し、軽々と抱き上げた。

 浮遊能力を使っていなくとも、まるで羽根のように軽い。

 慎重に足から床へ下ろすと、イナンナは素直にその場に立った。

 後ろに回り、ベルベットのような長い黒髪をかき分け、ファスナーに手をかける。


「下ろしますよ」

「ドレスは床に付けないように」


 言われた通り裾を左手でまとめて押さえつつ、ゆっくりとファスナーを下ろしていく。

 夜の帳のカーテンの中から、白磁のドールのようなすべらかな背中が、月光に照らされているかのように神々しい曲面を現していく。

 そこでヒレブレヒトは初めて彼女が下着を付けていないことに気がついた。

 そういえばストッキングを脱がせたときもショーツが無かった。


 ファスナーを最後まで下ろすとドレスはストンと落ち、床に触れないようまとめた輪の中からイナンナは足を上げて抜け出し、脱衣を完了した。

 一糸纏わぬ姿で泰然としているイナンナの立ち姿は、人の形から美以外の余計なものを全て取り除いたような究極の必要十分としてそこに在った。


「――さあ、終わりましたよ。もういいですか」

「まだ自分の役割が分かっていないのね」


 イナンナはヒレブレヒトの方へ向き直る。

 彼を同等の存在と見ていないのか、あるいは自分の身体に恥ずべきところなど存在しないと思っているのか、一切恥じらいを見せる様子はなく堂々としている。


「次は身体を洗うのよ。この世界で最も神聖な存在を清める役割を与えられたことに感謝しなさい」

「……マジですか」

「あとそのほーも脱ぎなさいよ。いつまでその汚い濡れた服でいる気なの? それとも、このわーに脱がしてほしいのかしら」


 くすくすと嗤いながら詰め寄るイナンナに、もうヒレブレヒトは逆らう気力を失った。

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