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第17鮫 対巨大甲殻類サメと勇者たちのアッセンブル

「このメガロドンポリスのために立ち上がってくれた勇気ある者たちに乾杯」


 ダーナがパイナップルジュースの入ったグラスを掲げると、隣に座っている人形のように異常に整った美しさを放っている少女以外は乾杯に応じた。


 メガロドンポリスに来た翌日の昼。ランチミーティングをするということでダーナに呼ばれ、彼が貸し切った中華料理屋に集められたのはヒレブレヒトらを含めて12人。


「ここの飯はこっちの奢りだ。好きなだけ食べてくれ。で、順番に自己紹介といこうか」


 さっそく点心に手を付け始めたカフカに視線を送りつつ、ダーナはジュースを1口飲んでテーブルに置いた。


「俺はダーナ。今回の作戦を取り仕切ってる。んで、こちらのお方の部下」


 両手で冗談めかして隣の少女を示すダーナ。


「この方は本作戦の最高責任者(名誉職)でありパトロンのイナンナ様。この都市のとっても偉い人。イナンナ様、一言いただけますか?」

「……ミナサン、コノマチトシミンヲマモルタメニ、ゴキョウリョクヨロシクオネガイシマス。ガンバッテネ」


 なんだか台本を丸暗記しただけみたいな調子で一言よこすと、やたらゴテゴテと装飾過多な椅子に腰かけたままのイナンナは優雅に足を組んで、ワイングラスに注がれたミネラルウォーターをちびちびと傾けている。

 黒から紫、オレンジへとグラデーションのついたシンプルながら優美なドレスを着こなし、白磁のような肌を極力隠すようにレースの長手袋とストッキングを身に着けつつ、靴は履いていない。

 パーティーに飽きて抜け出してきた貴族の娘というのがヒレブレヒトの印象だった。


「じゃあ次はうちからトケー回りね!」


 イナンナの右隣でデザートの杏仁豆腐から手を付けていた、カフカと同年代くらいのスタイルの良い女子が立ち上がった。

 前髪を切り揃えた桃色のボブに黄色いリップという派手な顔面。ポリエステル製のスポーツウェアにパーカーを羽織ったスポーツ少女といったファッション。


「マリネ・ショガベニー、17歳。ノーリョクは、酸を出せる」


 自己紹介しながら、隣でクラゲサメの酢の物と炒飯に舌鼓を打っていた浅黒いスキンヘッドのおじさんの頭上に人差し指を伸ばし、そこから液体を1滴落した。

 雫がおじさんの頭に垂れると、ジュッという音と共に煙が上がる。


「ぃイッテぇッ!」

「このオッサンと2人で『ドレッド・レッド』ってショーキン稼ぎやってまーす」

「『ドレッド・レッド』って結構おっきな賞金稼ぎチームじゃなかったっけー?」


 猫目でタンクトップにハーフパンツの緩い青年――鈴木が尋ねると、マリネは杏仁豆腐をもう1つ注文しつつ答える。


「あーね。うちら以外ゼーイン死んだ」

「ええ、まあそういうことで……」


 頭をおしぼりで拭きながら、スキンヘッドおじさんが後を受ける。


「僕はカチンコチン小鉄。名字(ファミリーネーム)は無い。『カチンコチン小鉄』で一綴りだ。金属を食べて、それを材料に鎧を作れる。よろしく」


 その後、鈴木・わくわくフルーツパーク(のかみ)蜂八(ばちばち)の自己紹介を挟み、ヒレブレヒトの番になった。


「ヒレブレヒト・ブルース・バーナードです。能力は……超回復です。怪我をしてもすぐ治ります。体張ることしかできませんがよろしくお願いします。それとこの子がプリルリ。彼女が応援することで僕の能力がアップする、僕専門のバファーです」

「よろしくおねがいします」


 フカヒレスープを飲む手を止めてぺこりとお辞儀するプリルリ。


 今回の案件、ダーナもその他の参加者も信用できる点が何一つ無いので、ヒレブレヒトらは細かい素性を伏せることにした。

 そもそも戦闘に発展する可能性のある場面で、自分の能力の詳細をつまびらかにする者はいない。他のメンバーも大なり小なり隠している情報はあるはずである。


 続くカフカも飛行能力についてのみ明かして食事に戻り、次の白身魚の蒸し物の小骨を丁寧に取り除いていた男に番を譲る。


「ハイッ! ワタクシッ、ンドン・ンタンと申す者でございましてッ!」


 勢いよく立ち上がり、ピンと一直線に背筋を伸ばす短髪の男。サンバイザーを被ってバイザーゴーグルをつけ、八卦図のプリントシャツに迷彩柄のズボン、やたらつま先が尖った革靴を履いた、方向性が四方八方に散らかっている見た目だ。


「ワタクシの『簒奪形質(カルマリウム)』をお見せいたしましょうッ! ハイッ!」


 ンドン・ンタンは今し方手を付けていた蒸し魚にビシッと手先を向ける。


「【南風を背(トウェルブ・オ)に受けて(クロック・ハイ)】ッ!」


 魚の載った皿がぐるりと回転して、頭がヒレブレヒトの方へ向いた。


「ハイッ!」


 ンドン・ンタンがビシッと揃った手先を彼に向けた。


「えっ、僕が何か?」

「いえッ! そちらが北ということですッ! ワタクシの能力は『強制的に北を向かせる』というものでしてッ! 迷った時など便利ですッ! ハイッ!」

「――失礼なんですけど……」


 ヒレブレヒトはンドン・ンタンとダーナを替わりばんこに見ながら挙手。


「『戦闘になる』とか『この街が滅びる』とかしか聞いてないんですが、具体的にどんな危機が迫っていてどんな戦闘になるんですか? その……いい感じの棒にするとか北を向かせるだけとかの能力が役に立つとはあんまり――」

「ああ、そうだな。先に話しておくべきだったか」


 足元に置かれていたブリーフケースから、数枚の写真を取り出すダーナ。


「今まさにメガロドンポリスに迫っている危機は、コイツだ」


 そこに写っていたのは、カニだった。


「…………カニ?」

「ああ、カニだ。だがただのカニじゃねぇのよ。この写真だけじゃ分かりにくいが、甲羅の幅だけで20メートル以上ある巨大カニだ」


 周囲から驚きの声が漏れる。

 言われて見ると、カニと一緒に写り込んでいる木々や道路と見比べると、その異常なサイズ感が分かる。姿形はその辺の川にいるカニと変わらないのだが――


「――ってよく見るとこのカニのハサミ……」


 両手のハサミの部分が、サメの頭に置き換わっている。


「ああ、コイツは両手からハサミの代わりにサメの顎が生えている、巨大カニサメだ。コイツが今、20年に一度の産卵のため真っ直ぐ海へ向かっているんだが、その進行ルート上にメガロドンポリスの電力を支えている廃原発があってな。このままでは通りすがりに原子炉がぶっ壊されて、中の原子力サメがメルトダウンしてみんなお終いさ」


 想像以上に大変な事態に皆、絶句。


「ンドン・ンタンの能力でカニサメを強制的に北向きにさせて、ルートを逸らさせるか、最低でも進行速度を落とそうっていう算段なわけよ。さらにカニサメ特効の能力を持ってると判断して呼んだのが残りの面子だ。というわけで続きよろしく」


 ダーナに促され、餃子を割って中身をばらして観察していた白いアオザイにコック帽の女性がビクッと反応して立ち上がった。


「は、はいぃ……! あにょ、あの、爬巳(はみ)、と申します……。こ、甲殻類サメ専門の料理人をしてましゅ、ます……」

「彼女には倒した後のカニサメの調理をお願いしてる」

「シュクショーカイ要員かよ。ウケるんですけど」

「いいじゃん終わった後の楽しみも増えるしー。どんな料理が美味しいかなー」


 鈴木がゆるっと尋ねると、爬巳はビクビクッと体を縮こませる。


「わ、わたし……甲殻類アレルギーなにょ、なので……自分の料理が美味しいのかどうか、知らなくって……ごめんなさい……」

「あ、そう……」

「そして我こそは」


 爬巳の隣の山伏姿の初老の男性がすっくと立ちあがった。


「ズェニャアンドと申す者。皆さん、どうもカニサメを倒し食う算段で話が進んでおるように思えますが、言語道断。無用な争いは避けるが吉。平和が一番です。まずは対話を試みましょう。カニと会話できる我の能力【(カクテル・アル)(ケミー・クラブ)】で見事カニサメが進路を変えるよう説得してご覧に入れましょう」

「対話だけで事が治まったことなんて歴史上ありえないんだぜ!」

「む! 何奴!」


 ズェニャアンドの隣のボクシンググローブを嵌めたまま器用に上海風焼きそばを啜っていた青年が椅子の上に立ち上がった。


「絶対的な力があってこそ対話は成立するんだぜ! このオレ、岩拳のヒューリックがカニサメをぶちのめした後なら話も通じるかもな! カニといえばハサミ! ハサミといえばチョキ! オレの能力は【グー!】! チョキに絶対に勝つ能力だぜ! オレがいれば、この戦いに負けは無いんだぜ!」

「いやー、なんて心強いメンバーなんだ」


 ダーナはニヤニヤしながら麻婆豆腐を口に運んでいた。

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