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第11鮫 肝油サメと相棒との別れ

 デリカタ市街に入ると、そこは阿鼻叫喚の坩堝と化していた。


 カフカはエネルギーの節約のためか、飛びっぱなしではなく度々建物の屋根などに降りながら、パルクール的に街中を跳び回って耳目を集めていた。

 住人たちが彼女を追い、津波のように押し寄せている。所々で将棋倒しが起きたり、能力の暴発が起きたりして怪我人が出ているようだが、それでも止まることがない。


 その人波に突っ込んでいくヘラジカサメから飛び下り、ヒレブレヒトはプリルリを肩車して辺りを見回す。


「それでどうするの?」

「今カフカはなるべく多くの住民の注目を集めてる。その中で、カフカを追っていない奴を探す。バブチャンはどうやら自分の手を汚さないのがお好みらしいからな」

「わかった。わたしもさがすね」


 カフカの位置を確認しながら周囲を見渡しつつ移動するが、あまりにも群衆が多く、危険を避けつつただ闇雲に探すのは無理があることが薄々感じられてきた。


「ああもう! やっぱダメだこれ、時間がかかりすぎる!」

「それにいっしょに追っかけるふりされたら分からないんじゃないかな、ヒル」


 これからは大事な考え事は深夜にやらないことを心に決める。


「なにか……バブチャンだけを見分ける方法は――」


 焦る心を抑えつつ、これまでに見た操られた人々(サメザメ)の様子を思い返す。

 バブチャンに操られた者は理性を失い、一心不乱に対象を追いかけ攻撃を仕掛ける。

 脚が悪かったり、怪我をしても止まらない。

 燃え盛るごみバケツが飛んできても怯むことがない。


「――1つ、思いついた、けど……迷ってる時間はないか……プリルリ!」


 プリルリを肩から下ろし、膝をついて正面から両肩に手を添える。


「お願いがある。あそこの高い塔が見えるね?」


 ヒレブレヒトが指さしたのは、この集落で最も古い建物――教会の鐘楼だった。


「今から大急ぎであそこに登って、上から悪者を見つけてほしいんだ」

「わたしひとりで? ヒルはどうするの?」

「……先に謝っとくよ、プリルリ。これからの旅、ちょっと大変になるかもしれない」


■□   □■


「まだなのレヒト……もうこれ以上は……!」


 ハンバーガー店の看板から飛んで立体駐車場の上に回転着地したところで、カフカは床に突っ伏す。視界がぐわんぐわんと回り、汗がボタボタと落ちる。

 群衆が立体駐車場の階段で詰まってまだ追いついてこないのを確認し、かなり緩くなってきた紐ビキニとベルトをきつく締め直す。

 その時、どこからか野太いエンジン音が聞こえてきた。

 そちらに視線を向けると、見覚えのあるピックアップトラックが集落の入り口から乗り入れてくるのがちょうど見えた。


「……なにしてんの?」


 困惑しながら見ていると、トラックは教会のある交差点で停車し、運転席からヒレブレヒトが飛び下りてくる。


「レヒトーっ! なにするつもりーっ!」


 どうせ自分の居場所はバレているので、両腕を振り回してアピールしながら尋ねると、彼女に気がついたヒレブレヒトも腕を振って合図してから、カフカを指さし、そのままぐるっと交差点の周囲を示すように動かす。


「……なに? その辺を回れってこと? (サメ)使い荒いんだから……」


 カフカは立ち上がり、両頬を自分で叩いて気合いを入れる。

 ちょうど背後の階段から住民たちが屋上になだれ込んできたところだった。


「お姉ちゃん、あともうちょい頑張らねば!」


■□   □■


 ヒレブレヒトは武骨なナイフを片手に、トラックの車両の下に仰向けで潜り込んだ。

 燃料タンクを発見すると、狭い空間内で精一杯の力でナイフを突き立てる。

 刃が弾かれても、滑っても、何度も何度も。

 そのうち遠くから大人数の怒号が近づいてきて、トラックの周囲を群衆の足音と絶叫が取り囲んだ。


 カフカが近くまで来ている。


 ヒレブレヒトは声を上げながら気合いを込めて切っ先を打ち付ける。

 金属の歪む耳障りな音がして、ついに刃がタンクを貫いた。

 力を込めて手首をねじると、空いた穴から液体が流れ出す。

『肝臓から油を生成する』能力のサメの肝臓が無限に生み出す、ガソリンに似た成分のオイルだ。


 オイルが地面に垂れ流され広がっていくのを確認し、群衆に踏まれないよう急いでトラックの下から出る。

 荷物を集落の外に下ろしてきたので空の荷台に飛び乗って、交差点の周囲を跳び回っていたカフカを見つけて叫ぶ。


「すぐにここから離れろ!」


 ヒレブレヒトの行動を見ていて意図を察したのか、カフカはすぐに遠ざかっていく。

 彼女を追う住人たちも雪崩のように交差点から出ていく。

 ヒレブレヒトはポケットからマッチを取り出した。


「スー……ハー……痛いだろうなぁ……」


 目をつぶり、深呼吸をして手の震えを抑えながら、マッチ棒の頭を箱の側薬へ当てる。


「今までありがとうおんぼろトラック。最後は一緒に派手にはじけようぜ……!」


 恐怖をごまかすように威勢のいい大声を上げ、マッチを擦った。

 交差点が轟音と共に炎に包まれ、熱波と衝撃が街に広がった。

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