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第10鮫 マジレスサメとムースライダース

「ヒル、朝だよ」


 プリルリに揺り起こされ目覚めると、部屋に差し込む朝日の中で、ちょうどカフカが渇いた服を着終わったところだった。


「――おはよう、カフカ」

「おはよ、レヒト。アンタもさっさと服着なさい」


 言われた通り服を着て(パンツは毛布の中で穿いた)、部屋から出て日光を浴びる。


「ヒル、悪者をやっつけにいくんだよね?」

「――ああ、もちろん!」


 なるべく自信に溢れた笑顔を心がけつつ答える。


「作戦も考えたよ。な、カフカ」

「ええ」


 カフカは、地面に棒で簡単なデリカタの地図を描いた。

 昨夜、カフカが思いついた打倒バブチャンの手順説明だ。


「バブチャンはデリカタのどこかにいるはず。その場所をまず探る必要がある」


 その地図上に、複数方向から入り込む矢印を描き加える。


「アタシとレヒトが色んな場所からデリカタに侵入して威力偵察をする。それでどの地点でバブチャンの能力が発動したかを記録していくの。デリカタから脱出したら対象から外れたということは、射程範囲が限られているはず。範囲が一定なら、それぞれの発動地点から等距離の場所を割り出せば、そこがバブチャンの居場所ってわけ。居場所さえ分かれば――」

「でもそれって悪者がとちゅうで動いたらやりなおしになるんじゃないかな?」


 プリルリの指摘にカフカが固まる。


「何度も何度もていさつしてたら悪者もにげちゃうかもしれないよ?」

「……に、逃げられる前に攻撃を仕掛ければ――」

「そんなに早く見つけられるかな。ちゃんとした地図もないし、正しい位置を見つけるにはたくさんていさつしないといけなくなるんじゃない?」

「…………」

「あとそんなにいっぱいあやつられる街の(サメ)たちがかわいそうだよ」

「…………そうだね」


 カフカは立ち上がり、くるりと後ろを向いて数歩進み、モーテル前の駐車場の車止めに腰掛けて、棒を先っぽからぽりぽり齧って食べ始めた。


「いじけた」

「わたしなにかやっちゃった?」

「プリルリは悪くないよ……むしろありがとう」


 ヒレブレヒトは膝を抱えているカフカの許へ近寄った。


「そう落ち込むなって」

「……今思えばなんであんなガバガバな作戦でイケるって思ったんだろ」

「深夜テンションの思い付きって大体そうなるもんだよ……」


 ヒレブレヒトも「いい考えじゃん! それでイケるって!」と一緒に盛り上がっていたのでそれなりに落ち込んでいた。


「うう……それじゃあ一体どうやってバブチャンの居場所を探せば――」

「いや、方向性は間違ってないと思う。要はプリルリの指摘したことが解決できればいいんだ」


 腕を組んで、カフカの描いた地面の地図を眺めるヒレブレヒト。


「まず僕が潜入して、正確な地図を手に入れよう。そうすれば威力偵察も最低限で済むし、逃げられる前に攻撃に転じられるかも。ついでに食料も手に入れてくるよ。木の棒なんか食べるな」

「そうだね……朝ごはんもまだだしもうお腹ペコペコで……」


 その時、扉が開く音と、杖を突いた人の足音が耳に入ってきた。


「あ、ダビドフさんかな。そういえばまだここを離れないことを報告しないと」


 ヒレブレヒトがモーテルの方へ歩いていくと、ダビドフがダイナー側から姿を現した。


「おはようございますダビドフさん。実はちょっとお話があって――」


 そう話しかけた彼に、ダビドフは視線もくれず素通り。

 そのまま真っ直ぐ、座り込んだカフカの方へ進んでいく。


「ダビドフさん……?」


 プリルリの脇を通り過ぎ、デリカタの地上絵を踏んで、カフカの後ろへ。

 そして杖を持ち上げ、両手で握り、こん棒のように振り上げる。


「カフカ! 後ろ!」

「クアアアアアアアアアアア!」


 ヒレブレヒトが叫び、ダビドフが甲高い咆哮と共に杖を振り下ろす。

 異変を感じ取ったカフカは振り返ることなく前転して一撃を避け、空振りしてアスファルトを打った杖をしゃがみ下段回し蹴りで吹き飛ばす。支えを失ったダビドフはその場に倒れた。


「グゥアアアア……!」


 それでも動かない右脚を引きずりながらカフカへ襲い掛かろうとするダビドフを、ヒレブレヒトは背後から羽交い絞めにする。


「ダビドフさん! やめてください! 怪我しますよ!」

「レヒト、これって――」


 カフカが何か言う前に、モーテルの扉が次々と開き、他の避難民が吼え声を上げながら走ってくる。


「逃げろ逃げろ逃げろ!」


 ヒレブレヒトはダビドフをなるべく優しくその場に転がし、プリルリを抱き上げてカフカと走り出す。


「なんでいきなり!? ここは能力の射程外なんじゃなかったのか!」

「ねぇこれどこに逃げたらいいの!?」


 とりあえず目の前の道路に沿って駆け出した2人を、アンダウン・モーテルの住人たちはずっと追ってくる。道の先にはデリカタの市街地が見えている。


「……このままデリカタへ行こう!」

「は!? なんで!?」

「今がチャンスかもしれない!」


 デリカタのバリケードまでは500メートルほどあり、どんどん近づいてくる。


「きっとバブチャンは普段集落の真ん中で住民に目を光らせてたんだろう。逃亡者も殺す対象だったのにダビドフさん達が生き残ってるということはアンダウン・モーテルは射程外だったはずだ。でも今は攻撃を仕掛けてきてる。隠れ家から出てきてるんだ!」

「! 居場所を探る手間が省けた!」

「きっと奴は今僕らの近く――少なくともデリカタ内のこっち側の際辺りにいるはずだ!」

「やっぱり深夜テンションで考えたことってその通りにならないな!」

「うしろうしろ! なんかあぶない!」


 プリルリの叫びを聞いて振り返ると、追ってきていた住人の1人が四つん這いになり、巨大なヘラジカに変身していた。

 そして角を振り回しながら突進してくる。


「うあああああ避けろぉ!」


 ヒレブレヒトとカフカは左右に分かれて道路から飛び出して回避。プリルリも含めて地面に転がる。

 突進を避けられたヘラジカサメは、20メートル先で止まって回れ右。再び突進をかまそうとしてくる。


「一緒にいると危険ね。アタシは先にデリカタまで飛んでく! あとは作戦通りに!」

「あのガバガバ深夜テンションの!?」

「仕方ないでしょそれ以外ないんだから! なるべく早くお願いね!」


 風が渦巻き、砂埃と共に飛び出していくカフカ。ヘラジカサメも急ブレーキをかけて、さらに転身し彼女を追っていこうとする。


「待てッ!」


 その隙を逃さず、ヒレブレヒトはヘラジカサメの角を掴んで背中によじ登る。


「行くよプリルリ!」

「うん!」


 駆け寄ってきたプリルリの手を取って引っ張り上げ自分の前に座らせる。


「ここからはスピード勝負の出たとこ勝負だ……!」


 カフカは既に空腹状態。蓄えたエネルギーが切れるまでがタイムリミットだ。

 ヘラジカサメは背中に乗った荷物を意に介さず、空を往くカフカを追って走り出した。

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