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第16鮫 カニサメとブラックな仕事

 ヒレブレヒトがギャストロノウムを止めると、直径2メートルほどの大木はゆっくりと切れ目が入った方向へ倒れていく。


「チェーンソーで()()切ったのなんて久しぶりですよ」

「普通は木しか切らないもんなんだけどねー」


 ヒレブレヒトの軽口に苦笑いで返す鈴木は、大木にそっと手を添えた。


「【無敵の愛刀よ(カレトヴルッフ)】」


 大木はみるみるうちに縮み、鈴木が片手で持つのにちょうどいい棒になった。

 緊張感のない緩んだ顔の若者――鈴木・わくわくフルーツパーク(のかみ)蜂八(ばちばち)の『簒奪形質(カルマリウム)』は、「どんな木材も『いい感じの棒』にする」というものだ。

 いい感じの棒を握って振り回しつつ彼は駆け足で移動し、棒をスキンヘッドの男に渡す。男は他の大木と組み合わせるように、太い針金で棒をゆるく結んだ。


「おし、いいぞ」

「OK、解除するよー」


 棒が大木に戻り、針金はぎっちりとそれを固定している。


「しかしこんなのでバリケードになるのかねー?」

「まあこれは所詮気休めさ」


 スキンヘッドに髭で細マッチョの働き盛りな男性――カチンコチン小鉄(こてつ)は、かつてのハイウェイを封鎖するように建設された、10メートルほどの高さがある大きいだけで粗雑な木組みをポンポンと叩く。


「小さいのなら障害物は避けていく習性があるが、こんなもの、奴にちょっと体当たりされれば壊れちまうよ」

『あーあー。全員、聞こえてるかー。聞こえてるなー』


 全員のベルトに下げたトランシーバ―から気だるげな男の声が流れてくる。


『観測班、ターゲットとの距離は今どんなもん?』

『もうすぐ500ってとこ。真っ直ぐ来てる』


 そう答えたのはカフカの声だ。

 彼女はこの森林地帯のひときわ高い木の上に立って、双眼鏡を覗いているはず。


『よーし。もう間もなく奴が到達する。全員配置についてくれ』

『ッシャー! ブッ倒してたんまり頂く!』

『オイラの拳が唸るぜ!』

『まあまあ皆さん。まずは対話ですよ。平和が一番』


 男女入り混じっていろいろな声が騒いでいる。


「んじゃボクはこれで退避するねー。あとは頑張ってー」

「ええ鈴木さん。また打ち上げで無事に会いましょう」


 カチンコチン小鉄とヒレブレヒトに見送られ、鈴木は停めてあったスクーターで去っていった。


「それじゃあ、ボチボチ気ぃ入れていこうか、ヒレブレヒトくん。まあオジサンの出番は無いまま終わった方がいいんだろうけどね。最終防衛ラインだし」

「カチンコチン小鉄さんの手を煩わせず済むように頑張りますよ」

『ヒルー! 応援してるよー!』


 トランシーバーから響くプリルリの応援に、ヒレブレヒトは「ありがとう。頑張るよ」と返答する。


「可愛らしい応援だね。なんとしてもみんなで生きて帰ろう」

「ええ」


 ヒレブレヒトはカチンコチン小鉄の差し出した手を力強く握った。


「一緒にカニサメを倒してカニ鍋にしてやりましょう!」


■□   □■


 のんびりした荷馬車の旅の末に一行が到着したのは、大陸一のカオスが渦巻く都市・メガロドンポリスであった。

 大陸中から(サメ)と物と情報が流れつくこの雑多な都市で、人間の生き残りの噂や、存在が怪しまれるプリムシャーの情報を探るのが目的だったのだが――


「お腹……減った……」


 案の定食料を数日で食いつくしてしまったカフカの空腹は限界に達し始めており、運悪く食用肉にできそうな野生のサメにも遭遇できず、センパーとパラタスを食おうとする彼女を止めるのに苦労し始めていた。


 都市の外れに荷馬車を停めるや否や、腐敗したコンクリートの上にむき出しの配線が粘菌のように這い回る、ネオンの明かりで怪しく照らされたメガロドンポリスの中へと一行は繰り出した。


「格安義肢! 今ならもう1本ついてくる!」「臓器出張買取サービスあり〼」「野良AIを見かけたらメガロドンポリス保健所まで」「ネコサメと和解せよ」「地下闘技場ファイター募集 初心者歓迎」「主人がオオアリクイサメに殺されて1年が経ちました」などといった怪しげな看板や落書きがそこら中に掲示されている中、賑わっている屋台を見つけた。


 首元のエラ跡にLEDを埋め込んでレインボーに光らせている老人の隣に腰掛けたカフカは、ねじり鉢巻きの屋台の主人を呼んだ。


「すいませーん。この飛行サメフカヒレ天丼ください」

「天ぷらはいくつにしやす?」

「4キロで」

「2つで十分で……4キロぉ!?」

「天ぷら4キロ、ご飯4キロの8キロで。セットのうどんもつけてね」


 言うだけ言って満足気にカウンターから割りばしを取る天丼をキロで頼む女に、屋台の主人は困惑しつつも丼にご飯を山盛りにし始めた。


 その後、ヒレブレヒトとプリルリが盛りソバを啜る横で、カフカは店主が天ぷらを揚げたそばから美味しそうに食い尽くしていった。

 その食いっぷりにいつの間にかカウンターの周囲に(サメ)だかりができ、カフカがどんぶり飯をおかわりする度に歓声が上がっていた。彼女が1杯食べる度にビールを1杯飲む耐久並走対決を始める輩までいる始末だ。


「それにしても飛行サメのフカヒレなんてよく手に入ったな大将」


 観客のモヒカンがそう声をかけると、店主は天ぷらを揚げる手を止めずに応える。


「へえ。漁獲量規制が撤廃されやしたからね。だいぶ手ごろな値で仕入れられるようになりやして」

「ああ、大統領が死んだからか」

「――死んだ? 大統領が……?」


 カフカが天丼を食べる手を止めた。立ち上がりモヒカンに詰め寄る。


「ねぇそれホント!? 大統領が死んだって!」

「え、い、いや、噂で聞いただけだって……」


 それ以上の情報は得られず、カフカは真顔でうどんを啜った。


「お代の方、合計437サメドルです」


 食後、満足してつまようじを咥えているカフカを、財布の中身が風前の灯火になったヒレブレヒトは睨んでいた。


「どうするんだよ。今夜の宿代も危ういぞ」

「まあまあ、そう焦らないの」


 カフカは空になった天ぷらの皿の上で指先をこすり合わせる。【9998の(クレイジー・フ)言祝ぐ奏(ォー・ユー)】によって生み出されたクレイジーソルトが積もってこんもりと山が出来た。


「大将、アタシらこれを売り出そうと思うんだけど、どう? 買わない?」

「へぇ……」


 店主は小指の先に付けたクレイジーソルトを舐める。


「……ああ、こいつはハーブ塩ですね。近所の塩屋で売ってやすよ」

「えっ……」

「それにこの街では塩はマフィアが専売権を握ってやすから、こんなもん売り出したりしたらすぐに奴らが殴りこんできやすよ。やめときなさい」

「そんな……これ売れば金稼ぎは楽勝だと思ってたのに……」

「なんだ、お前ら金に困ってんのか」


 肩を落とすカフカの背後から、煙草を咥えた細身の男が話しかけてきた。


「ちょうど人手を探しててな――おっと、子供がいたか。失礼」


 男はプリルリの姿が目に入ると、煙草を携帯灰皿に押し込んだ。


「仕事の依頼ですか?」


 ヒレブレヒトが尋ねると、男は色付き丸メガネの奥の切れ長の目で彼を品定めするように眺める。


「良い身体してんね色男。お前ら戦闘の方はいける? 受けてくれたら前金で1200。成功報酬でさらに1500。働きの内容によってはボーナスも付けちゃう。もちろん1人当たりだ。どうかな?」

「…………」


 さすがに怪しすぎた。ヒレブレヒトとカフカは目を見合わせる。


「どうするレヒト、宿代もないんでしょ?」

「いやいや、こんなの怪しすぎるだろ。激安宿も、もっとマシな仕事も、この街ならいくらでもあるって」

「でもアタシが調子に乗って食べ過ぎたせいだし……アタシだけでも仕事受けて――」

「行かせられるか……! 何させられるか分かったもんじゃない」

「ちなみに」


 小声で話し合っていた2人に、横から男が口を挟む。


「失敗すると、このメガロドンポリスが壊滅して街の連中みんな死ぬんだよな」

「は?」

「パニックになったらマズいから公表はしてないが、マジだぜ。助けてくれないか?」


 やたらスケールの大きな話に一瞬耳を疑ったが、すぐに「やられた」と思い至る。

 ヒレブレヒトは隣に座るプリルリに視線を移した。

 黒蜜のような瞳にネオンの灯りを輝かせ、期待の籠る眼差しを向けてくる。

 街の危機に助けを求められて、断るなんて『ヒーロー』らしくない。


「……分かりました。やりますよ」

「おお、そうか、ありがとう。安心してくれ。受けてくれるなら宿の面倒も見てやるよ。あと無事に終わった暁には、お前らの望むものを出来る範囲で聞いてやれないこともないぜ。例えば――サメリカ合鮫国大統領の死の真相とか、知りたくないか」

「!」


 鋭い目を向けてくるカフカに微笑み返し、男はチェーン付きの丸メガネを外した。


「俺の名はダーナ。みんなの平和のために一緒に頑張ろうぜ」


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